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灰のサルキア  作者: ぽわっとらんど
古都編
3/14

 ——鉄を舐めたような血の味が、舌の上で爆ぜた。


 夢の中では、脳は自己防衛のために必ず薄いフィルターをかける。決定的な「痛み」や「熱」といった生命を脅かす感覚が目覚めのトリガーになるのだ。故に、夢の中で死ぬことはなく、その直前に必ず目が覚めるようになっている。

 そして覚醒と共に思うのだ。「ああ、嫌な夢だったな……」と。


「——が、あっ……?」


 しかし、俺から絞り出された言葉——いや、もはや破裂音とでも言おうか。

 濁った声とともに、口から吐き出されるどろりとした何か。

 霞む視界に映ったのは、意識を失う前と同じ、灰色に染まった戦火の空だった。


 身体を起こすことができない。

 指先を動かすのにも走る、激痛。

 いや、そんな表現では到底足りない。焼け火箸を神経に直接ねじ込まれた、ぐちゃぐちゃにかき回されているような、生命の根源的な拒絶反応。

 間違いなくどこか骨が折れている。内蔵も損傷しているかもしれない。

 経験したことのない苦痛に、息をすることも苦しい。

 肺が痙攣を起こし、酸素の供給を拒絶している。


「————」


「なんで」と口を動かしたつもりが、喉の奥からヒューヒューという情けない風切り音がするだけだった。

 意識が急速に色を失っていく。

 煮えたぎった泥のような苦痛が、徐々に重たく無機質なものへと変わる感覚。

 平和な日本での平凡な暮らし。その日常を生きる俺の精神とって、この理不尽な暴力と破壊は、とっくに許容できる限界を超えてしまっていた。


(……あぁ、もう、いいや)


 このまま再び眠ればこの悪夢も終わるだろう。

 目が覚めればいつも通りの日常が戻ってくるのだ。

 それが、唯一の希望だった。


(もう、耐えられない)


 俺の精神も肉体も限界を迎えていたときだった。

 暗転しかけた意識の端で、小さな陽だまりのような熱が灯った。


 いつから握っていたのだろう、あるいは最初からか。

 右手に伝わる硬い黒檀の感触。

 そこから、凍えた指先を溶かすような、ひどく穏やかで慈愛に満ちた脈動が伝わってくる。

 手から腕へ、腕から肩——そしてつま先まで、壊れた肉体に、春の陽光を煮詰めたような柔らかな熱が広がっていく。


「————ぁ」


 激痛の海が、静かに凪いでいく。

 砕けたはずの骨が、裂けたはずの肉が、たちまちに元の形を取り戻していく様子は傍から見ていれば「奇跡」と言って良い光景だっただろう。

 やがて残光がゆっくりと身体の奥底へと染み込んで消えた時、俺は信じられないほど深く、そして清らかな酸素をいっぱいに吸い込んでいた。


「はぁ……はぁ……、ふぅ……」


 あれほど俺を苛んでいた死の予感は、嘘のように遠のいている。

 負ったはずの致命傷の痕跡はどこにもなく、後にはただ、微かな火照りのような心地よい疲労感と、どこか自分の身体ではないかのような違和感だけが残っていた。


 瓦礫の隙間から、灰色の空へ向かって白い吐息を一つ吐き出す。

 右手には、握りしめたままの黒檀の杖が、ずしりと確かな質量を感じさせていた。


 なぜ、背丈ほどもあるこの杖の存在に気づかなかったのか。

 視界には入っていただろうに……。あまりの情報量の多さに、脳が理解を拒否していたのかもしれない。

 だが、一度認識してしまえばわからないはずがない。俺は、この杖を知っている。

 平坦な画面越しではあったが、10年以上もの時をこいつを見つめていたのである。

 そのディテールは、まぶたを閉じていても容易に思い描くことが出来た。


 鈍く光る黒檀と、龍の目の如き巨大な宝石を頂く一本の杖。


天眼の琥珀(アンバーアイ)


『エターナルレジェンド』における自キャラ、『セレア』の象徴と言っても良い装備である。


 この時、俺は助かった安堵とともに、()()()()に向かって紡がれる思考の糸に、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。



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