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灰のサルキア  作者: ぽわっとらんど
古都編
25/44

25 ※別視点

 日が落ち、白亜の城の石造りの廊下が薄暗い静寂に包まれる頃。

 あてがわれた部屋へと向かって、重い足取りで歩いてくる二つの影があった。

 前を歩くのは、疲労困憊で今にも倒れそうなカナタ。その後ろを、ブリュンヒルトが静かに付き従っている。


「その方らがカナタと、ブリュンヒルトであるな」


 部屋の前で待ち構えていたシルヴィアが、壁から背を離して歩み出た。

 突然の呼びかけに、カナタは驚いた表情を浮かべ、何事か口にしようとした。


「え……?」


 そして、言葉になる前に、ふっと糸が切れたように彼女の全身から力が抜け落ちた。極度の緊張が続いたため、精神と肉体共に限界を迎えたのだ。

 崩れ落ちるカナタの身体を、ブリュンヒルトが優しく受け止める。


「……無理もない。中で話そう」


 シルヴィアの促しに、騎士は無言で頷いた。


 落ち着いた宿屋と言った風情の部屋。そのベッドにカナタを横たえた後、深緑と白銀が向かい合う。


「……まずは、突然の訪問について詫びよう」


 シルヴィアは静かに口を開いた。


「件の灰竜についてもだ。広場での戦い、私はそなたが魔力を練り上げていたのを知りながら、奴を討った。見るものが見れば、功を横取りした形にもなろう……。すまなかった」

「いえ、むしろ感謝するのはこちらの方です。もしあの一撃を放っていたなら、私はこの場には、いなかったでしょう。」

「……そう、か」


 ブリュンヒルトの言葉をゆっくりと咀嚼するように、シルヴィアは沈思黙考した。短い静寂が場を支配した後、シルヴィアはふっと息を吐き、纏う空気を一変させる。

 ここまでは、ただの一人の騎士としてのけじめ。だがここからは、王族として、為政者として、彼らの本質を見極めるべく問わねばならない。


「さて、単刀直入に聞こう。そなた、人間ではないな?」


 返答次第では、即座に斬る——そんなひりつくような殺気と威圧感を放ちながら、シルヴィアは鋭い視線を白銀の騎士へと突き刺した。

 シルヴィアにとって、否、そもそもこの古都ヴァルハストにとって、彼女たちはあまりにも異質な存在だった。

 同性すら見惚れるほどの美貌の若い女に、隔絶した武を持つ白銀の騎士。目を引かないわけがないにも関わらず、その名を誰にも知られることもなく、いつの間にかヴァルハストに紛れ込んでいる。シルヴィアとて情報通というわけではないが、彼女らほどの人物について露ほどの噂もきいたことがないというのはあまりに不自然。

 ローゼンクロイツ王家の人間として、この度の()()に関わる者として、詰問しないわけにはいかないのだ。

 何より、ブリュンヒルトという騎士の異質さは際立っている。個としての武を極めているシルヴィアだからこそわかることではあったが、白銀の騎士からは生命ならば発するはずの気配が、まるで感じられないのだ。

 まるで、純度の高い魔力で精巧に編み上げられた陶器のような……。


「ええ、お見立ての通りです」


 ブリュンヒルトは一切の動揺を見せず、あっさりと肯定した。


「私はそこのカナタ……いえ、正確にはその中にいる別の魂、セレアとの契約で召喚された存在にございます」

「人型の召喚獣、だと?馬鹿な。精霊であれば人に似たものもあろうが……。それに別の魂などと……」


 驚きに目を見張るシルヴィアだったが、何故か疑う気にはなれなかった。

 ブリュンヒルトの佇まいに一切の迷いがなかったからか、あるいは直接目にした彼女らの行動にあてられたのかもしれない。


「そなた達の目的は何だ?何ゆえこの地へ訪れたのだ」

「それにお答えする言葉を、私は持ち合わせておりません。私自身、記憶の欠落があり……カナタもまた自分の状況を説明する術を持ってはいないでしょう」

「何もわからぬ、というわけか……」


 シルヴィアは警戒を緩めず、怪訝に眉をひそめた。

 嘘を吐いているようには見えないが、いかんせん判断材料が少なすぎる。得体が知れない未知の脅威として、今この場で切り捨てるべきか否か……。シルヴィアの思考は揺れている。

 そんな彼女を見透かすかのように、白銀の騎士は静かに続けた。


「ただ一つ、確かなことがあります。私の顕現は不完全なもの……いつ何時、この身が消えるかもわからないのです」


「……シルヴィア様、どうか、カナタを守ってはいただけないでしょうか」

「……何故、私に頼む」


 深々と頭を下げるブリュンヒルトに、シルヴィアはわかりやすく動揺する。あまりに予想外の懇願だった。

 それに対し、白銀の騎士は迷うこと無く言い切った。


「民のために心を痛める者以上に、信用できる者はおりません」

「……」

「それに、貴女のような方は、誠実に頭を下げる人間には弱いと知っていますので」


 ブリュンヒルトの言葉に、シルヴィアは虚を突かれたように目を瞬かせた。

 張り詰めていた空気が、急速に霧散していく。


「クククッ、そうか、そうかもしれぬな」


 もとよりシルヴィア個人の感情だけならば、二人に対して敵意などないのだ。この期に及んで己の弱点を突いてくる相手のしたたかさに、彼女は堪えきれずに苦笑を漏らした。


「……よかろう。私とてカナタ殿の献身を見て、思うところはある。監視という名目もあることだしの」

「感謝いたします」

「だが、お互いの信頼のためにも、今わかることだけでも話すがよい。記憶の欠落とはいっても、まったくない訳ではなかろう?カナタ殿について、話してみよ」


 ベッドで眠るカナタに視線をやりながら、シルヴィアは軽く促した。直後、ブリュンヒルトの目に熱が宿ったのに彼女は気づかない。


「安心いたしました。カナタについてですね?ええ、もちろんお話いたします。まず何より、あの震える小動物のような姿は、放っておけないほどに愛らしいとは思いませんか?」

「……は?」

「怯えて涙目になっていたかと思えば、恐怖を押し殺して負傷者に寄り添うあの健気さ。涙で潤んだあの黄金の瞳の美しさたるや、この世の宝石を集めたとて敵いません」

「……」

「泥と煤に汚れてもなお輝きを失わない赤髪も素晴らしいですが、朝起きる時の微睡んだ顔と、無防備にすり寄ってくるあの温もりといったら——まるで幼き頃のセレアではありませんかっ!」

「…………」


 頬を染め、恍惚とした表情を浮かべカナタの愛らしさを熱弁しはじめる白銀の騎士、ブリュンヒルト。そこには先程までの凛々しき騎士の姿も、凄まじき武の気配も微塵も存在していなかった。


(……こ、こやつ、一体何を言っておるのだ?)


 シルヴィアは知っている。ここが未だ死地であることを。

 だが今は、突然始まってしまった異常な熱量の惚気話に、ただただ困惑の沈黙に陥るのだった。





どうしても書きたかった話の1つが終わったので、そのうち書き溜め期間に入るかも(未定

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