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灰のサルキア  作者: ぽわっとらんど
古都編
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 会議は和やかとも言える空気で進行していた。


「被害は甚大ですが、灰竜は討たれ、魔物の姿も疎らに見かける程度になっています」

「残存してる敵も、今の戦力でも十分に対処できると思われます」

「ええ。安全を確保したあとは速やかに復興に取り掛からねばなりません」


 次々と上がる報告の声に、悲壮感は全くと言っていいほど見当たらなかった。皆が肉体的にも精神的にも満身創痍であるはずなのに、彼らの顔に浮かぶ表情は安堵と未来への希望だった。

 死線をくぐり抜けたあとの反動のような熱気。どこか現実感のない、浮ついた雰囲気でもあった。


「それにしても、シルヴィア様の一撃はもちろんのこと、そちらのブリュンヒルト殿の戦いぶりも凄まじかった……」

「あの灰竜を縦横無尽に翻弄する姿は、まさに戦乙女の如く……。いやはや、思わず見惚れてしまうほどでございました」

「か、カナタ様もとても献身的で……愛らしくていらっしゃった……」


 水を向けられ、室内の視線がこちらへ集まる。

 ブリュンヒルトの大立ち回りや、竜騎士の落雷の如き一閃——間近で見ていた俺にも、彼らの気持ちは十分に共感できるものだった。気軽に話すことができる相手ならば、感情のままに称賛したいところだが、今はただ曖昧に微笑んでみせるのみであった。

 あと、何故か俺への評価だけベクトルが違う。

 口々に述べられる自分たちを称える声に、俺はむず痒さを必死に堪えなければならなかった。

 困ったようにブリュンヒルトを見るも、何故か珍しく誇らしげな顔をしているのみだ。


「——シルヴィア様におかれましても、安心して遠征軍へ合流していただけるかと存じます」

 

 文官がシルヴィアに向かい、そう言って報告を締めくくった。

 そうなのだ。今回、古都がこれだけの惨事に直面したのは、戦力の大部分がスタンピード討伐ための遠征軍に参加しているからであった。そして、被害は大きいものの脅威が排除された今、『六英雄』たるシルヴィアは本来の役割に戻らなければならないだろう。

 誰もがそう思っていた。


「……皆の者、ご苦労だった。守備隊と冒険者たちの奮闘には、心から感謝する」


 労いの言葉を述べるシルヴィアの表情は、周囲の浮ついたものとは全く異なったものだった。その声はひどく真剣で、鉛のように重い。


「すでに早馬は走らせた。私は戻らぬ」

「……は?」


 思いもよらぬ言葉に、文官が間の抜けた声を漏らす。

 見れば、シルヴィアとアルベルトの二人だけが、神妙な面持ちを崩していない。

 会議室にざわつきが広がっていく。


「戻らぬ、とは……どういうことでしょうか。私共としては、シルヴィア様がいらっしゃるというのは復興の士気も上がり、有難い話ではあるのですが……」 


 戸惑う文官に対し、シルヴィアは痛みをこらえるようにぎゅっと目を閉じた。

 この場の絶対者たる彼女の様子に、重苦しい沈黙が落ちる。


「シルヴィア様。ここは儂が……」

「いや、よい……」


 その苦しげな様子を見かねてアルベルトが口を開こうとするのを制し、強い意志を感じさせる瞳を見せる。


「これは、私が言わねばならぬことなのだ。民を見捨てた、この私からな……」


 民を見捨てた。その不穏な言葉に先程までの浮ついた熱が一転して、室内の空気が急速に冷え込んでいく。

 誰もが我が耳を疑うように唖然とし、顔を見合わせる。


「み、見捨てたなどと……こうして、助けに来てくださったではないですかっ」

「そうです!シルヴィア様のご助力がなければどうなっていたか!」


 必死に否定しようとする彼らを、シルヴィアはゆっくりと首を振って遮った。


「……此度の襲撃は、予想されていたものなのだ」


 その言葉は、冷たい刃のように部屋の空気を切り裂いた。

 信じられないものを見るような視線が、シルヴィアに集中している。


「予想されていた……?それでは……」

「『嘆きの渓谷』でのスタンピードは何者かによる陽動である。これが『三賢者』の出した結論だ」

「それが分かっていて、なぜ……ッ!」


 副隊長コルトが、堪えきれずに声を張り上げた。

 何故、ヴァルハストに十分な戦力を残さなかったのか。何故、みすみす古都を——多くの人々の命を危険に晒したのか。その怒りは至極真っ当なものだった。


 シルヴィアは彼らの責め苦を正面から受け止めるように、静かに語り始めた。

 嘆きの渓谷での異常な魔力変動は人為的なものであり、陽動である可能性が極めて高い。であるならば、敵の目的は古都ヴァルハストだろう。人類の最前線における補給の要衝たるこの都市が落ちれば、いよいよ人類に未来はない。

 長机に広げられた地図を指し示しながら、ゆっくりと語っていく。


「なればこそ、餌として最も効果を発揮するといえる」


 それはあまりにも非情な戦略……。


「古都ヴァルハストを囮とし、王都ルミナスを奪還する。これが『六雄三賢』の出した結論であり、人類連合の下した決定である」


——王都奪還。

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内で散らばっていた欠片がピタリと繋がった感覚がした。

『エターナルレジェンド』がサービスを終了する前、告知されていたアップデート内容が確か『王都奪還』と題されていたはずだ。

 この世界がゲームの歴史をなぞっているのだとすれば、現在の時系列はサービス終了直後ということになる。『凶星の灰竜』が古都に出現したのも、本来はそういうイベントだったと考えれば辻褄が合う。つまり——


(俺のゲーム知識、役に立たないじゃん……)


 現状でも強力なアイテムを持っているわけでも、何かチートのような能力を授かったわけでもない。

 俺は決してゲームが上手いプレイヤーではなかったが、強いて言えば、ゲームのストーリーや世界観は十分に読み込んでいる自信はあった。故にその知識を使った未来予知のようなことができるのではないか、そんな儚い希望に賭けていたのだ。

 だが、その望みも完全に断たれたならどうなるか。

 残されたのは脆い硝子のような貧弱な身体に、魔力なんて欠片も扱えない中身。ブリュンヒルトが居なければ、今日生きていくことすら怪しいだろう。

 

 あまりの絶望的な事実に、顔からさあっと血の気が引いていく。まるで足元の床が抜け落ちたかのように、椅子に座っている感覚すら曖昧になる。

 灰の雲はとうに晴れたというのに、俺の目の前には暗雲が立ち込めているのだった。


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