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ゲームの中で破綻した都市の市長になった  作者: ニグス


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8/15

電気は戻ったけれど

アルカディアを壊した人間は。


誰かではなかった。


自分だった。


黒瀬悠真はしばらく国際空港のほうを見つめていた。


ゲームの中でなら。


予算をひとつ削って。


建物をひとつ建てて。


数値が悪化すればまた調整すればよかった。


だがここでは。


あのとき削った予算が。


今日破裂した水道管になって返ってきた。


故障した発電所になり。


消えかけた病院になった。


悠真はゆっくりと視線を落とした。


都市スキャンに残る赤い点。


43個。


もう、その数字がまったく軽く見えなかった。


結衣が静かに尋ねた。


「市長」


「はい」


「大丈夫ですか」


悠真はしばらく答えなかった。


そして言った。


「大丈夫じゃありません」


結衣が少し驚いたように彼を見た。


悠真は画面を指した。


「あの水道管の交換予算」


「はい」


「私が削ったんですか」


結衣はすぐには答えなかった。


その沈黙だけで十分だった。


「教えてください」


結衣がゆっくりとうなずいた。


「市長ご自身が承認されました」


悠真の唇が強張った。


知っていた。


もう記憶が戻っていたから。


ゲームの中で。


国際空港建設のボタンを押すために。


維持管理予算を削った。


道路。


上水道。


公共施設。


すぐには目立たない場所から。


(効率のいい選択だと思っていたのに)


あのときはそうだった。


悠真が訊いた。


「あのとき反対する人はいなかったんですか」


結衣が彼を見た。


「たくさんいました」


悠真の手が止まった。


「たくさん?」


「施設局も反対しましたし、財政局も危険だと言いました」


「それを私が押し切ったと」


「はい」


結衣の答えは短かった。


言い訳の余地もなかった。


悠真は苦く笑った。


「以前の自分は、けっこう頑固だったみたいですね」


結衣は答えなかった。


悠真がちらりと彼女を見た。


「なぜ何も言わないんですか」


「私が答えるべきことですか」


「……いえ」


システムを見なくても、わかる気がした。


いい評価ではないはずだ。


その夜。


北部火力発電所から緊急連絡が入った。


「1号機、再稼働準備完了!」


災害対策室の空気が変わった。


何時間も都市を押しつぶしていた緊張が、初めて少し緩んだ。


田中が言った。


「出力を一気に上げると系統が不安定になる可能性があります。段階的に上げます」


悠真はうなずいた。


「現場の判断でお願いします」


数時間前だったら。


何分かかるのか。


なぜ一度に上げられないのか。


問い詰め続けていただろう。


だが今は違った。


悠真は画面を見つめた。


北部火力発電所1号機


出力


0%


↓


12%


↓


27%


↓


41%


都市のあちこちで電力が戻り始めた。


消えていたマンションの窓に灯りがついた。


信号機が再び動き出した。


商店の看板に光が入った。


電力供給率。


72%


↓


76%


↓


79%


「79%確保しました」


状況室のあちこちで安堵の息が漏れた。


悠真も椅子の背にもたれかけた。


そのときシステムが現れた。


緊急チュートリアルミッション


BLACKOUT


大規模な電力不足を解決してください。


現在の電力供給率:79%


緊急停電人口:0人


しばらくして。


文章が変わった。


【MISSION CLEAR】


悠真の目が見開かれた。


初めて。


最初から最後まで自分で解決したミッションだった。


その下に新しい文章が現れた。


PLAYER EXP +85


都市運営経験 +1


市民信頼度変動計算中……


悠真は思わず画面を待った。


(それでも上がったはずだ)


発電所の事故を止めた。


17人を救助した。


病院も救った。


水道も守った。


最悪の停電まで終わらせた。


だが。


市民信頼度


変動なし


「……何だと?」


悠真が小さくつぶやいた。


田中が訊いた。


「どうかされましたか」


「何でもありません」


悠真はもう一度システムを見た。


もしやエラーかと思った。


だが数字はそのままだった。


(なぜだ)


確かに都市を救った。


ゲームなら大災害解決ボーナスがついてもおかしくなかった。


その瞬間。


災害対策室の電話がまた鳴り始めた。


今度は救助要請ではなかった。


苦情だった。


「東部2区域の商店街から被害報告が続いています」


「どんな被害ですか」


「冷凍倉庫の商品が全部廃棄になったそうです」


別の職員が言った。


「電子部品業者3社からも生産ライン損傷の報告が入りました」


また別の電話。


「マンションのエレベーターに閉じ込められた住民が怪我をしたそうです」


もう一件。


「停電中の交通事故の届け出が23件です」


悠真の表情が少しずつ強張った。


電気が戻った。


終わったと思った。


違った。


翌日の午前。


悠真は執務室で、夜通し届いた被害報告書を読んでいた。


停電被害暫定集計


商店営業被害。


生産施設稼働停止。


交通事故。


通信障害。


エレベーター事故。


医療機関被害。


ページをめくるたびに数字が増えた。


結衣が新しい書類を机の上に置いた。


「中央医療院からの報告です」


悠真の手が止まった。


「死者は」


結衣が一瞬沈黙した。


「停電で直接亡くなった患者はいませんでした」


悠真は小さく息を吐いた。


「よかった」


「ですが」


悠真の視線がまた上がった。


結衣が報告書を開いた。


「重症患者お二人の容態が悪化しました」


「なぜですか」


「電力が完全に途絶えたわけではありませんが、非常電源への切り替え中に一部機器の稼働が不安定になりました」


悠真はゆっくりと書類を受け取った。


患者名。


年齢。


診断名。


状態。


数字ではなく。


名前だった。


一人は67歳の男性。


もう一人は54歳の女性。


悠真は何も言えなかった。


「お二人とも、ご存命ですか」


「はい」


「容態は」


「お一人はまだ重篤だそうです」


悠真は報告書を置いた。


ミッションは成功だった。


MISSION CLEAR。


だが。


誰かは店の商品を全部失った。


誰かは工場が止まった。


誰かは事故に遭った。


誰かは生死の境をさまよっていた。


悠真は初めて、システムのミッション完了画面が奇妙に感じられた。


(何を基準に成功だと言うんだ)


電力が戻れば成功?


死者が出なければ成功?


病院が止まらなかったから成功?


だとしたら被害を受けた人たちは。


成功の中に入らないのか。


悠真の目の前にシステムが再び浮かんだ。


BLACKOUT


MISSION CLEAR


悠真は手でウィンドウを払いのけた。


「見ない」


結衣が顔を上げた。


「はい?」


「何でもありません」


悠真は席を立った。


「出ましょう」


「どちらへ」


「被害のあった場所」


結衣がしばらく悠真を見た。


「全部回るおつもりですか」


「全部は無理でしょう」


悠真が言った。


「それでも何か所かは、直接見ておくべきだと思います」


最初に訪れたのは、東部住宅地区の小さな食料品店だった。


扉を開けると、妙な臭いがした。


腐った食べ物の匂いだった。


冷蔵庫の前には廃棄する品物が積まれていた。


牛乳。


肉。


冷凍食品。


店主は60代の男性だった。


悠真を見ると顔がこわばった。


「市長がここに何の用ですか」


「被害状況を見に来ました」


「見て何になります」


悠真は答えられなかった。


店主が冷蔵庫の中を指した。


「電気が6時間以上止まったんですよ」


「……」


「あれ、全部捨てなきゃならないんです」


悠真は訊いた。


「被害額はどれくらいですか」


店主の表情がさらに悪くなった。


「市長」


「はい」


「また数字から訊くんですか」


悠真の口が止まった。


「……申し訳ありません」


「私にとっては数字じゃないんです」


店主が言った。


「今月の商売が全部飛んだんですよ」


悠真は何も言えなかった。


その言葉が妙に長く残った。


私にとっては数字じゃないんです。


数時間前。


自分も同じことを考えた。


赤い点ひとつが。


実は数十人の人間だった。


なのに、いざ市民の前に立つと。


また被害額から訊いていた。


悠真は頭を下げた。


「本当に申し訳ありません」


店主は答えなかった。


結衣も隣で何も言わなかった。


二か所目は電子部品工場だった。


生産ラインの一部が止まっていた。


工場長が計算書を差し出した。


「納期遅延まで含めると被害はさらに大きくなります」


「どれくらい持ちこたえられますか」


「今回一度なら持ちます」


工場長は悠真をまっすぐ見た。


「二度目なら出ていきます」


「……」


「私たちも、ここで潰れるわけにはいきませんから」


企業が去る。


悠真にとって馴染みのある言葉だった。


ゲームでもそうだった。


税金が高いか。


電力が不安定か。


交通が悪ければ。


企業のアイコンが消えた。


あのときは、別の企業を誘致すればよかった。


だが目の前の工場には、数百人が働いていた。


この会社が去れば。


あの人たちも一緒に消えるということなのか。


悠真は初めて、企業離脱という言葉が違って聞こえた。


市庁舎へ戻る車の中。


結衣がタブレットを見ていた。


悠真が訊いた。


「今日、苦情はどれくらい来ていますか」


「現在までに8,400件ほどです」


「……多いですね」


「まだ増え続けています」


悠真は車窓の外を見つめた。


灯りはついていた。


道路も動いていた。


信号機も正常だ。


見た目には、昨日の事故は終わったように見えた。


だが市民の不満は、今始まったばかりだった。


結衣が言った。


「それと、記者たちが市庁舎に集まっています」


「記者?」


「はい」


「なぜですか」


結衣が悠真を見た。


「市長の見解を聞きたいそうです」


「何の見解ですか」


「今回の停電に対する責任です」


悠真は静かになった。


責任。


その言葉をどこかで見た。


この世界へ来る直前。


モニターに浮かんでいた文章。


【あなたは自分の選択に責任を持てますか?】


あのとき自分は、深く考えずに入力した。


YES。


悠真は車窓の外を見つめた。


ゲームだったら。


事故は終わっていた。


ミッションもクリアした。


経験値ももらった。


だが。


現実では。


クリア画面の裏にも、人々が残っていた。


結衣が言った。


「広報室では、まず発電所の機械的欠陥を強調する方向で準備しています」


悠真が彼女を見た。


「それなら、私の責任は」


結衣がしばらく沈黙した。


「市長ご自身が言及されないほうが、政治的には有利です」


「政治的には」


「はい」


悠真は再び前を見た。


遠くに市庁舎が見えた。


その前にはすでに記者たちが集まっていた。


悠真は自分の手を見下ろした。


空港建設。


維持管理予算の削減。


老朽施設の放置。


もしかしたら今回の事故は、自分のせいで起きたのかもしれない。


だが。


発電所のせいだと言えばいい。


ゲームでは。


そう済ませても何も起きなかった。


悠真は低く尋ねた。


「結衣さん」


「はい」


「私が悪かったと言ったら、どうなりますか」


結衣が彼を見た。


「かなり叩かれます」


「……でしょうね」


「市議会からも攻撃されます」


「はい」


「賠償要求もさらに大きくなるかもしれません」


悠真が小さく笑った。


「いいことがひとつもありませんね」


結衣は答えなかった。


しばらくして。


車が市庁舎前に止まった。


ドアの外でカメラのフラッシュが弾けた。


記者たちが押し寄せた。


「市長!」


「大規模停電について責任を取るおつもりはありますか」


「発電所管理の不備をご存じでしたか」


「市民の被害について謝罪されますか」


悠真は車の中にそのまま座っていた。


そして目の前にシステムが現れた。


選択可能


A. 発電所の技術的事故であることを強調する


予想政治的リスク:低い


B. 調査結果が出るまで回答を保留する


予想政治的リスク:非常に低い


C. 市長の責任を認める


予想政治的リスク:高い


悠真は三つの選択肢を見つめた。


今回は。


どれを選べば損が少ないか。


あまりにもはっきり見えた。

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