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灰のサルキア  作者: ぽわっとらんど
古都編
35/44

35

 眼球が白く焼き切れたのではないかと錯覚するほどの、光の奔流。

 それらが数多の光の柱はやがて収束し、形を成していく。

 光の残滓が大気に溶けて消えたとき、そこにいたのは鈍い輝きを放つ集団だった。


 整然と立ち並ぶ分厚い鋼。

 刃こぼれのある大剣を担ぐ者、巨大な戦棍を地に据える者、無数の傷が刻まれた盾を構える者。

 ブリュンヒルトの体現するような、珠玉の輝きを放っているわけではない。あまりに濃密な、死線を潜り抜けてきた無骨な歴戦の気配がそこにあった。


「久しいですな、団長殿」

 

 最前列に立つ、兜の半ばまで欠けた隻眼の老騎士。

 敬意と親しみが籠ったその野太い声は、ひどく懐かしむ色が滲んでいる。


「……ええ、本当に」

「我らに命を」


 ブリュンヒルトは頷くと、大剣を迫る灰の軍勢へと突きつけた。


「我らが主の敵を、残らず薙ぎ払え!」

「応ッ!」


 乱れない重低音が大地を揺らし空気が震えた。

 鋼の波が一斉に沈黙を破り、同じく地鳴りを上げて迫る灰の軍勢へと臆すること無く足を踏み出す。闘志は低く唸る咆哮となり、一個の巨大な生物のよう。


 一方の進軍してくる灰の兵士たちは、苦痛も疲労の汗も流していない能面の群れ。しかし、目の前に突然現れた騎士の大群に、明らかに統制が乱れているように見えた。

 ただ命の有様が違うだけで、彼らも確かに生きているのだ。


 そして、二つの軍団が極限まで近づき、ついに——激突。

 耳を劈く金属の絶叫が、戦いの始まりを告げる。


 大盾を構えた隊列が、灰の軍勢の突撃を容易く受け止める。足を止めた敵の喉笛を、長槍を持った騎士達が的確に仕留めていく。僅かに崩れた敵の前線へ、後列から弓兵が雨のような矢を降らした。

 飛び散る灰。

 無機質な軍勢の海に、古き騎士達の楔が次々と打ち込まれていく。

 進退窮まる敵軍団は、更に後方から押し寄せる味方の足をも止めて密集し始めていた。


「道を開けいッ!」


 先程の隻眼の老騎士が、刃こぼれしボロボロになった大剣を大きく振りかざし叫ぶ。

 それを合図に前衛の防壁が左右に割れ、分厚い馬鎧を纏った騎馬隊が入れ替わり現れ、地鳴りを上げて灰の海を真正面から抉り取り始める。そしてこじ開けられた突撃の跡を、重鎧の騎士たちが次々と押し広げ、戦果を拡大していく。


 敵は人類の敵。国家規模の厄災に対処するために編成された遠征軍すら、壊滅させられるほどの軍勢。

 だが目の前の光景は、まさに蹂躙だった。


——『騎士団の英霊(エリシオンナイツ)


 俺はそれを知っている。

 画面越しに幾度となく見た彼女の主要スキル——ゲームにおけるそれはあくまでステータスを向上させる単純なバフ効果に過ぎなかった。戦場そのものを支配するような力では決してない。


『——彼女がかつて率いていた騎士達を召喚しその魂が尽きるまで共に死地を駆け抜ける』


 ただのフレーバーテキスト。設定上の飾りに過ぎない言葉。

 もしもそれが現実となるなら灰の軍勢という数の暴力にも対抗できるのではないか。そう思っていたが——


(ゲーム内で再現できないわけだ……)


 微かな予感はあった。

 文字通り視界を埋め尽くすほどの大軍を召喚するなど、ゲーム性の破壊というほかない。本体のステータス向上というただのバフ効果に落とし込んだのは、むしろ上手くやったと言えるだろう。


 二次元の平面に押し込まれていた事象が解き放たれた。

 その圧倒的な熱量に、俺は息をするのも忘れ、見入ってしまっていた。


 そして、目の前の戦場をたった一人で作り上げている当の本人はというと、騎士団を召喚した場から一歩も動いていない。彫像のように屹立し、静かに盤面を見据えている。


 周囲を見回すと、俺を守る者たちは緊張も熱狂も忘れ去り、ただ唖然とした表情を浮かべている。

 無理もないだろう。決死の防衛戦のはずが、いざ蓋を開けてみればこちら側が圧倒しているのだ。

 

「はは、想像以上だな」


 耳元で唐突に響いた声に俺は息を呑んだ。

 振り返るより早く深緑の気配が真横に立つ。いつの間にかシルヴィアが陣を抜け俺のすぐ傍らにまで移動していたのだ。

 彼女は前線に参加しようとはしていない。彼女の『竜騎士』シルヴィアの攻撃はその翠緑の槍を用いた一点突破。今の戦況では、己のではないとでも言いたげだった。故に、今はただ戦況を見守るに留まっている。

 だが、その黒真珠の双眸は決して油断してはいない。じっと白銀の背中を見つめ、低く呟く。


「しかし、長くは保たんな……」

「え……」

 

 その言葉に俺の背筋に冷たいものが走る。

 慌てて戦場を見直してみても、戦況はこちらが圧倒しているようにしか見えなかった。


「あれほどの軍団を顕現させておるのだ。私が分け与えた魔力では一刻も足りぬ」

「そ、そんなっ」

 

 いや、目の前の光景を生み出すのにどれほどの代償が必要なのか、考えてみれば当たり前の話だった。

 シルヴィアの見立てを裏付けるかのように、ブリュンヒルトの姿が陽炎のように僅かにブレた。


「それに、この程度の有象無象に遠征軍が遅れを取るなどあり得ん。次の一手が必ず来る……」


 灰の軍勢を射抜く彼女の瞳孔が細く絞られる。

 直後。

 敵陣を深く抉り開けていた重装騎馬隊の突撃が唐突に停止した。

 凄まじい土煙。見えない巨大な壁に激突したかのように、鋼の騎士たちがボロ布のように宙を待ったのだ。


 金属のひしゃげる絶叫と巻き上がる灰の向こう側。

 押し潰された同胞の屍を踏み越えて現れたのは、身の丈ほどもある大剣を担いだ異形——黒い重鎧を身に纏った戦士だった。

 


次話は視点が変わります

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