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22話
ブリュンヒルトの腕の中に大人しく抱かれながら、俺は倒れている「鉄の牙」のガーディムと重戦士のもとへと急がせた。彼らをそのままにしておくわけにはいかない。
俺はなんとか抜け出して二人の様子を確認する。
『天眼の琥珀』の『自動回復』を受けていた二人は、未だ完治とは程遠い状況だった。出血は止まっているようだが、折れた箇所は治っていないし、痛々しい打撲痕も残ったままだった。
命には別状はなくとも、本格的な治療は受けなければならないだろう。
「カナタ様、ブリュンヒルト様、なんとお礼を申し上げれば良いか……」
声をかけてきたのは「鉄の牙」の弓使いの男性だ。彼もまた煤に塗れ、あちこちに細かい傷を作っているが、パーティーメンバーの二人を助けられたことに、深々と頭を下げている。
「そんな……大したことは出来なくて……」
「お二人がいなければ、きっとこいつらは死んでいました!このお礼は、いつか必ず……」
弓使いに涙ぐみながら言われても、俺の心境はひどく複雑だった。
俺のやったことといえば、ただ二人に『天眼の琥珀』を握らせただけ。灰竜の攻撃を防ぎきったのはブリュンヒルトだし、何より、この杖の回復効果が、俺が思っていたより遥かに小さいものだったのだ。
(俺が重傷を負ったときは、すぐに治ったんだけど……)
この世界に来たばかりのときのことを思い出す。動くことも出来ない瀕死状態から、この杖の『自動回復』が発動してほとんど間を置かず全快した覚えがあった。しかし、二人の状態を見るに、そのときのような奇跡的な治癒は起きていない。
共にいた兵士たちと弓使いにガーディムたちを任せ、彼らが急造の医療所へ向かうのを見送った後、俺は拭いきれずにいた疑問を口にした。
「なぁ、ブリュンヒルト。『天眼の琥珀』には所有者の体力を回復させる『自動回復』って効果があるはずなんだ。俺が死にかけた時は、たぶん数分も経たないうちに治ったと思う……ガーディムさん達にもこれを持たせてみたんだが、効果が随分小さいようなんだ」
「ふむ……」
ブリュンヒルトが俺の手から『天眼の琥珀』を受け取ると、ガーディムたちの時と同様に、淡い黄金の光を放ち始める。春の陽光のような温かさで癒しを与える光だったが、ブリュンヒルトの身体には、先程の二人にもまして効果が薄いように見えた。白い肌に刻まれたほんの少しのかすり傷さえ治る気配がなく、光る玩具を持っていると言われても信じてしまいそうだった。
「なるほど、カナタ。これは確かに対象に生命力を注ぎ込み、肉体を修復する力があるようですね」
「だ、だよな!」
「生命力というものは、例えるなら身体という器に入った水のようなもので、この杖はコップ一杯の水を何度も注いでいるイメージでしょうか。そして器の大きさは、人によって異なるのです」
俺の勘違いや、杖が壊れてしまったわけではないとわかり、ホッと胸をなでおろす。
つまりは『最大HP』が高い対象だと、固定値回復である『初級回復魔法』などは効果が薄いということなのだ。あくまでもゲーム的に解釈をすれば、だが。
「ガーディムさんたちは冒険者だし、生命力の器もそれだけ大きいってわけか……」
「ええ、そういうことです。賢いですねカナタは」
すっと頭を撫でようとしてくるブリュンヒルトを素早く回避——できない。抵抗は無意味だった。よしよしと撫でられながらも、俺は思考を回す。
「でもそれだと俺に対して効果が絶大だった理由が——」
待てよ、もし回復量が一定だとして、俺が一瞬で全快になったということは……。
俺はおそるおそる尋ねた。
「……普通の人の生命力を10としたら、彼らはどのくらいなんだ?」
「まだ民間人をほとんど見ていないので推測になりますが……、100は超えるでしょうね」
「じゃ、じゃあ俺は?」
「……2、いや3はあって欲しいですね……」
気まずそうに目をそらす彼女の言葉に、思わずその場に崩れ落ちそうになった。
いくらなんでも貧弱が過ぎる。転んだら死ぬんじゃないかと自虐してしまいそうになる。
無論、生命力なんてものは定量的に測れるものではない。あくまでも彼女の推測だ。だが、だからこそ信用に値すると思えてならない。
「この『天眼の琥珀』が並外れた杖であることは間違いありません。出力は小さいですが、内包する魔力はとても大きなものを感じます。これからも貴女を守る力になるでしょう」
落ち込む俺を慰めるように、ブリュンヒルトは杖を優しく撫でながら続ける。
「しかし、カナタ。忘れないでください。貴女の身体は、言わば極薄の硝子の杯……例え絶え間なく水を注ごうと、満ちる前に割れてしまっては元も子もないのです。どうか、自分が思っている以上に脆いのだと自覚して行動してください」
心配と気遣いの裏で、チクチクと見えない針で刺してくるような真剣な念押し。
今までのことを考えてみても、いつだってこの命は薄氷の上にあった。
俺は頷くことしかできない。
この身体は預かりものだといっていい存在。彼女の愛する主であり、俺にとっても愛情をもって育てあげた自キャラなのだ——無駄に傷つけることはしない、絶対に。
「ああ、俺達で一緒に守っていこう!」
力強く宣言する俺の様子に、ブリュンヒルトはきょとんとした後、何とも微妙な表情を見せるのだった。
———
『凶星の灰竜』は『竜騎士』シルヴィアの一撃で地に堕ちた。
これで戦いが終わったと、俺は安堵していた。
だが、すぐにそれが間違いだと思い知らされることになる。




