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離れに戻り、窓を開けてもらう。確かに2階分の高さの開口部がある特殊な大きさのこの窓からだと竜化のままの姿でもすんなり入ることができた。
「……これを見越していたのか……」
アルフォンスは何かを悟ったかのように呟いた。
エルゼに大きなシーツを準備してもらい、それを広げて手に持ちつつ、声を出す。
「レーツェル、戻れ」
その言葉を聞いた黒竜の身体から淡い光が発せられ、輪郭が崩れていく。
元の大きさに近くなった時にシーツを被せて巻き付ける。結い上げていた黒髪は解けているが、紫色のリボンは巻き付いて残っている。
紫水晶の耳飾りもそのまま左耳に付いたままだ。
アルフォンスに抱きしめられシーツの中で人に戻ったレーツェルはゆっくりと目を開けた。
「……おかえりレーツェル。良かった」
レーツェルの黒髪に口づけながら安心したようにアルフォンスが囁いた。
「……アルフォンス殿下…」
呟くように声を出したレーツェルは抱きしめられたまま意識を失った――
――深い暗闇の中にいた
私はどこにいる?ここはどこだ?
……確かワイバーンの攻撃を受けて、炎に包まれそうになって……アルフォンス殿下を護りたくて、強く、強く願ったら……ここにいる。
ここはどこだ?どこに行けばいい?
どうすれば彼を護れる?
深い暗闇の奥底に光が見えた。手を伸ばした途端、身体が引っ張られていく。
その光に手が触れた時、何かが弾けた!
目の前にワイバーンがいる。気のせいかさっきより小さく感じる。
自分の下の方に何かがある。人?人?何で?銀色の髪、紫色の瞳が見える。
アルフォンス殿下だ!何で?小さい?私はどこにいる?
ワイバーンが攻撃態勢に入る。させない!と思った瞬間、身体が動いた。声が出る。
自分が発した声色と攻撃によってワイバーンが飛ばされる、動かない。
そしてその事で自分が竜になっていることに気づいた。
『……私が、竜化……?』
何で?何で私が?魔力なんてない!どうやって?
頭の中が混乱している。どうすればいいの?何をすればいいの?攻撃?どうやってやったの?
もう何を考えていいかもわからない!意識が遠のいていく感じがする。
――そんな時、声が聞こえた。
「レーツェル!」
アルフォンス殿下の声が響いた。ハッと意識が戻ってきた。
ベルンハルト国王陛下とアルフォンスの会話が聞こえる、契約を結べと。
そうだ竜化したら誰かと契約を結ばないと!アルフォンス殿下が竜化したら契約をとは言っていたけれど、自分が竜化するなんて!私なんかと誰が契約してくれるの?どうすればいいの?
また頭の中がグルグルしかけた時、声が届いた。
「我が名はアルフォンス・ドゥ・リヴィアニア!そなたに名を与えし者!竜となりしそなたに我の全てを与えると約束する!この声に応え我に全てを委ねてくれることを切に願う!」
――私と契約を……?アルフォンス殿下が……?
「――古からの理によって我と契約を!そなたの契約者としてこの命を捧げることを誓う!」
アルフォンス殿下の手がこちらに伸びてくるのが見えた。
どうやって応えればいいのかとも思ったが、古からの記憶なのか、自然と口から言葉が出る。
『我、全てを委ねることをここに誓う。汝を我が主と認め、この命、主に捧げる。我が主よ、命令を!』
アルフォンス殿下の手に口を近づけると契約が成立したことを示すように光り輝いた。
「レーツェル、来い!」
アルフォンス殿下の声が響く。先ほどまでとは違い身体の中深くに直接響いているように感じる。
とても心地よい感じだ。
ワイバーンが動き出し、攻撃を繰り出そうとしているのが目に入る。
「レーツェル、落とせ」
その一言だけで身体が勝手に動きだす。どうすればいいか、どう動けばいいのかなど考えなくても無意識に動く。
いい子だと褒められるとなんでも出来そうな自分を感じていた。さっきまでの不安や混乱など一切見当たらない。
全てを委ねて、全てを与えられる――これが人と竜との契約か――
ハッとレーツェルは意識を戻し目を開けた。
ここは何処だ?
見慣れた天井、私の部屋だ。ベッドの上か?身体は?竜化は…解けている……アルフォンス殿下の声で元に戻って…そうだ、服!…は着ている。って寝間着?
混乱しかけていると部屋に誰かが入ってくる音が聞こえた。
「レーツェル様!気が付かれましたか?」
エルゼがタオルと桶を持って近づいてくる。
「……エルゼ、っ…」
起き上がろうとして、右足に大きい痛みと身体のあちこちから小さい痛みが走る。
「駄目です、横になったままで。先ほど戻って気を失われて、覚えてます?」
「……あれからどのくらい?」
「まだ全然。すぐこちらに運んでいただいて、治療をと言われましたが、流石にそのままではと思い私が服を。少し汚れを落とさせて頂いてからと思い今持ってきた所です。」
「アルフォンス殿下は?」
「隣室でお待ちです。レーツェル様さえよければ治療していただいてから湯浴みなさいますか?その方がスッキリなさるかと」
身体の汚れや埃っぽいのを確認し、その方が良さそうだと思いエルゼにお願いする。入れ替わるようにアルフォンスが入ってくる。
寝台の端に座り手を伸ばし左頬に触れてくる。いつも笑顔の美貌の青年が慌てたような心配そうな顔で覗き込む。
「レーツェル、気分は?」
「大丈夫です。アルフォンス殿下こそ」
大丈夫ですか、と続けようとした時ギュッと抱きしめられた。
「!?殿下?」
しばらく抱きしめられたまま動かない。気分でも悪くなったのかと思い、もう一度声をかける。
「……アルフォンス殿下?」
「……よかった…無事で…。頼むからもう二度とあんなことはしないでくれ、心臓がもたない…」
あんなこと?どれのこと?と思っていた事が顔に出ていたのか、アルフォンスが続ける。
「いくら私が護られる立場でもワイバーンの前にレーツェルが出ていった時は心臓が潰れそうだった。もう絶対止めてくれ。私にも護らせてくれ」
「……今度からは竜化して護ります、それなら大丈夫ですよね?」
アルフォンスは動かない。しばらく考えていた。
「……やっぱりそうなんだよな、あの竜はレーツェルなんだよな、見事な黒色だったし。実はまだ信じられない感情もある」
「……私もです。自分が竜化するなんてこれっぽっちも考えてなかったので。…私、ですよね?」
「あぁ間違いなくレーツェル、君だ。あの漆黒は間違えようがないし、竜化した後も耳飾りがついていた」
アルフォンスが左耳を触りながら話す。
まだお互いに感情がついていけない部分もあるが、
アルフォンスが言葉を続ける。レーツェルの頬を両手で優しく挟み、目を合わせる。
「あの漆黒の竜は君だ。そして私を契約者に選んでくれたのも君だ。ありがとう、レーツェル。あの言葉の通り、私は君に全てを委ね捧げる。そして君の全てを委ねられることを誇りに思う。必ずその使命を全うすると誓おう」
「……アルフォンス殿下……」
今までも何度も耳や頬に触れられてきたのに、いつもとはまた違ったアルフォンスの声と仕草に戸惑い、レーツェルの顔が真っ赤になった。
その仕草にアルフォンスは笑顔を浮かべまた抱きしめた。レーツェルの肩にアルフォンスは顔を埋めた。
「……誰にも渡したくなかったんだ」
アルフォンスがボソボソと話し始める。
「目の前に竜が現れた時、思考が停止した。自分がなるはずと思っていた竜がそこにいたから。でも陛下の一言で我にかえった」
『契約をするんだ!』陛下の言葉がよみがえる。
「レーツェルが竜化したと分かった瞬間、誰にも渡せないし渡したくないと思った。自分しか嫌だ、他の誰にもレーツェルの契約者にさせない、と」
「気づいたら、口から契約の文言が出ていた」
もう一度顔を合わす。
「ありがとう、レーツェル。私に応えてくれて本当に嬉しかった」
満面の笑みとはまさにこの事かと思う美貌の青年の微笑みをみせられて、戸惑いながら頬を赤く染めたレーツェルが答える。
「こちらこそ、私の契約者になってくださってありがとうございます。おかげで暴走せずにここにいられます、感謝しかありません」
「とりあえずこれからのことは明日考えよう。今夜にはエルヴィン兄上も視察から戻ってくるらしいから明日午前中皆で集まろうと陛下から言われている」
そうだ、長い時間が経ったようだがまだ夕方ちかくだ。あまりにも濃い半日だったため、情報の処理が追いつかないのが事実だ。
まず、怪我を治そうと言われ、ワイバーンに竜化前に受けた傷を思い出した。
もう血は止まっているが、頬と腕に細かい切り傷と
右足首にかなりの傷。
アルフォンス殿下もまだ治りきってないのでは?と問うと、このくらいの傷なら治せると。それにレーツェルの傷は誰にも治させたくない、自分が治したいと言い切って、準備をしに入ってきたエルゼが苦笑していた。
治療をしてもらい傷跡一つ残ってないのを確認すると、安心してアルフォンスが告げる。
「今日は湯浴みして、夜食を取ったらすぐ休むこと。今は気が昂ってるから大丈夫かもしれないけど、身体に負担はかかってるはずだから。本当は一緒にいたいけど私も戻って休むからレーツェルも必ず、ね?明日いつも通り来るからね、用意して一緒に王宮に向かおう」
と、念を押され、エルゼに今夜だけは警備を増やすからと告げて戻っていかれた。
エルゼに準備してもらって湯浴みをし、軽く夜食を食べてベッドに横になると、やはり疲れていたのか、あっと言う間に眠りに落ちた。
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