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灰のサルキア  作者: ぽわっとらんど
古都編
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30

 遠征軍壊滅の報告がもたらされてから少し後、俺とブリュンヒルトはシルヴィアの呼び出しを受け、古都の外壁上へと足を運んでいた。そこには深緑の鎧を身にまとい、黒髪をなびかせる竜騎士の姿があった。


「来たか……」


 遠く地平を眺めながら、シルヴィアがポツリと呟いた。

 

「は、はい。お呼びにより、参上いたしました……」

「そう固くなるな。ここには我らしか居らぬ」


 たどたどしい俺の敬語は、苦笑で返されてしまう。

 王族であり、英雄でもある彼女に対しての正しい作法など、俺には出来るはずもない。


「遠征軍が敗れた話は聞いておるな?」

「……はい、灰の軍勢の急襲にあったとか」


『嘆きの渓谷』での史上最大規模のスタンピード討伐。国家の存亡に関わるほどの重大な作戦だが、その遠征軍が壊滅した。伝令の話によれば、渓谷での戦闘を行っている最中に横槍を受けたとのことだった。


 「いかに精鋭とて、二つの厄災に挟撃されてはひとたまりもなかろう。……私が付いていれば、また違ったのだろうがな」


 英雄の横顔に、隠しきれない悔恨の翳りが落ちる。

 だが、それはほんの一瞬のことだった。振り返ったシルヴィアの黒い瞳には、再び剣のように鋭い光が宿っていた。


「奴らの次の標的は、間違いなくこのヴァルハストだ。私は諦めるつもりはない。ここが落ちれば、人類の未来は間違いなく潰えるのだからな」


 振り返り、シルヴィアの鋭い眼光が、俺の隣に控える白銀の騎士へと向けられた。


「そなたらの素性については、もはや問うまい。だが、今やなりふり構ってはいられぬのだ」

「ひっ……」


 ふいに、変わった空気に俺は情けなく悲鳴を漏らしてしまった。

 息をするのも苦しいほどの重圧が場を支配する。指先がひどく冷たくなり、俺は困惑よりも前に気を失いそうになる。

 彼女が今から何をしようとしているのか、皆目見当がつかないのだ。

 だが、その殺気すら帯びた鋭い眼光は俺を素通りし、隣に立つ白銀へと真っ直ぐに突き刺さっていた。

 

「ブリュンヒルト。そなたの底はどれほどのものだ?この私をもってしても、その力を未だ見極められずにいる……。私はそなたが恐ろしい……だからこそ、盤面を覆す切り札たり得るとも思っている」


 冷たい城壁の上を風だけが撫でていく。

 ブリュンヒルトはすぐには答えず、ただ僅かに間合いを取ると、俺を背にかばうように位置どった。


 その様子に、シルヴィアは何かを悟ったかのように小さく息を吐いた。

 途端に、首を絞められていたかのような重圧が霧散する。

 俺はたまらず膝に手をつき、むせ返るように肺へ空気を送り込んだ。「すまぬな」というシルヴィアの謝罪が耳に入ってくる。


「……今、この地上に安全な場所はない。私も命を懸けよう。カナタの身はこの私に任せてはくれまいか。このシルヴィア・ローゼンクロイツの名に誓って、重ねて保護を約束しよう」


 保護……確かそんな話をしたとは言っていたが、俺には二人が何の会話をしているか全く理解できない。

 無言で見つめ合う白銀と深緑。やがて、ブリュンヒルトは静かに目を伏せると、淡々と語り始めた。


「もし、我が矛を存分に振るうことができると仮定すれば、一軍を相手取ることも出来ましょう」

「ほう……随分と、自信があるようだな」


 俺は息を呑んだ。

 魔物の群れをものともしないところも、巨大な灰竜と渡り合う姿も見た。だが、灰の軍勢に対して、果たして一人の力でどうにかなるものなのか。俺の想像の範疇を超えた領域の話だった。

 シルヴィアもまた目を細め、静かな驚愕と共に吐息を漏らす。それが虚勢ではないと、彼女の直感が告げているかのようだった。

 

「状況から推察するに、敵は当初はこのヴァルハスト攻略が目的であったはず。しかし、何故か灰竜をけしかけた後は放置している……。明らかにシルヴィア様を警戒してのことです」


 確かに、初めから遠征軍を叩くつもりだったならば、わざわざこの古都に『凶星(ディザスター)灰竜(ワイバーン)』などという怪物をぶつける必要はない。もしも、敵が計画を変更せざるを得ない要因が『竜騎士』であったなら辻褄が合っているように思えた。


「——()()()()()()、私でも十分に渡り合うことができましょう」


 静かな、だが確かな事実としての宣言。

 ブリュンヒルトは己の実力が『六英雄』たるシルヴィアと同等だと言っているのだ。


「ククッ、言ってくれるではないか。だが、そうであってもらわねばな」


 シルヴィアは喉の奥で笑い声を漏らした。

 

「しかし、今の状態ではとても……」


 言葉を濁すブリュンヒルトの身体を見上げると、白銀の鎧には至るところに傷がつき、数日が経過しても修復されてはいなかった。召喚獣である彼女は、十分な魔力供給を受けることができていないのだ。

 今の彼女が万全には程遠いことは明らかだった。


 もしも、ブリュンヒルトが全力を出せたなら?

 俺の脳裏に『エターナルレジェンド』における、白銀の騎士の性能がよぎる。


 思い起こしてみると、この現実の世界に来てから、彼女は一度たりともスキルを使っていない。スキルらしき挙動と言えば、『凶星の灰竜』のブレスから俺を守ってくれた時の不可思議な盾くらいだが、あれも防御姿勢を取っただけだった。


(もしかしたら……)


 俺の考えが正しければ、こと()()()という状況に対して、彼女の戦力は六英雄に匹敵する——かもしれない。


「……それについては、一つ考えがある」


 シルヴィアの黒い双眸が、俺をまっすぐに射抜いていた。




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