魔界地獄で大掃除
テラウィー観光会社は、海外ならぬ界外旅行――外の世界の旅行をメインに据えて売り物にする観光会社だ。
幾つもの同業者のいる業界の中でも、テラウィー観光会社は“安全第一”という点で業界でも群を抜いて有名だった。
観光会社の業界では、観光客の安全は会社の存続に関わる最重要事項だ。
テラウィー観光会社は、その安全の管理がずば抜けているのだ。もちろん、ツアーの企画段階での安全調査も手を抜かないし、そもそも手を抜くなんてあり得ないのだ。
そんな観光会社の業界では、業界あげてのある定例行事がある。
定例といっても行われる回数は、決定回数+アルファではあるけれども。
その定例行事、今回は魔界地獄の北方にて開催された。
先代魔王と先代勇者の出会った最初の地として知られ始めた、ある草原地帯である。
その草原地帯は、最初の邂逅の地と呼ばれる以前は、旧時代の遺跡がある場所で有名だった。
ひび割れ風化した石のタイルの床、何本も天を衝くように聳え立つ柱たち。柱が支える天井は既に無く、ただただ青い空が広がるのみ。
いまももちろん、寒い冬空とはいえ青い空が広がる。
――ある一点を除けば。
「ごめんなさいませ! 仕留め損ねましたわ!」
青々と輝く北の大地の春の昼下がり、旧時代の遺跡に野太くも甘ったるい男の声が響き渡った。
「合点承知」
それに淡々と答えるのは、テラウィー観光会社内にて強者ランキングの殿堂入りを果たした、泣く子も余計に泣き叫ぶ槍使いリテイラである。
リテイラに向かって、巨大蝙蝠が耳障りな金切り声をあげて滑空してきた。
その動きは滑らかで、見事に柱にぶつからずに動いている。巨体だというのに器用なものだとリテイラは感心した。
しかし、リテイラはもっと器用だ。
「なめるなぁ!」
狭い間隔で等間隔に並び立つ柱をものともせず、リテイラは己の身丈より長い槍を思い切り突き上げた――真上へ。
「ぎしゃああああああ」
――槍の穂先は、見事に巨大蝙蝠の片翼に突き刺さった。
そしてリテイラは、そのまま槍を振り下ろす。
結果、巨大蝙蝠は石の床に叩きつけられることとなる。
「次々ぃ!」
リテイラは、一番近い柱に向かって跳躍した。その間にも槍をぐるんと回転させて長さを調整し、使いやすい長さに変えた。
槍マニア・リテイラ本日の槍は、伸縮性に富み長さ調整を瞬時にできる特別製「伸び縮みーな」である。ちなみに、リテイラに天賦の槍のセンスはあれど、ネーミングセンスはなかった。皆無であった。
リテイラは、風化した柱の表面の僅かな窪みを蹴り、別の柱に跳躍、また窪みを蹴り、と繰り返し上へ上へと跳躍していく。
その間にも器用に槍を振り回して、何匹も巨大蝙蝠を床へと落としてゆく。
そしてリテイラがついに柱のてっぺんに登ったとき、空を飛び交っていた全ての巨大蝙蝠が地に伏せていた。あとは地上にいる社員たちが退治なりとどめなりをさしてくれるだろう。
だから、リテイラの敵はあと一匹。
「さあ、かかってきな!」
――ダブルベッドサイズの巨大蝙蝠(羽を開いた状態)を手下にしていた、畳十二畳くらいの大きさ(羽を以下略)の、顔が(何故か)豚の特大蝙蝠が、リテイラに向かって突進してきた。
「ぶひぁいいぃ!」
特大豚蝙蝠は、鳴き声も豚だった。
「遅い!」
リテイラはさっと左斜め前方の柱へ飛び移り、特大蝙蝠(顔は豚)とすれ違い――
「ぶっひぃいいい!」
――ざまに、槍を長くして急所に突き込んでいた。ちなみに、今も「長くし」続けている。現在進行形でのびているのである。
「おちろ!」
そして、突き込んだ勢いのまま振り落とした、が。
「あ」
――特大豚蝙蝠は、その巨体で何本もの柱を巻き込んで落下した。つまり、柱は折れたり倒れたりする。
「あんた何してますのぉおおお」
野太い悲鳴が、遺跡内に響き渡った。
観光客が万が一、旅行先の現地で何かに巻き込まれたときに、盾となり剣となり観光客を守るのは、観光会社の社員の使命。
とくに魔界地獄のように魔物が野生として存在する場所では、通常以上にさらに念入りに、かなり念入りに安全調査を行う。その安全調査を行う担当は、自然と強者が選ばれる。
リテイラは今回そのメンバーに選ばれた。
観光会社共同の定例行事、冬の大掃除・in最初の邂逅の地のメンバーに。
観光会社は、観光地として売り出す候補の地の治安の強化や、安全の確保もお仕事なのだ。売り出す候補地が、モンスターの巣と化していたらなおさら。
……ただ、メンバーを間違えれば、候補地を破壊してしまうというリスクもあったりするのだった。
「補修費、あんたの給料から天引きだから」
――社内でも強者ランキング殿堂入りを果たしたリテイラでも、たまにおかしてしまうハプニングだった。
「新しい槍が買えない!」
――しばらくリテイラは新しい槍を買えなかった。