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ゲームの中で破綻した都市の市長になった  作者: ニグス


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1/15

都市を放棄しますか?

挿絵(By みてみん)


深夜2時47分。


黒瀬悠真(くろせ ゆうま)は、モニターの中央に浮かんだ数字をぼんやりと眺めていた。


都市財政 : 0 C


「……終わった」


正確には、終わったのは悠真ではない。彼の都市だ。


アルカディア。


八年かけて育てた街だった。


人口 18万4,321人。


失業率 17.8%。


市民満足度 21%。


電力供給率 81%。


そして、保有資金。


ゼロ。


画面の中では、市庁舎前の広場に市民が押し寄せていた。


【無能な市長は退陣しろ!】


【税金を下げろ!】


【仕事を返せ!】


悠真は、すっかり冷えたカップ麺を一口すすった。


「恩知らずどもが」


もっとも、彼らが怒るのは当然だった。


悠真自身、それはわかっていた。


八年前。


アルカディアには何もなかった。


道路を敷いた。


発電所を建てた。


工場を誘致した。


人が集まってくると、学校と病院を建てた。


バスが走り、地下鉄が通った。


川の向こうには新都心まで作った。


人口が初めて10万を超えたときは、ひとりでビールを買ってきて祝った。


会社で昇進したときより嬉しかった。


大学生の頃に始めたゲームだった。


就職してからもやめられなかった。


会社から帰ればパソコンをつけた。


夕食を食べながら都市の状況を確認し、寝る前には翌日の建設計画を立てた。


休日には朝から晩まで都市を眺めていることも珍しくなかった。


友人からは何度も訊かれた。


「まだそのゲームやってるのか?」


そのたびに悠真は答えた。


「ゲームじゃない。都市経営だ」


もちろん、誰も理解してくれなかった。


その街を、たった六か月で潰した。


悠真は画面の北側を拡大した。


巨大な滑走路が現れる。


アルカディア国際空港。


「お前さえ作らなければ……」


建設費、120億クレジット。


悠真なりに、完璧な計画だったのだ。


空港を建設する。


観光客が増える。


企業が入る。


商業地区が育つ。


税収が伸びる。


人口20万を突破する。


ところが、最初の段階から狂った。


観光客は想定ほど来なかった。


空港の維持費だけは、変わらず出ていった。


悠真は税率を上げた。


企業が去った。


雇用が減った。


人が去った。


税収はさらに減った。


だからまた税率を上げた。


そして、今。


ゼロ。


「……はあ」


悠真は椅子に深く沈み込んだ。


机の横では、会社のノートパソコンがつけっぱなしになっていた。


月次実績分析レポート。


進捗はだいたい六割。


提出は今日の午前中。


時計を見た。


02:51


「本気で狂ってるぞ、黒瀬悠真」


32歳。


独身。


ごく普通の会社員。


明日ではなく数時間後に出社しなければならない人間が、午前三時まで架空の都市の財政を心配していた。


少し前、会社で後輩に訊かれた。


「黒瀬さん、休日って何してるんですか?」


ゲーム。


それ以外に答えがなかった。


恋愛から遠ざかって、もうずいぶん経っていた。


合コンや見合いを勧めてくる人間も、たまにはいた。


そのたびに悠真はこう答えた。


「最近、仕事が忙しくて」


半分は本当だった。


残りの半分は、こいつのせいだ。


アルカディア。


正直なところ、女性と話すより都市を管理するほうが楽だった。


都市は、不満の理由を教えてくれる。


渋滞。


高すぎる税金。


足りない病床。


電力不足。


問題があれば、原因を探して解決すればいい。


人の心のように、


(どうして怒ってるんだ?)


と悩む必要がない。


悠真はもう一度モニターを見た。


とはいえ、八年育てた街をこのまま終わらせるわけにはいかない。


手はあった。


マウスを動かす。


LOAD


セーブデータの一覧が表示された。


悠真は慣れた手つきで下へスクロールしていく。


そして、ひとつを見つけた。


ARCADIA_0821_FINAL


六か月前。


空港建設を決断する直前のセーブだった。


悠真の口角が上がる。


「そうだ。やり直せばいい」


空港は取りやめる。


地下鉄七号線の延伸も見送る。


税率を元に戻す。


先に工業団地を拡張する。


今度こそできる。


悠真は迷わずセーブデータをクリックした。


カチッ。


何も起こらなかった。


「……ん?」


もう一度クリックする。


カチッ。


画面は変わらない。


マウスを動かした。


今度はカーソルまで動かなかった。


「まさか」


キーボードを叩く。


無反応。


Ctrl+Alt+Delete。


無反応。


悠真の顔が歪んだ。


「おい、勘弁しろよ」


今日のプレイはセーブしていない。


結局、電源ボタンを長押しした。


画面が消えた。


「寝よう」


悠真が椅子から立ち上がりかけた、そのときだった。


真っ暗になったはずのモニターに、何かが浮かんだ。


悠真の動きが止まる。


白い文字だった。


【都市を放棄しますか?】


その下に、選択肢が二つ。


YES


NO


「……何だこれ」


落としたはずのパソコンが、点いている。


悠真はもう一度椅子に腰を下ろした。


こんな終了画面は見たことがない。


八年やったゲームだ。


大型アップデートのたびにパッチノートまで読み込んできた。


「イースターエッグか?」


悠真は少し考えた。


そして、ふっと笑った。


選ぶまでもない。


NO。


カチッ。


画面が切り替わる。


【本当に続けますか?】


「当たり前だろ」


もう一度クリック。


今度は新しい一文が現れた。


【あなたは自分の選択に責任を持てますか?】


悠真の手が止まった。


「……街づくりゲームのくせに、やけに大げさだな」


今度はYESもNOもなかった。


代わりに、空欄の入力欄がひとつ点滅している。


悠真はふざけ半分でキーボードを叩いた。


YES


エンター。


しばらく何も起こらなかった。


一秒。


二秒。


三秒。


首をかしげようとした、その瞬間。


文字が現れた。


【確認しました。】


そして。


【PLAYER認証中……】


悠真の表情がわずかに変わった。


「プレイヤー?」


【認証完了。】


次の一文。


【チュートリアルを開始します。】


「何がチュートリアルだ。何年やってると思ってる」


そして、最後の一文が現れた。


【市長権限を移譲します。】


「……は?」


その瞬間。


モニターから真っ白な光が弾けた。


「うっ!」


悠真は腕で目を覆った。


耳の奥で鋭い耳鳴りが鳴る。


机が揺れた。


いや。


机ではない。


自分の体が動いていた。


前へ。


モニターのほうへ。


「待て」


悠真は机の縁を掴んだ。


体を後ろへ引く。


無駄だった。


見えない何かが、全身を引きずり込んでいく。


「おい、ちょっと待て!」


手が滑った。


視界が真っ白になる。


落ちていくような感覚。


いや。


吸い込まれている。


最後の瞬間、悠真はモニターに浮かんだ文字を見た。


【WELCOME TO ARCADIA.】


「嘘だろ……」


世界が消えた。


***


ぽた。


ぽた。


ぽた。


何かが落ちる音がした。


悠真はゆっくりと目を開けた。


天井が見える。


見覚えのない天井だった。


「…………」


自分の部屋でないことだけは確かだった。


体を起こす。


くたびれた革のソファ。


大きな執務机。


山積みになった書類。


壁一面を覆う地図。


そして、大きな窓。


「何だよ、これ……」


悠真はふらつきながら窓辺へ歩いた。


カーテンを引く。


そして、動きを止めた。


窓の外に、街があった。


数十階建てのビル。


道路を埋め尽くす車。


川に架かる赤い鉄橋。


遠くに見える発電所。


そして、北の端。


巨大な国際空港。


悠真はその風景を知っていた。


道路の一本まで。


橋の一つまで。


自分が作ったのだから。


「……アルカディア」


その瞬間。


背後から女性の声がした。


「市長?」


悠真はゆっくりと振り返った。


きちんとした黒いスーツを着た女性が、扉の前に立っていた。


初めて見る顔だった。


女性は怪訝そうに悠真を見つめる。


「大丈夫ですか?」


悠真は答えられなかった。


女性がもう一度尋ねた。


「市長?」


悠真は彼女と、窓の外の街とを交互に見た。


そして、やっとのことで訊いた。


「……ここは、どこですか?」


女性の表情が固まった。


短い沈黙。


彼女は慎重に答えた。


「アルカディア市庁舎です」


悠真は血の気が引くのを感じた。


女性は続けた。


「……市長の執務室ですが」


黒瀬悠真、32歳。


独身。


職業、会社員。


そして今日から――


破産寸前の都市の、市長になった。

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