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前日と同じ会議室の重たい木製の扉を開けると、室内の視線が一斉にこちらへと向く。これも昨日と同じだ。もはや、自分たちの姿が否応無く注目を浴びるということに慣れてしまったように思う。
ただ、違うのは部屋の空気だった。重苦しく、絶望的な状況を確認するだけだった先日とは打って変わって、今はどこか弛緩した空気に満ちている。
部屋を見回してみると、守備隊副隊長のコルトや神官エレナの姿はあったが、重傷を負ったバルガスやガーディムはいないようだ。出席している者たちも無事とはいえ、至る箇所に真新しい包帯を巻く者や、傷は無くとも疲労の色が色濃く滲む者たちばかりだ。
それでも、彼らの顔には生き延びたという確かな安堵が浮かんでいる。
視線を奥へと向ければ、長机の上座に座っているのは領主のアルベルトではなく、深緑の戦装束そのままのシルヴィアだった。領主のアルベルトは横に座り、何事かを二人で話し合っているようだ。その位置関係こそが彼らの立場の絶対的な違いを物語っているといえる。
(俺は端っこで空気になっていよう……)
目立たない席を探そうとした矢先、ブリュンヒルトに促される。
「カナタ、こちらへ」
彼女はあろうことか上座のすぐ傍ら、アルベルトの向かいであり、シルヴィアの真横であるそこを指し示していた。
何故わざわざそんな目立つ場所へ……。というより、明らかに誰か偉い人のために空けられた席である。微笑みモードのまま内心で冷や汗を流し、ブリュンヒルトに伝える。
「いや、そこは流石に——」
「おお、来たか。カナタ殿、それにブリュンヒルトよ」
背を向けようとした瞬間、上座からよく通る声が響いた。
シルヴィアの鋭い視線がこちらを射抜いたかと思えば、迷いなく手招きされる。
「さあ、ここへ座れ。そなたらの席だ」
何故、などと英雄相手に言うわけにはいかない。逃げ道を完全に断たれた俺は、引きつりそうになる頬を必死に保ち、シルヴィアの元へと静々と向かう。
席に座ろうとすると、ブリュンヒルトが流れるような動作で椅子を引いてくれた。俺が座ったのを確認すると、その後ろに直立して控える。主従の関係を周囲に見せつける作戦は続行中のようだった。
その様子を見て、シルヴィアは値踏みするように目を細めた後、小さく口角を上げた。
「ふむ……、まあよかろう」
何が良いのかはわからないが、とりあえず不興は買っていないようで安心した。
俺は顔面に貼り付けた笑みを崩し、シルヴィアに向かって深々と頭を下げた。
「あ、あの……おはようございます、シルヴィア様。昨日は、出会い頭に無礼な姿を晒してしまい、大変申し訳ありませんでした……。あ、カナタと申します……」
緊張のせいで声が少し上擦り、最後の方はもう消え入りそうな声でしどろもどろになりながらも、なんとか昨夜のことを謝罪する。
『竜騎士』シルヴィア——画面越しに何度もみたキャラクターだ。しかし、現実に対面してみると、その強者たる威圧感や佇まいは他を隔絶したものがある。ただ座っているだけで周囲の空気がひりつくような存在感に、俺は少し涙目になる。
「気にするな。むしろこちらが礼を述べねばなるまい。そなたの我が民への献身、しかと目に焼きついておる。……それに、昨夜はそなたの騎士から、面白い話を色々と聞かせてもらってな」
「面白い話……」
シルヴィアの言葉に、俺は思わず生唾を飲み込んだ。
やはり、彼女は俺の持つ情報(ゲーム知識)に興味を持ったに違いなかった。俺がブリュンヒルトに話したそれは、全体から見ればほんの僅かな量に過ぎない。シルヴィアがどれだけの有用性を俺に見出したのかはわからないが、役立たずだと思われたら——。
「期待に添えるよう、頑張ります……」
「……?ああ、うむ……」
悲壮な覚悟でそう告げる俺に、シルヴィアは何故か不思議そうにその黒い双眸を瞬かせた。
こうして俺達が挨拶を終えた頃、最後の出席者が入室し、会議の始まりが宣言された。
————
太陽の光すら届かない、灰の領域。
冷気が肌を刺し、生命の息吹など微塵も感じられない世界……。
そこに場違いなほど乾いた笑い声が響き渡った。
「カカカッ……なるほど、なるほど……竜騎士が釣れたか」
ぼろぼろの深いローブに身を包んだ、枯れ木のようにやせ細った男。青白い肌が辛うじて骨に張り付いているだけの手は皺だらけで、水晶玉のような道具を覗き込みながら歪に笑っている。
彼が立つ小高い丘の眼下には、とめどなく降り注ぐ灰の雪を浴びながら、静かに隊列を為す不気味な軍勢が控えていた。
「……どうするんだザガン。このままヴァルハストを攻撃するのか?」
ザガン——そう呼ばれた屍のような男の背後から、重々しい金属音を鳴らしてひとつの影が歩み出る。身の丈ほどもある巨大な大剣を担いだ重鎧の戦士が、苛立たしげに唸る。
「慌てるな。古都にはかの『六英雄』がいるらしい。加えて、灰竜と単騎で渡り合う猛者までもな」
「だからなんだ?まとめて押しつぶせばいいだけだろうが」
「カカカッ、脳筋はこれだから困る。堅牢な壁にわざわざ頭をぶつけるのは、愚か者のすることじゃ」
「お前の得意技だろう」
「カカッ」
ザガンはカラカラと喉を鳴らし、長い指である方角を指し示すのだった。
遠く地平を見据えるその空虚な瞳には、人間たちの絶望を予兆するかのような灰の空だけが映り込んでいた。




