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灰のサルキア  作者: ぽわっとらんど
古都編
24/44

24 ※別視点

※今回と次回が別視点

 古都ヴァルハストからの定期連絡が途切れた。

 その報告が討伐軍の本陣に入ったのは、都市が魔物の襲撃を受けた日の夕刻のことであった。

 今回の遠征においては特に緊密な連絡を維持するように厳命されていた。そのため、異常を察知した上層部は即座に会議を招集することとなった。


「通信障害、でしょうか」

「単に人為的ミスという可能性もあろう」

「こちらからの連絡もつかない、機器そのものの故障なのかも……」

 

 防衛軍の指揮官クラスや高位冒険者たちが、天幕の中で議論を交わしている。

 古都との通信途絶という事態に対し、おおよその内容としては楽観的なもので、特に深刻な事態ではない、というものだった。


「第一、ちょっと連絡がないくらいでわざわざ議論することもないだろうに。この程度のことでわざわざ集まってたら『嘆きの渓谷』につく頃には胃に穴が空いちまう」


 一人の冒険者が吐き捨てた言葉が、ほとんどの者の心中を代弁していた。

 彼らの目的は『嘆きの渓谷』における史上最大規模の魔物の異常発生(スタンピード)の対処なのだ。こんなところで足止めを食らっている場合ではない。今こうしている間にも、スタンピードの規模は膨れ上がっているのだ。

 国家の存続すら危ぶまれる事態に対し、後方を気にする余裕がないとも言える。


「シルヴィア様、いかがなされますかな?」


 ある将軍が、上座へと問いかける。

 全員の視線が、深緑の鎧を身に纏う一人の女性、『竜騎士』シルヴィア・ローゼンクロイツへと集まった。

 人類の最高戦力たる『六英雄』の一人にして、ローゼンクロイツ王家の姫君。今回の討伐軍において彼女の発言は絶対的なものと言っても過言ではない。


「……私が単騎にて古都へ戻ろう」


 周囲の予想に反して、彼女は誰よりも険しく、重苦しい顔で告げる。

 天幕内にどよめきが広がる。

 狼狽する者たちを鋭い視線で制し、シルヴィアは立ち上がる。


「進軍は予定通り続けよ。私にはシルフィードがいる故、事態の確認を済ませればすぐにでも合流できよう……。これは決定事項である」


 有無を言わせぬ威圧。立場や血筋のみならず、個としての圧倒的武力も含めて、彼女に意見できる者などこの場には存在しないのであった。



—————




 風竜シルフィードを極限まで急がせ、古都ヴァルハストを視界に捉えたとき、目に入ったのはおぞましい灰の雲に覆われ、至るところから戦火の気配が漂う都市の姿だった。

 堅牢を誇った城壁は無惨に崩され、あちこちから黒煙が立ち上る——圧倒的な何かによる蹂躙の痕跡に、シルヴィアは唇を噛みしめた。


(よもや、これほどの惨状を招くとは……ッ!)


 防衛戦力が手薄になった都市への魔物の襲撃。ある程度の被害は承知の上だった。

 だが、眼下に広がる破壊の規模は彼女の想像を遥かに超える、()()()の事態といえた。


 その時、上空にいるシルヴィアの肌にまで届く強烈な熱波が拭き上げてきた。

 視線の先には、灰の身体に六枚翼を持つ巨竜が天を仰いでいる。この都市の破壊を、惨状を引き起こした元凶だと、シルヴィアの直感が告げていた。

 激しい怒りに、シルヴィアの全身の血が沸き上がった。

 

「シルフィードッ!」


 主の咆哮に呼応し、風竜が急降下を開始する。

 上空からの尋常ならざる加速。風の魔力が翠緑の槍へと集束し、人竜一体となって巨大な槍となるような錯覚さえ覚えるほどだった。

 眼下の灰竜が忌々しげに羽ばたき、いよいよ飛び立とうとした、その瞬間——。


「——『翠緑の流星(グリーンフォール)』!!」


 シルヴィアの投擲した槍が、流星となって一直線に空気を引き裂いていく。

 凄まじい轟音とともに、灰竜の首を深々と貫き、悲鳴を上げる間も与えずに地面へと縫い付けた。重い衝撃が空間を揺らし、土煙がもうもうと立ち上がる。

 断末魔すら許さない、翡翠の一撃。

『凶星の灰竜』は、その命を完全に断ち切られた。古都ヴァルハストに大きな爪痕を残して……。


 地面に降り立ったシルヴィアを迎えたのは、生き残った兵士や冒険者からの割れんばかりの歓声。咆哮し、涙を流し、彼女を希望の光のように称えている。


「なんたる惨禍か……」


 破壊された都市と傷ついた人々の姿を見て、英雄を称える喝采も、ひどく空虚なものに感じられてならなかった。




—————




 戦闘の事後処理を終え、白亜の城へと向かったシルヴィアは、むせかえる血と死の匂いに顔を歪める。

 うめき声が響く地獄のような空間。その凄惨な有様を見渡した彼女の視線が、ふとある異質な存在で止まった。


 一人は、白銀の甲冑を纏った見事な騎士。

 彼女には見覚えがあった。忌々しい灰竜にトドメを刺したときに、並々ならぬ魔力の高まりを感じたその先に、彼女がいた。もしも自分が怒りに任せて奴を屠っていなければ、おそらくは——そう思わせるほどの隔絶した武の気配。


 さらに彼女が付き従う存在、見事な赤髪に琥珀色の肌……女の自分ですら見惚れるほどの美貌をもった若い女。

 その見た目とは裏腹に、血や泥に汚れながら床に膝をつき、瀕死の冒険者の手に淡く光る杖を懸命に握らせている。


「す、すぐに痛くなくなりますから」


 少女は震える声を押し殺し、笑顔を作っているのがすぐにわかった。

 青白い顔を苦痛に歪めていた兵士が、徐々にその反応すらなくなっていく。やがて、杖が放っていた淡い光が、音もなく消えてしまった。


「大丈夫ですからね……」

「……もう息を引き取っています」


 騎士の言葉に、少女の笑顔がぐしゃりと崩れ、大粒の涙が零れ落ちる。声が漏れないように、必死で押し殺している。

 乱暴に目元を拭うと、再び不器用な笑顔を貼り付けて、次の負傷者の元へ向かっていった。

 救えた、救えなかった——何度も、何人も、同じことを繰り返していく。


 その光景に、シルヴィアはその場に釘付けになっていた。

 自然と、己の手を強く握りしめる。

 

 暫しの間、傍観者だったシルヴィアだったが、不意にある違和感に気づいて目を細めた。


(ん?あの騎士、纏う気配がどうにも……ふむ。……今は、良いか)


 これほどの献身を見せている者たちを、この場で詰問するのは彼女の矜持に反する。

 ここで己に出来ることはないと、彼女が去ろうとしたとき、二人に向かい懸命に祈りを捧げている若い兵士の姿が視界に入った。


「そこの者」

「し、シルヴィア様!?」


 シルヴィアが近づき声をかけると、若い兵士は跳ね起きるようにして恐縮し、深くかしこまった。


「楽にして構わない。……そなた、あの者たちのことを知っているのか?」

「実は——」


 彼が語ったのは、『凶星の灰竜』暴威に怯え、隠れて震えていた自分たちに、白銀の騎士が現れて少女を守るように託していったのだと。

 だが、少女は大人しく隠れているような真似はしなかった。


「私たちは……恐怖で動くことができませんでした。あの方もひどく怯えて震えて……なのに……倒れたガーディムさんたちの姿を見るや否や、ご自身の危険も顧みずに瓦礫の外へと飛び出して……」


 段々と消え入りそうになる声に、後悔と深い敬意が入り混じる。


「後から追いついたときに見たあの方の姿は、今ああしているように、必死に治療をなさっていました。その姿は、まるで戦場に降り立った女神のようで……。だからこうして祈っているのです。私の英雄に、感謝を……」


 そこまで言ってから、兵士はハッと息を呑んだ。

 目の前にいるのは、『六英雄』が一人であり王家の人間だ。彼女の前で見ず知らずの少女を「英雄」と呼ぶ己の不敬に気づき、みるみるうちに顔を青ざめさせる。


「よい。己の恐怖に打ち克ち、誰かに手を差し伸べる……。それもまた英雄であろう」


 慌てて平伏しようとする兵士を制し、シルヴィアは自嘲気味な苦笑を零した。


「して、そなたの英雄の名を教えてはくれぬか」


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