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俺が現実に打ちのめされている間にも、会議は重く沸騰していく。
喧々諤々とした空気の中で、アルベルトが重々しく口を開いた。
「……皆の者、シルヴィア様ばかりを責めてくれるな。此度の作戦は儂も承知しておったことじゃ」
「領主様まで……我々を見捨てるおつもりだったのですか!?」
「そんなわけがあるまい。襲撃があれば、即座にシルヴィア様が風竜で駆けつける算段であったのだ。その僅かの間、古都の堅牢な城壁ならば耐えられる……はずであった」
本来ならば、古都ヴァルハストの城壁は持ちこたえられただろう。実際、魔物群れをまるで寄せ付けない堅固さを発揮していたと聞く。
だが、突如として現れた強大な敵『凶星の灰竜』によって目論みは崩された。城壁は崩され、都市は焼かれ、白亜の尖塔も破壊され通信手段を失ったのだ。
「——静まれ」
冷たく、絶対的な威圧感を持ったシルヴィアの声が響き、部屋の熱した空気を凍らせた。
「王都ルミナス奪還は人類の反撃の狼煙となる。ヴァルハストは前線の最重要都市だ。ここが落ちれば人類に未来はない。そして嘆きの渓谷のスタンピードも鎮圧せねば、自ずとヴァルハストは陥落しよう……」
彼女の絶望をはらんだ声を聞きながら、俺は自分の知る世界観と、目の前の現実とをすり合わせていく……。
この世界『サルキア』には二つの世界がある。
一つは火の神が生み出した、人類が暮らす火の世界と、灰の神が生み出した、灰の世界。
両者は長きにわたり生存競争を繰り広げてきたが、この数百年の間、人類は敗北を重ね続けてきた。人類側の領域は大部分が灰に飲まれ、かつての最重要拠点であった王都ルミナスすら陥落し、種族としての存続が危うくなるほどに。
『エターナルレジェンド』のサービスは半世紀続いたが、その物語は人類の敗北の歴史だった。そして『王都奪還』と題した大型アップデートでいよいよ人類の反撃が始まるかと期待をもたせたまま、サービス終了を迎えたのだ。
「今だ……今しかないのだ。いずれの目標も成さねば我らは終わる。故に『三頭作戦』と名付けらられたのだ」
王都奪還、古都防衛、スタンピードの阻止。
古来より、戦力の分散は愚策と相場が決まっている。一つでも破綻すれば終わりの多正面作戦など、正気の沙汰ではない。逆に言えば、それだけ勝算の薄い賭けにでなければならないほど人類は追い詰められているのだ。
シルヴィアの血を吐くような悲壮な声にも頷ける。
「し、しかし灰竜を討ち取った今、古都の防衛は果たされたのではありませんか!?」
沈黙を破り、副隊長のコルトが縋るように叫んだ。規格外の化物を倒したのだ。これ以上の脅威などないと思いたい。そんな祈りにも似た問いに対し、シルヴィアは痛ましげに目を伏せた。
「であれば、良かったのだがな……」
————
紛糾したが会議を終えたのは、すっかり日が高くなってからのことだった。
俺とブリュンヒルトは、兵士や冒険者たちが瓦礫を避けながら慌ただしく駆け回っている中、地に堕ちた『凶星の灰竜』の骸の前に立ち尽くしていた。
「……熱いな」
俺の呟きは、熱気に溶けて消える。
絶命したはずの灰竜の死体は、未だに尋常ではない熱を発し続けており、同時に少なからぬ量の灰を撒き散らしている。動かすこともままならぬため、放置しているのだという。
会議でシルヴィアの言っていた言葉を思い出す。
『未だ脅威は去っておらぬのだ。むしろ、これからが真の戦いだと言っても良い』
コルトの問いに対し、シルヴィアは忌々しいものを語るように言っていた。
『灰竜の骸が呼び水となろう……。遠からぬうちに彼奴らが来るだろう——灰の軍勢がな』
『灰の軍勢』それは、屍狼や骸骨兵などといった魔物とは訳が違う。
知性を持ち、集団として統率された軍団。このサルキアにおいて、人類と対を成す存在——。
人が灰の中では生きられぬように、彼らもまた太陽の下では生きられない。故に本来ならばこのような場所に攻めてくることはないのだ。
だが、こうして灰竜の骸が灰を噴き上げ続ければ、話は変わるだろう。
「ブリュンヒルト、どう思う?」
彼女は記憶の多くに欠落がありながらも、この世界の基本的なことは十分に知っている。
俺は微かな希望に縋るように、彼女に視線を向けた。
「そうですね……この灰の濃度ならば、灰の軍勢も十分に活動できるでしょう」
「そう、か……」
広場を行き交う者たちの顔には、疲労よりも濃い死の恐怖が張り付いていた。
いつ、この灰に誘われて未知の軍勢が現れるのか。
見えない敵の影に怯えながら、ただジリジリと神経をすり減らす時間が続く。
もはや戦える者だけではない、避難民も動員しての総力戦の様相を呈していた。
崩れた城壁の補修、バリケードの設置、武器や兵器の整備。誰もが生き残るために必死だった。いつ灰の軍勢が現れても対処出来るように、最高戦力であるシルヴィアとブリュンヒルトは常にどちらかが警戒の任に就くことになる。
「顔色が優れませんね、カナタ」
「……俺、何でここにいるんだろうと思って」
俺はただゲームを楽しんでいただけで、こんな血なまぐさい死地を望んでいたわけじゃない。現実感が薄いまま放り込まれ、気付けば人類の存亡を懸けた戦いの最前線に立たされている。
本音を言えば、今すぐ安全な場所に逃げ出したい。そんな場所があるのか知らないが。
「——あの、カナタ様!」
不意に名前を呼ばれ、振り返るとそこには見覚えのある若い兵士が立っていた。広場で灰竜との戦いの最中に、共に隠れていた者たちの一人だった。
彼は緊張した面持ちで、しかし熱を帯びた真っ直ぐな瞳をこちらに向けていた。
「あの時、何もできなくて申し訳ありませんでした!俺……貴女みたいに強く、皆を守れるようになります!」
「え……、え?」
俺は何を言われているのか、全く理解できなかった。
ただ守られていただけで、強さなど欠片もなかったはず。
「貴女は俺にとって、英雄なんです!それだけ伝えたくて……では!」
一気にまくし立てた後、彼は深く頭を下げると、再び自分の作業へと走っていった。
英雄。そんな大層なものではないことは、俺自身が一番わかっている。
だが、それでも心の底で何か小さな火が灯るのを感じていた。
「……そうだな。俺にも、やるべきことがあるのかもな」
拳を強く握りしめ、俺は隣に立つブリュンヒルトに宣言する。
「ブリュンヒルトっ!俺も戦うぞ!」
「駄目です」
即答だった。
ピシャリと遮るように放たれた声は北風より冷たく、俺はこの後、自分の非力さについて丁寧に説教された。
————
結局、その日は何も起きなかった。
次の日も空は晴れ渡り、不気味な静寂だけが過ぎていく。
真綿で首を絞められているかのような、重苦しい静けさが続く。誰もが疲労よりも先に精神が参ってしまいそうになっていた、三日目のことだ。
厳戒態勢の古都ヴァルハストに現れたのは、地平線を覆い尽くすような大軍勢ではなく、一騎の伝令だった。
ボロボロの馬に跨り、自分自身も瀕死の兵士が、ヴァルハストの門へと倒れ込む。
「で、伝令に、ございます……ッ!」
駆け寄った兵士に抱き留められながら、彼は血まみれの唇を震わせた。
その口から飛び出した報告は、予想だにしないものだった。
「嘆きの渓谷へ向かった遠征軍が——か、壊滅、しました……ッ!!」
最近は推敲が少なめ




