赤い点が多すぎる
【新たな市長権限が解放されます。】
都市スキャン Lv.1
黒瀬悠真は目の前に浮かんだメッセージを見つめた。
「都市スキャン?」
言い終えると、視界が変わった。
最初はただめまいがしただけだと思った。
だが、違った。
目の前の発電所の建物の上に、半透明の線が重なり始めた。
電力網。
上水道管。
道路。
通信線。
そして、それらが都市全体へと伸びていった。
悠真は息を呑んだ。
「これは……」
まるで都市の内側を覗き込んでいるようだった。
遠く離れた場所まで見えた。
正確には直接見えているのではなく、頭の中にアルカディア全体の地図が重なっていた。
その上に無数の点が現れた。
緑色。
黄色。
そして。
赤色。
一つ。
二つ。
十。
数十個。
悠真の表情が強張った。
「なぜこんなに多いんだ?」
結衣が隣で尋ねた。
「何がですか?」
悠真は答えられなかった。
当然だった。
あれは自分にしか見えていなかった。
システムが説明を表示した。
都市スキャン Lv.1
都市インフラの危険度を簡易的に確認できます。
緑:正常
黄:注意
赤:緊急
※ 詳細な原因分析は不可
※ スキャン精度に制限あり
「詳しい原因は教えてくれないのか?」
悠真がつぶやいた。
「市長?」
「何でもありません」
また、あの言葉だった。
ここ数日、一番よく口にした言葉のようだった。
悠真は再び都市を見つめた。
赤い点の一つを選んだ。
東部4区域 上水道ポンプ場
状態:危険
機能停止まで:02:11:43
「水道?」
別の点。
中央交通信号制御センター
状態:危険
機能低下まで:01:42:18
別の点。
第3通信中継所
状態:危険
非常用電源 残り時間:00:51:09
また別の点。
中央医療センター
状態:危険
非常用電源 残り時間:02:47:31
悠真の顔が強張った。
発電所が一つ止まっただけなのに。
都市全体が連鎖的に崩れかけていた。
ゲームでは停電は単純だった。
電力不足。
建物の上に稲妻マーク。
それで終わりだった。
だが現実では。
電気が止まれば上水道ポンプが止まる。
信号機が止まる。
通信が途絶える。
病院も止まる。
そして。
その次は、人だ。
悠真は唇を噛んだ。
「車で戻りましょう」
結衣が怪訝な表情で尋ねた。
「市庁舎へですか?」
「はい」
「発電所の状況はまだ——」
「ここだけを見ている場合ではありません」
悠真が言った。
「都市全体が危険です」
結衣の目が一瞬揺れた。
だが、それ以上は訊かなかった。
「わかりました」
市庁舎へ戻る道。
都市はさっきとは違っていた。
信号が消えた交差点。
長く連なる車列。
シャッターを下ろした店。
停電したマンション。
通りには不満を口にする人々が出ていた。
「また停電か?」
「いつまでこうなんだ?」
「子供が家に一人でいるのに、エレベーターも動かない!」
悠真は車窓の外を見つめた。
どこを見ても問題があった。
都市スキャンはつけっぱなしだった。
赤い点が、視界のあちこちにこびりついていた。
(これを全部解決しろというのか?)
そのとき結衣が言った。
「市長」
「はい」
「大丈夫ですか?」
「何がですか?」
「ずっと顔色がよくないので」
悠真は適当に笑ってみせた。
「寝不足なだけです」
嘘だった。
問題は疲れていることではなかった。
見えすぎることが問題だった。
ゲームをしていたときはよかった。
問題が多くても、解決すればよかった。
一つずつクリックすればよかった。
だが今は。
時間がなかった。
金もなかった。
人手も足りなかった。
悠真はもう一度システムを見た。
現在の赤い点。
47個。
「47個……」
「はい?」
「何でもありません」
悠真は目を閉じた。
47個を全部解決することはできない。
だとすれば。
優先順位を決めなければならない。
問題は。
何を切り捨てるかだった。
災害対策本部。
悠真が入ると、人々がまた立ち上がった。
「現在の都市全体の停電関連状況を見せてください」
大型画面に資料が映し出された。
東部上水道ポンプ。
中央病院。
通信中継所。
交通信号。
地下鉄の一部区間。
悠真が訊いた。
「同時に対応可能なチームはいくつですか?」
田中が答えた。
「電力復旧班は現在六班です」
「六班?」
「発電所の事故のため、人員のほとんどが北部に投入されています」
47個の問題。
対応班は六班。
悠真の表情が強張った。
「外部業者は?」
「呼ぶことはできます」
「では呼びましょう」
財政担当者が首を振った。
「緊急出動費用を支払う現金がありません」
また金だった。
悠真はため息を飲み込んだ。
「わかりました」
彼は画面の前へ歩いていった。
「優先順位を決めましょう」
田中が訊いた。
「どこからにしますか?」
悠真はすぐには答えなかった。
病院。
水道。
通信。
信号システム。
すべてが重要だった。
システムが現れた。
緊急対応対象
A. 中央医療センター
危険度:非常に高い
想定被害:人命に関わる可能性
B. 東部上水道ポンプ場
危険度:高い
予想被害:約41,000人の給水停止の可能性
C. 第3通信中継所
危険度:高い
予想被害:通信障害の拡大
D. 中央交通信号制御センター
危険度:中程度
予想被害:交通渋滞および事故リスクの上昇
また選択肢だった。
悠真は内心で悪態をついた。
(それで、何を選べというんだ)
システムはいつもこうだった。
情報だけをくれる。
決定は自分がする。
「病院」
悠真が言った。
「病院は絶対に最優先です」
田中がうなずいた。
「その次は?」
悠真は上水道ポンプを見つめた。
4万1,000人。
通信中継所。
通信障害。
信号制御センター。
交通事故のリスク。
(何が一番重要だ?)
悠真はゲーム式に考えた。
人命被害。
都市機能。
影響人口。
復旧の難易度。
だが今回は、もう一つ問いを重ねた。
「上水道ポンプが止まったら、すぐ断水ですか?」
施設担当者が答えた。
「貯水槽があるので、約六時間は持ちます」
悠真の目が動いた。
「通信中継所は?」
「非常用バッテリーが50分ほど残っています」
「信号センターは?」
「現場に警察を投入すれば、一部代替可能です」
悠真はすぐに言った。
「では順序を変えます」
画面を指した。
「病院、通信中継所、上水道ポンプ」
「交通信号は?」
「警察投入で」
「しかし市内の混雑が——」
「今すぐ人が死ぬわけじゃない。違いますか」
会議室が一瞬静まり返った。
悠真は言葉を続けた。
「今必要なのは、完璧な都市じゃありません」
全員が彼を見つめた。
「今夜まで持ちこたえる都市です」
その言葉が口から出た瞬間。
悠真自身、少し驚いた。
ゲームをしていたときなら、絶対に口にしなかった言葉だった。
いつも効率。
いつも最適化。
いつも最高値。
だが今は。
全部を直すことはできない。
生き延びるために必要なものから、順に残すしかなかった。
田中がうなずいた。
「その順序で配置します」
職員たちが動き始めた。
悠真は画面を見つめた。
赤い点は47個だった。
しばらくして。
46個。
そして。
45個。
少し後には。
44個。
確かに一つずつ減っていた。
悠真が少し安堵しかけた瞬間だった。
システムが新しい警告を表示した。
【東部4区域 上水道ポンプ場 状態悪化】
機能停止まで
02:11:43 → 00:37:12
悠真の表情が強張った。
「何だと?」
予想より早かった。
施設担当者が電話を受けると、顔が真っ青になった。
「市長」
「何ですか?」
「上水道ポンプ場の非常用発電機に問題が発生したそうです」
「あとどれくらい持ちますか?」
「30分ほどだそうです」
悠真は画面を見た。
病院復旧チーム。
すでに出発。
通信中継所復旧チーム。
すでに出発。
残るは四班。
そのうち三つは、他の緊急施設へ向かっている最中だった。
残るは、一班。
悠真が言った。
「残るチームを上水道ポンプへ回してください」
田中が首を振った。
「駄目です」
「なぜ」
「そのチームは中央医療センターに投入する予備チームです」
「病院にはもう一チーム行ったでしょう」
「問題が予想より大きければ、予備チームが必要になります」
悠真は口をつぐんだ。
また選択だった。
病院に予備人員を残すか。
4万人の断水を防ぐか。
悠真はシステムを見た。
何も表示されなかった。
今回は選択肢すら出なかった。
(自分で決めろということか)
悠真は歯を食いしばった。
「上水道ポンプへ回します」
田中が固まった。
「市長」
「病院は現在、一チームで対応中です」
「問題が起きたら?」
悠真は答えられなかった。
問題が起きたら。
大変なことになる。
だが水道も同じだった。
「……回してください」
しばしの沈黙。
田中が無線機を手に取った。
「第六班、東部ポンプ場へ転進。急げ」
命令が伝えられた。
悠真は画面を見つめた。
正しかったのかはわからない。
正解はなかった。
そのとき。
結衣が静かに言った。
「市長」
「はい」
「以前より変わられましたね」
悠真は彼女を見た。
「何がですか?」
「以前は、何でもすぐに決めようとされていました」
「……」
「今は、訊いてくださいますね」
悠真は小さく笑った。
「わからないからです」
「それは悪いことではありません」
その瞬間。
システムが動いた。
白石結衣
信頼 18 → 20
好感 3 → 4
悠真の目が見開かれた。
(上がった)
たった1だった。
なのに、なぜか気分がよかった。
結衣が尋ねた。
「なぜ笑っているんですか?」
「私がですか?」
好感 4 → 3
悠真の笑みが消えた。
(いや)
(なぜまた下がる)
結衣が怪訝そうに彼を見た。
警戒 74 → 76
悠真は口をつぐんだ。
人の心は本当にわからない。
都市より難しい。
その瞬間。
災害対策本部の職員が叫んだ。
「市長!」
悠真が振り返った。
「中央医療センターから連絡です!」
「何事ですか?」
職員がこわばった顔で言った。
「最初の復旧チームが到着したんですが……」
一瞬、言葉を止めた。
「病院の非常用発電機が一台、完全に止まりました」
悠真の表情がこわばった。
「残り時間は?」
職員が画面を見つめた。
数字が現れた。
中央医療センター
非常用電源 残り時間
00:42:17
42分。
悠真は、自分がついさっき下した命令を思い出した。
病院の予備チーム。
上水道ポンプへ送った。
結衣も同じことを考えたのか、彼を見つめた。
悠真の指先が冷たくなった。
初めて。
自分が下した選択が。
誰かを殺すかもしれないという考えが浮かんだ。




