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君の、

太陽に負けないくらい

大きな笑顔咲かせた秋。


色褪せる事のないように、

一瞬一瞬を瞳に映し出す。


どうか、消えないで

どうか、崩れないで


私たちの、青春(ヒビ)





夏休みが終わり、学校が始まって数日が経った。

最初は夏休みボケしていたクラスメイト達も、徐々に普段通りの生活を取り戻していく。


「美空ー、どうだった?」


莉奈の高い声は、教室の真ん中ぐらいからでも、この教卓まではっきりと聞こえた。

莉奈の大きな瞳が私を捉える。

その表情はまるで、自分のテスト結果が返ってくる時と同じぐらい心配と、ほんのちょっとの期待が込められた眼差し。

教室の前に集まっていた集団が散らばり始めたので、私も一緒に自分の席に戻る。

その途中にある莉奈の席で立ち止まった。


「じゃんけん勝ったよ!」

「おめでとう!念願の借り物競走出れてよかったね!」

「うん!1年生の頃から出たかったんだ」



3週間後、私達は2回目の体育祭を迎える。

1年生の頃は何となく楽しんでいたけれど、今年は去年以上に楽しみなのだ。

だって、日向君と同じ組、赤組だから。

1学年6クラスあるうちの学校は、毎年くじで2クラス合同となり赤、青、黄組と分けられる。

そして見事くじがC組と同じ赤だったのだ。



「健人ーあんたは何でるの?」

「俺はなー100メートル徒競走に、クラス対抗リレー、そして障害物競争だ!」



得意気に答える葉月君にどこからか「よ、運動会の花形!」と声が飛んできた。

文化祭の時のようにクラスは浮だっていた。


「うわー欲張り」

「しょーがねえだろ。やりたい奴いねえんだから」

「あんたって昔から運動だけはできたのよねー」

「なんだとー!?」


1日に1回は二人で口論という名のじゃれあいをする莉奈と葉月君。

「また始まったぞー」とクラスの視線が二人に集まり、私まで注目されるのはいたたまれなく、私は「席に戻るね」とだけ言ってその場を後にする。

幼馴染って、どんな存在なんだろうか。

何でも言い合えて、お互いの事を一番に理解して、きっと、私が想っている以上に固い絆で結ばれている存在なんだろうか。

幼馴染がいない私にとって、それはとても羨ましく思えた。

二人の口論が終わるころ、教室にチャイムが鳴り響いた。

学級委員長の号令で、本日最後の授業が終わる。それでもクラスの話題は帰る準備をしながらも体育祭の話だ。

早々に変える準備を終えた莉奈は、すぐに廊下の窓側にある私の席にやってきた。

暫く二人で話していると、私の席よりも二つ前の席の横にある窓が開く。



「葉月ー!お前何出る?」


ひょこっと顔を出したのは日向君だった。

葉月君はすぐに日向君の元に駆け寄り、自分が出る種目を伝えていた。


「げー!俺と100メートル徒競走以外被ってるじゃねえか!真似すんなよな!」

「サッカーで勝てない分、体育祭で負かしてやるからな!」

「望むところ!」


負かすって…葉月君同じチームだよ?と言ったら、そういう問題じゃない!と言われてしまったので、私の口はチャックをかける。



「あーねえ、日向大地」



それはどこか不安混じりの声色。

何かを恐れるような、遠慮するような、莉奈の声だった。



「中野、俺のこと未だにフルネーム呼びかよ」

「だって慣れないんだもーん。そんなことより、翔也は何でるの?」



そういえば平松君の姿が見当たらない。

いつもだったら、日向君と一緒に教室にやってきそうなのだが。

休み、ではなさそうだけど・・・。



「・・・本人に聞けばー?」

「・・・じゃあいい」



はあ、と小さくため息をついて私の机に浅く腰かけた。



「もう少し素直になったほうが、女の子は可愛いとおもうぜー?」

「うるっさい。黙れ日向大地」

「はいはい。葉月先部活行ってんぞー」



葉月君のほうは見ないで、そのまま背中を向けて行ってしまった。

なんとなく、その場に残された三人に気まずい雰囲気が流れる。

二人の様子を伺いながら、静寂を破ったのは私だ。



「どうかしたの莉奈?」



腫れ物に触れるかのように声をかけた。



「ちょっと、喧嘩しちゃって」

「どーせまたお前が悪いんだろ」

「…分かってるよ」


普段反発する莉奈が反発をしなかった事に驚いた。

それは葉月君も同じようで、瞼の閉開スピードが速くなる。

きっと莉奈に言い返されるのを望んで言ったであろう言葉を、莉奈はストレートに受け入れてしまったのだ。

つまりそれ程莉奈は今、余裕がないという事。



「大丈夫?」

「あーうん。ごめんね変な心配かけちゃって」



初めて見る親友の作り笑顔に、何も声をかけてあげれなかった。





*中野莉奈side*



カツカツと黒板に響くチョークを打ち付ける音。

ノートに公式を写すこともせず、先生の話に耳を傾けるでもない。

ただ真っ白いそこを見つめるだけ。

チラッと先生を確認するとまだ黒板に文字を書いてる最中。

今日も相変わらず、頭で光を反射しているが、2年生になった今、それを笑うものはいなかった。みんなその光景にも、もう慣れたのだ。

多分に漏れず私も机の中からスマホを取り出して電源を付ける。



「・・・」



だけどそこには、いつもと何も変わってない待ち受け画面が示されるだけ。

LIMEを開いても既読の文字は指示されない。

未読無視のほうが、質悪いの知っててやってるのだろうか。

こちらから連絡しても既読なんてつかないし、学校で会っても瞳を合わせようともしない。


教師がふいにこちらを振り返ったので、慌ててスマホを机の奥にしまい込む。

休み時間でさえ携帯の使用は禁止なのだから、授業中なんて以ての外だ。

バレれば1週間学校に没収されてしまうのだ。そんなの絶対にごめんだ。

念のためスマホを机のさらに奥に隠しこむ。

しかし私の焦りとは裏腹に何事も無く教科書通り話が進んでいく。

あたしはホッとしつつ、急いで黒板に書かれた文字たちをノートに書き写した。



「莉奈、ごめん。今日予定があるから先に帰らないといけないの…」



SHRを終えると美空がすぐにあたしの席にやってきた。

まるで捨てられた子犬のように潤んだ瞳で見てくる美空に思わず笑ってしまった。



「美空そんなに心配しないで。本当に大丈夫だから」

「でも…」

「いいからいいから。また話聞いてね」

「うん…。LIMEでも聞くからね」



申し訳なさそうに美空は教室を後にした。

美空の背中が見えなくなるまで振っていた手を、力なく下し、椅子に腰かけて変える準備を止めた。

金曜日だからだろうか、皆足早に教室を出ていく。

あたしは帰る気になれず、机に突っ伏した。

すると頭上から「ひねくれ坊主発見―」とつむじを押される。



「ちょっと…!」



反射的に顔を上げた。

そこには憎たらしいほどの笑顔の健人が。



「坊主じゃないし…」



そう言いながらつむじをさする。

そこかよ、と突っ込んでくる幼馴染。



「まだ平松と喧嘩してんの?」



平松という単語に、思わず耳を塞ぎたくなる。

あたしは何も言わずに首を縦に振った。



「莉奈は昔っから気が強いからなー。大地の言う通り、もっと素直になれよ」

「うるさいな…!」



しまった、と思った。

健人に当たったって何も解決しないのに。

この性格だけは、昔から治せないのだ。



「ごめん…」



下を向いて謝る。

それの何が面白かったのか健人は声を出して笑った。



「ははっ別に、幼馴染のトバッチリなんて慣れてますからっ」


二ヒッと笑う顔は小さい頃から何も変わってない。



「ほら、これやるよ」

「わっ、」



綺麗な弧を描いて飛んできた物体をなんとかキャッチする。



「オレンジジュース…」

「昔から莉奈、泣いてる時にオレンジジュースやると泣き止んでたもんな」

「別に泣いてないし…」

「はいはい。それ飲んで元気出せって」



あたしはまた下を向く。

ああ、これだから幼馴染は卑怯なんだ。

昔から健人はそうだ。

いつだってあたしの辛い時、あたしの隣にいてくれる。

その優しさに、あたしは何度も救われてきたんだ。

高校受験の時も、合格率が低かったあたしに懸命に勉強を教えて支えてくれた健人。

部活で仲間外れにされた時に、それを笑い飛ばして元気づけてくれたのも健人。

そして今も、あたしを笑顔にしてくれるのは健人なんだ。

だけど、その健人が原因で、翔也はあたしに怒っているのだ。



「じゃ、俺行くわ」

「あ、うん」



あたしは制服の袖に涙を染み込ませ、顔を上げる。



「っ」



瞳にうつったのは、教室を出ていく健人の横に立つ翔也の姿。

健人は何も言わずに、そのまま翔也の隣を通り過ぎた。

健人と話している間にクラスメイトは全員教室から姿を消していた。

二人だけの世界に、小さな時計の針の音が響く。

ゆっくりと教室に入ってくる翔也。



「あのさ」



翔也の低い声が、無駄に大きく聞こえる。



「俺、莉奈が思ってるほど余裕ないんだわ」

「…」

「莉奈」



グイっと引っ張られて、気が付けば大好きな香りと腕に包まれる。

ああ、あたしの居場所はあそこじゃない、ここだよ、と教えられた気がした。



「幼馴染ってずるいよな」



あたしもそう思う、と言ったら、翔也は怒るだろうか。



「健人は、ただの幼馴染だよ」

「分かってる。分かってるけど、俺、そんな大人じゃないから」



誰かに見られたらまずいのに、あたしを抱きしめる腕に力が入る。



「ごめん…」



翔也はあたしと健人の関係を、あまりよく思っていなかった。

それを薄々感じていながらも、何も言わない翔也に甘えていたのだ。

先日の体育の授業の際、男女合同でバスケの試合をやった時に、あたしは健人と同じチームだった。

授業とはいえ、白熱した試合にあたしも気持ちがあがってしまい、勝った時に思わず健人にハイタッチをしてそのまま抱き着いてしまったのだ。

今思えばあたしの軽々しすぎる行動のせいで、翔也を傷つけていたのだが、その時はそれに気が付かなかった。

そのことを翔也は怒っていたのだ。

100%これはあたしが悪いが、健人との関係を悪く言われるのが怖くて、あたしは謝れずにいたのだ。



「あたしは、翔也が好き」



それはまるで、自分に言い聞かせるように、言葉にしていた。



「俺も」



その返事に、あたしはもう一度「ごめんね」と口にしていた。

翔也の制服をぎゅっと握りしめると同時に、ガタンッとドアが揺れた。

反射的にあたしと翔也は離れて、教室の前方のドアに視線を送る。

そこには閉まったままのドアがあるだけで、誰かの姿どころか足音も聞こえる気配はない。



「風、かな」



開かれたままの窓を見れば、カーテンは大きく踊っていた。

日直が閉め忘れたのだろう。

あたしは風で崩れる前髪を気にしながらも、窓をしめる。



「莉奈」

「…え?」



振り向けば、唇に触れる柔らかい感触。

あたしはそっと、瞼を閉じた。




*中野莉奈side END*






「あれ、葉月君」

「え、うわっ、ビビッた~・・・。相川かよ」



速足で階段を上っている途中、一段飛ばしで走り降りてくる葉月君と遭遇した。

少し表情が強張って見えるが、何かあったのだろうか。



「帰ったんじゃねーのかよ」

「忘れ物しちゃって。へへっ。葉月君こそ、そんなに急いでどうしたの?」



久しぶりに中学の友人と会う約束をしていたが、月曜の課題を忘れるという凡ミス。しかも神谷先生の授業だから絶対に忘れるわけにはいかないため、私は全速力で取りに戻ってきたのだ。



「俺も、忘れ物」



ふ~ん、と軽く受け流が、いつもと違う感じに少し違和感を覚える。

少しだけ彼の視線が泳いでいるような、笑顔が強張っているような、断定できないが、普段の葉月君とはどこか違うように感じた。



「あ、美空!それに健人も」



いつも聞いている声に顔を上げると、そこには想像通り莉奈がいた。



「あ」



その隣にいたのは、平松君だ。

今日は喧嘩をしている様子だったけれど、莉奈の様子からして、きっと仲直りできたのだろう。

その事にホッと胸をなでおろす。



「健人部活行ったんじゃないのー?それに美空も予定があるって…」


そう言いながら階段を下りてくる二人。

私は忘れ物をした事を伝えようとするが、それは葉月君が言ってくれた。

一つだけ小さな嘘をついて。



「俺も相川も忘れ物しちゃって」



彼の発言に少しだけ目を丸くする。

だって葉月君は、忘れ物を取りに行ってきたばかりのはずだ。

それなのに「俺も」なんて言うのはおかしすぎる。



「健人、先、に部活行ってるぞ」

「美空、予定あるなら一緒には帰れないよね?」

「あ、うん。今日は別方向から帰るから、待っててくれなくて大丈夫…」



ばいばい、と二人に手を振る。

葉月君は平松君にすぐ行く、とだけ声をかけていた。

二人の足音が聞こえなくなると、私は葉月君の横顔に声をかける。


「忘れ物、取ってきたんじゃないの…?」

「…」


先ほどまでの違和感が、私の中を埋め尽くしていく。

上から降りてきたという事は、教室にいって忘れ物をとって、帰ってきたことになるはずだ。

それなのに、莉奈に嘘をつく理由は、何だろうか。



「今の、莉奈には内緒な」



人差し指を立てて、少し困ったように彼は笑うと、そのまま一段飛ばしで下へ降りていった。

その場に残された私は、一歩ずつ階段を上がる。

その足取りはまるで重りをつけているかのように重かった。

少しずつ狂い始める歯車の音をかき消すかのように、3年生の講習の終わりを示す16時のチャイムが校舎に響いた。



それからの毎日はいたって普通だった。

教室には莉奈がいて、葉月君がいて。

たまに日向君平松君含む5人で昼休みや休み時間にはしゃぐ。

夜は日向君とメールをして、そのまま次の日を迎える。

そんな日々の繰り返しで、いつのまにか体育祭を迎えた。

晴れ渡る空の下、様々な色のTシャツを着た生徒たち。

アナウンスの「次は借り物競争第3レースです」とグラウンドに響き渡る。



「美空頑張れぇぇい!」



は、恥ずかしい・・・。

莉奈の声援が響く中、私が出場する種目、借り物競走のスタートを知らせる号砲がなった。

50メートル先にある紙を真っ先に目指す。

が、走るのが苦手な私にとってここは苦難。



「誰かー数Ⅲの教科書持ってないですかー!!!」

「0点のテスト持ってる人いない!!?」



なんだ、それ。他の人の叫び声にぎょっと目を丸くする。

教室に取りに戻らなければいけないものや、入手困難なものの名前が叫ばれる。

他の人より少し遅れてたどり着き、余りものの髪を広げる。

どうか、この場ですぐ手に入るものでありますように・・・!と念じながら。



「美空ぁぁぁ!早くぅぅぅ!」



莉奈の声援が聴こえてくるが、そちらに意識を向けている場合ではない。



「相川急げ!」



葉月君の声も聞こえるが、私だって急ぎたいよ・・・!と心の中で返事を返す。

だけど、だけど・・・。

チラリ、応援席のほうに視線を送りある人物を探す。

確かさっきまで葉月君の近くにいたから、皆と一緒にいると思うんだけど・・・。

あ・・・・・。



「相川さん、頑張れ!」



その人物は私に大きな声援を送った。



「美空なんだったの!?」



そんなの言えるはずがない。

なぜなら私の髪に乱雑な字で書かれていたものは「好きな人」というテーマだったから。

混乱する頭で必死に策を考えるが、何も浮かんでこない。

ここで日向君を連れて行けば、確実に私が日向君のことが好きだってバレる。

先程までの借り物競争を見ていると、必ずゴールで借り物があっているかチェックをされるのだ。

もしも全校生徒の前で読み上げられたら、たまったものでない。

他の選手は取りに行くのが困難だが、私の場合内容が困難だなんて。

0点のテストとか確か莉奈がこの前の英単語のテストでとってたのに・・・!

続々と物を取りに走り出す中、私だけが未だに動けないでいた。

チラリ、もう一度応援席に目を配る。

心配そうな眼差しで私を見る4人。

私はその4人めがけて走り出す。



「葉月君・・・!来て・・・!!」

「えぇぇ!?俺!?俺、借りられるの!?」



なんてその場で笑いを取ってる場合じゃないって!

葉月君の手を引くと、すぐに立場は逆転。

葉月君が私を引っ張って走ってくれた。

余りの速さに足がもつれそうになりながらも、何とかついていく。

きっと葉月君は全力を出していないのだろう。余裕の笑みでゴールをした。



『おーっとここでやってきましたのは赤組です!さてさて紙の内容は―――――はい、クリアです!1位は赤組!!』



アナウンスが場内に鳴り響く。

私はホッと胸をなでおろし、髪をポケットにしまい込む。



「葉月君、ありがとうね」

「どういたしまして。紙の内容なんだったの?」

「あー・・・実はね」

「うっわー。これはキツイよな。でも紙の内容言われなかったんだから、大地連れてけばよかったのにな」




葉月君の口から出てきた名前に時が止まる。

そういえば私、さっきは無意識のうちに日向君を探してた。



「大地の事、好きなんだからさ」

「…っ」


『好き』という単語に、走り終わって火照っていた体がまた、体温を上昇させる。

本当は気づいてたんだ。

プール掃除をしたあの時も、花火を一緒に見たあの時も。

体育祭が同じチームと分かった時も。

いつだって、私の頭の中には日向君がいた。

彼と一緒というだけで、喜んでいる自分がいた。

好きになっちゃいけない、って、。

彼は学年の人気者だ、って。

ずっと思ってたけど、そんなの日向君といたらそんなの何処かに行っちゃって、いつも日向君の事意識してた。

だけど自分の気持ちに気づいてしまったら戻れないから。

だから、いつも気づかないフリしてたんだ。



「っていうか葉月君なんで」

「相川見てればバレバレですー」



前にも葉月君に日向君の事が好きか聞かれたが、そんなに分かりやすかったのか、と少し反省をする。



「じゃ、次は障害物競走だから行くわ!応援頼んだぜ」

「あ、うん」




太陽に照らされる彼の大きな背中が、生徒の中に消えていった。

太陽はまだ私達の真上にある。

10月にしては暑い風が、私の背中を押した。

顔に当たる髪の毛がくすぐったい。



「戻ろう」



小さくつぶやいた声は、遠くから聞こえる生徒たちの応援にかき消された。



「美空お帰り!次日向大地と健人だよ!」



応戦席に戻ると興奮気味の莉奈に手を引っ張られて、応援席の一番前に顔をだす。



「あれ、平松君は?」

「C組の人に呼ばれていちゃった」

「そっか」



号砲が鳴り響き、広いグラウンド一杯に声援が飛び交う。

太陽が選手達を照らすスポットライトだ。

そんな光に照らされて、走る日向君を瞳に焼き付ける。

心のシャッターを何枚も切る。

ハードルを飛び越える姿。ネットをくぐる姿。

一枚一枚、心に納める。

そうしてる間に、日向君と葉月君はほぼ同時にある場所に到着した。

それは先ほどと同じように“借り物”がかかれた紙がある場所。

男子の場合、障害物競走の中の最後に、借り物競争が含まれているのだ。

二人が少し疲れた様子で紙を広げる。

それに負けじと次々と選手全員が紙を広げていき、全員が広げた時。



『さあさあ今回の借り物は、全員“好きな人”となっておりまーす!!』



わあああっ!と盛り上がる会場。

ドクンッ、と心臓が大きくなったのが分かる。

こんなの、今出てる人だけじゃなくて、今出ている人のことを好きな人の心臓にも悪い。



「あはは!めっちゃウケる!司会者それ言っちゃ駄目じゃんね~!」



隣の莉奈は楽しそうに声を上げて笑っている。

そうだね、と表面で笑顔を繕うが、内心は不安でしかなかった。

野次を飛ばす声と声援が入り混じる。

ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ。

歓声にかき消される心臓の音は、自分の耳には確かに届いてくる。



「・・・」



日向君は・・・誰を、選ぶのだろう。

砂埃が揺れる髪の毛に入り込む。肌に当たるそれはチクチクと痛い。

全校生徒が期待を浮かべながら、誰が一番最初に動くか待っていた。

そんな中、一番最初に声をあげたのは―――。



「莉奈!」



葉月君だった。

周りにいた男子たちがヒューっと茶化す。



「幼馴染の腐れ縁ってやつ、頼むよ」



隣にいる私にしか聞こえない小さな声で、葉月くんは莉奈に耳打ちした。



「…でも、」



どうやら葉月君は「好きな人」としての意味ではなく、先ほどの私のように「仲のいい」莉奈を選んだようだ。

莉奈は何かを言いかけたが、有無を言わさずに莉奈の手を引く葉月君。

それに逆らうことが出来ずに、そのまま走り去っていく背中。

きっと莉奈は平松君の事を気にかけたのだろう。

だけど莉奈には平松君っていう彼氏がいることを、学年のほとんどの人が知っているし、平松君も二人が幼馴染というのは知っているのだから、恐らく莉奈が心配するような事はないだろう。



「・・・ん」

「・・・」

「相川さん!」

「・・・え・・・!?」



ハッと顔を上げると、そこには日に焼けた頬に、尖った顎から汗が滴る日向君の姿が。



「ごめん、来て!」

「ぇ、ちょ・・・!?」


グイっと力強く引っ張られた腕は、反抗することを許さなかった。

何が起きているのか分からない私は、引っ張られるがままに走りだす。

確か借り物競走で、出場した男子達の紙に書かれてある物が「好きな人」で。

と、頭の中で必死に整理をする。

そう、好きな人で・・・。



「っ、ひな、た君・・・!?」

「待てー!!葉月ー!!!」



私の声なんか届いてない日向君は、少し先を走る葉月君と莉奈を必死で追いかける。

手が繋がれた私も、日向君に必死についていく。



『因みに男子の借り物競走はトラック1週してもらいます』



突然のアナウンスに、思わず嘘でしょ、と溢す。

日向君は全速力で走っているが、それに付いていけるはずもなく、半ば引っ張っているような状況。

それは前を走る莉奈も同じようで。



「健人もっとゆっくり走りなさいよ!」

「無茶言ってんじゃねぇ!」



なんて喧嘩がこちらにまで聞こえてくる。

でも莉奈の気持ちが分かる。

だって葉月君も日向君も、男の子って時点で私より体力あるのに、その上サッカー部なんだもの。

運動音痴の私がついていけるはずがない。

ハアハアと息切れをしながら、後ろを振り向く。

他の人達も続々と走って来ている。

そんな様子を瞳に焼付け、視線を前に戻そうとした瞬間。



「っ、きゃ・・・!?」



視界がぐらり、揺れる。

今まで見えていた葉月君と莉奈の後姿から一転、視界が青空で一杯になる。

声援に混ざった心配の声や「あー」というあため息も聞こえてきた。

そんな様子に前方から「美空!?」という声、『おっとここで転倒です!』というアナウンスも聞こえる。



「痛ったー・・・」




足が絡まり、転んじゃったんだ、なんて、呑気にその場の状況を理解する。

しかしそんなのも束の間、そういえば、と思い出す。



「相川さん、大丈夫!?」


全校生徒の前で転んだというだけで恥ずかしいのに、ましてや日向君の前で転ぶなんて。

転んだ衝撃で離れた手。

その手が差し出され、掴み、立ち上がろうとする。が。



「う、わっ!」



今の転倒で足首を捻ったらしく、立ち上がった瞬間、あまりの痛みに倒れそうになる。

それをなんとか支えてくれた日向君。



「ご、ごめんね・・・!」

「これじゃ、走れないな・・・」

「・・・大丈夫!走れる!ほら、行こう日向君!後ろから他の人達も来てるし、葉月君達にも追いつかなきゃ・・・!」



日向君が選んでくれたから。

例えそれが、仲のいい友達だから、という名目でも構わない。

きっと私が思っている以上に、日向君には友達がいて。

その中には私よりも仲のいい女友達だってきっといたはずなんだ。

それなのに私を選んでくれた。それだけで私は十分だ。

心配そうな眼差しを向けてくれる日向君に、微笑みかける。大丈夫だよ、と。

繋がれた手を握り返し、グイッと日向君を引っ張り走ろうとする。しかし。

ズキンッと右足首に走る痛み。思わず顔を歪める。



「・・・、相川さんごめん」



いつもより少し低くて小さな声に「え」と振り返る。

不安な気持ちが、心の中を埋め尽くす。



「辛かったら、言って・・・!」

「え、ちょ、え!?」



ふわっ、と持ち上げられたかと思うと、またも視界が空で埋め尽くされる。

足の痛みなんて一瞬で消えた。



『おーっと、ここで赤組日向大地、大胆な行動に出ましたー!!!』



キャーッという声やヒューッという声が飛び交う。

そんな声にさらに羞恥が襲ってくる。



『お相手を、お姫様抱っこで走り出す赤組、同じく赤組の葉月ペアに追いつくことができるか!?』



アナウンスの声にまた、声援が大きくなる。


「しっかり捕まっててよ!」

「え、ひ、日向君・・・!?」





ゴチャゴチャだった頭の中が真っ白になる。

ち、近い・・・!顔が近すぎる・・・!!

行き場のない手が私の目の前でどうすればいいか戸惑っている。

こ、こういうのって普通は首に回すんだよね・・・

?そんな勇気私にはない・・・!ていうか恥ずかしすぎる。

だけど以外にもお姫様だっこは揺れる。

それもそうか。走っているのだから。



(つ、つかませてもらいます)



戸惑いながら、彼の緑色のTシャツを小さくギュッと掴んだ。

そんな様子をチラッと確認する日向君は息があがってる上、重たい私を抱いて走って辛いだろうに、少しだけ微笑んだ。

そしてまた前を向いた。



「莉奈走れ!大地が追いかけてきてんだよ!」

「もう無理~っ!あたしはさっき走って疲れてるのよ~!なんならアンタもあたしのことおぶるなりして走りなさいよ!」

「てめえみたいなおばさん、おぶれるわけねえだろ!」



二人のやりとりに会場は大盛り上がり。

気が付けば、ゴール直前で葉月君達に追いついていた。



「ぅおっしゃー!葉月なんかにぜってぇ負けねぇ!!!」


そう言うとスピードをあげた日向君。

振り向いた葉月君はギョッとした様子で「くそっ」と声をあげた。



「しっかり捕まれよ、莉奈!」

「え、うわっ!?ちょ、何するの!?」




本日二度目の歓声がグラウンドに響き渡る。

特に赤組の応援席は他とは比べ物にならないくらいの盛り上がりだ。



「おぶれって言ったの、お前だろ!」

「そうだけど、なんであたしまで、お姫様だっこなのよー!!おぶるってのはこういう意味じゃないでしょー!」

「ごちゃごちゃ言ってねえで捕まってねえと落ちるぞ!!」




どっちが勝っても、同じ組だから点数も同じ。

だけど―――。




「日向君、頑張って・・・!」



日向君に、勝って欲しい。

日向君の体操着を掴む力が強くなる。

息切れしながら走る日向君は「おう・・・っ」と小さく声にした。

莉奈のことをお姫様だっこしている間に、二人の距離は縮まったためついに日向君は葉月君と並んだ。



『さあ残り50メートルに差し掛かり、トップ争いは赤組同士!両者ともに、相手をお姫様抱っこという異例の状況での勝負となりました!!』



「ぜっ、てぇ、負けねー」

「俺も、負けるわけには・・・っ、いかねぇんだよ・・・っ!」



うおおおおお、と走る二人。

だけど、葉月君はさっき私のために走ってくれて疲れてるし、日向君も葉月君が莉奈をお姫様抱っこするより長く私を持っている。

どちらも疲れている、はずなのに。



「健人!日向大地に負けんじゃないわよ!!」

「当たり、前だ!」



葉月君の走るスピードが上がる。

そして―――――パアンッ、と号砲が鳴り響く。

それと同時に盛り上がる応援席。




「くっそ・・っ、はあ・・・っ」

「どうだっ、だい、ち・・・っ」



一歩葉月君の足が前に出て、ゴールテープを先に切ったのだ。

日向君は、2位だった。

息を切らしながらも、ゆっくりと地面に私を降ろしてくれた日向君。

降ろしたと同時に、地面に座り込んだ。

後ろに手を付くような形で、空を仰いだ。

尖った顎から光る汗。火照っている頬。




「日向君・・・ごめんね」



日向君の前にしゃがみこむと、私に視線を向けた日向君。

高鳴っていた心臓がまたドキッ、と音をたてる。



「転んで、迷惑かけて、ごめん・・・」



思わず視線を下に逸らした。

そこで日向君の靴紐が解けてたことに気が付く。

ハッ、ともう一度顔を上げる。

これじゃあ、走りにくいどころじゃないのに・・・。

その様子に気が付いた日向君は、そのことに気が付いた様子で靴紐を見た。



「気にすんなって」



伸びてきた手に思わず目を瞑る。



「相川さんのせいじゃないから」



ポンッと私の頭に乗せられた手。

ゆっくりと目を開けると、二ヒッと笑う日向君。



「それにごめんな。勝てなくて」

「・・・ううん・・・っ!あの、ありがとう・・・!」

「相川さんがお礼言うこと何もないって。そんなことより足、大丈夫?」



そういえば痛みなんて忘れてた。

だけど言われて意識してみると、ズキズキと痛む足首に眉をひそめた。

転んだ時に擦りむいた膝もヒリヒリと痛み出す。

どうして痛みとか痒いとかの感覚は、思い出すとより強さを増すのだろうか。

そっと右手で腫れている部分を触ると痛みが右足を襲った。



「よし、」

「え?」



立ち上がると私に手を差し伸べた日向君。

太陽のせいで彼の顔がよく見えない。



「保健室、行くか」

「あ、え、うん・・・。だけど、私一人で大丈夫だよ。日向君疲れてるだろうし」



差し伸べられた手を、少し遠慮がちに握り立ち上がる。



「だーめ。俺のせいで相川さん怪我しちゃったんだし、歩ける?」

「・・・ありがとう。うん、大丈夫」



日向君の肩を借りて、ひょこひょこと片足で歩き出す。

チラリ、振り返ってみると。



「無理しすぎなのよ、バーカ」

「いってぇ!お前のでこピンは昔から痛いんだよ!」

「ったく。アンタって昔っからそうなんだから!」



しゃがみながらも、仲睦まじげに喋る二人の姿に思わず笑みがこぼれる。

なんだかんだ大好きなんだろうな。お互いのことが。



「どうかした?」

「ううん。ごめんね」

「・・・中野と葉月が気になる?」

「うん。幼馴染っていいなって、思わない?」

「―――仲いいもんな、あいつら」



私は首を縦に振る。

校舎に入ると、グラウンドから聞こえるアナウンスがお昼休憩の時間を伝えているのが聞こえた。



「そういえばさ」

「うん」



中々返事が来ないので、少し上を見上げ、日向君の横顔を見る。

まだ顔が真っ赤だ。やっぱり先程の火照りが残っているのだろう。



「相川さんの借り物競争の時さ、紙に何て書いてあったの?」



予想外の質問に思わず足が止まりそうになる。

驚きを表情に出さないように、視線を前に戻した。



「あー・・・同じクラスの男子、って書いてあったの」

「だから葉月連れてったんだ」



日向君がこちらを向くのが分かる。

だけどそれに気づかないフリをして、保健室のドアに手をかけた。

日向君はどうして私をつれてったの?なんて聞きたくても、私には聞くことは出来なかった。

長いようで短かった保健室までの道のり。

ずっと鳴り止まない心臓の音はきっと、私の寿命を縮ませただろう。

ドアをあけると保健の先生はおらず、しまったと思った。

体育祭なんだから保健の先生は外にいるに決まってるのに、そのまま校舎に来てしまったというミスに気が付く。



「相川さん座ってて」



日向君に言われるがまま、近くの椅子に腰かける。

彼は次々と引き出しや棚から物を取り出していく。


「とりあえずこの水で濡らしたタオルで汚れ落として、シップ貼るか」


はい、と渡されたタオルは既に日向君が濡らして、固く絞ってくれていた。

私はそれで足についていた砂汚れを落としていく。


「日向君はさすがだね。サッカー部期待の星なだけあって、こういった治療の事もテキパキできちゃうんだ」

「・・・なんだそれ」



軽く鼻で笑うと、拭き終わった私を見て、シップを優しく足首に貼ってくれた。

冷たい感覚が広がり、少しだけ鳥肌が広がった。



「サッカー部の期待の星なんてさ、誰が言い出したんだろうな。いい迷惑だよまったく。それにこれくらい当たり前だって」

「そんなこと、」

「それに凄いのは相川さんのほう」



突如自分が褒められたことに驚いて声がでない。

彼は立ち上がり、出したものをそれぞれもとあった場所に戻し始めた。



「俺がバスケで捻挫した時、相川さん何の躊躇もせず手当てしてくれただろ?スポーツやってない人が手当てする時は大体、処置の仕方を知らなかったり曖昧だったりするもんなんだ」

「そうなのかな。でも基本的な対応って保険の授業でも習うし」

「習ってもみんなすぐ忘れちゃうよ。もしかして将来医療系に進む?」

「あ、うん。一応今のところ看護学科がある所に進学したいなって思ってて」

「すげー。2年の今の時期から進路考えてる人なんてそうそういないよ。じゃあJ大学の看護学部とか?」

「そんな・・・!そこは偏差値高すぎるって」



両手を顔の前で思いっきり振る。

もっと県内の専門学校とか大学が出るかと思ったら、いきなり都内の有名大学が出るから驚いた。

J大学は医療系に進みたい学生にとって、憧れの大学であり、偏差値も高い。

そこを進路の選択しに入れてないと言えば嘘になるが、少なくとも今のままではいけないのは確かだ。



「相川さんならいけるしょ」

「・・・日向君は、進路のこともう考えてるの?」

「俺は―――・・・」




目の前の救急箱に入ってるギュウギュウの治療具をジッ、と見つめる日向君。

こちらに背をむけているため、彼の瞳がどんな様子なのかこちらからはうかがえない。



「まだ何も考えてねぇや」



そう言って救急箱の蓋を閉めた。

それを元あった棚の処にしまい、日向君は先生の椅子に腰かけた。

古びたそれは少しだけギィと音を立てた。



「そっか」

「適当に入れる大学入って、就職して、サラリーマンでもやってんだろうなー」



不確かなものを見るのは、誰だって怖くて、自身が無くて、それでも未来を見ろと大人に言われて、無理やり未来をつくる私たち。

どうせなら惹かれたレールの上を歩くのが、一番安全なのだから、生まれた瞬間に君はこの人生ね、と決めてもらった方が楽だ。

そうすれば勉強もしなくて、楽しいことだけして、大人になれるのに。


「あ、相川さんいたいた。日向君も」


優しいソプラノの声に顔を向けると、そこには保険の先生がいた。



「熱中症の子がいてすぐ二人に声をかけられなかったんだけど、二人が保健室に行くのが見えて。怪我はどう?」

「あ、もう湿布貰ったので大丈夫です」



そう言いながら日向君のほうに視線を移すと、先生も同じように彼を見た。



「日向君さすがね~」

「余裕っすよ」

「そういえば橋本先生から聞いたわよ~。今度の選手権、ユニホーム番号10番貰ったって」



橋本先生とはサッカー部の顧問の先生で、A組とC組の体育の担当先生だ。

体育で男女合同授業になると、必ず日向君を弄ってる、少し面白い先生。

少し照れくさそうに、だけど嬉しそうに日向君は笑いながら髪の毛をクシャリ、触った。

よくやる日向君の癖。



「おめでとう!今年の選手権は期待してるわよ~!」

「うっす。頑張ります」

「それじゃあもう二人とも戻りなさい。せっかくの体育祭が終わっちゃうわよ。まだお昼休憩も残ってるし。相川さん歩ける?」

「あ、はい!」



二人でお礼を言って保健室を後にした。

その途中で怪我をして保健室に行く子達とすれ違った。

今年はやけにハードな体育祭だな、なんて思いながら先程の保健室の先生の会話を思い出した。



「そういえばサッカー部はもうすぐ選手権だったね。模試があるのに大変だ」

「本当だよな~。まあ、模試の勉強なんてする気ないけど」

「忙しいもんね」

「・・・あのさ」



あ、また―――。

髪の毛を右手でクシャ、っと掴む。

きっと、無意識なんだろうな。



「――ん、き――し――けど」

「え!?ごめん、もう一回お願い」



外に出て少しだけ賑やかな声に、日向君の声が埋もれる。

熱い空気が、身体全体を包み込み、湿布の冷たさももう皆無だ。

少しだけ日向君に近づいて聞き取りやすいようにする。



「・・・応援、来て欲しいんだけど!」

「―――え」



日向君を見上げるが、太陽のせいで光ってよく見えない。



「行っても、いいの?」

「ていうか、来て欲しいんだけど・・・」

「い、行く!!絶対行く!」

「・・・さんきゅ」



笑う日向君と同じように、私も笑顔になった。

校舎の中にいたため、熱さをわすれていた体は、今になって体温調節をしようと汗が額から落ちてくる。

私はポケットからハンカチを取り出して、汗をぬぐう。



「相川さん、なんかおち――」



私より一歩後ろにいた日向君に声をかけられて振り向く。



「あ、いや何でもない。ごめん」

「そう?」



特に気にもとめず、痛む足をかばいながら応援席へと二人で戻った。




***



わあああああ、と生徒達が立ち上がり盛り上がる。

そこに共通しているものは、青色の鉢巻をつけているということ。

学年問わず立ち上がり、勝利に喜びをかみしめているようだ。



「悔しい~」



赤組は2位で、結果負けてしまった。

因みに対抗色は3色だから、ビリは免れたが、それでも悔しいものは悔しい。




「男子の騎馬戦弱すぎ!」

「女子の竹取りは全部勝ったのにね~」



片付けの途中で悔しさをポツリポツリ零して行く。

太陽は何時の間にか私たちの真上から消えていた。

それだけあっという間に過ぎ去ってしまった体育祭。



「もう、次が最後なんだね」

「え?」



満面の笑みの同級生、悔しさに涙を流す先輩、楽しかったと嬉しそうな後輩。

すれ違う中、小さな声で莉奈が呟いた言葉を頑張って拾った。



「もう、来年が最後なんだなって」

「・・・そうだね」



来年の体育祭で私達は笑ってるかな。

それとも先輩たちみたいに悔しくて泣いてる?

そんなの分からないけれど。



「まだまだ行事は沢山残ってるからさ、そんな先のこと考えないで今を楽しもうよ!」

「・・・確かにね!」



まだ高校2年生。

受験も卒業もまだまだ先のこと。

これから先、修学旅行や球技大会だってまだ残ってる。

今年終わってしまった行事はまだ来年、1回経験できるんだから、今悩んだってしょうがない。



「あれ?」



そう莉奈に言い聞かせるようにして、実は自分に言い聞かせていたのかもしれない。



「どうした、美空」

「ポケットに入れといたはずの、借り物競走の時の紙がないの」



反対側のポケットに手を入れてみても、それは見当たらなくて。

恐らく協議中に、どこかで落としたのだろう。

ゴミになってしまったものは申し訳ないが、広いグラウンドをわざわざ探すもの手間で仕方ない。

私は特に気にも留めずに、西日から逃げるように校舎へ入った。




***




「美ら海は定番だよね」

「潜る?」

「髪の毛パサパサになっちゃうしな~」



体育祭が終わったクラスは、2ヶ月後に控えている修学旅行の話題で持ちきりになっていた。

教室にある後ろの黒板には、誰が書いたのか下手くそなシーサーと並んで沖縄までのカウントダウン表。

気が早すぎる。

高校の修学旅行というのは、中学の頃よりもフリーで期間も三泊四日と長い。



「2日目の自由行動はどこに行こうか」


机を迎え合わせにして、賑やかな昼休みの一時。

莉奈との話もやはり、修学旅行で持ち切りだ



「ん~・・・美ら海は行ってみたいな。そこにあるエメラルドビーチだっけ?それも見てみたいし、イルカショーもあるんだって!」



安定の抹茶オレを飲みながら、目の前に雑誌を広げる。

活字で書かれたオレンジ色の英単語とは比べ物にならないくらい、私の興味を震わせる。

それは色鮮やかな文字で、沖縄の名所や食べ物が紹介されている。

綺麗な海、美味しそうな食べ物、沖縄の工芸品。

どれも17歳の私たちの心を、いとも簡単に躍らせる。



「そういえばさ、」



雑誌を捲る手を止めた莉奈に、飲んでいた抹茶オレを机に置いて視線を向けた。



「美空、選手権見に行かない?」



そういえば選手権は今週から始まるんだった。

体育祭の日、日向君に誘われてからその話題が何も出ていなかったことに今気づく。



「行こうと思ってたの~」

「本当!?じゃあ一緒に見に行こうよ」

「うん!平松君も出るの?」

「そうな「俺も出るんだぜ!?」



途中から割り込んできた声。

莉奈は小さく舌打ちをして、その人物を睨み付けた。



「俺のことも応援よろしく!」

「あたしは彼氏しか応援しませ~ん」



そう言って立ち上がると、「教科書借りてくる」と言ってそのまま教室を出て行ってしまった。

次の時間は社会の授業だ。神谷先生だから教科書を忘れるとかなり怒られてしまうので、朝から莉奈は仮にいかなきゃと言っていたのを思い出す。



「意地っ張りめ」



はあ、とそのまま莉奈が座っていた椅子に腰掛けた葉月君。そのままツンツンヘアをかき乱した。

「沖縄かー」なんて雑誌を捲って、呑気な事を言っているけれど、きっと莉奈の事考えてるに違いない。



「葉月君ってさ、」



瞳が合った瞬間、思わず今度は私が雑誌に視線を落とした。

なぜか彼のことを直視していられなかった。



「その・・・、莉奈の事・・・好きなの?」


伺うように視線だけを彼に戻す。



「っ、」



見間違いじゃないだろうか。

そう思って顔をあげた。

だけどそれは見間違いなんかじゃなくて、確かにそこには頬を赤く染めて少し動揺する葉月君の姿が。



「図星だ」


葉月君がいつも私をからかうように、私も少しだけ口角をあげる。



「るせー!」



そういって隠そうとする葉月君がなんだか面白くて、思わず笑ってしまった。



「何で、いきなり」

「前から聞こうと思ってたんだよね。体育祭の前、階段で莉奈と遭遇した時に嘘付いたでしょ?それからなんとなーく」

「それだけで」

「それだけじゃないよ。普段の接し方とか、かな」

「ま、いっか。相川の好きな人も分かってるわけだし」



半ば開き直ってるような。

だけどそれもまた可笑しくて、笑ってしまう。



「いつから好きだったの?」

「・・・物心付いたときには好きだったよ」



物心付いたときから、か。



「だけど」

「そ。アイツには平松って言う俺よりカッコよくて、頭もよくて、サッカーも上手い完璧な彼氏がいる」

「・・・」

「俺さ、自惚れてたんだ。ほら、よく漫画とかである幼馴染の恋って、大体が両思いだったりするじゃん?だからいずれ自然とそうなるんだって思ってた。だけど高校に入ったらあっさり平松にあいつ持ってかれたよ」



息が漏れるように笑う葉月君に、私は何も言えなかった。

頑張れ、なんて言葉はきっと彼には残酷すぎる。

だって平松君は、葉月君にとって莉奈と同じぐらい大切な人だから。



「いつの間にか、手を伸ばすことさえ許されなくなってた」


そしてそれと同時に、莉奈の大好きな人だから。




「恋って難しいね。皆が皆、好きな人と結ばれればいいのに」



気が付けば抹茶オレは無くなっていた。

何の意味も無く、刺さっているストローを回す。

他に返す言葉がないからだ。



「なあ、相川」

「ん?」

「俺達、片想い同盟だなっ!」



ニッといつも通りの笑顔に戻った葉月君。

そんな彼に少しだけ安心。



「俺はあいつに。相川は大地に」

「ちょっと!声大きい!」

「わりぃわりぃ」



なんて言いながら、ちっとも悪いと思ってないんだから。



「ま、俺の片想いは叶わないけど」


もっと私が大人だったら、彼に何か言葉を掛けてあげれたのかもしれない。

高校生の私は、今とても無力だ。



「本当は気づいてるんだ。平松が俺の事少し警戒してるの。でも、アイツには悪いけど諦める気はない。だけど、奪うつもりもないんだ」

「・・・うん」

「だから相川も、大地が他の奴のものになる前に頑張れよ」

「え、うわ!?」



少し乱暴に私の髪の毛を書き乱す大きな手。

しかもなんか、ちょっと押してるし。



「も~!!痛いってば!」

「うおりゃ!うおりゃ!」

「葉月君ってば!も~!」



無造作に髪をかき乱すその腕を掴む。



「青春って、意地悪だ」

「・・・むしろ、上等」



子供だけど、子供じゃない。

大人だけど、大人じゃない。

世間では私達世代の事を、こう言うらしい。

だけど、私は私を子供だと思う。

この学年に、制服を着てる人の中に、大人なんて誰一人いやしないんだ。

どんなに外見が大人びていても、どんなに考えが大人っぽくても、それは見せかけ。

核はいつだって子供。

だからこそ、その毎日は私達に試練を与える。

それは恋だけじゃない。人間関係だって、勉強だってそう。

大人になりきれない無力さを感じながら、私達は毎日をがむしゃらに生きている。



「下手したらいじめレベルだ」

「それは言いすぎだよ」

「そうか?」




青春って、そんな日々の繰り返しなのかもしれない。





*日向大地side*



彼女の事を―――相川さんのことを知ったのは、入学式の日だった。

青空を切り裂くように伸びている梢につくピンクの花弁が、風に揺られ踊っている。

時折その風に身を任せる花弁たちが、綺麗に舞を披露する。

それを見上げ、微笑む一人の女の子。

思わず息をのんだ。

特別美人とか、かわいいとか、そういうわけではないけれど、俺の中で彼女は今まで見てきた誰よりも可愛く見えたんだ。

青空と、ピンクの花弁と、彼女の笑顔はまるで有名な絵画のように美しくて。

きっと、一目惚れだったんだろう。

15歳の俺に、その答えはすぐ分からなくて、ただただ廊下でしか会えない彼女を瞳で追っていた。

もちろん瞳が合う事なんてなかったが、彼女が友達と笑う姿を見てるだけで、俺はその日一日幸せだった。

中学時代まで、サッカーに集中したくて、異性に興味何てなかった。

高校だってそう。サッカーをするために、この強豪校への入学を決めた。

だから付き合いたいとか、俺だけのものにしたいとか、そんな感情は一切なかった。

でも、彼女の笑顔をもっと近くで見たいと思ったのは事実。

1年生の秋ごろから廊下ですれ違うたびに瞳が合うようになったのは夢かと思った。

吸い込まれてしまうんじゃないかと思う程、彼女の丸い大きな瞳から視線を逸らす事ができなくて、その瞳に映る俺はどう見えているんだろうかなんて思うようになっていた。



「よー、大地」

「おー」



部室に入ってきた人物を声で特定し、平松だと判断する。

適当な返事を返して、俺の視線は一枚の紙切れ。

パイプ椅子にもたれかかりながら、今にも切れそうな蛍光灯に透かして見るが、書かれている文字に何ら変わりは無い。



「何、それ」

「秘密~」




それだけ言うと、ふ~んと鼻で返事をして何も聞いてこなかった。

まあ、特に秘密というものではないのだけど。

紙に書かれた汚い文字。

小さいそれは皺だらけで、土と砂埃で少しだけ薄茶色になっている。

好きな人、ねぇ・・・。



「んー」

「珍しい。大地が唸るなんて」

「俺だって悩むさ」

「何、悩んでんの?」



平松がこちらを向くのが分かるが、瞳は合わせない。

見つめる一点は、先程から変わらない。



「べっつにー。っていうかその言葉、そっくりそのまま返すわ」

「・・・るせ」

「平松君がご機嫌斜めの時は、大体莉奈ちゃんが絡んでるんですものねー」

「やめろ、気色悪い」

「へいへい」



ユニホームに着替え終わった平松は、スパイクの靴紐を強く結んだ。

スマホを取り出し、何かをしている様子だ。

俺は立ち上がり、それをジャージのポケットの奥深くへ。

ちょうどその時。



「うぃーっす」



入ってきた葉月と他の連中に一度だけ目を配る。

うっす、と小さく返事をして入れ違いに外へ出た。

あの日、体育祭の保健室の帰り道。

相川さんがポケットからハンカチを出すと同時に、一枚の紙きれが落ちた。

それを拾うとそこに書かれていたのは『好きな人』という文字。



『相川さんの借り物競争の時さ、紙に何て書いてあったの?』

『あー・・・同じクラスの男子、って書いてあったの』

『だから葉月連れてったんだ』

『うん、そうなの』



それを見た瞬間、保健室に向かう途中の会話がフラッシュバックされた。

『同じクラスの男子』なんて大嘘で、本当は『好きな人』だったんだ。

つまり、連れてった葉月のことが相川さんは好きなわけで。



「かっこわりぃー・・・」



前髪を無造作にかき乱し、空を仰いだ。厚い灰色の雲が、いつもの青空を隠していた。

あんな事、言うんじゃなかったか。応援来て欲しい、だなんて。

来たら、葉月の事応援するに決まってるじゃないか。



「・・・」



いや、あれでよかったのかもしれない。

葉月に負ける気はない。

絶対に俺を見てもらえるようなプレーをすればいいだけじゃないか。

そう心に誓って、一歩歩き出せば。



「大地先輩!」



高い声に、急いで笑顔の仮面を貼り付けて振り向いた。そこにはマネージャー室から出て、小走りで駆け寄ってくる琴美の姿が。



「今日のメニューなんですけど、橋本先生が・・・」




そう言ってボールペンで器用に、ノートに文字を落としていく。

葉山琴美とは中学校から同じの後輩。

中学校時代も琴美は、サッカー部のマネージャーをしていた。

そんな琴美の持つボロボロのノートには、練習メニューだけじゃない。

その日の天候はもちろん、選手の体調についてまで事細かに記されている。



「・・・に変更らしいです。3年の先輩には伝えておきましたので、2年の先輩に伝えてもらっていいですか?」

「おう」

「それから、大地先輩。あっかんべー、の目やってもらっていいですか?」

「もっとマシな言い方しろって。ほら」



そう言って下瞼が見えるように皮膚を引っ張る。

一人変顔、一人それをマジマジ見る後輩。傍から見ればおかしい奴だと思われるだろう。



「んー、やっぱり少し貧血気味ですね。気をつけてください」

「さんきゅ」



マネージャーとしての腕は、2年のマネージャーより全然いいんだ。

だけど。



「大地ー。まだここに居たのか」



準備を終えた平松が、部室から出てきた。

それに気がついた琴美は失礼しますね、と言ってそのままグラウンドのほうに行ってしまった。



「お前よー」



平松が俺の隣に並んだと同時に、歩き出す。

二つの長い影が、ゆらゆらと揺れ動く。



「んだよ」

「アイツとは距離置けって言ったろ?アイツは間違いなくお前が好きなんだから」

「何を根拠に」

「お前、いつから鈍くなったんだよ。前まで自分に好意のある女なら、薄らと気づいて自分から一線引いてたのに」



どうやら琴美は俺に好意を抱いているよう。

あくまでそれは、平松と葉月の客観的視点からだが。



「琴美とは長い付き合いだしなー」



っていうか、他の奴が俺に対して分かりやすく接してきたから、一線引いてたんだけどな。




「わからないもんは、わからねぇよ」

「葉山が?」



俺はそれには答えず、ただ平松の背中を少し力をいれて叩いた。

突然のことに少しだけ前によろめいた平松に、俺はいつも通り笑ってみせた。

返事をするように平松も笑い返す。




「まずは今週、だな」

「頼むぜ、エース」




その言葉に俺はもう一度、空を仰いだ。



*日向大地side END*




君の、好きな人。

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