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灰のサルキア  作者: ぽわっとらんど
古都編
21/44

21

 それは、透き通るような翠緑の輝きを放つ、巨大な(ランス)だった。

 バリスタの矢すら弾き、ブリュンヒルトが幾度も大剣を叩き込んでも倒すには至らなかった強固な灰の殻。流星のごとく飛来した槍は、それをガラス細工のように粉砕し、『凶星(ディザスター)灰竜(ワイバーン)』の首を深々と貫くと、そのまま大地へと縫い付けるように串刺しにしていく。

 巨体が地面に叩きつけられ、地鳴りと共に凄まじい衝撃波がここにまで届いた。


『——』


 断末魔を上げることすら許さない。灰竜の巨体は一度大きく痙攣すると、そのまま二度と動くことはなかった。

 

 土煙がもうもうと舞い上がる中で、俺はただ呆然とその光景を見つめていた。

 つい先程まで絶体絶命とも言える状況にあったはずが、たった一振りの槍で全てを覆されてしまった。あまりに現実離れした結末に、すぐには脳が処理できないでいる。

 灰竜を貫き、大地を抉った槍から放たれる力の余波に、ただただ圧倒されてしまう。

 

 ふと気づくと、ブリュンヒルトから発せられていた、あの息が詰まるほどの圧迫感がなくなっている。彼女はすでに大剣を下げ、静かに構えを解いている。命を燃やすような悲壮な雰囲気は消え去り、いつもの凛とした横顔に戻っている。


「どうやら、援軍のようですね」


 静かな声で呟いた彼女の碧い瞳は、立ち上る土煙の上、高く晴れ渡りつつある空へと向けられていた。


「お、おい……空を見ろっ!あれはっ!」

 

 誰かの震える声に視線を上げると、高く舞い上がる土煙を吹き飛ばしながら、一体の飛竜が舞い降りてくるところだった。風を纏うしなやかな体躯に、深い森を思わせる艶やかな緑の鱗。そして何より目を引くのは、その背にある一人の騎士の姿だ。

 生き残った冒険者や兵士たちに、ざわめきが広がっていく。


「シルフィード……『風竜』シルフィードだ!」

「おお、確かに。ではあれは……」

「シルヴィア様だ!『竜騎士』様が来てくださった!」


 誰もが満身創痍の有様で、剣は折れ鎧はひしゃげ、傷のない者などいない。だが今はそんな苦痛を忘れ、空にある翡翠を見つめていた。


 飛竜が巻き起こす風は、実に穏やかなものだった。小鳥が木の枝へ止まるような繊細さで、大地に縫い付けられた『凶星の灰竜』の側へ静かに着地する。

 そして騎士が飛び降り、灰竜の首に深々と突き刺さった槍をこともなげに引き抜いた。


 深緑の装甲に銀の意匠があしらわれた、機能美に溢れる騎士の鎧。その隙間からは鍛え上げられた、無駄な肉のないしなやかな四肢が覗く。風に揺れる黒髪は光沢を放ち、凛々しい顔立ちにはどこか陰りがあるように感じられる。

 俺は、彼女を知っている。


——『六雄三賢』


『エターナルレジェンド』における人類の最高戦力と称される存在。、武の極みたる『六英雄』と知の深淵に至った『三賢者』からなる希望の象徴。

 その一角を担う『竜騎士』シルヴィア・ローゼンクロイツ。

 画面越しに幾度となく見た彼女は、ここでは確かな覇気を持って目の前に存在している。

 

 もはや『凶星の灰竜』は地に伏し、古都ヴァルハストを覆い尽くしていた灰の雲も晴れた。薄暗かった広場に陽光が差し込み、生き残った者たちの間からは、死地を脱した安堵と歓喜の声が上がり始めていた。

 だが、その中心にあるシルヴィアの表情は、勝利の喜びと安堵に沸く周囲とは対照的にひどく険しいものに見えた。


「なんたる惨禍か……」


 彼女は翠緑の槍を握りしめ、破壊され尽くした街を見渡していた。

 崩落した城壁、焼け焦げ骨組みだけとなった家屋。瓦礫と灰に塗れて倒れ伏す、無数の者たち……。

 唇を強く噛みしめ、痛ましげな彼女の顔には、勝利の感情はまるで感じられなかった。

 

 俺もまた、周囲の惨状から目をそらすことが出来ない。

 確かに脅威の灰竜は討たれた。だが、破壊された街並みと、そこかしこに死の匂いが充満するこの光景は、俺にとって重すぎた。


 会議での俺の発言が、目の前の結果を生んだのではないか。

 ブリュンヒルトは彼らが選択したことだ、と切り捨て励ましてくれたが、思わずには居られなかった。理不尽な死。それをもたらしたのは——。

 冷たく重い罪悪感が、鉛のように俺を包んでいく。


「あっ……」

 

 その瞬間、限界まで張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れた。

 唐突に膝から力が抜け、身体がぐらりと傾く。踏みとどまろうとしても、完全に腰が抜けてしまい、足が生まれたての子鹿のように震えてまるで言うことを聞いてくれない。息をするのも苦しくなって倒れる寸前、ふわり、と視界が持ち上がった。

 ブリュンヒルトが、俺の身体が地面に付く前に、軽々と抱き上げたのだった。ひょいと、文字通り横抱きにされている。


「さあ、帰りましょう」

「ま、待ってくれ。俺は別に怪我をしては……」


 何とも気恥ずかしく、慌てて降りようと身を捩る。だが、彼女の様子をみて言葉を失った。

 この世界で彼女が戦うところは何度かみたが、全て無傷で白銀の鎧に返り血ひとつ浴びることはなかった。しかし今は至るところが傷だらけで、焼け焦げた跡や罅まで入っている。もはや顕現させ続ける余力もないのか、大剣や盾のように、鎧の一部は剥がれ落ちるように光の粒子にか変わって溶けている……。


「無理はいけません、カナタ」

「……」


 無理をしているのはどちらだ、という言葉は飲み込む。

 今はただ、彼女の好きにさせてあげよう。

 そう思った。


 


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