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灰のサルキア  作者: ぽわっとらんど
古都編
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 それは、かつての記憶の底にある歯医者の「痛かったら手を挙げてくださいね」という言葉にひどく似ていた。もちろん、手を挙げたところでドリルが止まった試しなど一度もないのだが。

 そんな現実逃避めいた思考が頭をよぎったのも束の間。俺の意思などお構いなしに、押し当てられた宝珠から熱い何かが流れ込んでくる。


——結論から言えば、優しさなど微塵もなかった。


「——あ、アアアアアアっ!?」


 直後、全身の血管に煮え滾る鉄を流し込まれたような、理不尽な暴力が身体中を駆け巡った。

 視界が白に飛び、喉の奥から聞いたこともない獣のような絶叫が迸る。内側から焼き尽くされ、今にも破裂しそうになる肉体を、握りしめた『天眼の琥珀(アンバーアイ)』から放たれる温かな光が、強制的に縫い留めていく。

 破壊と修復。その凄惨な拷問の連鎖のなかで、俺をこじ開けた莫大な力が、細い糸を伝うように少しずつ、途切れることなく白銀の騎士へと注ぎ込まれていく——。


 終わりが見えない苦痛の底で、噛み締めた奥歯から鉄の味が滲んだ。


 どれほどの時間が経ったのだろうか。

 熱の流れがふっと途切れた瞬間、俺は糸が切れたように両膝から崩れ落ちそうになった。


「カナタッ!」


 俺が倒れ込むよりも早く、ブリュンヒルトの腕に包まれる。

 チカチカと明滅する視界の中で、碧い双眸が痛ましげに揺らいでいるのが見える。


「だ、大丈夫……」


 俺は荒い息を吐きながら、口角を無理やり引き上げて笑みを作って見せる。

 彼女の傷ついた白銀の鎧が、目に見えて修復しているのが分かった。自分の行為が確かに役に立ってるという実感が、軽率な判断への後悔を密かな満足感へと変えていく。


「大した根性だ。これなら、どうにかなるかもしれぬ」


 頭上から、どこか感心したようなシルヴィアの声が降ってくる。

 ゲームとはいえ、よく知る英雄に褒められて悪い気はしない。


「……はぁっ、はぁ……。あと、どのくらい……?」


 掠れた声で問いかける。

 全身がちぎれるかと思うような激痛だったが、流石に一度で終わるとは思ってはいない。二回や三回同じことを繰り返さなければならないと思うと、気持ちが萎えそうになる。しかし——。

 歯を食いしばり、杖を握る手に力を込めた。一度やると見得を切って踏み出したのだ、ここで無様に泣き言を漏らすわけにはいかない。


「ふむ……今の感じならば、あと十度ほど繰り返せば最低限の魔力は補充できるであろう」

「——!?」


 今の地獄を、あと十回。

 背中に嫌な汗がつたい、呼吸が浅くなるの感じる。急速に顔から血の気が引いていく。


「ちょ、ちょっと待って——」

「いつ敵が来るかもわからぬ。急ぐぞ」


 俺の懇願をあっさりと切り捨て、真剣な瞳が俺を射抜く。


「安心しろ。無理だと思ったら遠慮なく手を挙げよ」


「両手が杖で塞がっているんですけど」という声を上げる前に、シルヴィアは再び俺の胸元へと宝珠を押し当てた。






————




 すべてが終わった時、俺の精神はほとんど擦り切れていた。

 肉体的には『天眼の琥珀』の効果で問題がなくとも、血管を内側から破裂させられるような凄絶な体験を繰り返したのだ。我ながら、よく耐えきったと褒めてやりたい。

 指先一つ動かせそうになく、喉の奥から出てくるのはただ熱い空気のみだった。


 気づけば足元の感覚がなく、ふわふわと浮いているような感覚——ブリュンヒルトの腕の中に抱かれていた。

 至るところに戦いの痕跡があった白銀の装甲は、今や打ち立ての刃のような純白の輝きを放っている。全身から立ち上る濃密な存在感を隠そうともしていない。

 心なしか、その白い肌も艷やかになっているように感じられた。

  

「……最低限、と言ったところか」


 シルヴィアの涼やかな声が響く。

 彼女のほうを見やれば、満身創痍の俺とは対照的に、いつも通りの端然とした様子で宝珠を見つめている。


「これ以上はカナタの身体が保たぬだろう。それに、宝珠も限界のようだ……アルベルトには、後で謝らねばなるまい……」


 先程まであれほど澄んでいた宝珠の表面には、大きな亀裂が走っている。度重なる使用についに限界を迎えたのか、シルヴィアの注ぎ込んだ魔力が膨大だったのか、あるいはその療法だろうか。


「……感謝を」

「よい。私も、これから来る連中を相手にせねばならん故。背中は任せるぞ、ブリュンヒルト」


 例の姿勢を取る白銀の騎士を制して、シルヴィアは小さく息を吐くと、壊れ物を扱うように丁寧に宝珠をしまう。

 そして、二人の英雄の視線が、腕の中でぐったりしている俺へと向けられる。


「魔術の知識がないと聞き心配していたが、よく耐えきったな。そなたの覚悟、見事であった」

「カナタ、頑張りましたね」


 それは、まるで幼子を褒めるときのような、ひどく優しく、そして誇らしげな響きだった。碧と黒の瞳が、慈愛に満ちた色で細められているのがわかる。


「……」


 途中で何度も、音を上げたはずなのだが。「大丈夫」「もう少しの辛抱だ」だのと励ますだけで、一度も止めてはくれなかった。


(鬼だ……)


 恨み言を口にする元気もなく、静かに涙を流した。

 

 しかし、俺のそのような感情など些末な問題だとでも言うように、遠く空の果てから咆哮が木霊した。



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