病院まで42分
中央医療センター
非常電力残余予想時間
00:42:17
黒瀬悠真は数字から目を離せなかった。
42分。
その下に、さらに気まずい数字が浮かんだ。
ICU入院患者:47人
人工呼吸器使用患者:11人
緊急手術進行中:3件
少し前に自分が下した命令を思い出した。
病院の予備復旧チームを上水道ポンプ場へ送った。
その選択のせいで人が死ぬとしたら?
悠真はすぐに言った。
「6チーム、病院に戻してください」
田中が無線機を持ちかけて、手を止めた。
「市長」
「何ですか」
「今戻すと、上水道ポンプ場が止まる可能性が高いです」
システムが待っていたかのように情報を表示した。
東部4区域 上水道ポンプ場
機能停止予想まで
00:29:51
影響予想人口
41,083人
病院は42分。
水道は30分。
悠真は歯を食いしばった。
また選ばなければならない。
病院を救えば、4万人の水道が止まりかねない。
水道を救えば、病院が危険になる。
(病院が優先だ)
頭ではそう考えた。
人が死ぬかもしれないから。
だが田中が言った。
「まず、病院に到着した1チームの状況から確認しましょう」
悠真は彼を見た。
「予備チームが必ずしも必要ではないかもしれないということですか」
「何が問題なのか、まず知る必要があります」
悠真は口をつぐんだ。
その通りだった。
自分はまた、人を先に送ろうとしていた。
何が故障したのかも知らないままで。
「繋いでください」
しばらくして、災害対策本部のスピーカーから荒い声が流れてきた。
――中央医療センター、電気室復旧チームです。
悠真は訊いた。
「現在の問題は」
――非常用発電機自体は生きています。問題は切替盤です。一部が焼けました。
「切替盤?」
田中が隣で手短に説明した。
「発電機からの電力を、病院内部の電力網へ渡す装置です」
「つまり発電機は動いているのに、電気をうまく送れないということですか」
――そうです。
「人をもっと送れば早く直りますか」
一瞬の沈黙。
――いいえ。
悠真は言葉に詰まった。
――人員の問題ではなく部品の問題です。交換が必要です。
「病院に部品はありますか」
――ありません。
「調達できる場所は」
――確認中です。
悠真はシステムを見つめた。
都市スキャンは、病院が赤いという事実しか教えてくれなかった。
何が焼けたのか。
どう直せばいいのか。
そういうことは教えてくれない。
(結局、人が突き止めるしかないんだな)
システムは答えをくれない。
少し先に危険を見せてくれるだけだった。
悠真が顔を上げた。
「アルカディア内で同じ設備を使っている施設を全部確認してください」
施設担当者がキーボードを叩いた。
「病院級の施設から確認します」
「病院だけ見ないでください」
担当者の手が止まった。
「はい?」
「非常用発電機を使う大型施設なら、同じ系統の設備があるかもしれないでしょう」
検索範囲が広がった。
公共庁舎。
体育館。
公演場。
地下鉄車両基地。
コンベンションセンター。
悠真は再び時間を確認した。
00:37:44
検索結果がひとつずつ流れていった。
「ありません」
「これも違います」
「車両基地も規格が合いません」
時間は減り続けた。
00:36:11
悠真の指が机を叩いた。
「ないんですか」
「少々お待ちを」
施設担当者が画面を拡大した。
「ひとつありました」
悠真が身を乗り出した。
「どこです」
「西部コンベンションセンターです」
「使用中ですか」
「現在、改修工事のため閉鎖状態です」
「互換性は」
「正確なモデル確認が必要です」
田中が言った。
「両方の技術者を直接繋ぎましょう」
病院復旧チーム。
コンベンションセンター設備担当者。
二人が専門用語を素早くやり取りした。
悠真は半分も理解できなかった。
彼に理解できるのは、目の前の数字だけだった。
00:35:02
「規格は」
「ほぼ同じです」
「ほぼ?」
「端子配列を確認中です」
00:34:37
「まだですか」
悠真が尋ねると、施設担当者が手で少し待つよう合図した。
数十秒後。
彼が顔を上げた。
「いけます」
「確実ですか」
「病院側でも使用可能だそうです」
悠真は時間を確認した。
00:34:21
「なら、すぐ運んできましょう」
「問題があります」
悠真の表情が強張った。
「今度はまた何ですか」
「設備を取り外して安全に積載するのに、最低15分はかかります」
「移動は」
交通担当者が現在の道路を確認した。
「一般道路なら最低35分です」
悠真は口をつぐんだ。
15分。
35分。
50分。
残り時間は34分。
普通のやり方では絶対に間に合わない。
「他の道は」
大型画面にアルカディアの道路網が現れた。
主要幹線道路のほとんどが赤かった。
停電した信号機。
交通事故。
絡み合う車両。
悠真は都市スキャンを重ねた。
道路網が一段と鮮明になった。
赤。
黄。
緑。
その中で、妙に空いている道が一本、目に入った。
「ここ」
悠真が指差した。
「なぜ何も通っていないんですか」
交通担当者が地図を拡大した。
「都市鉄道工事用の進入道路です。一般車両の通行規制区域です」
「病院側まで繋がりますか」
「中央区域の外郭までなら直接行けます」
「大型トラックは通れますか」
「可能です」
「その道を使いましょう」
「市長、工事車両以外は通行許可が必要です」
悠真は彼を見た。
「誰が許可するんですか」
担当者が一瞬止まった。
「……市長権限で可能です」
悠真も一瞬、動きが止まった。
考えてみれば。
自分が市長だった。
「許可します」
「わかりました」
「警察をつけて進入路を確保してください。他の車両は少し止めて、病院設備を先に通します」
命令が伝えられた。
あとは待つだけだった。
設備を取り外す作業が始まった。
ボルトを外し。
ケーブルを取り外し。
安全装置を解除し。
設備を運ぶ。
悠真は画面だけを見つめた。
ゲームなら、クリック一回だった。
撤去。
移動。
設置。
数秒で終わった。
だが現実では。
人が一つずつやらなければならなかった。
00:27:18
「解体、半分を超えました」
00:23:46
「クレーンを接続します」
00:21:03
「設備を降ろしました!」
悠真は席から立ち上がった。
「積載は」
「進行中です」
そしてついに。
「積載完了!」
悠真は時間を確認した。
00:19:21
「出発してください」
トラックの位置が地図上に現れた。
パトカー2台が前後を固めた。
工事用道路に進入した。
00:18:31
交通担当者が言った。
「現在の到着予想時間は12分です」
悠真は計算した。
12分移動。
設置最低7分。
残り時間18分。
1分ほど足りない。
「もっと縮められませんか」
「現状ではこれが最短です」
「1分でも」
「現場警察に最大限確保させます」
トラックが動いた。
悠真は地図から目を離せなかった。
一区画。
二区画。
三区画。
病院に近づいていく。
そのとき。
「3番交差点で事故発生!」
「何ですか」
「乗用車2台が衝突しました。進入路の一部が塞がれています」
トラックの表示が止まった。
悠真がすぐに訊いた。
「通過できますか」
「難しいです」
「迂回は」
「7分以上追加されます」
悠真は時間を確認した。
00:13:11
7分。
それを失えば終わりだ。
悠真は都市地図を見渡した。
事故地点の脇に、並行して伸びる道が一本。
「ここは」
交通担当者が確認した。
「バス専用車線です」
「今、バスは走っていますか」
「一部運行中です」
「止められますか」
「可能ではあります。ただ、この区間のバス運行を中止する必要があります」
「何分あればいいですか」
「10分ほどあれば十分でしょう」
悠真は少し考えた。
バスを待つ数百人。
病院で電気を待つ数十人。
今回は答えが早かった。
「規制してください」
「市民の不便がかなり出ます」
「受けます」
悠真は言った。
「今は病院が先です」
バス専用車線が空けられた。
トラックが再び動いた。
悠真は知らず知らず息を吐いた。
「行け」
トラックは病院に向かって走った。
「中央医療センター、進入しました!」
災害対策本部に声が響いた。
悠真はすぐに時間を見た。
00:08:42
「設備、荷下ろし!」
「復旧チーム準備完了!」
「既存の切替盤を遮断します!」
現場の声が次々と聞こえた。
悠真は訊いた。
「どれくらいかかりますか」
――最低7分です。
8分42秒。
7分。
余裕は1分42秒。
計算上は可能だ。
また。
計算上。
悠真はいつからか、その表現が嫌いになっていた。
00:07:31
「既存設備を撤去中です」
00:06:12
「新規設備を移動します」
00:05:21
悠真は訊いた。
「進行状況は」
――既存切替盤の分離完了しました。
00:04:37
「固定作業に入ります」
00:03:08
――新規切替盤を結線中です。
災害対策本部が静まり返った。
誰も大きな声を出さなかった。
悠真も席を立ち、画面だけを見つめた。
00:02:14
「まだですか」
――ほとんど終わっています。
00:01:42
――結線完了。
悠真は言った。
「終わったんですか」
――いいえ。通電前に試験が必要です。
「どれくらいかかりますか」
――最大限急ぎます。
00:01:11
悠真の手に力が入った。
00:00:58
「試験電圧、入れます」
00:00:49
何の声も聞こえなかった。
「なぜ何も言わないんですか」
返事なし。
00:00:44
「病院?」
00:00:43
「復旧チーム?」
00:00:42
悠真の心臓が速く打った。
00:00:41
「頼む……」
00:00:40
そして。
00:00:39
数字が止まった。
悠真も動かなかった。
1秒。
何の変化もなかった。
そして画面が切り替わった。
中央医療センター
外部非常電力接続
正常
同時にスピーカーから歓声が弾けた。
――電力、入りました!
災害対策本部のあちこちで歓声が上がった。
誰かが机を叩き。
誰かがそのまま椅子にもたれかかった。
悠真もゆっくりと座り込んだ。
そこでようやく、手のひらが汗でびっしょり濡れていることに気づいた。
「……助かった」
今回は、本当にそんな感じがした。
システムが現れた。
中央医療センター
危険:解除
都市スキャンから赤い点がひとつ消えた。
緊急危険地点
44 → 43
悠真は数字を見つめた。
たった一つ減っただけだ。
まだ43個も残っている。
だが。
今回は、一という数字が小さく感じられなかった。
あの赤い点ひとつの中に。
47人の重症患者がいて。
11人の人工呼吸器患者がいて。
手術中だった3人がいた。
(ゲームでは、ただのアイコンひとつだったのに)
悠真はゆっくりと息を吐いた。
「市長」
結衣だった。
「はい」
「よくやりました」
悠真は少しの間、彼女を見つめた。
それから無意識に待った。
好感度。
信頼度。
何か一つくらい上がる気がした。
だが何も現れなかった。
(……なぜ上がらない?)
確かに褒められたのに。
結衣が目を細めた。
「なぜそんな見方をするんですか」
「いえ」
悠真は慌てて視線をそらした。
やはり。
人はわからない。
そのときだった。
「市長!」
災害対策本部の職員がまた叫んだ。
悠真の肩が落ちた。
「……今度は何ですか」
「東部上水道ポンプ復旧チームから連絡です」
悠真の表情が変わった。
あ。
病院のせいで少し忘れていた。
自分が予備チームを送った場所。
「ポンプは救えましたか」
「はい。非常用発電機は正常化したそうです」
悠真は安堵の息を吐いた。
「なら良かったです」
「ですが……」
悠真の表情が再び強張った。
ここ数日。
だが。
しかし。
問題があります。
そういう言葉がもう嫌になっていた。
「何ですか」
職員が画面を拡大した。
「ポンプを再稼働させたところ、水道管の圧力データに異常が見つかりました」
「どんな異常です」
「圧力が下がり続けているそうです」
東部地域の地図が浮かび上がった。
そして。
黄色く表示されていた線の一本が。
赤く変わった。
悠真の目の前にシステムが現れた。
【新規緊急危険を検知】
東部第2幹線水道管
状態:緊急
大規模漏水の可能性
悠真はゆっくりと目を閉じた。
たった今、一つ減らした。
44 → 43
なのに。
緊急危険地点
43 → 44
また一つ増えた。
「……」
都市は一つ直せば。
別の一つが壊れた。
悠真がゆっくりと目を開けた。
「今度はまた何が問題ですか」
誰もすぐには答えられなかった。
そしてその瞬間、悠真は初めて実感した。
破産した都市は。
金がないだけの都市ではなかった。
長い間直せなかった問題が。
一斉に噴き出す準備をしている都市だった。




