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灰のサルキア  作者: ぽわっとらんど
古都編
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 部屋に満ちるのはPCファンの悲鳴とエアコンの駆動音、冷めたコーヒーの香り。

 深夜の静けさの中、俺——日暮カナタはひどく淀んだ瞳でPCモニターを見つめていた。


『「エターナルレジェンド」サービス終了のお知らせ』


 画面に表示されるのは無機質な文字の羅列。音のない死刑宣告。

 俺がこれを読むのは初めてではない。何度も確認し、何かの間違いではないかと運営に問い合わせまでした。無論返答は機械的テンプレ回答だったが。


「いつか来るとは思っていたが、今かぁ……」


 椅子の軋む音と共に、ため息がこぼれる。


『エターナルレジェンド』は、今年でサービス開始から50年になる超老舗MMORPGだ。

 当時としては華麗なグラフィックに、自由度の高いキャラメイクとビルド、アクション性を備え、業界に革命を起こしたと評価されている。

 20年以上の間、いわゆる「覇権ゲーム」として市場を席巻したものの、昨今はより没入型のVRMMOやソシャゲに押される形でそのシェアを大きく減らしてしまっていた。娯楽の多様化したこの22世紀において、古典的MMORPGが生き残るのは厳しいといえる。


 MMO(Massively Multiplayer Online)とはその名が示すように、ある程度の人口がいて初めて成り立つものなのだ。そしてこのジャンルのゲームはプレイヤー人口の維持はできても、増やすというのは海に流れ込む水を止めるに等しく、難しい。人はより新しい娯楽を求め、一度人口流出し始めたが最後、栓の抜けたプールのようにみるみる干からびていく。

 早ければ1年で限界を迎えてサービス終了を迎え、中には10年20年と続くものもあるが実態は一部の古参プレイヤーの支えで辛うじて延命しているものがほとんどだ。


 そう考えると、50年もサービスが続いている『エターナルレジェンド』の凄まじさがわかると思う。

 半世紀——もはや人の一生と言ってもいい時間である。

 多くの競合ゲームが出てきたが、グラフィックの刷新やゲームシステムの更新等の開発努力を繰り返しそれなりの人口を維持してきたのは驚嘆に値する。教科書に載ってもよいレベルだ(そういえば以前、中学か高校だったかの教科書に名前が出たと話題になっていた)。


 まさに伝説である『エターナルレジェンド』がなぜサービス終了するのか。

 人が減ったから……ではない。


 数十年という時の流れで『エターナルレジェンド』のシステムの根幹そのものが陳腐化してしまい、現代のハードウェアやOSに適応できなくなったのだ。

 むしろ50年間もの間互換性を持たせていた謎技術に某超大国も興味津々だったとかいう話もあるくらいだ。



 画面を切り替えると、多少古風なゲーム画面に1体の女性キャラクターが見える。

 褐色の肌に、金色の瞳。腰まで届こうかという鮮やかな赤髪はきれいにまとめられ、物理モーションに従いゆらゆらと揺れている。。荘厳な装飾が施された、一見して魔術師だろうとわかる衣装の下には、美しく均整の取れた肉体が隠れている。


 名を『セレア』、クラスは『召喚士』。


 俺が20年以上の時間をかけて育て上げたキャラクターである。



 無意識にマウスを滑らせ、カーソルで彼女の足元から頭の先までをゆっくりとなぞる。時代遅れのテクスチャの粗さ、待機モーションで小さく揺れる赤髪、目を瞑っていても描けるほどに俺の脳に焼き付いている。


 使い古されたマウスのホイールを回し、限界までズームする。

 舐め回すように全身を確認すると、満たされた気持ちになる。


「今日も完璧だ……」


 ……変態の自覚はある。


 正直に言って、俺はこのゲームがあまり得意ではない。

 レイドでは真っ先に床を舐めているし、高難易度ダンジョンに行きたいとさりげなくアピールしてみてもギルドメンバーからの反応は芳しくない。『召喚士』というクラスにも理由はあるのだが、効率を求めるプレイヤーからすると俺は言ってしまえば「()()」のような存在なのだ。

 苦笑しつつも認めるしか無い事実である。


 しかし、『エターナルレジェンド』の楽しみ方は戦闘だけではない。

 自由度の高すぎるキャラカスタマイズを活かして自分好みのキャラを作り、育て、愛でる。

 それを娯楽としている層も結構な割合で存在していた。

 俺もそういったプレイヤーたちの一人だった。


 画面に映る自らのキャラクター——セレアを改めて見る。

 俺のプレイスキルが低すぎるせいで、こいつには戦闘面では全くといっていいほど活躍させることができなかった。

 明日の朝、サーバーの電源が落とされれば、この琥珀色の肌も、俺が積み上げた途方もない時間も、すべては無に還る。


「痛っ」


 気づけば強く拳を握りすぎていたのか、爪が肌に食い込んでいた。

 すっかり冷え切ったコーヒーを口に運ぶも、味を感じている気がしない。


 何度目かしれない嘆息。


 どうあがいても結末は変わらない、変えられない。

 ならば現実と——向き合わなければならない。


(明日も仕事だしな)


 名残惜しいがいつまでもこうしてはいられない。

 サービス終了の発表から今まで、十分に別れは済ませたつもりだ。


 俺は静かに『エターナルレジェンド』からログアウトすると、PCの電源を落とす。

 そして、逃げるようにベッドへと潜り込んだ。


「じゃあな、セレア」


 やっと、涙が出た。


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