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灰のサルキア  作者: ぽわっとらんど
古都編
39/44

39

 抉れた大地の底で黒い影が跳ね起きる。

 嫌な音が鳴る。砕けた骨や千切れた肉がぐちゃりと繋がり元の形を成していく。


「おい、ザガン!邪魔をするな!」


 バルバロスは血の混じった咆哮を飛ばす。

 巨大な影が翼を翻し降下してくる。


「カカカッ、まともに戦えておらんかったではないか……。ほれ、足場を用意してやっただけじゃわい」


 竜の背に乗り、狂戦士の怒号を枯れ草のように受け流すのは『灰骨の愚者』ザガン。

 擦り切れたボロボロのローブを生ぬるい風に踊らせ、皺だけの指先で濁った水晶玉を愛おしげに撫でている。


 空は灰に染まっていた。

 灰の雲から次々に姿を現した灰竜。『凶星の灰竜』には遠く及ばないが、一体一体が強大な力を持つ竜種である。

 だが、『竜騎士』シルヴィアの翠緑の閃光が走る度、巨大な肉塊が無惨に地へと堕ちていく。


「カカッ、全く……今代の『竜騎士』は相手にしたくないわい」


 ザガンが呆れたようにぼやく。

 バルバロスはそれを鼻で笑い、獰猛な笑みを上空へと向けた。


「良いなァ、おい!アイツは俺の獲物だ!」


 瞬きする間に再生した肉体を弾ませ大地を蹴る。竜たちを飛び石のようにして、上空へと駆け上がっていく。


「カカカッ……、こちらはさっさと終わらせるかの」


 ザガンの空虚な眼に映るのは、白銀の騎士とその騎士団、そして古都ヴァルハストの前に陣取る僅かな軍勢だった。




———




 突如現れた『灰雲海』に、天を埋める大量の竜。

 俺の思考は現実の速度に完全に置き去りにされていた。


 甲高い金属音が、戦場の喧騒を突き抜けてこちらまで届く。

 バルバロスが竜の群れを足場に、上空を自在に舞っている『竜騎士』シルヴィアと激突しているのだ。

 シルヴィアが翠緑の槍を振るう。黒の重鎧ごと竜の鱗までをも砕く、致死の一撃。

 だが、痛みなどないかのように、バルバロスは血飛沫を上げながら大剣で薙ぎ払う。空気を裂く鈍い衝撃。風竜が素早く身を翻して黒の暴力を回避する。

 墜落する竜を足蹴に、バルバロスは再び別の竜へと飛び移っていく。


 上空からの一方的な攻撃から一転、翠緑の閃光と赤黒い流星の人知を超えた近接戦闘が続いている。

 バルバロスの狂気に満ちた哄笑が戦場に響いていた。


「——ひぃっ」


 近くにいる冒険者から、引きつったような悲鳴が漏れた。

 絶対的な暴力と死の気配。『竜騎士』が敗れれば次は、そんな想像を掻き立てられる狂気の笑いだった。


 そして、絶望は空だけではない。

 視線を地上に戻すと、そこでも凄惨な激突が始まっていた。


 シルヴィアの容赦ない爆撃で足を止めていた両軍だったが、再びの死闘に身を投じていた。

 そして当初はブリュンヒルトの『騎士団の英霊』が精緻な蹂躙劇を繰り広げていたはずが、今や完全に防戦を強いられている。

 ブリュンヒルトの魔力が尽きようとしているのか? 否、それもあるだろうが理由は明白だった。


——『灰骨の愚者』ザガン


 バルバロスに続き、二人目の灰の軍団長。奴が現れてから戦況が一変したのだ。

 竜の背から戦場を見下ろすザガンが水晶玉を撫でると、怪しく光を放つ。

 すると、今まで有象無象の灰の海にすぎなかった灰の軍勢が、途端に動きを変える。ぴたりと隊列を組み、騎士達へ統制の取れた対処をし始める。

 軍団長ザガン。奴は他者の精神に干渉し、自らの手足のように動かすことができる——故に『灰儡軍』。それがザガンが率いる軍団の呼称だった。


 個々の戦闘力では古の騎士達が勝っているだろう。だが敵の一角を崩そうとも、灰の軍勢は容易には突破を許さない。攻めきれなければ、あとは物量で押し込まれるだけだった。


「カカカッ……粘りおる、粘りおる」


 空から響くザガンの嘲笑が、死の宣告のように降り注ぐ。

 その言葉が合図であるかのように、さらに灰の軍勢からの圧力が増していく。騎士達が十を斬り伏せたとしても、瞬時に二十の敵が隙間を埋めていくような有様だった。

 戦線がじりじりと押し込まれ、堅固だった鋼の壁が確実に削られていた。


 そして『騎士団の英霊』を行使し続けるブリュンヒルトの背中が、微かに揺らいだように見えた。無尽蔵の灰の軍勢を一人で防ぎ止めている彼女の負担がどれほどのものか。

 もはや限界が近いのは、誰の眼にも明らかだった。


 上空を見上げる。翠緑と漆黒は、未だに空を縦横無尽に駆け巡り、互いの命を削り合っている。間違いなく互角。だが、その決着を待つだけの猶予は、地上には残されていない。


 ブリュンヒルトが力尽き、戦線を支える騎士団が消えればどうなるか。

 俺を守るこの陣地など、波に飲まれる砂の城と同じだ。確実な死が、すぐそこまで迫っている。


 認識した瞬間、恐怖が足元から這い上がり、本能が「逃げろ」とけたたましく警鐘を鳴らす。無意識のうちに、載せられた輿の上で後ずさる。


(し、死にたくないっ!)


 だが、どこへ逃げるというのか。

 背後を振り返ると、視線の先には重厚な古都ヴァルハストの城壁がそびえ立っている。痛々しく崩れた城壁が、先日の激しい戦いを想い起こさせた。


 そうだ、逃げ場など最初からどこにもないのだ。仮にどこかへ逃げおおせたとして、あの壁の向こうには何がある?

 戦う力をもたない避難民たち。そして動くことすらままならない負傷兵達が、怯えながら身を寄せ合っている。

 自分達が逃げ出せば、彼らは確実に死ぬ。


(駄目だ……、それだけは、絶対に駄目だ!)


 奥歯を強く噛みしめる。鉄の味が口内に広がった。

 それだけは駄目だ。見捨てるなんて真似、絶対にしてはいけない。

 たとえ死んでも、守るべき者を背にして逃げてはいけない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


 逃げない。戦う。

 なら、どうする?どうやってこの状況を覆す?

 焦燥に駆られながら、必死に思考を回転させる。


 打開策、打開策。何か一つでもいい、一筋の蜘蛛の糸でもいい。

 思考を加速させろ。


(俺に何ができる……?)


 戦場の喧騒が、より一層近づいていた。


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