12 ※別視点
時間を少し遡る。
会議室では議論が紛糾していたところだった。
長机を囲むのは、現在の古都の戦力を担う主要な面々。無傷な者はおらず、誰もが色濃い疲労と絶望を隠しきれずにいる。
「……城を覆う結界の展開、どうにか完了いたしました」
神官エレナはふらつく身体を机で支えながら報告を上げた。
彼女は生き残った神官や避難民たちと教会で一晩中抵抗を続け、朝になり魔物の動きが鈍くなった隙をついて彼らとこの城へと避難してきたのだ。そして、ろくな休息も取らないままに城の結界を修復するという強行軍をこなしたところだった。
「昨日の魔物群れ程度であれば、十分に機能するはずです。ですが……」
「『凶星の灰竜』相手だと無意味、ですか」
守備隊副隊長のコルトは、痛々しく包帯が巻かれた腕をさすりながら唸る。その顔には無念と怒りが張り付いている。
「申し訳ありません、私を含めて生き残った神官の数は少なく、これ以上はとても……」
「いえ、やってくれただけでも御の字です。貴女のおかげで救われた命は多い、感謝してもしきれない」
顔を歪めるエレナに、コルトは力なく首を振った。彼女が不眠不休で作業に取り組んでいたことは分かっている。この場で彼女を責められるものなど、誰一人いない。
(むしろ、責められるべきは——)
自らの非力さに、コルトは奥歯を噛みしめる。
彼が生き残ったのは運が良かっただけ。苦楽をともにした仲間は全員……。
「報告の通り、ヴァルハルトの守備隊は壊滅状態です。隊長も、『凶星の灰竜』の初撃で本隊もろともに……。現在動かせる戦力は、新兵や負傷兵ばかり。もはや軍としての体をなしていないというのが現状です」
「冒険者ギルドも似たようなものだ」
コルトの悲痛な報告に、中堅冒険者パーティー「鉄の牙」のガーディムが被せるように続ける。
「魔物の群れが最初、正門に集中していたのに気を取られすぎた。まともに戦える冒険者の多くはそこに向かったからな。後は、守備隊と同じさ……」
脳裏に焼き付いた地獄を思い出したのか、ガーディムは顔を土気色にして言葉をつまらせる。
津波のような魔物の群れだろうが、ヴァルハルトの城壁はまるで揺るぎなかった。近場の火事を消しに行くような、気軽な戦い。
だが、空からやってきた厄災は、その全てを焼き尽くしていったのだ。
重い沈黙。
誰もが現状で『凶星の灰竜』を防ぐ戦力がないことを悟っていた。
ただ一人、沈黙を保っていた上座の老人が静かにその口を開く。
「……王城に張り付いていた敵を単騎で蹴散らした者がいるそうじゃのう。旅の者という話だが」
「はい。凄まじい武を誇る白銀の騎士だとか。先ほど、バルガス殿がその者たちをこの場へ案内すると……あ、丁度戻られたようです」
老人の傍らに控えていた文官が、扉を叩く音に顔を上げた。
重たい木製の扉が軋む音を立てて開く。
「——待たせたな」
バルガスの声とともに、二つの影が室内へと足を踏み入れた。
その瞬間、室内の空気が凍りついた。
コルトもガーディムといったこの場の猛者たちの視線が釘付けになる。
大柄なバルガスよりも更に高い長躯に、流麗な白銀の鎧。
得物は持っていなくとも、その所作には微塵の隙もない。息の詰まるような威圧感である。
(これが、その騎士……!)
格が違う。武に身を捧げる者であればあるほど、本能的に理解させられる。
だが、その場にいる者全てが目を奪われたのは白銀の騎士ではなく、彼女の前を歩く人物だった。
燃えるような赤髪に、太陽を思わせる琥珀色の肌。潤いを帯びた金色の瞳を縁取る長いまつ毛が、瞬きをするたびに微かに揺れる。その手には黒檀の杖が鈍い輝きを放っている。
絶望と血に塗れた地獄にあって、明らかに場違いな常軌を逸した美貌の若い女。張り付いたような微笑みは、彫刻のような完璧さを持ちながらも、底しれない神秘的なオーラをまとっていた。
白銀の騎士が、用意された椅子の一つを流れるような動作で引き、恭しく宝石のような少女を座らせた。そして自らは当然のように、一歩下がったところでピタリと直立して控える。
絶対的な主従の振る舞いを見て、部屋の全員が息を呑んだ。
圧倒的な武を従える目の前の若い女が、只者であるはずがない。どこかの国の王族か、またはそれに類する高貴な血筋の者か。
冷たい石造りの部屋に、先程の重苦しい空気とは別の緊張感が満ちる。
その異様な雰囲気を断ち切るように、上座の老人が重々しく口を開いた。
「それでは、会議を始めるとしようかの」
老人は鋭い双眸で少女を見据え、ゆっくりと頭を下げる。
「儂はアルベルト・ドランディーノ……。この古都ヴァルハルトの領主を務めておるものだ。まずは昨日の働き、ヴァルハルトを代表して感謝申し上げる」
こうして、『凶星の灰竜』への対策を練る会議が始まった。




