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ブリュンヒルトは、俺の不安など知らぬとばかりに、躊躇せず『凶星の灰竜』へと一直線に向かっていく。
「道を開けなさい!」
凛とした声に、決死の攻防を繰り広げている「鉄の牙」の面々が思わず道を譲る。
閃光が彼らの間をすり抜けて、一息に灰竜へと肉薄する。振り落とされる巨大な爪を、ブリュンヒルトは紙一重のステップで躱す。薙ぎ払われる尾の軌道を読み切り、暴風の中を舞うように潜り抜けると、白銀の大剣が灰の巨体へ迫った。
今までとは違う、重厚な音が響き渡る。
バリスタの矢も、無数の魔法も、冒険者たちの決死の攻撃すら弾き返した灰の殻。それが白銀の一突きで、薄氷のように叩き割られたのだ。
「おお!例の騎士様か!!」
「あのクソ硬い身体を、一撃かよ……」
「いける、いけるぞ!」
周囲から驚愕と歓喜の声が上がった。
先の見えない戦場に、ようやく見えた希望——反撃の狼煙だった。
「わかってはいたが……凄えな、あんた」
ガーディムが、大斧を握り直しながら獰猛な笑みを浮かべる。その顔には疲労の色が滲んでいたが、鋭い眼光は未だ戦意を失ってはいなかった。
『——————ッ!!』
『凶星の灰竜』の咆哮が空気を揺るがす。決して大きな傷には見えない。だが、その一撃は灰竜が彼女を脅威とみなすには十分だったようだ。灰竜の巨体が、怒りで激しく波打っている。
「悔しいが、俺等の攻撃はまるで通じねえ。あんただけが頼りだ」
「ご謙遜を。表面の殻を割ったに過ぎません。ですが——」
ブリュンヒルトは油断無く、碧い瞳を灰竜から外さないままに言う。
「雨垂れ石を穿つ、と言います。僅かにでも削れるのならば、勝機はありましょう」
「違いない……。俺等が注意を引く。あんたは思う存分暴れてくれ!」
ブリュンヒルトは短く返事をすると、再び死地へと踏み込む。同時にガーディムもまた、大斧を振り上げて声を張り上げた。
「野郎ども、無茶はするな!奴の気を引くだけでいいッ!」
怒号が飛ぶ。「鉄の牙」を始め、辛うじて戦える者たちがその身を奮い立たせて『凶星の灰竜』へと立ち向かう。先程までの決死の突撃とは違い、灰竜の攻撃をいなし、周囲を立ち回りながら矢や魔法、リーチの長い槍での細やかな攻撃を仕掛けていく。
だが、手負いとはいえ相手は容易く都市を破壊したほどの怪物。ただ身震いし、鬱陶しそうに前脚を振るうだけで突風が吹き荒れ、紙切れのように吹き飛ばされてしまう。致命傷を避けるのが精一杯のようで、戦いにすらなっていないように見える。
そんな圧倒的な戦力差の中にあって一人、白銀の騎士だけがあまりに異次元の動きを見せていた。
巨大な顎の噛みつきを難なく躱し、流れるような身のこなしで無防備な首元へ白銀の一閃を走らせる。金属同士がぶつかるような、甲高い音。怒り狂った灰竜が大地を砕きながら突進を繰り出すも、ブリュンヒルトは重力を無視したような跳躍で宙を舞うと、空中で身を翻し、そのまま灰竜の翼——バルガスの一撃で大きく抉られた根本に向かって深々と白銀の刃を突き立てた。
『—————ッ!?』
痛みに身を捩り、『凶星の灰竜』が暴れ狂う。巨塔のような尾の薙ぎ払いに、凶悪な爪による斬撃が振るわれ、衝撃波がでたらめに襲いかかる。だが、その致死の暴風の中でも白銀の騎士は、まるで嵐の中を舞う一変の羽根のように軽やかにくぐり抜けていく。
剣や魔法どころか、戦闘に関する知識など微塵ももたない俺でもわかる。
圧倒的な暴力の嵐を前にして、他の冒険者や兵士たちがただ右往左往し、巻き添えを食わないように逃げ惑っている中、ブリュンヒルトだけが灰竜の「命」に肉薄していた。
「す、すごいっ……」
息を呑む攻防が続く中で、俺はあることに気づいた。彼女は、執拗に尻尾を狙っている。
『エターナルレジェンド』での対『凶星の灰竜』における定石は、厄介な薙ぎ払いを封じる尾の『部位破壊』だった。事前に俺が語ったからなのか、あるいは実戦の中で判断を下した故なのかはわからない。ブリュンヒルトは、まさに俺の知る『凶星の灰竜』との戦いを現実の戦場で実現しているのだ。それも、ほとんど一人の力で。
圧倒的な巨体を翻弄する麗しき白銀の騎士。
頬が紅潮し、鼓動が高鳴るのを感じる。その躍動と洗練された美しさに、俺は自分が死地にいることすら忘れてただ見惚れていた。
幾度目かの激しい交錯の後、灰竜はブリュンヒルトを鬱陶しげに睨み、再びの攻撃を仕掛けようとしていたその時。
「今だ!やれええええッ!!」
ガーディムの絶叫と共に、わずかに残る魔術師たちの魔法が灰竜の横っ面へと炸裂する。無論、まるでダメージを与えられた様子はない。
だが、その目眩ましに乗じて、ガーディムが竜の死角から跳躍していた。
「おらぁッ!『鉄牙断』!!」
全身のバネと魔力を乗せた大斧が、竜の顔面へと叩き込まれる。火花が散り、鈍い金属音が響く。やはり、刃は通らない。
身の程知らずな打撃に、灰竜は前脚を振り抜く、致死の反撃。
「がぁッ!?」「ぐッ…!」
咄嗟にガーディムを庇って「鉄の牙」の重戦士が盾を構えるが、盾ごとガーディムを巻き込んで十メートル以上も吹き飛ばされる。盾も鎧もひしゃげ、そのまま瓦礫の中で動かなくなってしまった。。
そして、彼らの命がけの牽制はほんの一瞬、灰竜の意識を白銀の騎士から逸らすことに成功したのだった。
そのほんの僅かな隙。ブリュンヒルトの身体が弾かれたように加速する。
一閃——。
踏み込みと同時に下段から跳ね上げられた大剣が、ダメージを蓄積され続けた尾へ、一筋の線を描いた。
甲高く、硬質な破砕音。
分厚い灰の殻は砕け、肉と骨を断つ凄惨な音が響く。直後、凶悪な質量を持った灰竜の尾がずるりと半ばから滑り落ち、重い地響きを立てて広場に転がった。
『——————————ッ!!!』
切断された断面から、泥のような血が吹き出す。
激痛か屈辱か。『凶星の灰竜』は天を仰ぎ、これまでにないほど凄まじい咆哮を轟かせた。




