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ゲームの中で破綻した都市の市長になった  作者: ニグス


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2/15

新米市長

「アルカディア市庁舎です」


女性が言った。


「市長の執務室じゃないですか」


黒瀬悠真は何も言えなかった。


もう一度窓の外を見た。


赤い鉄橋。


川沿いに続く道路。


遠くに見える火力発電所。


そして都市北部の国際空港。


間違いなかった。


アルカディアだった。


それも自分が作ったアルカディアだ。


(夢だろう)


悠真は手の甲をつねった。


痛かった。


もう少し強くつねった。


「痛っ……」


「市長?」


女性が怪訝そうに見た。


「何でもありません」


悠真は何事もなかったかのように手を下ろした。


夢の中でも痛みを感じることはある。


それなら別の方法で確かめればいい。


悠真は窓に近づいた。


ゲームの中で数え切れないほど眺めた街並みだった。


だが、違った。


車が信号に合わせて動いていた。


歩道には出勤する人たちが歩いていた。


タクシーが急に車線を変えると、後ろの車がクラクションを鳴らした。


横断歩道では、子供が母親と手をつないで駆けていった。


ゲームでは見られなかったものだった。


人々の顔。


表情。


声。


悠真は思わずつぶやいた。


「本物の人間じゃないか」


「え?」


「何でもありません」


また変な人だと思われた。


悠真は背後に立つ女性を見た。


初めて見る顔だった。


なのに、なぜか名前は知っているような気がした。


「もしかして……」


女性の眉が少し動いた。


悠真は質問を変えた。


「今日の予定はどうなっていますか」


女性がしばらく悠真を見た。


「午前8時30分に財政対策会議、10時に都市鉄道労組との面談、午後には市議会緊急会議があります」


「そうですか」


まったくわからない。


「それと中央政府への財政支援要請書も、本日中にご決裁いただく必要があります」


「それもありますね」


「昨日、市長ご自身が、今日の午前中までに処理するとおっしゃいました」


「……私がですか?」


沈黙。


女性の目に浮かんだ疑念が、いっそう濃くなった。


悠真は咳払いした。


「確認しているだけです」


「そうですか」


まったく信じていない表情だった。


悠真は机に向かった。


机の上には書類が山のように積まれていた。


一番上の書類を手に取った。


アルカディア市緊急財政対策案


その下には、もっと恐ろしい題名が待っていた。


公共機関賃金支払遅延対応策


次の書類。


都市鉄道公社流動性危機報告


次。


北部火力発電所緊急整備要請


悠真の手が止まった。


「……本当に終わってる」


「え?」


「何でもありません」


ゲームでは数字ひとつだった。


財政 : 0


だが現実の0は違った。


給料を受け取れない人が出る。


電車が止まるかもしれない。


発電所を直す金がない。


悠真は急に頭が痛くなった。


「あの」


「はい」


「すみませんが、お名前が……」


結局訊いてしまった。


女性の表情が完全に固まった。


「市長」


「はい」


「私の名前をご存じないのですか」


終わった。


「知っていますよ」


「では、言ってみてください」


「……」


なんで名前の抜き打ちテストをされてるんだ。


その瞬間だった。


目の前に何かが現れた。


【市長システムを起動します。】


悠真がびくりとした。


「何だ?」


「え?」


宙に半透明の画面が浮かんでいた。


悠真は手を伸ばした。


指がそのまま通り抜けた。


女性が訊いた。


「市長、本当に大丈夫ですか」


(見えていないのか?)


悠真は視線を画面に戻した。


【MAYOR SYSTEM】


PLAYER:黒瀬悠真


LEVEL:1


役職:アルカディア市長


称号:新米市長


「レベル……」


ゲームにはなかった機能だった。


悠真は下の項目を見た。


【使用可能な権限】


都市情報 Lv.1


財政情報 Lv.1


人口情報 Lv.1


【ロック中】


精密都市分析


政策シミュレーション


人物情報


都市建設


緊急建設


撤去


SAVE


LOAD


???


悠真の視線が止まった。


SAVE


LOAD


心臓が跳ねた。


(戻れる)


手を伸ばした。


LOADを押した。


【権限が不足しています。】


「……」


もう一度押した。


【権限が不足しています。】


「ふざけてるのか?」


「市長?」


悠真は慌てて手を下ろした。


女性が悠真から一歩あとずさった。


「何でもありません」


「……」


「本当です」


女性はまったくそう思っていないようだった。


そのときシステム画面が動いた。


【チュートリアル案内者を確認します。】


【人物情報機能が一時的に解放されます。】


(人物情報?)


悠真は女性を見た。


一瞬、彼女の横に小さな画面が現れた。


【白石結衣】


年齢:28


役職:市長秘書


信頼:14


好感:6


警戒:71


悠真の目が見開かれた。


(白石結衣)


ようやく名前がわかった。


だが、その次の数字の方が気になった。


(好感6?)


100点満点だとしたら、悲惨だった。


悠真は思わず結衣を見た。


「どうかしましたか」


「いえ、白石さん」


結衣の目が細くなった。


「急に名前を思い出しましたね」


「……」


好感 6 → 5


悠真の目が見開かれた。


(なぜ下がる?)


何もしていないのに。


いや、名前を呼んだだけなのに。


警戒 71 → 74


(これも上がるのか)


悠真は困惑した。


18万人規模の都市も運営してきた自分だ。


なのに目の前の女性ひとりを相手に、出会って一分も経たないうちに事態は悪化していた。


(人間は都市より難しいな)


そのとき、また別の画面が現れた。


【ARCADIA】


人口:18万4,321


都市財政:0 C


失業率:17.8%


市民満足度:21%


電力供給率:81%


治安リスク:HIGH


悠真の表情から笑みが消えた。


すべて覚えている数字だった。


自分がゲームで最後に見た数値。


本当にそのままだった。


その下に新しいメッセージが現れた。


【チュートリアルを開始します。】


都市の危機を解決してください。


市民の信頼を得てください。


成果に応じてPLAYER LEVELが上昇します。


LEVEL上昇時、新たな市長権限を獲得できます。


悠真は再びロックされた機能を見た。


政策シミュレーション。


都市建設。


撤去。


SAVE。


LOAD。


レベルが上がれば、それらを使えるということだ。


だとすれば。


(レベルを上げれば戻れるのか?)


初めて希望が生まれた。


だが、すぐに次のメッセージが現れた。


【MAIN MISSION】


【破産を防げ】


現在、アルカディア市は支払不能状態です。


制限時間内に都市財政を正常化してください。


残り時間


29日23時間59分


悠真の口が開いた。


「一か月?」


MISSION FAILURE


都市破産


市長権限剥奪


PLAYER資格消滅


最後の一文が一拍遅れて現れた。


※ PLAYER資格消滅時、生存を保証しません。


「……」


戻ることより先にすべきことができた。


生き延びることだ。


悠真は窓の外を見た。


18万4,321人。


ゲームなら簡単だった。


税金を上げる。


予算を削る。


不要な施設を撤去する。


だめならロードする。


だが、ここでは。


あの下を歩いている人々は、本物の人間だった。


(まず状況を把握しないと)


悠真は一度深く息を吸った。


「白石さん」


「はい」


「財政対策会議は8時30分でしたね」


「そうです」


「関連資料を全部持ってきてください」


結衣がしばらく悠真を見た。


「全部ですか?」


「はい」


悠真は机の前に座った。


「なぜ破綻したのか、最初から見直します」


結衣の表情がほんの少し変わった。


信頼 14 → 15


悠真が目を瞬かせた。


(上がった)


なぜ上がった?


資料を見ると言ったから?


悠真は結衣を見た。


結衣も彼を見た。


好感 5 → 4


(今度はまたなぜ下がる?)


悠真は口をつぐんだ。


本当にわからない。


その瞬間。


ドン——!


窓が揺れた。


悠真は弾かれたように立ち上がった。


「何だ?」


数秒後。


都市北部から黒い煙が立ち上った。


結衣の顔がこわばった。


彼女の携帯電話が鳴った。


「はい。市長秘書室です」


しばらくして。


結衣の表情から血の気が引いた。


「……了解しました」


電話を切った彼女が悠真を見た。


「市長」


同時に、悠真の目の前が赤く染まった。


【EMERGENCY】


北部火力発電所で事故発生


電力供給率


81% → 63%


悠真の顔がこわばった。


結衣が言った。


「北部発電所で爆発が発生しました」


そして。


新しいメッセージが浮かんだ。


【緊急チュートリアルミッションが発生します。】


悠真はその文章を見た。


ゲームの中で迎えた最初の日。


出社してまだ一時間も経たないうちに。


彼の都市が消えかけていた。

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