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泥のような眠りに落ちてから、どのくらい経っただろうか。
俺は夢を見ていた。
最悪の気分でベッドに入ったのだ。当然のように、悪夢だった。
空は煤けた灰色に染まり、火の粉が雪のように舞っている。
足元には不規則にひび割れた石畳。周囲の石造りの建物は、地震でも起きたように多くが崩れている。
鼻を突くのは、焦げた木材と鉄さびをさらに生臭くしたような嫌な匂い。遠くからは、金属が激しくぶつかり合う甲高い音、鼓膜をつんざくような叫びが絶え間なく響いてくる。
人々が逃げる必死な姿は、夢と思えないほどリアルで……。
「まるで、戦場じゃないか」
俺は思わず呟いた。
低くも耳の奥を撫でる、澄んだ声音。その聞き馴染みのない声が自分から発せられたと気づくのに、少し時間がかかった。
違和感に首をかしげると、燃えるような赤い髪が視界をチラついた。
「——おい!そこで何をしている!」
背後からの荒々しい怒号に、身がすくんでしまう。
恐る恐る振り返ると、革鎧の兵士(あるいは冒険者とでも言うのだろうか)のような男がこちらへ向かってきていた。
腰には明らかに武器を収めているであろう鞘を下げている。
その瞳にあるのは、困惑と警戒。まるで、「不釣り合いな異物」をみるような——。
男は腰の得物に手をやりつつ、俺を観察するかのように近づいてくるが、顔を見るなり一瞬呆然とした表情になった。
しかし、直ぐに気を取り直したのか、
「……見たところお貴族様のようだが、ここはもう戦場だ。死にたくなければさっさと逃げるんだな」
そう言うと、俺の横を抜けて走り去っていく。
あとに残ったのは、遠くから響く悲鳴と喧騒、そしてぼんやりと立ち尽くす俺だけだった。
現実感のある夢をみたことがある人は多いだろう。俺も何度も見た経験がある。
もちろん、夢であるからには目が覚めてその日のうちには内容は忘れてしまったが。
しかし、理解できていることもある。
人間の脳が処理できる夢の解像度には、どこか必ず限界が存在するものだ。
鏡の文字が反転していなかったり、走ろうとしても泥の中を泳ぐように足が重かったり。あるいは注目しているもの以外すべてがぼやけて見えたり。
レム睡眠や記憶の整理といった脳科学的な理屈は聞きかじった程度にしか知らないが、後から「あれは夢だったのだ」と納得できるもの。それが夢なのだ。
では、今の状況はどうだろうか。
もうもうと立ち込める煙、あるいは炎が木材を舐めあげて爆ぜる微かな音。肌を撫でる風はじりじりと表面の水分を奪い、舞い散る灰が汗ばんだ首筋にへばりつく不快感に至るまで、圧倒的な情報として脳に叩き込まれてくる。
ここに来てやっと、俺の意識が眼の前の光景に追いつこうとしている、そのときだった。
鼓膜を突き破るような轟音と共に、凄まじい衝撃が俺を襲った。
肺から強制的に空気が叩き出される。
浮遊感。まるで蹴飛ばされた石ころになった俺の身体が、己の意志とは無関係に瓦礫となった建物へと放り出されていく。
(あ、死ぬ)
宙を舞う一瞬の間に、俺の脳はあっさりと終焉を理解した。
受け身もとれず、ただ叩きつけられ、ひしゃげる肉の音を待つだけ。
そんな予感の中、最後に見たのは、白亜の建築物に備わった壮麗な尖塔が崩れていく様子だった。
(ああ、やっぱり夢だ)
何度も見た景色。
それは『エターナルレジェンド』における交易の要衝、『古都ヴァルハスト』のシンボルだった——。
スローモーションの世界で、非現実を確信すると、俺の意識はブラックアウトした。
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【悲報】エターナルレジェンド、逝く part 207
678 : サルキアの住人@エタレジェ
そういやサービス終了でなかったことになったけど、次の大型アプデって結局なんだったんだ?
679 : サルキアの住人@エタレジェ
あー生放送だと「王都奪還!?」とかPVに出てたしルミナス編なんじゃね。知らんけど。
680 : サルキアの住人@エタレジェ
じゃあやっと人類の反撃が始まる……はずだったのか……なんでこのタイミングで……
泣けてきた
681 : サルキアの住人@エタレジェ
てか50年サービスしててまだ重要拠点奪還できてないのどうなってんだよ
682 : サルキアの住人@エタレジェ
解析スレに落ちてたやつだと古都にもなにか仕掛けあったらしいから、古都に敵を引きつけておいてルミナス強襲する作戦かもとかは言われてたな
683 : サルキアの住人@エタレジェ
えぐw 古都ホームにしてるやつら大体非戦闘系だろw
684 : サルキアの住人@エタレジェ
それなw もし実装されてたら阿鼻叫喚だっただろうなぁ
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