七万人の灯が消えた
【EMERGENCY】
北部火力発電所で事故発生
電力供給率
81% → 63%
黒瀬悠真は赤く染まったシステム画面を見つめた。
数字がまたひとつ落ちた。
62.8%
「……」
結衣が素早く言った。
「北部火力発電所2号機で爆発が発生しました。現在消火活動中で、1号機も緊急停止に入りました」
悠真は窓の外を見た。
都市北部から黒煙が立ち上っていた。
ゲームならば大したことではなかった。
発電所がひとつ止まれば、別の発電所を建てればいい。
予算がなければ電力の輸入量を増やせばいい。
最悪の場合。
セーブした場所に戻ればよかった。
だが今は違った。
システムが再び現れた。
緊急チュートリアルミッション
BLACKOUT
大規模な電力不足を解決してください。
現在の推定停電人口
7万1,240人
制限時間
03:59:42
報酬
PLAYER EXP
???
悠真の目が見開かれた。
「7万……」
結衣がすぐに反応した。
「市長?」
「いや」
悠真は口をつぐんだ。
7万1,240人。
ゲームではただの数字だった。
グラフが下がり。
市民満足度が落ち。
建物の上に赤い電気アイコンが浮かぶ。
それだけだった。
だが今は。
悠真は窓の外の街を見た。
数ブロック先の建物の灯りが、順番に消えていった。
信号機も消えた。
車が交差点で立ち往生していた。
遠くでクラクションが連続して鳴った。
「市長」
結衣の声が聞こえた。
「至急、災害対策本部へお願いします」
悠真はうなずいた。
「行こう」
市庁舎の災害対策本部は、すでに戦場だった。
電話が鳴りやまなかった。
壁の大型スクリーンにはアルカディア全域の地図が映し出されていた。
赤い区域が急速に広がっていた。
「東部第3区域、輪番停電開始しました!」
「中央商業地区、非常用電源に切り替え!」
「都市鉄道2号線の一部区間、電力不安定です!」
「信号系統の麻痺区間が拡大中です!」
悠真が入ると、何人かが席を立った。
「市長」
視線が一斉に集まった。
悠真は一瞬、息が詰まった。
(なんで全員、俺を見てるんだ)
自分はただの会社員だった。
それも都市行政とは何の関係もない。
ゲームを長くやっていただけの人間。
だがここでは。
市長だ。
悠真はできる限り表情を隠した。
「まず現在の状況から説明してください」
中年の男が前に出た。
「エネルギー管理本部長の田中誠です」
悠真は心の中で名前を復唱した。
田中誠。
「2号機は完全停止しています。1号機は安全上の問題で、再稼働まで最低6時間以上かかります」
「他の発電所は?」
「南部のガス複合発電所が最大出力で稼働していますが、足りません」
大型スクリーンに数字が現れた。
現在需要 3,840MW
供給可能 2,410MW
不足分。
1,430MW
悠真は数字を見て、不思議と少し落ち着いた。
数字。
これは慣れていた。
「外部から買えばいいじゃないですか」
会議室が一瞬静まった。
田中が困った表情を見せた。
「可能です」
「それならすぐに——」
「財源がありません」
悠真の言葉が止まった。
ああ。
そうだった。
都市財政。
「緊急電力購入には先払いが必要です」
「いくら必要ですか」
「現在の価格で4時間もたせるには、およそ1億8,000万クレジットです」
悠真はしばらく言葉を失った。
ゲームならクリック一回で済んだ。
金が足りなければ融資ボタン。
だが。
「融資は?」
今度は財政担当者が答えた。
「すでに短期債の限度額を超えています」
完全に終わっていた。
自分の作った街を罵りたくなる瞬間だった。
そのときシステムが現れた。
利用可能な緊急対応案
1. 産業団地への電力供給停止
確保見込み電力:910MW
想定被害:生産支障/企業の信頼低下
2. 住宅地域の輪番停電拡大
確保見込み電力:760MW
想定被害:市民満足度の急落
3. 中央商業地区の電力制限
確保見込み電力:510MW
想定被害:経済損失の増加
4. 緊急電力購入
必要資金:1億8,000万C
現在の保有資金:0 C
実行不可
悠真は画面を見つめた。
(正解の表示がないな)
当然あると思っていた。
ゲームなら、最も効率のいい選択肢があった。
損失が最も少ない方法。
最適解。
だがシステムはただ数字を示すだけだった。
悠真が訊いた。
「産業団地を止めるとどうなりますか」
田中が答えた。
「ほとんどの工場が停止します」
「死人は出ますか」
会議室が静まった。
田中はすぐには答えなかった。
「直接的には……多くはないはずです」
「多くはない?」
「一部の工程は急に止まると事故の危険があります」
隣にいた産業局長が口を挟んだ。
「それに、今産業団地の電源を切れば、最低でも三社は納品契約を守れません。すでに企業離れが深刻です。これが重なれば——」
「わかりました」
悠真が言葉を遮った。
「住宅地域は?」
「大規模停電です。エレベーター、冷暖房、通信中継、交通信号にまで影響します」
「商業地区は?」
「金融センターとデータセンターがあります」
誰かが付け加えた。
「それと、中央医療センターも同じ電力系統です」
悠真の視線が止まった。
「病院ですか」
その瞬間、システムが新しい警告を表示した。
【中央医療センター 外部電力不安定】
非常用発電機 残り推定時間
03:18:09
集中治療室 入院患者:47名
人工呼吸器使用患者:11名
緊急手術進行中:3件
悠真の顔がこわばった。
数字が違って見えた。
全員、人間だった。
「病院は絶対に守ります」
悠真が言った。
産業局長が口を開いた。
「そのためには、他をもっと止めなければなりません」
「なら止めましょう」
「市長」
「病院を最優先に」
今度は声が少し強くなった。
会議室が静まり返った。
結衣が悠真を見つめた。
システムの片隅で小さな変化が現れた。
白石結衣
信頼 15 → 17
悠真はそれを見ても反応しなかった。
今は数字ひとつ上がったことなど重要ではなかった。
田中が訊いた。
「では産業団地から遮断します」
悠真はすぐに答えようとして、止まった。
(待て)
工場の電源を切れば、企業が去る。
企業が去れば、雇用が減る。
失業率が上がる。
税収が減る。
今のアルカディアが破綻した過程と、まったく同じだった。
かといって住宅地域を止めれば、市民の反発。
商業地区を止めれば、経済損失。
病院は絶対に駄目だ。
ゲームなら選んで、結果を見ればよかった。
失敗したら、ロードし直せばよかった。
だが。
今、LOADはロックされている。
悠真は歯を食いしばった。
「産業団地全体ではなく、工場ごとに分けることは可能ですか」
田中が目を瞬かせた。
「可能ではありますが、時間がかかります」
「大きな工場から順に止めるのではなく」
悠真は画面の前に歩み寄った。
「電力使用量に対して被害の少ないところから止めるのはどうですか」
何人かが互いに顔を見合わせた。
「市長、それを今判断するには、各工場の生産工程と非常用電源の有無を全て確認する必要があります」
「資料はありますか」
「あります」
「では見せてください」
資料が画面に映し出された。
工場名。
消費電力。
生産品目。
従業員数。
非常用発電機の有無。
悠真は素早く目を通した。
これには慣れていた。
ゲームで数え切れないほどやってきたことだった。
最も少ないコストで。
最も多くの効果を得ること。
「ここ」
悠真が画面を指さした。
「この三つの工場は自家発電機がありますね」
「はい」
「外部電力を切っても持ちこたえられる時間は?」
「二時間から四時間ほどです」
「では先に止めます」
もうひとつ。
「ここは夜間の生産ライン稼働率が30%しかありません」
産業局長が驚いたように言った。
「その通りです」
「部分的な遮断は可能ですか」
「可能です」
「それも」
悠真は選び続けた。
一つ。
二つ。
三つ。
ゲームでやっていたように。
すると画面の数字が少しずつ動いた。
不足電力 1,430MW
→ 1,190
→ 930
→ 710
→ 480
会議室の空気が変わった。
田中が言った。
「480MWまで減りました」
悠真が訊いた。
「残りは?」
「この程度なら、住宅地域の輪番停電を最小限に抑えながら持ちこたえられます」
「病院は?」
「優先供給が可能です」
悠真は息を吐いた。
できた。
初めて。
正解を見つけた気がした。
その瞬間。
誰かが慌てて叫んだ。
「待ってください!」
対策本部の職員の一人が席を立った。
「第7金属工場を遮断してはいけません!」
悠真がたった今選んだ工場だった。
「なぜですか」
「溶鉱炉が稼働中です」
産業局長の顔がこわばった。
「非常用発電機で維持できるだろう」
「冷却しか維持できません。溶鉱炉の維持には足りません」
悠真の背筋が凍った。
職員が早口で言った。
「完全に電力を切れば、内部の金属が固まります。設備全体を再稼働させるには、数か月かかる可能性があります」
「被害額は?」
「最低でも8億クレジット以上です」
悠真は口をつぐんだ。
自分は今。
1,800万クレジットでもなく。
1億でもなく。
8億クレジットのミスをやらかすところだった。
ゲームの数値だけを見ていたら。
何の迷いもなくクリックしていた選択だった。
田中が慎重に尋ねた。
「市長。除外しますか」
悠真は画面を見つめた。
手のひらに汗がにじんだ。
「……除外してください」
「そうすると、また120MW不足します」
「他を探します」
悠真が言った。
今度はさっきより遅かった。
ひとつずつ確認した。
何を生産しているのか。
何人が働いているのか。
電源が切れたら何が起こるのか。
数字の裏に何があるのか。
ついに。
田中が叫んだ。
「電力バランスが取れました」
画面の赤い領域が少し縮小した。
電力供給率。
63% → 72%
そしてシステムが現れた。
【緊急措置が適用されました。】
推定停電人口
7万1,240人 → 28,610人
完全に解決したわけではなかった。
だが半分以上減らした。
悠真は安堵の息をついた。
その瞬間。
新しい警告が表示された。
【事故現場 追加報告】
北部火力発電所 火災拡大
現場作業員17名が孤立した模様
悠真の顔がこわばった。
また数字だった。
だが今度は。
さっきとは違って見えた。
田中が低い声で言った。
「消防隊が突入準備中です」
悠真は画面を見つめた。
システムが新しい選択肢を表示した。
TUTORIAL DECISION
A. 発電所の再稼働を優先する
都市電力の復旧可能性上昇
現場救助の遅延可能性
B. 孤立者の救助を優先する
人命救助の可能性上昇
発電所復旧の遅延可能性
悠真は固まった。
今回は数字さえなかった。
成功確率も。
損失額も。
正解も。
そのとき結衣が訊いた。
「市長」
全員が自分を見ていた。
悠真は初めて理解した。
このゲームは。
自分が知っていたゲームではなかった。




