十七人を切り捨てれば早い
TUTORIAL DECISION
A. 発電所の再稼働を優先する
都市電力復旧の可能性上昇
現場救助の遅延可能性
B. 孤立人員の救助を優先する
人命救助の可能性上昇
発電所復旧の遅延可能性
黒瀬悠真はしばらく何も言えなかった。
発電所を直せば、7万人の電力問題は早く解決する。
救助を優先すれば、復旧は遅れる。
17人。
7万人。
数字だけで見れば、答えは簡単だった。
(発電所)
ゲームの中でなら、悠真は迷わずそう選んでいた。
事故のあった施設。
復旧。
電力の正常化。
市民満足度の回復。
終わり。
だが今回は、手が動かなかった。
悠真は訊いた。
「17人はどこに孤立しているんですか」
田中が地図を拡大した。
「2号機タービン棟の下です。火災で主出入口が塞がれています」
「生存の可能性は」
「わかりません」
「連絡は」
「二名とは、少し前まで取れていました」
少し前まで。
悠真はその言葉を噛みしめた。
「再稼働作業と救助作業を同時に進めることは」
田中が首を振った。
「現状では難しいです。消火が最優先です。再稼働を急げば、作業人員を発電設備側に回さなければなりません」
「救助を先にすると、復旧はどれくらい遅れますか」
「最低でも二時間」
「最大は」
「……わかりません」
悠真は口をつぐんだ。
その言葉が一番嫌だった。
わかりません。
ゲームにはなかった答えだった。
ゲームはいつも数字をくれた。
成功確率。
所要時間。
費用。
効率。
だが現実は違った。
結衣が隣で静かに言った。
「市長がご決断ください」
悠真は彼女を見た。
「白石さんなら?」
結衣はしばらく黙っていた。
「私が市長なら、私が決めます」
「……」
「でも、今の市長は私ではありません」
悠真は思わず笑いそうになった。
本当に役に立たない答えだった。
それからもう一度システム画面を見た。
A。
B。
正解表示なし。
悠真はゆっくり口を開いた。
「救助を優先します」
災害対策本部が静まり返った。
田中が確認するように訊いた。
「B案で進めろということですか」
「はい」
「電力復旧が遅れる可能性があります」
「わかっています」
産業局長が割り込んだ。
「市長、産業団地の停電が長引けば被害額がさらに増えます」
「それもわかっています」
「それに市民の不便も——」
悠真が言葉を遮った。
「17人が、まだ生きているかもしれないんです」
誰も答えなかった。
悠真は言った。
「生きている人間を放って、発電所を先に直せとは言えません」
しばらくして。
田中がうなずいた。
「救助優先で伝えます」
【DECISION CONFIRMED】
救助を優先します。
システム画面が消えた。
何の報酬もなかった。
経験値も。
正解だという表示も。
悠真は、それがかえって不安だった。
20分後。
悠真は市庁舎の地下駐車場にいた。
結衣が後を追いながら訊いた。
「どこへ行かれるんですか」
「発電所です」
結衣が足を止めた。
「直接行かれるんですか」
「はい」
「なりません」
「なぜ」
「事故現場です」
「だから行くんです」
「市長が行ったところで、火が早く消えるわけではありません」
確かに、その通りだった。
悠真は言葉に詰まった。
「それでも見なければ」
「何をですか」
悠真は答えられなかった。
実のところ、自分でもわからなかった。
ただ。
17という数字が、ずっと頭に残っていた。
17人。
その人たちがどんな顔をしているのか、見たかった。
いや。
見なければならない気がした。
結衣がため息をついた。
「防護装備なしで事故地点への接近は禁止です」
「なら、近くまでだけ」
「私も一緒に行きます」
「わざわざ?」
結衣が悠真を見た。
「市長お一人で行かせたら、何をするかわかりませんので」
好感 4 → 3
悠真の目が細くなった。
(いや)
一緒に来てくれるのに、なぜ下がるんだ。
そのとき、別の数字が動いた。
信頼 17 → 18
悠真はますます混乱した。
(これはまた、なぜ上がる?)
今それを訊くわけにもいかなかった。
北部火力発電所は、思っていたよりずっと大きかった。
そして、ずっと恐ろしかった。
黒煙が空を覆っていた。
消防車が数十台並んでいた。
サイレンの音。
怒号。
放水の音。
人々が走り回っていた。
悠真は車を降りた瞬間、立ち止まった。
ゲームでは、小さな建物ひとつだった。
クリックすれば情報ウィンドウが開いた。
北部火力発電所
発電量。
運営費。
雇用人数。
汚染度。
それがすべてだった。
だが今は。
巨大な鉄骨構造物が目の前にあった。
熱気が顔にまで押し寄せてきた。
片隅では、作業服を着た人々が泣いていた。
悠真は訊いた。
「あの人たちは」
結衣が周囲を確認した。
「作業員のご家族のようです」
家族。
その言葉を聞いた瞬間。
17という数字が、また違って見えた。
人々の間で、一人の女性が消防士の腕をつかんでいた。
「主人が中にいるんです!電話が切れたままなんです!」
消防士が彼女を落ち着かせようとした。
「救助隊が入っています。今しばらくお待ちください」
「生きてますよね?」
消防士は答えられなかった。
悠真も視線をそらした。
そのとき、現場指揮官が駆け寄ってきた。
「市長?」
戸惑った顔だった。
「どうしてこんなところまでお越しに……!」
悠真はすぐに訊いた。
「救助状況は」
「第一進入班が入りました」
「17人全員、位置は確認できていますか」
「まだです」
「何人見つかりましたか」
「現在五人」
「生存者は」
指揮官がしばらく黙った。
「五人とも生存しています」
悠真は息を吐いた。
「残りの十二人は」
「捜索中です」
その瞬間。
悠真の目の前にシステムが現れた。
孤立人員
17人
救助完了:5
未確認:12
悠真はその数字を見つめた。
今回は妙だった。
システムには最初から表示できたはずだ。
なのに、なぜ今になって見せるのか。
そのとき無線が鳴った。
「指揮本部!指揮本部!」
全員が振り向いた。
「7番通路で追加人員発見!」
指揮官が無線機を握った。
「何人だ」
一瞬の雑音。
そして。
「六人です!」
悠真の拳に力が入った。
「状態は」
「四名歩行可能! 二名、意識レベル低下!」
指揮官が即座に命令を下した。
「医療班を待機させろ!」
人々が動いた。
しばらくして。
煙の中から救助隊員たちが姿を現した。
一人。
二人。
三人。
担架に乗せられた作業員が、次々と運び出されてくる。
悠真は何も言わず、その光景を見つめた。
救助完了:11
未確認:6
まだ六人。
時間は流れ続けた。
そして都市の電力状況も悪化していた。
電力供給率:70%
推定停電人口:3万1,840人
増えた。
悠真は歯を食いしばった。
救助を選んだ代償だった。
そのとき携帯電話が鳴った。
結衣が電話を取った。
表情がこわばった。
「市長」
「何ですか」
「東部住宅地域の輪番停電が、予想より長引いています」
「どれくらい」
「一部地域は二時間を超えました」
「……」
「市民からの苦情も急増しています」
悠真は目を閉じた。
システムがすぐに反応した。
市民満足度
21% → 19%
悠真は乾いた笑いが出そうだった。
人を救おうとしたのに。
市民満足度は下がった。
ゲームなら失敗した選択に見えただろう。
その瞬間、現場指揮官が叫んだ。
「見つけた!」
悠真が顔を上げた。
「残り人員の位置確認!」
「何人ですか」
「六人全員!」
悠真の顔が明るくなった。
だが、指揮官の次の言葉が続いた。
「ただ、問題は通路が崩落していることです」
表情が再びこわばった。
「進入できないんですか」
「今の状態では難しいです」
「他の道は」
「一応、あります」
「なら——」
「タービン棟の冷却設備区域を通らなければなりません」
田中がこわばった顔で言った。
「そこは今、再稼働準備区域です」
悠真が彼を見た。
田中が説明した。
「救助隊をそちらへ送るには、安全のため冷却設備を完全に停止しなければなりません」
「そうすると?」
「今日中の再稼働は難しくなります」
悠真は何も言えなかった。
また選択だった。
今回はシステムすら現れなかった。
田中が言った。
「市長」
「……」
「ここでこれ以上遅れれば、都市全体が危険にさらされる可能性があります」
悠真は煙の向こうを見つめた。
六人。
そして。
数万人。
さっきと同じ問題だった。
ただ今回は。
悠真はすぐに答えた。
「冷却設備を停止してください」
田中の目が見開かれた。
「市長」
「救助します」
「発電所は今日中に復旧できなくなるかもしれません」
「わかっています」
「被害が大きくなります」
悠真は言った。
「それもわかっています」
そして一瞬止まってから、付け加えた。
「その代わり」
悠真は発電所の地図を見つめた。
「この発電所なしで、今夜を乗り切る方法を探します」
田中が悠真を見た。
今度はすぐに反論しなかった。
数秒後。
「わかりました」
彼が無線機を手に取った。
「冷却設備停止。救助通路を確保する」
一時間後。
最後の救助隊が外に出てきた。
担架六つ。
悠真は一つずつ数えた。
十二。
十三。
十四。
十五。
十六。
十七。
全員救助。
悠真はそこでようやく長い息を吐いた。
その瞬間。
目の前が明るくなった。
【TUTORIAL MISSION 条件一部達成】
孤立人員
17/17 救助完了
そして、初めて見るメッセージが続いた。
あなたは効率より生存を選びました。
都市はあなたの選択を記憶します。
「……何だ?」
奇妙な文章だった。
報酬でもなかった。
評価でもなかった。
ただ。
記憶する。
そのとき、新しい通知が現れた。
PLAYER EXP +120
LEVEL UP 条件充足
悠真の目が見開かれた。
PLAYER LEVEL
Lv.1 → Lv.2
そして。
ロックされていた機能のひとつが光り始めた。
【新たな市長権限が解放されます。】
悠真が画面を見つめた。
最後の一文が、ゆっくりと浮かび上がった。
解放権限
都市スキャン Lv.1
悠真は目を細めた。
「都市スキャン?」
その瞬間。
彼の目の前に、アルカディア全体が重なって見え始めた。
電力網。
上水道網。
道路。
病院。
避難所。
そして。
街のあちこちで、赤い点が点滅していた。
一つ。
二つ。
十。
百。
悠真の表情がこわばった。
発電所だけが問題ではなかった。
アルカディア全体が。
すでに崩れかけていた。




