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ブリュンヒルトの進撃は止まらない。
大剣を一振りすれば、群がる灰の軍勢がことごとく弾け飛ぶ。
後に続く者たちの血路を切り拓いていく。
立ち塞がる全ての灰の軍勢を文字通り一蹴し、一切の淀みなくザガンへと迫る。
「カカカッ……怖い、怖いのう」
竜の背でザガンが嘲笑う。死に物狂いの突撃を前にしてなお、路傍の石でも眺めるような酷薄さだ。
己に向かう白銀の剣鬼を観察するように目を細めている。
「まさかとは思ったが……お主、人ではないな?精霊か、召喚物か——かの『大召喚士』でもいるのかと思えば、どうやら違う。魔力供給がてんでされておらぬのう、ひどく不完全だわい」
背筋を冷たいものが撫でた。
全てを見透かされている。ハリボテの威容を裏側から覗かれているような感覚。
「カカッ、未熟で運が良い召喚者がおるようじゃな……さて、誰じゃ——」
ザガンの視線が、輿に乗せられる俺を捉えた。
余裕に歪んでいた口元が微かに引きつっている。
「………」
乾いた笑いが止まる。
僅かな沈黙。ザガンの空虚な目が限界まで見開かれ、見てはならないものを見たかのように硬直している。
その瞬間の隙を、ブリュンヒルトが見逃すはずがなかった。
踏み込む足が大地を砕き、腕を大きく引くと全身を引き絞った弦として大剣を射る。
空気を引き裂く轟音。巨大な質量が上空のザガンへと一直線に軌跡を描いた。
俺は息を呑む。
(いける——!)
確信した俺の喜びは、すぐに早とちりだと分からされた。
枯れ木のような老人は、奇妙なほどに滑らかに身体を逸らし、間一髪で致命の一撃を避けてみせたのだ。
大剣は背後の虚空へと消え、やがて光の粒子となって消えた。
ブリュンヒルトの手にはすでに新たな大剣が顕現されている。
「……カ、カカッ」
ザガンの口から細い息が漏れる。
「ふう、全く。英雄というやつはこれだから困るんじゃ。儂はさっさと引かせてももらおうかのう……」
「逃がすか——、グッ」
「カカカッ、放っておいても死ぬというのに、怪我をしてもつまらんわい。ではな……」
そう言い残し、ゆっくりと高度を上げると後退していく。
逃がすまいと追撃を試みる白銀の輪郭が、ひときわ激しくブレた。
同時に敵軍を切り開く要だった周囲の騎士達が次々と光の粒子へと還っていく。
ついに限界を迎えたのだ。
たった一人で灰の軍勢を抑え、蹂躙してみせた白銀の騎士がついにその膝をついた。
がしゃりと大剣が地面を叩く鈍い音が響くのを合図に、ついに俺達は終わりの見えない灰の海で取り残されたのだった。
「あ、ああ、そんな……」
「ひ、ヒィッ!来るな!」
「終わりだ……」
周囲で掠れた声を上げるヴァルハストの者たち。もはや抵抗は無意味だと誰もが悟っていた。
敗北、そして確実に来る死。今はただ猶予されているに過ぎない。
ブリュンヒルトの身体から凄まじい勢いで光が抜け落ちていく。
その碧い眼差しが力なく俺に向けられた。
「……様。申し訳、ありませ……」
消え入るような声。己の不甲斐なさを呪うような、痛切な響きだった。
誰が彼女を責められるだろうか。
絶望的な状況にあって、彼女は最後まで英雄として使命を果たし続けたのだ。
責められるべきは俺……謝らなければならないのは、何も出来ない無能な俺だろう。『天眼の琥珀』を強く握り、唇を噛みしめる。
(本当に、本当にこれで終わりなのか!?)
いや、まだ諦めない。最後まで、戦う。
強い意志を込めた視線を、消えゆくブリュンヒルトへと送る。
脳が限界を超えて思考を加速させる。
迫り来る死の予感の中で、飲み込めない違和感が思考の奥に居座り続けている。
そもそも——
——俺はなぜ彼女を召喚できた?
魔法の経験も知識も無い、一般人。魔力を扱う感覚など今もって欠片も分からない。ただセレアの身体に入り込んだだけの男。
だというのにあの時—— そうだ、ブリュンヒルトを召喚したのは『サルキア』にきてすぐ、屍狼に襲われていたときだった。
彼女の声に従って、召喚することに成功したのだ。
名前を呼んだから?
否。それだけでは足りないはずだ。
あの時、恐怖に塗れた俺の脳裏にあったのは——
「あっ」
思考に雷が落ちた。
20年、俺が『セレア』を育てた時間だ。
数え切れないほど眺めた光景。クリック音に、スキルに書かれたテキスト。そして画面の中の『セレア』の動作、詠唱にちょっとした呟きまで鮮明に記憶している。
杖の角度。
腕の振り。
足の重心。
呼吸のタイミング。
点と点が線になる感覚。
あの時、俺は『セレア』が『白銀の騎士ブリュンヒルト』を呼び出すときの動きを完全になぞっていたのだ
灰の軍勢が、津波となって俺達を飲み込もうとしている。
俺は『天眼の琥珀』を握り直し、ゆっくりと立ち上がった。
なんとこの回が書き上がったのが予約投稿の4時間前(2:00)




