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灰のサルキア  作者: ぽわっとらんど
古都編
13/18

13

「結界が保たぬというのなら、逃げるしかあるまい!」

「無茶を言うなッ!何千人もの非戦闘員を抱えてどこへ行くというのだ!?」

「そ、そもそも『凶星(ディザスター)灰竜(ワイバーン)』がまた襲ってくるとは限らないのでは?もしかしたら、もうどこかへ行ったのかも……」

「灰の雲はまだ晴れてねぇ。いると考えるのが妥当だろうよ」

「しかし——」


 俺とブリュンヒルトが挨拶した後、すぐさま開始された会議だったが、少しも経たないうちに堂々巡りへと陥った。誰もが打開策を持たず、ただ絶望的な状況を再確認しているだけの、神経だけがすり減る時間。


(……胃が痛い。めちゃくちゃ胃が痛い)


 重苦しい空気の中で、俺はひたすらに()()()を顔面に貼り付けていた。

 部屋に入る前のブリュンヒルトの言葉を思い出す。


『カナタはとにかく笑みを絶やさないように。あとは私に任せてください』


 道すがら出された指示の理由は、考えても理解できなかった。

 だが、そもそもの話として俺は現代日本のしがないゲーマーでしかなかったのだ。今目の前で行われている軍議の内容など分かるはずもなければ、建設的な提案などできるはずもない。

 それにもかかわらず、何故だか会議の最中にこちらをちらりと見る視線が多い。

 何か発言を求められているのだろうか……。しかし、俺に言えることは何もない。

 だから、にこりと笑い返すことしかできない。なるべく優雅に、自然に……。


「……して、そちらのカナタ殿といったか。何か考えなどがあればお聞かせ願いたいのじゃが」


 領主のアルベルトが、探るような視線をこちらへ向けてきた。

 俺は口角を僅かに引き上げたまま、焦る。議論自体は聞いているが、皆一様に絶望していること以外に理解できていることはあまりない。考えと言われても、何を発言すべきかがわからない。

 答えに窮していると、ブリュンヒルトの凛とした声が響く。


「領主殿、我々はしがない旅の身。微力ながら、防衛には協力いたしましょう」


 静かだが、有無を言わせぬ言葉。どこか線引きをするような少々突き放したような物言いに、俺は内心驚く。

 彼女を見ても、その碧い瞳から真意を読み取ることはできなかった。

 しばしアルベルトとブリュンヒルトの視線が交錯する。


「カッカッカ……いやはや、年寄りの悪い癖じゃな。長くこのような立場におると、腹の探り合いから入ろうとしていかん。主の御心を試すような真似をしたこと、どうか無作法を許されよ。改めて、貴女方の力をお借りしたい」


 老獪さを滲ませた笑みとともに、アルベルトは深く頭を下げる。

 俺は何が何やらわからないままに、ひとまず穏やかな微笑みを崩さずにぺこりと返礼するのだった。


「こちらこそ、無礼な物言いをお許しください。今は同じ嵐に立ち向かう船に乗る者同士、共に乗り越えるべく尽力いたしましょう」

「かたじけない……」


 俺の態度に合わせてか、背後のブリュンヒルトも静かに頭を下げた。


「しかし、素性の知れぬ者に頼るというのは……」

「——俺の見立てじゃあ、このブリュンヒルトって騎士様の実力は最上位の冒険者にも劣らねぇ」


 文官の一人が渋い顔をするのを断ち切ったのは、壁際で腕を組んでいたバルガスだった。

 その言葉に、部屋がにわかにざわつく。


「最上位だと?いくらなんでも誇張ではないか。一軍に匹敵するなど……」

「いや、だがバルガス殿がそこまで言うのなら……」

「しかし、あのような出で立ちならば、名が知られていてもおかしくはなさそうだが」

「確かに強えのは、わかるが……」


 口々に上がる驚嘆や疑問の声。程度の差はあれど、そこには暗闇の光を見た感情が見え隠れしていた。誰もが、縋るものを求めている……。


()()バルガスが言うのだ。大きく間違っていることはあるまいて」


 アルベルトが低く響く声で周囲を鎮め、大きく息を吐きだして机上へと視線を落とす。バルガスは領主からそれなりの信頼を得ているのか、皆もある程度納得の表情を浮かべる。


「ブリュンヒルト殿の強さがそれほどのものなら、これほど心強いことはない。……だが、問題は空じゃろう。あの『凶星の灰竜』を打ち落とす矛もなければ、その業火を防ぐ盾もないのじゃからな」


 結局のところ、何か打開策があるわけではないのだ。再び会議室の空気は重くなっていく。

 堂々巡りの議論が繰り返されていく中、特に出来ることのない俺は『エターナルレジェンド』での『凶星の灰竜』について考えていた。


(あいつは『灰雲海』のレイドボスなんだよな。結構前に出たボスだからあまり覚えてないけど……)


『凶星の灰竜』は上空からの攻撃を避けつつ、まずは地上戦に持ち込むことを目指す特殊なボスだった。広範囲に及ぶ即死攻撃は厄介で、操作が下手な俺は当然のように床に沈んでばかりだった。

 どうやって地上に落としていたのだったか、思い出の糸を辿っていく。


「灰の雲……」


 つい、思考が口に出てしまう。

 部屋中の視線が、俺という一点へと集まる——。




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