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灰のサルキア  作者: ぽわっとらんど
古都編
40/44

40

 近づく地鳴りに、甲高い金属音。

 俺の焦りは加速度的に増していった。


(どうする、どうすればいいっ!?)


 戦うといったって、剣を握ったこともなければ、魔法の使い方の一つも知らない。

 根本的な話、俺はしがない日本の一般ゲーマーにすぎないのだ。


 そうだ、ゲームだ。この世界は現実だが、俺の知る『エターナルレジェンド』の情報をなぞっている部分も確かにあった。『凶星の灰竜』の動きなど、特にそうだった。

 ならば——


 無力感で凍りつきそうになる思考を、無理やり蹴飛ばす。

 俺は必死にゲームの知識を手繰り寄せ、ザガンの攻略法を思い出そうとした。

 弱小プレイヤーだった俺は、高難易度の軍団長レイドへ参加した経験があまりない。ザガンレイド自体も何年も前に行われたきりだったし、そもそも軍団長を具体的に倒す手段はゲーム内でも示されてはいないのだ。

 

 敗北、そして死が間近に迫る。こんな状況で縋れるものが、自分の曖昧なゲーム知識くらいしかない。己の無力さにひどく絶望しながら、俺は冷や汗を流しつつ記憶の棚を引っ掻き回す。


(あの時、動画か生配信かでみたレイドバトルの光景——)


——『時間内に水晶を破壊しろ!』


 脳裏にフラッシュバックした。画面のド真ん中に大きく表示される、あの警告テロップ。


(そうだ……!)


 他の軍団長レイドの例に漏れず、超高難易度のザガンレイド。その最後を飾るギミックが「水晶玉の破壊」というものだった。それでやっとザガンの撃退に成功するのだ。


 顔を上げ戦場を睥睨すると、竜の背に居るザガンがいる。そして、その手には確かに怪しく光る水晶玉があった。

 これはゲームではない。HPバーも制限時間のカウントダウンもない……状況も条件もまるで違う。

 だが、唯一掴むことができた藁に縋るよりない。

 アレを砕く。現状を打破するための、最後の希望だった。

 

 空を仰ぎシルヴィアの姿を探したが、彼女はバルバロスとの乱戦の真っ只中。一進一退の攻防を繰り広げている。とても余力があるようには思えない。

 地上の灰の軍勢をかき分け、ザガンへと攻撃を届かせられる存在——。

 一人だけ、いる。


 視線が自然と仁王立ちする白銀の騎士、未だ『騎士団の英霊』を行使し続けるブリュンヒルトの背中へと向かう。

 彼女はあの場から一歩も動いていない。大規模な術式を維持するためというのもあるだろうが、彼女自身が召喚された存在であるが故に、召喚者の俺から一定以上離れることができないのだ。

 俺が彼女の見えない鎖になってしまっている。

 逆に俺が近くに在りさえすれば、彼女はその力を存分に発揮できるかもしれない。

 

「ま、前へ……」


 ひび割れた自分の声が、ひどく遠く聞こえた。

 陣地を出て、彼女の元までいかねばならない。輿を担ぐ者たちへ、乾いた喉から言葉を絞り出す。


「彼女のところへ行きましょう……」


 だが、返事はなかった。

 すでに熱狂の魔法が解けた彼らは、ただ迫り来る死の気配に歯の根を鳴らし、震えていた。彼らもまた、この戦場においては俺と同じ弱者なのだ。


 浅い呼吸を繰り返し、つばを飲み込む。

 彼らを責められるはずがない。誰一人逃げ出すこと無く留まっている。それだけでも賞賛すべきことだろう。

 

 俺は震える手で『天眼の琥珀(アンバーアイ)』を強く掴むと、それを杖に立ち上がる。


「ブリュンヒルトの元へ向かいます」


 輿の縁に手をかけ、足を投げ出す。

 それほど高くないにも関わらず、着地に失敗する。視界が激しく反転し、無様に転がる。

 

「がっ……」


 擦りむけた手のひらを大地に突き立て、無理やり立ち上がる。

 無防備な姿を晒しながら、白銀の騎士へと向かっていく。だが、すぐに足がもつれた。

 顔から激しく地面に倒れ込み、口の中に鉄の味が広がった。

 至るところが痛むが、握りしめた『天眼の琥珀』の効果ですぐさま治癒されてゆく。

 それすら何とも情けなく思えたが、今はただ立ち上がり前を向く。

 

「カナタ様ッ!」


 背後から切羽詰まった声が響いた。

 振り返ると、そこにいたのは以前俺のことを英雄だ、などと言い放った若い兵士だった。


「俺も……俺達も共に行きます!」


 彼の後ろには、幾人もの兵士や冒険者が続いている。誰もがその顔に恐怖を貼り付けている。だが、かつての熱狂を僅かに取り戻したかのような雰囲気を漂わせていた。


「姫がこんなに頑張ってるんだ、俺達だって……!」

「どうせ、もう逃げる場所なんてないんだ……」

「姫様……どうか、我々を……!」


 口々に絞り出される声。震える手で武器を握り直す者、自暴自棄になっている者、縋るようにこちらを見つめる者。

 理由はバラバラだ。それでも全員が、前へ進むという道を選んだのだ。


 無数のひどく重たい視線が、一斉に俺を突き刺す。

 痛いほどの熱を帯びた期待——俺は理解した。彼らが今求めているのは、泣き言を漏らす無力な一般ゲーマーではない。絶望の淵にあっても決して折れない、強烈な光を放つ「古王国の姫」という偶像だ。


 乾いた喉が、小さく鳴った。

 流されるままでは、居られない。本当に今更ではあるが、俺もまた選択しなければならない。


——覚悟を決めた。


 泥にまみれた頬の筋肉を無理やり引き上げ、俺は、その重圧を自ら被る。


「……貴方達の命、この私が預かります。眼前の敵は私たちが必ず打ち破って見せましょう!さぁ、私の剣の元へ連れていきなさい!」


 それは、ただのゲーマーが吐いた、虚勢と虚栄。

 だが、その声は確かに彼らの瞳に消えない火を灯した。

 悲鳴と怒号が入り混じる歓声が上がり、再び熱を帯びた彼らの腕によって輿へと押し上げられる。


 激しく上下に揺れる視界の中、俺はただ白銀の背中だけを見つめていた。


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