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遠征軍壊滅の報告がもたらされてから少し後、俺とブリュンヒルトはシルヴィアの呼び出しを受け、古都の外壁上へと足を運んでいた。そこには深緑の鎧を身にまとい、黒髪をなびかせる竜騎士の姿があった。
「来たか……」
遠く地平を眺めながら、シルヴィアがポツリと呟いた。
「は、はい。お呼びにより、参上いたしました……」
「そう固くなるな。ここには我らしか居らぬ」
たどたどしい俺の敬語は、苦笑で返されてしまう。
王族であり、英雄でもある彼女に対しての正しい作法など、俺には出来るはずもない。
「遠征軍が敗れた話は聞いておるな?」
「……はい、灰の軍勢の急襲にあったとか」
『嘆きの渓谷』での史上最大規模のスタンピード討伐。国家の存亡に関わるほどの重大な作戦だが、その遠征軍が壊滅した。伝令の話によれば、渓谷での戦闘を行っている最中に横槍を受けたとのことだった。
「いかに精鋭とて、二つの厄災に挟撃されてはひとたまりもなかろう。……私が付いていれば、また違ったのだろうがな」
英雄の横顔に、隠しきれない悔恨の翳りが落ちる。
だが、それはほんの一瞬のことだった。振り返ったシルヴィアの黒い瞳には、再び剣のように鋭い光が宿っていた。
「奴らの次の標的は、間違いなくこのヴァルハストだ。私は諦めるつもりはない。ここが落ちれば、人類の未来は間違いなく潰えるのだからな」
振り返り、シルヴィアの鋭い眼光が、俺の隣に控える白銀の騎士へと向けられた。
「そなたらの素性については、もはや問うまい。だが、今やなりふり構ってはいられぬのだ」
「ひっ……」
ふいに、変わった空気に俺は情けなく悲鳴を漏らしてしまった。
息をするのも苦しいほどの重圧が場を支配する。指先がひどく冷たくなり、俺は困惑よりも前に気を失いそうになる。
彼女が今から何をしようとしているのか、皆目見当がつかないのだ。
だが、その殺気すら帯びた鋭い眼光は俺を素通りし、隣に立つ白銀へと真っ直ぐに突き刺さっていた。
「ブリュンヒルト。そなたの底はどれほどのものだ?この私をもってしても、その力を未だ見極められずにいる……。私はそなたが恐ろしい……だからこそ、盤面を覆す切り札たり得るとも思っている」
冷たい城壁の上を風だけが撫でていく。
ブリュンヒルトはすぐには答えず、ただ僅かに間合いを取ると、俺を背にかばうように位置どった。
その様子に、シルヴィアは何かを悟ったかのように小さく息を吐いた。
途端に、首を絞められていたかのような重圧が霧散する。
俺はたまらず膝に手をつき、むせ返るように肺へ空気を送り込んだ。「すまぬな」というシルヴィアの謝罪が耳に入ってくる。
「……今、この地上に安全な場所はない。私も命を懸けよう。カナタの身はこの私に任せてはくれまいか。このシルヴィア・ローゼンクロイツの名に誓って、重ねて保護を約束しよう」
保護……確かそんな話をしたとは言っていたが、俺には二人が何の会話をしているか全く理解できない。
無言で見つめ合う白銀と深緑。やがて、ブリュンヒルトは静かに目を伏せると、淡々と語り始めた。
「もし、我が矛を存分に振るうことができると仮定すれば、一軍を相手取ることも出来ましょう」
「ほう……随分と、自信があるようだな」
俺は息を呑んだ。
魔物の群れをものともしないところも、巨大な灰竜と渡り合う姿も見た。だが、灰の軍勢に対して、果たして一人の力でどうにかなるものなのか。俺の想像の範疇を超えた領域の話だった。
シルヴィアもまた目を細め、静かな驚愕と共に吐息を漏らす。それが虚勢ではないと、彼女の直感が告げているかのようだった。
「状況から推察するに、敵は当初はこのヴァルハスト攻略が目的であったはず。しかし、何故か灰竜をけしかけた後は放置している……。明らかにシルヴィア様を警戒してのことです」
確かに、初めから遠征軍を叩くつもりだったならば、わざわざこの古都に『凶星の灰竜』などという怪物をぶつける必要はない。もしも、敵が計画を変更せざるを得ない要因が『竜騎士』であったなら辻褄が合っているように思えた。
「——であるならば、私でも十分に渡り合うことができましょう」
静かな、だが確かな事実としての宣言。
ブリュンヒルトは己の実力が『六英雄』たるシルヴィアと同等だと言っているのだ。
「ククッ、言ってくれるではないか。だが、そうであってもらわねばな」
シルヴィアは喉の奥で笑い声を漏らした。
「しかし、今の状態ではとても……」
言葉を濁すブリュンヒルトの身体を見上げると、白銀の鎧には至るところに傷がつき、数日が経過しても修復されてはいなかった。召喚獣である彼女は、十分な魔力供給を受けることができていないのだ。
今の彼女が万全には程遠いことは明らかだった。
もしも、ブリュンヒルトが全力を出せたなら?
俺の脳裏に『エターナルレジェンド』における、白銀の騎士の性能がよぎる。
思い起こしてみると、この現実の世界に来てから、彼女は一度たりともスキルを使っていない。スキルらしき挙動と言えば、『凶星の灰竜』のブレスから俺を守ってくれた時の不可思議な盾くらいだが、あれも防御姿勢を取っただけだった。
(もしかしたら……)
俺の考えが正しければ、こと対軍勢という状況に対して、彼女の戦力は六英雄に匹敵する——かもしれない。
「……それについては、一つ考えがある」
シルヴィアの黒い双眸が、俺をまっすぐに射抜いていた。




