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君と、


初めての場所

初めての時間


ドキドキして

ワクワクした



君がいた、冬。



時が止まればいいと

何度願っただろう。





「つ、い、たぁ~っ!」



ん~っと、横で大きく伸びをする莉奈。

先程まで曇りだった天気が、沖縄では嘘のような快晴だ。



「ついに、きたね沖縄!」

「ね~!ふふっ、楽しみ」


始めて飛行機にのり、いまだに興奮が冷めない。

それもそうだ、あの沖縄にきたのだから。

那覇空港は沢山の人で賑わっていた。外国人もいれば、私たちと同じような修学旅行生の団体、スーツを着ているおじさんたちなど。

空港の窓際に置かれているハイビスカスのようなきれいなお花を見て、そのままバス乗り場まで移動する。

今日はクラス単位での移動となっている。



「にしてもコートは要らないね」

「うん。暑くはないけど、ちょうどいい気候だね」


地元があまりにも寒かったので、ヒートテックまで着てきてしまった私は、後悔した。

しかしここでヒートテックを脱ぐわけにもいかず、コートだけを抜いで手に持つ。

各クラスごとバスに乗り込んだ。

バス酔をすると嫌なので、前のほうの席に座る。

窓側が好きではない莉奈の代わりに、私が窓側の席に座った。



「隣C組のバスだよ」



左隣のバスに知り合いがいるのを確認する。

しかし、日向君や平松君の姿は見当たらない。



「多分あの二人は男子たちがいつも陣取る、一番後ろに座ってるんだよ。健人みたいにね」



うえーい、と後ろで盛り上がってる男子たちの声が聞こえる。

学校生活1番のイベントと言っても過言ではない修学旅行に、皆心が浮ついていた。



「あ、動いた!」



バスが走り出す。これから始まる未知のたびに、ワクワクが止まらない。

私たちが一番最初に向かうのは首里城だ。



「れっつ、ごー!」



男子の掛け声に、全員が声を上げた。

クラスの盛り上がりは既に絶頂を迎えている。

まるでお菓子を買ってもらえた小さい子のように無邪気な笑顔で、みんなが沖縄にこれたことを嬉しく楽しく思っているようだった。

バスガイドさんの紹介も終わり、那覇空港を出発してから数十分。バスの中に声が途切れることはない。

また、時々バスガイドさんが、バスで通り過ぎていく沖縄の町並みを説明してくれた。

地元では工事中赤いコーンが置かれる場所に、沖縄ではシーサーの形をしたコーンが置かれていたり、沖縄ならではの家作りを見たり、教科書でしか見たことのなかった景色は、いとも簡単に私たちの心を躍らす。



「そういえばさ」



バスガイドさんの説明が終わると同時に、莉奈が口を開く。



「この前の選手権、凄かったね」

「うん、凄かった・・・!」


修学旅行直前に行われたサッカーの選手権。

サッカーの試合を始めて観る私は、もちろんそんなにサッカーに詳しくはない。

だけど、そんな私を彼らは、一瞬で未知の世界に引き込んだ。

一瞬一瞬が、選手全員が、輝いて見えた。

まるで彼らの立っている場所だけが、違う空間に見えた。



「日向大地、決めてたね」

「うん。でも、平松君だってPK決めてたよ」

「決めなきゃ許さん!」

「莉奈が言うと冗談に聞こえないって~」



初めて見る人を一瞬でひきつけてしまう彼等の試合は、本当に凄いと思う。

最後まで諦めないでボールを走っていく。

そんな姿が今も瞳について離れない。

それはその裏にある、彼等の想いとか、努力とかが、きっとそうさせているんだ。



「修学旅行が終われば、いよいよ決勝だね」



試合はその1回しか見に行くことが出来なかったが、それ以外の試合も私達高校は順調に勝ち進んだ。

そのたびに学校全体が団結するような、不思議な雰囲気が校内には流れていた。



「ついに念願の全校応援か~。去年は準決で負けちゃったから、頑張って決勝は優勝して欲しいね」

「うん」



「にしても、日向大地は凄いね。2年連続出場か」



確か去年も日向君は1年生にして、試合に出ていたらしい。

途中出場だと聞いたけれど、それでもこのサッカー強豪校と言われる東高でだ。

それはなかなか出来る事ではないだろう。

毎年サッカー部希望で、東高を受験する人が沢山いるのだから。

それを勝ち抜いて、且つ、沢山部員がいる中から選ばれたのだから、やっぱり日向君は凄い人だ。



「しかも今年は背番号10番貰っちゃってるし」



10番という数字に少しだけ引っかかる。

そういえば、体育祭のときにも保健室の先生が言ってた事を思い出した。


『今度の選手権、ユニホーム番号10番貰ったって』



10番という背番号を貰うことが、そんなにも凄いことなのだろうか。

黙っている私に、莉奈は少し様子を伺うように聞いてきた。



「もしかして・・・美空、背番号10番の意味、知らない?」



莉奈が『え、マジで?』みたいな表情をしてくるので、言葉ではなくへへっと笑って返す。

もちろんそれは肯定を意味している。

そもそもユニホーム番号に意味があった事自体初知りだ。




「背番号10番、東高ではエース番号として毎年受け継げられてるの。去年は3年の先輩だったから、今年も先輩が貰うのかと思ってたんだけど」

「エース番号!?」

「うわ!声でかいよ!」



慌てて口を両手で塞ぐが、誰一人聞いている人はいない。

大きな声は、バスの中ではかき消されてしまう。

後ろを振り向いてみても、みんなそれぞれがそれぞれの時間を過ごしていた。

バスを走らせて時間は経つが、誰一人寝る人はいない。

1年生の頃から“未来のエース”と呼ばれてきた日向君は、いつの間にか東高校の本当のエースになっていたらしい。

その意味を知っていたら、体育祭の時におめでとうって言えたのに、何も言えなかった自分を悔やむ。



「来年は大学からの推薦も沢山来るだろうね。翔也が言うには、プロチームから誘いが来る可能性もあるらしいよ」

「・・・そうなんだ」



今、改めて日向君の凄さを思い知らされた気がする。

そんな凄い人を好きになってしまった私って一体・・・。

なんだか劣等感に襲われ、目の前に広げてあったお菓子を無意識のうちに一つだけ口に運んだ。

話してばかりで、お菓子は全然減っていない。

そんな中、バスは首里城へと到着した。

バスを降りて、んーっと、伸びをする。

クラス全員が降りたところで、守礼門(シュレイモン)という所でクラス写真を撮った。

綺麗なお化粧をして、衣装を身に纏う女の人が椅子に座っていて、それを囲むように皆で並んだ。

始めてみる沖縄の伝統衣装は、とても美しく、可憐で、見る人を一瞬で虜にする力がある。



「よし、美空行こうか!」

「うん・・・!」




差し出された手を握り走り出す。

ここから先はしばらく自由行動で首里城を刊行できる。

今までに、パンフレットやテレビの中でしか見た事のない、琉球文化。

それを一枚一枚写真に収める。もちろんそこには笑顔のふたりが。

一通り周り終わって売店で莉奈と一息つく。



「あはは!珍しいアイス~!“ユミコ”だって!人の名前みたい!」

「上からハイビスカスにマンゴーに、紅芋味だって!なにそれ!すごーい!!」

「おばちゃーん!これ頂戴!」



冬なのにアイスを食べても全然寒くならない事に違和感を感じる。

地元で食べたら間違いなく鳥肌ものだ。

売店のおばちゃんにお金を私、それと交換でアイスを受け取る。

同じクラスのみんなも、次々と売店へやってきて珍しいアイスを注文している。

私と莉奈は売店横に会った、小さな屋根の下に置かれてい椅子に腰を掛ける。



「ん!美味しい!」



ほどよい甘酸っぱさが口に広がる。

ハイビスカスの次に待ち構えている味はまろやかな甘さのマンゴーだ。ハイビスカスと一緒に食べると、その美味しさはさらに増す。

だんだんと溶けてきた三色のアイスが混ざるとそれはどこか艶めかしい雰囲気だ。



「あ、もうすぐ集合時間だ」

「バスに戻ろうか」

「あ、まって!あれ世界遺産の一つだよ!」

「え、どれ!」



歩いて戻る途中、莉奈が突如走り出した。

私のその後を急いで追いかけた。



「これ、バスガイドさんが言ってた奴だ!」

「そのひや・・・?」

「その、ひゃん・・・うたきいし、もん!だって」



ガイドブックを見ながらだけども、少し言葉に躓く莉奈。

難しい名前に二人で少しだけ苦笑い。

二人でそれを背景に写真を撮る。

首里城だけでもう何枚写真を撮ったのだろうか。



「よし、行こう」

「うん」



バスに戻るとほとんどの生徒が戻ってきていた。

隣を見るとB組とC組の生徒不在のバスがあった。

C組のバスを見ながらふと、思う。

日向君と同じクラスだったら、ずっと一緒に過ごすことができたのに、と。

そう思ったところでどうにもならない事だし、自由行動では一緒に過ごせるのだから、そこまで落ち込むことではないのだけれど。

それでもやっぱり、私の知らない日向君を見てるC組の女の子たちが少し羨ましい。


「次の場所は~」


隣に座る莉奈が修学旅行のしおりを開く。

私はお菓子を食べながら

全員が揃ったところでバスが出発した。

未知の世界に、私の興奮は今だ収まることを知らなかった。



***




「はーっ!楽しかったぁ!」

「ほんとー!」



バフンッ、とホテルに戻り部屋に入った莉奈は、荷物を置いたらすぐにベッドにダイブした。

綺麗に皺のなかったシーツや布団は、莉奈のせいですでにぐしゃぐしゃだ。



「ちょっとー莉奈!ベッドはじゃんけんだだからね」


クラスメイトの一人がそう言う。

部屋は5人部屋で、ベッドが二つ、畳の部屋が一つあり、そこに布団を三枚引く形になる。

小さなテレビに、横長のテーブルと、それに鏡が備え付けられている。


「あ、見てみんな!ベランダにテーブルがある!」


一人の発言に、皆が興味津々にベランダに進む。

ベランダはわりと広くて、正方形形をしていた。5人が入っても余裕があり、律義な事に椅子も備え付けられている。

ベランダより先の世界は、真っ暗で何も見えない。波の音が聞こえる。きっとあの暗闇は朝になると、正体を海に帰るのだろう。時折道路を走るバイクの音が無駄に響く。



「ここでお菓子パーティーしちゃう?」



夜が私たちの心を悪魔にしているのか、修学旅行というイベントが私たちをそうしているのか分からない。

だけど一つだけ確実に言えるのは。



「いいねいいね!」

「さっきコンビニで沖縄限定のポテトチップス買ったの!」



誰かがもう1部屋に泊まっている5人組を読んで、ベランダでお菓子パーティーをしながら、人狼ゲームをする。

「人狼だーれだ」とゲームマスターが言うと周りはすぐ弄られキャラの子に「絶対あんたでしょ!」と言われ、すぐに吊られてしまうのがおかしくてたまらない。

お菓子もジュースも、なかなか減らない。眠気も来ない。消灯の時間は過ぎた。

夜はきっと、私たちの味方だったんだ。



***




「うわ~すっげー」

「めっちゃ大っきい!」



次の日。天気は今日も快晴。ちいちゃんのかげおくりが出来そうな程、雲一つない青空だった。

二日目の今日は楽しみにしていた自由行動の日。あらかじめ学校にこのメンバーで自由行動をすると申請をし、用意されたタクシーに乗って、美ら海水族館に来ていた。

ジンベイ鮫が泳ぐ大きなアクリルパネルを前に、5人はそれぞれの感想を漏らす。

やはり人気なだけあって、パネルの前は眺める人でいっぱいだ。



「相川さん見て見てこれ!チンアナゴ!」

「わ~可愛い」

「え、気持ち悪くね?」

「そんなことないよ・・・!」



出発したときから、私達5人の間に笑いが絶える事はない。

大きなサメの口をした模型の真ん中に、5人で立って写真を撮って。

泳ぐことは出来ないけれど、裸足になってエメラルドビーチの透き通る海面を蹴り上げる。

可愛いイルカ達のショーでは、その迫力に驚かされ。

最後は修学旅行生や観光客でごった返すお土産屋さんで、それぞれが買い物をした。



「わーチンアナゴのストラップだ。可愛い~」

「・・・可愛いの、これ」

「可愛いよー!うわー、迷うな。でも、もう沢山今日は買っちゃったしな~」

「・・・」




日向君はマジか、みたいな表情をしていたが気にしないようにしよう。

本当に可愛いんだもん、チンアナゴ。

ゆらゆら揺れる白黒の生き物。たくさんいると確かに気持ち悪く見えるかもしれないけど、一匹はとても可愛く見えてしまう。

荷物をタクシーに乗せて、少し名残惜しくもあるが美ら海水族館を後にする。

そこから1時間ほどだろうか。

タクシーの運転手さんも交えて車内は大盛り上がりの中、ガラス製作所に到着した。

棒についている溶けたガラスに息を吹き込み、膨らませるという単純な作業。

それなのに、笑いを起こすのが日向君と葉月君だ。

口いっぱいに空気を含んで、ガラスに吹き込むのだが、これがなかなかうまくいかない二人。

動画と写真を一杯取って、これも思い出に収める。

その後は時間に少し余裕が有るため、運転手さんオススメの道の駅で寄り道。

そこで見つけたのは大きなサーターアンダギー。

しかもそれが安いのなんの。

二つかって、一つはその場で食べた。もう一つはホテルでの夜食だ。



「おーい、そろそろ行くぞー!」



タクシーの運ちゃんに急かされて、慌てて車に乗り込む。

最後は、有名観光地の国際通りだ。

ここからは別行動となる。

事前に莉奈に平松君と周りたいとお願いされていたのだ。

タクシーを降りて、葉月君と日向君の3人で歩き出す。

賑わう国際通りは、修学旅行生や外人さんが沢山いた。

まるでお祭りでもやっているのではないか、というぐらいの人の多さに驚いた。



「あー、可愛い・・・!」



歩いている途中。

他の店とは少し雰囲気の違う、可愛らしいお店を発見した。



「いらっしゃいませー!よかったらどうですか?見るだけでも」



可愛らしい店員さんに声を掛けられて、頷きたい衝動を抑える。

だってこれ、見るからに女の子向けで日向君と葉月君からしたら多分相当つまらないお店かも・・・。

不安げに振り返ると。



「・・・え、」



そこに二人の姿は無い。



「うっわー。すっげーなこれ」

「中に入ってんの何これ?」



既に二人は私より先に店内に入っていた。

そんな二人に思わず笑みが零れる。

馬鹿だなあ。何で不安になってるんだろ。

二人が否定するような人じゃないって分かってるのに。



「お姉さんも、どうぞ」

「はい!」



私も店員さんと一緒に店内に入る。

小さな店内に飾られているのはガラスでできた小さなストラップやネックレスがあり、それらの中には、小さな粒のようなものが閉じ込められていた。



「この中に入ってるのは何ですか?」

「それは星の砂なんです。沖縄の砂ですよ。全てオーダーメイドなのでこの世に一つしかありません」

「え、これ中に入ってるの金箔!?」

「ええ。そちらのほうは、他の星の砂だけのものとは違いハートの金箔が恋愛運。月が友情、星が金運のように様々なご利益があるんですよ。少しお値段が上がりますが、修学旅行生の皆様にとても人気なんです」



うわー・・・可愛いな~。

葉月君が目にしたそれを、私も店員さんの話を聞きながら眺める。



「因みにストラップだけじゃなくて、ネックレスにも同じ意味が込められてるんです。また、恋愛運だけは2種類あって、こちらは二人の愛がずっと続きますように。こちらは、片想いが実りますようにって意味がこもってるんです」

「そうなんですね」

「あと、青い色のストラップが沢山あるでしょう?実はこれ、沖縄の海を表しているんです。太陽の光によって、沖縄の海は色を変えます。訪れた日の海の色と似た色を買ってかれる方も多いんですよ」



確かに店内には青色のストラップが多い。その青は、ただの青でなく、藍色のような濃い青から、碧色の少し薄い青まで様々だ。

ストラップに海を閉じ込めるなんて、何て素敵なんだろう。

優柔不断な私は、ますます何を買おうか迷ってしまう。



「あ、葉月君。これ、莉奈に買ってったら?」



小さな声で、日向君に聞こえないように言う。

日向君は反対側で別の店員さんの話を聞いているようだった。



「な!?」

「金運とか、勉強運とか。ストラップならいいんじゃない?こういうの絶対喜ぶよ莉奈!」

「でもアイツ、ここ来るかもだし」

「多分大丈夫だよ。莉奈、国際通りから少し外れた場所で夕飯食べてるみたいだし。戻ってくる頃には時間がそんなにないよ」




少し照れたように頬を掻く葉月君。

普段ツンツンしてるくせに、莉奈の事になるとこうなんだもん。



「でもなー・・・」



悩みながらも、視線はストラップから離れない。



「あ、じゃあ、私と莉奈にってのは?もちろん私はお金を払うけど、『これ二人にお揃いでやるよー』みたいな!まるで葉月君が買ってくれたみたいに「バーカ」

「いた、!?」




不意打ちのでこピン。

ヒリヒリする感覚が残るそこを、手でさする。



「お前は恋愛運だけ買っとけ。2個も買ったら金がかかんだろ」

「・・・でも、」



そう言い掛けた所で、葉月君の大きな手が私の頭の上に優しく置かれた。



「ありがとな。気にしてくれて」



その表情は優しくて、だけど今にも壊れてしまいそうなほど弱弱しくて。

私は頷くことしかできなかった。

そのまま葉月君は日向君のほうに行ってしまった。



「・・・」



もし、もしだけど。

私が葉月君の立場だったら相当辛いはずだ。

相手に好きな人がいて、それが両想いだなんて。

入る隙がどこにもないじゃないか。



「あの、これ下さい・・・!」


私は先ほど店員さんからおススメされた運気があがるストラップを握りしめていた。

それは片思いが実りますように、と願いが込められたもの。

まだ、少しでもチャンスがあるなら。

たとえ日向君に好きな人がいようと、それが彼女じゃないのなら。

臆病な自分に少しでも勇気を与えるために。



「・・・はい。ありがとうございます」



優しく微笑んだ店員さんに、私も微笑み返した。




*日向大地side*




「でよー、いい加減吐けって。相川の事好きなんだろ?」



これだから葉月と二人きりは嫌なんだ。

肺の奥深くから息を吐き出す。

2つ並ぶベッドの窓側のベッドに腰を下ろし、最近新しくしたスマートフォンを弄る。

前のガラケーがやっと契約がすみ、俺もやっとスマホデビューを果たした。



「だからお前もしつこいって」



早く平松が風呂から出てくる事をひたすら願う。

ここ最近やけに質問攻めしてくる葉月。

しかもそれは全て相川さんに関する事。



「告れば一発OKなんだからさー」

「意味分からないから」


何を根拠の無いことを。

よりによって相川さんが好きな奴に言われるなんて。

だんだんとイライラが一つ、また一つと増えていく。

そう言ってるお前こそ、相川さんの事好きなんじゃないのかよ。

頭に手なんか乗せやがって。

ちゃんとさっきの二人の様子を横目で確認してた俺。

店員と話してないで、今すぐにでも邪魔したい衝動を必死で抑えてた。

嫉妬なんて、馬鹿馬鹿しい。

彼女は俺のものじゃないのに。



「まーまー、ここは素直になってさ!」



多分、相川さんが葉月の事好きって知らなければ、こんな感情をコイツに抱くことなんて無いんだろうけど。



「お待たせ。ほら、葉月入ってこいよ」



自分の部屋の風呂が、順番待ちが長いからといって、俺たちの部屋に足を運んできた葉月。

コイツはちゃっかり着替えを持ってきていたから、恐らくこのままここに居座る気だろう。

葉月は平松の言葉に従って、風呂場に行った。



「なーにイライラしてんの、大地」



少し低めのトーンが、鼓膜を震わす。

スマホを見ていた顔をあげて、一回平松を見る。



「べっつにー」



そう言って座っていたベッドに、背中から倒れこむ。

一回だけ小さくバウンドをした体。



「大地が不機嫌な時は大体相川が絡んでるからな~」

「てめ、」

「いつかのお返し」




ちぇっ、と唇を尖らせる。

別にそんなに相川さんの事で不機嫌になったことないし。それに不機嫌なのは葉月のせいだし!




「変な気ぃ起こすなよ」

「・・・なんだよ、それ」

「乱すなってこと」

「・・・別にそんなつもりねぇよ」



平松がどこまで気づいてるのか分からないし、今の『乱すな』って言葉が何を意味してたのか俺には確信が無い。

5人の関係のことなのか。

それともサッカーのチームプレーのことなのか。

ま、どっちにしろ俺の心の蟠(ワダカマ)りをサッカーに持ち出すほど子供じゃない。

枕元に置いたスマホが震える。俺は手だけ伸ばしてそれを掴む。

ロック画面を解除すると、LIMEがきていた。



「平松、ちょっと行って来る」

「おー」



俺は起き上がって、パーカーを羽織り扉を開けた。

沖縄の夜は少し肌寒いだけで、俺たちの田舎に比べたら全然暖かいほうだ。

俺は音を立てないように、ゆっくりと非常階段へと向かった。

少し重い扉を開けて、夜風が頬を撫でた。

ギイッと、小さく音を立てた扉に、柔らかそうな髪の毛を風に躍らせていた背中が振り返る。



「日向君」



優しく俺の名前を呼ぶ声。

その声を、自分だけのものにしたいなんて。

馬鹿だよな、俺も。



「ごめん、お待たせ相川さん」

「ううん。どうしたの?」



昼間はあんなに綺麗で透き通っていた海も、今では暗闇に飲み込まれていた。

よく目を凝らさなければ、そこに海があるのかなんて分からないぐらいだ。

相川さんの隣に立つと、ふんわりと石鹸の香りが漂ってきた。

おそらく、ホテルのシャンプーとかの匂いだろう。

俺と同じものなのに、人が違うだけでこんなにも違うように感じられるのか。



「今日、楽しかったね」

「うん。とっても楽しかった」

「俺未だに謎なんだけどさ、チンアナゴって可愛いの?」

「可愛いよ!」



間もいれずすかさず『可愛いよ!』という相川さんが、あまりにも面白くて思わず噴出した。

そして「また笑うんだから~!」とちょっと怒ったフリをする相川さんに、ポケットからあるものを取り出してさしだす。



「はい、これ」



そう言って差し出したもの。



「え、」



元からパッチリ二重の大きな目を、さらに大きく開く相川さん。



「これ、・・・私が可愛いって言ってたやつ・・・」



そう言いながらまるで得体のしれないものに初めて触るかのように、慎重にそれを取る。

顔の前に持っていき、それをぐるっと回して、舐めるように見ている。

あげたチンアナゴのストラップは、美ら海で相川さんがずっと買うか迷っていたものだ。


「そー」

「わ、悪いよこんなの・・・!」

「返品は受け付けてませんので」



そう悪戯に笑うと、相川さんは困ったような表情をした。



「・・・」



・・・葉月だったら喜んだ?

もしかして迷惑だった?

そう言いそうになった言葉を飲み込む。

自分で自分を殺してどうする、俺。

小さな手のひらに乗っかる、白いチンアナゴのストラップ。

同じ沖縄にいるのに、お土産だなんて変かなって思ったけど・・・やっぱり失敗だったか?

そう不安に思っていると。



「ありがとう、日向君・・・っ!」



まるで花弁を閉じていた朝顔が、日の光を浴びてパッと開くように彼女は笑った。

その笑顔が可愛くて、愛しくて。

その笑顔が見れただけで、俺は満足なんだ。

そしてそれは俺だけに見せてほしいだなんて、独占欲にもほどがある。



「でも、申し訳ないな~」

「じゃあ、一個だけお願い」

「お願い?」



ストラップのお土産は、実はこれを言うための口実でもあったんだけど。

なんて、言ったら相川さんはきっと、頬を膨らませて、怒るんだろうな。

きっと怒ったところで全然怖くなくて、かわいいんだろうけど。



「名前で呼んでよ」

「・・・えぇ!?」



これでもかってぐらいの驚きを隠せてない相川さん。

先程のチンアナゴのストラップをサプライズで差し出した時より驚いている。



「そんな驚くことか?」

「だ、だって今までずっと日向君だったから・・・」

「…嫌?」

「嫌なわけない!…でも、今更なんか恥ずかしいというか、なんというか…」



月の光が、彼女の顔を照らす。

そこには頬を真っ赤に染める姿が。



「うわああ、なんか本当恥ずかしいな・・・」

「じゃあ俺も相川さんの事、呼び捨てしていい?」

「わ!それはもっと恥ずかしいな…!」



両手に手を当て、火照る頬を隠すかのような仕草をする。

俺はそれを阻止するかのように、彼女の両手を頬から離した。

掴んだ手首は、細くて、力を加えれば今にも折れてしまうそうな程。



「っ、日向君…!?」



可愛い顔を隠すなんて、させないよ。

葉月の知らない相川さんの顔。

クラスでの相川さんを知らない分、葉月の知らない顔を見せて、俺だけに。

頼むから、俺だけを見て。



「せーの、で名前呼びあおう」

「ええ!?決まりなの!?」

「俺のお願い聞いてくれないの?」



こう言えば相川さんは断る事なんて出来ない。

彼女の性格を知ったうえで行う計画的犯行だ。



「う…」



言葉を詰まらす彼女に、俺はすかさず「せーの」と掛け声を出す。



「大地、君」

「美空」



二人の名前が重なった。

初めて紡ぐ3文字は、きっとどの言葉よりも緊張した。

言葉を紡ぐと彼女は下を向いてしまって表情が分からない。

俺は掴んでいた両腕を解放した。

うつむいていた顔を上げた。

海風が頬を撫でる。彼女の柔らかい髪が揺れる。

交わる視線に、どうしたらいいか分からず二人とも無言になる。

その純粋な瞳に映る俺は、ただの意地悪なやつなんだろうな。



「わ、私…もう行くね」

「え、あ、うん」

「おやすみなさい」



視線がずれ、彼女はそう言うと背中を向けて小走りで階段を下りていく。

海から漂う匂いよりも、彼女の柔らかい香りがその場に強く残った。

ああ、俺、嫌われたかもしれない。

そう思わずにはいられなかった。




*葉月健人side*




「あれ、大地は」



風呂から上がって、広い部屋にいたのはたった一人。

この部屋の住人は、みんなどこに行ってんだと思いながらも、自分にとって好都合なので、それを深く聞くことはしなかった。



「相川んとこだと思う」

「なるほど」



どっちかが呼び出したんだろう。

まあ、恐らく大地からだろうけど。

テレビから流れる見たことのないCMを見ながら、勝手に推測を立てる。



「なー」

「んー」



スマホを弄りながら聞く耳をもっていなそうな返事が返ってくるが、俺は構わず続ける。



「大地と相川って、絶対両想いだよな」

「・・・さあ」



俺は興味が無い、とでも言いたげな返事。

さあ、って何だよ。さあ、って。

その言葉が妙に俺をイラつかせたので、タオルで無造作に髪の毛を拭く力が強くなる。



「人の恋愛にあんま首つっこまねーほうがいいよ」



少し棘のある言い方に聞こえた。

声のトーンはいつもの平松と同じだが、恐らく平松は大地達の事を言ってるんじゃない。

自分達の恋愛に首突っ込むなって言っているようにしか聞こえなかった。

2ヶ月前。

莉奈と平松が喧嘩した時、聞いたんだ。

悪いと思った。

けど、それでもやっぱり気になってしょうがなかったんだ。

そんな中言った平松の言葉が俺の頭の中から今も離れない。



『幼馴染って、ずるいよな』



自分の中に大きな衝撃が走ったのを覚えている。

俺が莉奈の事を好きっていうのは気づいてないのかもしれないし、頭のキレるコイツなら気づいてるのかもしれない。

少なからず、俺と莉奈の関係を良く思っていないのは確かだ。

ごめんな、平松。

でも許してくれ。

お前から奪うつもりは無いから。

アイツの笑顔も、お前との関係も失いたくないから。

でも俺は、お前と莉奈の関係が終われば容赦なくもらいに行くし、泣かせればすぐに奪うつもりだ。

だから、お前の彼女であるうちは、せめて“幼馴染”でいさせてくれ。



「俺ちょっと部屋に忘れ物したからもって来るわー」



自分の部屋戻ると、他クラスの奴らも沢山集まっていた。

元から広めの部屋だが10人以上入ると窮屈に感じる。

「人狼だーれだ!」と話し合いをしているようで、THE修学旅行のテンションだ。

葉月もやろうぜ、と声をかけられたが、俺は「あとでな」と返す。

しかし「一回だけやってこうぜ」と強い押しに負けて参加する羽目になってしまった。

結局人狼ゲームに30分ほど時間を費やしてしまい、俺の計画が少し崩れる。

人狼あてるのが下手なクラスメイトに、少し出ると伝え、ドアを開けて見回りの教師がいないのを確認する。

俺は急いで階段を駆け下りて、5階のフロアへ。

確か莉奈は502号室とか言ってたから、階段まで来てもらうように連絡をしようとLIMEを取り出しメッセージを送るが、一向に既読はつかない。

部屋で楽しんでいるのだろうか、と思って5分ほど待っていると、莉奈の部屋の扉が開いた。

そこから出てきたのは白いTシャツに黒のジャージをはいた莉奈と、平松だった。

平松だけが帰るかと思ったが、莉奈も一緒に部屋を出た。

階段に歩いてくるのが分かったので、俺は物音を立てないように、自分の部屋がある7階まで急いで戻る。

無数の扉が均等に並ぶそこは、静寂に包まれていた。時折、どこかのドアから笑い声が漏れてくる。

俺は非常階段の扉の前にしゃがみ込み、ポケットに入れた小さな袋を取り出した。

こんなものあげたって、莉奈は困るだけなのにな。と思いながらもそれを捨てる事が出来ない。

俺がこんな可愛らしいの持っていたって、意味が無いのに。

そういや、相川と大地はどうなったんだろうか。

もしかしたらもう付き合うのかもしれない。

そしたら俺は本格的に邪魔ものだな。

普段ネガティブな思考に何てあまりならないのに、夜がそうさせるのだろうか。

俺は手にもつそれを、もう一度ポケットの奥にしまい込んだ。



*葉月健人side END*






「うわ~次は安定の英単語テストだ」



莉奈のその一言で、やっと実感した気がする。

修学旅行が終わったんだ、って。



「修学旅行からもう3日も経つなんて実感ないね」



3日目は戦争体験記という日で、チビチリガマやシムクガマというガマに行ったり、体験談を聞いたり、ひめゆりの塔や平和記念館を訪れた。

観光というよりは勉強で、そこで話してくれたおばあちゃんがこう言ったんだ。



『貴方達世代が、最後なのよ。あたしたちの話を聞けるのは。もう、この世界に戦争体験者は減ってきてね・・・。だから、お願いね・・・今聴いた話を忘れないでちょうだい。自分達の子供に、きちんと伝えてください。それが私のお願いです』



綺麗な顔に刻まれた皺を通る、何粒かの涙。

みんな泣いていた。

普段おちゃらけてる男子も、賑やかな女子も、みんな。

“最後の世代”

これから産まれてくる子は、もう聞くことができない体験談。

なぜなら、その子たちが私たちと同じ年齢になるころ、今話しているおばあちゃんたち世代の数はもっと減ることになるから。

それはとても残酷で、だけど目を逸らせない現実だった。



「楽しかったし、いい勉強になったよね」

「うん。こんな決められた毎日の中で勉強するよりも、ずっと」



おばあちゃんの涙を、話を、きっと私は一生忘れないし。忘れてはいけないと思った。



「でさ、美空」

「ん?」

「修学旅行で、日向大地と何かあったの?」



その言葉に飲んでいた抹茶オレを噴出しそうになり、間一髪それを堪える。

特に何かあったわけではないけれど、あの名前呼びがすごく恥ずかしくて、いつもの日向君の感じがしなくて余計に緊張しちゃって。

いたたまれなくなり、逃げるように自分の部屋に戻ってしまった。



「特に何も…前にも言った通り、ストラップ貰ったぐらいで」

「ふ~ん」


つまんない、とでも言いたげな莉奈の視線。

だけど本当の事だから、これ以上何も言える事が無い。

しいて言うなら、毎日のようにしていたやり取りがなくなったという事。

ストラップのお礼をLIMEで送るとスタンプが返ってきたので、『おやすみ』とその日に送るとそこで既読無視されてしまったのだ。

最初は忘れているだけかな、と思ったが、どうやらそれは無さそうだった。



「告白とかはしないの?」

「な、なんて恐れ多い事を…!」

「だって、日向大地は体育祭の借り物競争で美空を借りた。つまり美空の事が好きってことでしょ?もうあれって公開告白みたいなもんじゃん。美空もそれに答えなきゃ」

「違うよ!あれは葉月君みたいに、仲のいい女子を連れてっただけで」

「日向大地には仲のいい女の子、他にも沢山いると思うけどね」



ごもっとも、と思わず言ってしまいたくなるような正論に何も言えなくなる。

学年の人気者の彼に、女の子の友達がいないはずがない。

だから本当は心のどこかで期待している自分もいた。

もしかしたら日向君も私と同じ気持ちなんじゃないか、と。

だけど途切れたLIMEがその答えだろう。

日向君は私に興味なんかなくて、純粋に私の事を友達だと思っていた。

もしかしたら日向君の事が好きというのがバレてしまったのかもしれない。

それで彼は私に一線を引いたのだろう。

サッカーに集中するために。



***



あれからさらに1週間がたった。

今日は高校サッカー県大会決勝戦。これで優勝すれば全国大会へと出場となる。

全校生徒で埋まるスタンド。

莉奈に引っ張られながら、何とか前のほうの席をゲットする。

相手高は、夏休みにうちで練習試合をやっていた私立高校だ。



ピ―――――ッ。



試合開始の笛が、スタジオに響いた。

同時にわあっ、と観客席から応援が飛び交う。

日向君の背番号10番を探す。

・・・・・・・・・いた。

エース番号である10番を背負っている彼は、今どんな気持ちであそこに立っているのだろう。



「あ、」

「危ない!」



相手高がクロスをあげ、それに合わせ一人がシュートを打った。

しかし、相手が打ったシュートは大きく上に反れる。

安堵の声が周りから聞こえてくる。

駄目だ。私がプレーしているわけではないけれど、とても心臓に悪い。



「翔也頑張れーっ!!」



隣で大きな声をあげる莉奈。

まるでその声が届いたのかのように、平松君は相手からボールを奪い、そのままボールを高く蹴り上げた。


「っ」



そのボールは日向君へと渡る。

胸でボールをキャッチし、そのままドリブルで相手をかわし進んでいく。



「ほら、美空も声だして応援!」



そう莉奈は簡単に言う。自分でも分かっているが、声が喉の途中でつっかえてでてこないのだ。

頑張れ、頑張れ、頑張れ、と心の中で日向君に伝えることしか出来ない。

それがとてももどかしい。

決勝という、特別な舞台だからだろうか。以前見た日向君より、ずっと輝いてカッコよく見えるのは。

今、私がいる場所と日向君がいる場所が違うように。

私と日向君のいる世界が違うように思える。

・・・ううん、違う。

思えるんじゃなくてそうなんだ。

最初から私と日向君では居る世界が違った。

彼は将来有望のサッカープレイヤーであり、学年の人気者でもある。

一方私は冴えない普通の女子高生。

それがたまたま、仲良くなって、一緒に居るようになった。

日向君からLIMEがこなくなったってそれは、日向君と出逢う前の日常に戻っただけ。

それだけだ。

まるで自分に言い聞かせるように心の中で呟く。

試合は平行線のまま、ハーフタイムを挟み後半に突入した。

そして残り時間わずかの所で。



「キャ――――っ!!!!」



試合が動いた。

耳が痛くなるほどの黄色い声が、まるで悲鳴のようにスタジアムに響き渡る。

それとは間逆に今、私達の応援席は落胆の声があちらの歓声に埋もれていく。

相手校がゴールを決めたのだ。

試合終了間際の出来事に、相手校の盛り上がりは最高潮。

しかし、うちだってまだ誰も諦めてない。

すぐに先程よりも大きな声援が飛び交う。



「お願い・・・勝って・・・っ」



莉奈が小さく呟いた。

もう少しでロスタイムに突入する。

それが何分かはまだ分からない。

ポケットに入ってる、日向君がくれたストラップをギュッと強く握り締めた。


「あ・・・!」



ロスタイムの時間が表示された。



「3分・・・」



サッカーの事を詳しく知らない私にとって、それはとても短く感じた。

しかし、その3分の重さは、選手達にとっては計り知れないものだろう。

相手チームは守りを強くするどころか、どんどん攻めて来る。

時間稼ぎをするつもりは微塵も無さそうだ。



「健人ぉぉぉぉ!!!!いっけぇぇぇぇ!!!!」




相手チームからボールを奪ったのは葉月君。

ドリブルでどんどん相手を交わしながら、ぐんぐんあがっていく。

そして。



「・・・!!」



大きく蹴り上げたボールが、日向君へと渡った。

これが、最後のチャンスになるだろう。

審判が腕時計を確認した。

まって、まって。

まだ、まだ、彼らのステージの幕を下ろさないで。

スポットライトの役割を果たしていた太陽が、厚い雲に覆いかぶさられ、私達の前から姿を消した。

すぅー、と酸素をこれでもかってくらい肺に溜め込む。

届いて、私の声。

日向君へ、届いて――――――。

だけど、それは叶わなくて。



「大地先輩、決めて!!!!!!!」


スタンド下から聞こえた金切り声が私の精一杯の応援と被る。

琴美ちゃんの声に応えるかのように、日向君はシュートを打った。

それは綺麗にゴールに吸い込まれていき、ゴールネットを揺らしたと同時に、観客席が歓声に包まれた。



「やった!やったよ、美空!!!日向大地が決めたよ!!!」



隣で喜ぶ莉奈に、何とか笑顔を繕って返事をする。

嬉しいのに、心から喜ぶことが出来ないのは私の応援が届かなかっただろうか。

・・・違う。日向君が琴美ちゃんの声に応えたと思うと、それがどうしようもなく嫌なんだ。



ピ――――――ッ。



試合終了のホイッスル。

しかし、彼等のステージの幕はまだ降りない。



「PKだ・・・」



選手達が円陣を組むとすぐに、PKが開始された。最初は相手高から。

笛の合図と共に、一人の選手が走り出す。

スタンドは静寂に包まれていた。

そして、ゴールネットを揺らすとわあ、と歓声に包まれる。

3回目まで両校ともに譲ることなく、決めた。

そして4回目。



「次、日向大地だ・・・」



莉奈の言葉に、軽く頷く。

頑張れ、頑張れ、日向君・・・っ。



日向君が打った低いシュートは、綺麗に決まった。

冷静にシュートを決めた彼に、様々なところから賞賛の声が聞こえてくる。



「さすがだね」

「うん」


相手校がまたシュートを決め、次は3年の先輩がPKをうつ。

そしてまた相手校がシュートを決め、次は葉月君の番だ。



外せば、負け。

入れれば、続行。



緊張したスタジアムに笛の音が鳴り響いた。

葉月君が一呼吸置いて、走り出す。



「・・・ぁ、」




わああああああ、っと先程から熱気と歓声に包まれるスタジアム。

その興奮は未だに納まる事を知らない。

雲に隠れていた太陽は、まるで祝福するかのようにタイミング良く顔を出し、喜びに満ち溢れている彼らを照らす。

西日に照らされた彼らの顔は、とても輝いて見えた。



「・・・行かなきゃ」

「莉奈・・・!?」



走りだした莉奈を追いかけるように、私も必死で後を追いかける。

先程での出来事が、脳裏に焼きついて離れない。それはきっと、莉奈も同じで。

向かう先がどこなのか、私には想像がついた。

生徒たちの間を潜り抜けて、莉奈の後を必死に追う。



「はあ・・・っ、はあ・・・っ」



静まり返る廊下。

誰もそこにはいない。

何も話さない莉奈は、目の前にある扉が開くのを待っているようだった。

“東高校ロッカールーム”そう書かれた扉を。

どれぐらい待ったのだろうか。

10分かもしれなければ、30分かもしれない。だけど私には果てしなく長く感じた。

中から聞こえた物音に、莉奈がハッと俯いていた顔を上げた。



「おい、葉月っ!」



そう呼ぶ誰かの声とともに、勢いよく開く扉。

莉奈は驚いて、後ずさりをする。



「っ」



何て声をかけようか一瞬迷ったが、迷うも何もそれ以前に、声が出てこなかった。

目を真っ赤に腫らした、彼の表情を見たら。



「健人・・・っ!」



莉奈が呼ぶ前に、葉月君は何も言わずに走り出した。

ジャージも着ないでユニホームのまま。



「ごめん美空!あたしちょっと行って、」



莉奈の言葉を遮って、その腕を掴んだのは平松君だった。




「翔也・・・」

「行くな」

「でも、健人が・・・!」

「駄目だ、行かせない」




まっすぐな眼差しの平松君。

こんなに真剣で少し怒りの感情が込められてる彼の瞳を、私は初めてみた気がする。



「莉奈、私が行ってくるから葉月君の事は心配しないで・・・!」

「み、そら」



葉月君は、先程行われていたPKで蹴ったシュートを外した。

葉月君の蹴ったボールは、キーパーによって弾かれてしまったのだ。

その瞬間、相手高の優勝と全国大会出場が決まった。

そしてそれは、彼らの負けを意味していた。



「葉月君・・・っ」



莉奈はそんな幼馴染が心配だったんだ。

もちろん私も心配だし、葉月君の心情を考えると、何て言葉をかけたらいいのか分からない。

ああ、私はどうしてこんなにも無力なんだろう。



「っ、はっ・・・はあっ・・・」



薄暗い廊下の端にある、誰も使っていない部屋に、葉月君は居た。

中に静かに入ると、外側は窓ガラスで中が見えるような仕様だった。

外にはもう、誰もおらず先ほどまでの盛り上がりが嘘ではないかと思ってしまう程、静かだった。



「葉月、君・・・」



自分でも情けないほど小さくて、微かに震えてしまった声。



だけど一度出した言葉は空気中に既に空気中に溶けてしまって、消すことは出来ない。

そんな声に一瞬、肩を上げた葉月君。

背中を向けていて表情は分からない。



「葉月く「来んな・・・!!」



突然の大きな声に思わず体を震わす。


「・・・わりぃ・・・」

「う、ううん・・・」



確かにこんな時に一人にしておいてほしい、というのが普通かもしれないしちょっと不謹慎だったかもしれない。

だけど、私はその場から動かなかった。



「悪いけど、今は「一人にしないよ」



だって、今にも消えちゃいそうなくらい、その背中が小さく見えるんだ。




「嫌だ、って言っても私は葉月君の傍を離れない」

「っ、このわからず屋が・・・っ」



ドンッ、と壁を叩く強い音が静かなここに響き渡る。

だけど決してその小さな背中から視線を逸らさない。



「俺のところじゃなくて、大地の所にいけよ・・・っ。俺が先輩たちの夢をつぶしたうえに、大地の夢も台無しにした。アイツのほうがショック受けてんだ。アイツもそれを望んでんだ・・・っ」



大きく荒げた声に、思わず足が止まる。

だけど、唇をかみ締めて静かに葉月君の後ろに立つ。

確かに、日向君もショックを受けてるに違いない。

それは日向君だけじゃない。

平松君やこれが最後の大会だった3年生、応援に来た全校生徒。OBの人達だって悔しがってるに違いない。

だけど。




「一番悔しいのは、葉月君でしょ・・・」

「っ」

「私、莉奈から沢山葉月くんの事聞いたよ。一人で練習してるとか、毎日走ってるとか、莉奈ね嬉しそうに話すんだ。日向君と平松君に負けたくなくて、努力してること」

「・・・」

「誰かが葉月君を責めても、私は味方でいるよ。私は葉月君が頑張ってることを聞いてたから、例え日向君が葉月君を責めたとしても、私は葉月君の味方でいる。きっとそれは莉奈だって同じ」




私は静かに葉月君に近づき、背中をさする。



「・・・ごめ、ん・・・相川」

「・・・ん?」




嗚咽で上手く喋れないけれど、一生懸命言葉を紡ぐ葉月君。



「しばらく、こうさせて」



そう言うと、私の肩に顔を埋めた葉月君。

小さく嗚咽をたてながら、必死に泣くのを堪えている様に思える。

私はそんな彼の背中に手をあて、一定のリズムを刻ませる。

まるで幼い子供をあやすように。



「葉月君」

「・・・」

「来年は、国立に連れてってね」

「・・・・・・おー・・・」

「約束だよ」



無力な私が、彼に出来ること。

それは、大好きな人の代わりに、傍にいることだった。



*日向大地side*




雲に隠れていた太陽が顔を出して、西日が作り出す長い自分の影をボーっと眺める。

負けたんだ。

そう理解するのに時間はかからなかった。

何が未来のエースだ。何が背番号10番だ。

俺は、無力だ。


こみ上げてくる物を我慢し、その場にしゃがみこんだ葉月に駆け寄れば、大粒の涙を零していた。

それは葉月だけじゃない。

だけど、全員がそれを堪えて、葉月の元に駆け寄る。

一番悔しいのは、コイツだから。



「ごめ、っ・・・み、んな・・・っ。ごめ、ん・・・っ」



誰も責めなんてしないし、負けたのはコイツのせいじゃない。

俺たちの力不足だったんだ。俺たちが3年生の力不足で3年生を国立へ連れていくことが出来なかった。

最後までギリギリだった試合。

はじめから決着はついていたのかもしれない。


しかし何度それを伝えても、葉月は自分のせいだと言う。

そもそも、PKに持ち込めたのは俺がシュートを決めたからじゃない。いいパスをくれた葉月のおかげなんだ。

その事に俺だけじゃなく、チーム全員が感謝してる。

俺達の舞台の幕が、まだ下りずにすんだのは葉月のおかげなんだ。

あの時、葉月があのパスをくれなかったら俺はシュートを決めれていないだろうし、PKに持ち込めてなかったかもしれない。

自分を責めるな、というのは無理な話だけれど。

部長が葉月に近づき、しゃがみこむ葉月を無理やり立たせる。



「葉月、ありがとな。俺たちにチャンスをくれて」

「っ、う゛」

「お前のおかげだ。ありがとう」



すみません、すみません、と謝ることをやめない葉月。

俺が葉月の立場でもきっと、自分を責め立てただろう。

挨拶をして相手校とは真逆のテンションでロッカールームに戻る。

監督の話が終わり、それぞれが涙を流し、悔しさを口に出す中。



「大地、先輩」

「・・・琴美」



揺れ動く濡れた瞳。

琴美も悔しいに違いない。中学の頃から、国立を夢見てた一人なんだから。



「さっき、相手高の人が、ミーティング終わったら来てくれって言ってました」

「・・・あぁ」



半ば放心状態の体に鞭を打ち、立ち上がる。

スポーツドリンクを手に取り、タオルで髪の毛を無造作に拭く。



と。



「おい、葉月っ!」



誰かがそう呼ぶ声が聞こえて、ハッと顔をあげる。

そこにはユニホーム姿のまま走って、外に出て行く葉月の姿が。

それに続いて平松が出て行くのが分かる。

俺も急いでその後を追おうと、タオルと持っていたスポーツドリンクを投げ捨て、閉まったドアに手をかけると。



「莉奈、私が行ってくるから葉月君の事は心配しないで・・・!」



廊下から聞こえた彼女の声が、鼓膜を震わせる。

ドアノブを握る手に力が入るが、やはり開けるのを躊躇してしまう。

修学旅行のあの時から、どこか気まずくて、LIMEを切ってしまった俺。

ここで追いかけても、また彼女に迷惑をかけるだけだと思った。

だけど、それでもやっぱり。

――――行かせたくない。

今、行かせたら、葉月の気持ちが相川さんにいってしまうかもしれない。

二人が付き合ったら俺は、笑って祝福なんて出来ない。

だから、まだ、相川さんの片想いであるうちに。



「っ、」



急いでドアを開けたときにはもう、彼女は走り出していた。



「大地・・・」



小さく呟いた平松の声を俺は無視して、遠ざかっていく背中を追おうとした時。



「待って下さい、大地先輩」



震えるソプラノの声。

振り向けば、琴美の瞳からは大粒の涙がこぼれていた。



「あの、監督が・・・呼んでます」

「・・・分かった」



もう一度彼女が走っていった廊下に視線を送ると、もうそこには彼女の姿はなかった。

ため息とともに吐き出した言葉。

その返事に安心したかのように、琴美は小さく微笑んだ。

監督は場所を変えようといい、先ほど相川さんが走っていったほうに歩き出す。

入った場所は会議室のようで、折り畳みタイプの机と椅子が部屋の片隅にまとめられていた。

それを広げるのでなく、立ったまま話を進める監督と俺。

その時間は大体10分ほどだった。

最後に監督は俺の背中をたたき、そのまま部屋を出て行った。

いまだに叩かれた感触は消えず、少しだけ背中に違和感が残る。



『分かってると思うが、次の部長はお前だからな』



監督の去り際の台詞に俺は「うっす」とだけ答えた。

もう、前を見なくてはいけない。

負けたのはほんの30分前の出来事なのに、もう、未来の話をしなくてはいけなんて。

少しぐらい、俺たちに立ち止まる時間をくれよ。

そう思ってしまう俺は、きっとこの10番を背負う覚悟が足りなさすぎるんだろう。

10と書かれたユニホームの前をぎゅっと握った。



『乱すなよ』



そう修学旅行で言った平松の言葉が今になって脳内で繰り返し再生される。

俺がもっとサッカーに集中していれば。

俺がもっと冷静にプレーしていれば。

何が心のわだかまりを持ち出すほど子供じゃない、だ。

俺はまだまだ、ガキじゃないか。

何回か深呼吸をし、ドアを開けて、来た道を戻ろうとすると、静かな底に響くすすり泣く声。

葉月か、と思って会議室の隣にある部屋を覗き込むと。



「…」



もしかしたら、こうなることは最初から決まっていたのかもしれない。

俺がどんなに抗おうと変えることの出来ない結末。

ドアの隙間から漏れる光に視線を送れば、そのこには相川さんと葉月の姿が。

相川さんに支えられるようになく葉月の姿。

今までに見た事が無いくらい嗚咽を出して泣いている。

半ば覚悟していた結末だったが、試合に負けたことに加え、目の前の光景にどんきで殴られたような衝撃が走る。

もう、俺のでれる幕はないんだろうなと察した。

俺は足音を立てないように、ドアの前を後にした。

廊下についている蛍光灯が今にも切れそうでチカチカと小刻みに光る。

それが余計に俺をイライラさせた。



*日向大地side END*




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