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轟音が鳴り止まない。
突如として現れた黒い鎧の戦士が大剣を振るう度、空気がひしゃげるような歪な音がここまで届く。重厚な装甲を纏った騎士たちが、紙くずのように宙を舞った。
ただ一歩踏み込むだけで大地が割れるのではないかというような迫力を感じさせた。
灰の軍勢を蹂躙していた騎士たちが、脅威を排除せんと一斉に襲いかかる。
素早く包囲し、正面から、あるいは死角からの同時攻撃。完璧な連携だった。
だが、黒い刃が一度瞬くだけで槍はへし折れ、盾は砕け散る。戦場の喧騒を黙らせるような破砕音だけが風に乗って響いた。
遠目からでも際立つ異常さ。
ブリュンヒルトやシルヴィアのような武の極致はまるで違う、暴力の結晶——ただ己の内に理不尽を放出しているだけの厄災だった。
猛然と敵を刈り取っていた味方の足は完全に止まり、逆に灰の軍勢の攻勢を受け止める側になっていた。鉄壁の防御と連携で、容易には退かない。しかし——
凄まじい衝撃音と共に、再び土煙が上がった。
あの黒の戦士だけはまるで相手になっていない。分厚い盾の壁も密集陣形も薄紙を破るように踏みにじっていく。
ただその暴力で盤面を強引にひっくり返す様は、次元が違う強さにしか思えない。
その光景に息が詰まる。
人類に最高戦力の『六英雄』がいるように、灰の世界にも超越者が存在する。
灰の軍勢を率いる五人の軍団長。数百年もの間、人類は彼らに対して敗北を重ね続けていた。
その一角、『暴食の灰刃』バルバロス。
俺の『天眼の琥珀』を握る手に、じっとりと嫌な汗が滲むのを感じた。
『エターナルレジェンド』での彼ら灰の軍団長は、間違いなく強敵である。『凶星の灰竜』など比ではないほどに。ゲームが下手である俺が数え切れないほど床を舐めさせられたのは当然として、最上位のプレイヤー達ですら攻略に月単位の日数を要した高難易度レイドばかり。
そして、ゲームでの物語はやっと人類の反撃が始まるかもしれない、というところで終わっている。
つまり、真の意味で彼らを倒したことは一度も無いのだ。
ただ辛うじて防衛に成功しただけ……。
バルバロスの大剣が再び跳ね上がる。
ただの一振り。それだけで大地が爆発し、衝撃の余波がビリビリと俺の心臓にまで届く。
頬を撫でる風が、異様に熱く感じられる。
カチカチと音を立てているのが自分の奥歯だと気づくが、狂信的とも言える士気で俺を囲んでいた兵士たちの息遣いもまた荒い。握りしめた武器の穂先が微かに震え、分厚い人の壁が波打つように揺らいでいる。
今はまだ、ブリュンヒルトが呼び出した騎士たちが奮戦している。だが、それも時間の問題だった。
「——やはり、出たか」
凪いだ、涼やかな静かな声が響く。
シルヴィアだ。彼女だけが気圧されること無く、黒い暴力を見据えている。
——その時、バルバロスから強烈な闘気、あるいは殺意がこちらを捉える。
距離など何の関係も無かった。情けなく悲鳴を上げる俺を、誰が責められるだろうか。
周囲の者たちも同じく恐慌の一歩手前の有様になっている。
「あれは私が相手をしよう」
虚飾も驕りもない、だがどこか鋭い口調での宣言。深緑の装甲が軋む音がやけに大きく聞こえた。
彼女は、傍らに控える風竜シルフィードの艶やかな鱗を一つ撫でると、流れるような動作でその背に飛び乗った。
「カナタ」
振り返った彼女の表情は読み取れない。
俺はただ震える手で杖を握りしめて、返事を返すことも出来なかった。
「もし私とブリュンヒルトが地に伏したなら——」
シルヴィアは言葉を失った俺の姿を静かに見下ろした後すっと視線をずらす。その鋭い眼光は俺を取り囲む古都の兵士たちへと向けられた。
「……その時は古都を捨てよ。何に変えてもこの者を守るのだ」
周囲の空気が凍りついた。
英雄からの敗北を示唆するような命令。兵士たちの顔に動揺が走る。
シルヴィアはそれを見て、ふっと口角を上げ大きく笑ってみせた。
「何、我が槍こそが最強の矛。万に一つも後れを取るつもりはない。あやつの首は私が獲ってみせよう……では、ゆくぞ」
翠緑の風が、弾ける。
『竜騎士』シルヴィア・ローゼンクロイツと風竜シルフィードが戦場へと翔けていく。
何か声をかけようとしたが、震えて何も言葉にならなかった。空へ伸ばそうした手さえ、黒檀の杖に張り付き動かない。
一瞬、すれ違いざまに彼女の黒い双眸とブリュンヒルトの碧い瞳が交錯したように見えた。言葉なき意思の疎通。俺の気のせいかもしれないが……。
ただ一陣の風となり、翠緑の流星はまっすぐに黒い獣の元へと吹きすさぶ。
黒い暴力の、歪に笑う狂気が戦場に響いている。
残された俺達は、いや俺はあまりにも無力だった。
金曜から日曜にかけて不在となるため、次回投稿は6/9(火)となります。




