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第一章 三話 境界線

三か月前。


まだ。


あの技術を誰もエネルギーと呼んでいなかった頃。


社長室の扉がノックされた。


「どうぞ」


返事をすると。


境宗一郎が入ってきた。


その顔を見て。


俺は手元の資料を置いた。


「宗一郎」


「はい」


「そんな顔して入ってくるなよ」


「どんな顔です?」


「会社が潰れました、みたいな顔」


宗一郎は何も言わなかった。


冗談のつもりだった。


普段なら、


そんな顔はしていません。


くらいは返す男だ。


それすらない。


「…………」


俺は椅子へ深く座り直した。


「座れ」


「失礼します」


宗一郎が向かいへ座る。


手に持っていた資料を、机の上へ置いた。


薄い。


こんな薄い資料を持って社長室へ直接来る男ではない。


普通なら。


部門長。


本部長。


役員。


必要な手続きを通してから話を上げてくる。


それを飛び越えて。


技術顧問が直接来た。


「で?」


俺は聞いた。


「何があった」


宗一郎が資料を開いた。


「合成Siについてです」


「あれか」


もちろん知っている。


国から支援を受けて進めている材料開発。


安価に。


安定して。


国内で供給できるSi。


派手さはない。


だが。


実現すれば大きい。


半導体だけではない。


太陽電池。


電子材料。


用途はいくらでもある。


「評価で何か出たか?」


「はい」


「良い方?」


宗一郎が少し黙った。


「分かりません」


俺は笑った。


「なんだよ、それ」


「そのままの意味です」


笑いが止まった。


宗一郎が資料をこちらへ向ける。


写真。


虹色の試験片。


「何だ、これ」


「合成Siを使用して形成されたものです」


「こんな色だったか?」


「通常はなりません」


「条件は?」


「作製担当者が成膜時間を間違えました」


「どのくらい」


「約3倍です」


思わず資料から顔を上げた。


「3倍?」


「はい」


「豪快に間違えたな」


「笑い事ではありません」


「分かってるよ」


写真へ視線を戻す。


「それで?」


「このサンプルへ水を加えると、発熱します」


「…………」


もう一度。


宗一郎を見る。


「何?」


「水と接触させると発熱します」


「どのくらい」


「簡易測定では60℃前後です」


「化学反応だろ」


「その可能性を確認しています」


「だったら、原因調べて終わりじゃないのか」


宗一郎は答えない。


その時。


初めて。


こいつが何を気にしているのか分からなくなった。


「何なんだ」


俺は聞いた。


「正直に言え」


「現時点では」


宗一郎が答える。


「私にも分かりません」


「……だから俺のところへ来た?」


「はい」


俺は背もたれへ身体を預けた。


「面倒なの持ってきたな」


「申し訳ありません」


「謝るくらいなら持ってくるなよ」


「では持って帰ります」


資料へ手を伸ばす。


俺は押さえた。


「冗談だ」


「知っています」


少しだけ。


いつもの宗一郎に戻った。


俺は写真を見る。


「再現は?」


「しています」


「何回」


「最初を含めて4回」


「なら偶然じゃない」


「ところが」


嫌な言葉だった。


「週明けに再現しなくなりました」


「…………何だそれ」


「現在、原因を調べています」


「作れるのか、作れないのか、どっちなんだ」


「今のところ分かりません」


「じゃあ」


俺は資料を閉じた。


「まずそこだろ」


宗一郎を見る。


「狙って作れないものを、事業にはできない」


「同意します」


「作れるようになったら、もう一回来い」


宗一郎が立ち上がる。


「分かりました」


「それと」


足を止める。


「何です?」


「面白そうだからって、一人で抱えるなよ」


宗一郎の眉がわずかに動いた。


「面白いとは言っていません」


「顔に書いてある」


「書いてありません」


「俺には分かる」


「それでは」


「はいはい」


扉が閉まる。


俺は机の上に残った虹色の写真を見る。


水で熱を出す。


妙な材料。


その時の俺にとっては。


それだけだった。


*


宗一郎が再び来たのは。


それからしばらく経った頃だった。


今度の顔は。


前より悪かった。


「また会社潰れた?」


「まだ潰れていません」


「じゃあ今度は何だ」


資料が置かれる。


表紙を見る。


特殊構造形成現象 再現条件確認結果


俺は宗一郎を見る。


「できたのか」


「はい」


ページをめくる。


合成Si。


微量のTi。


成膜条件。


成立領域。


○。


×。


△。


「Ti?」


「装置残留物が形成へ関与していた可能性があります」


「コンタミじゃないのか」


「元々はその扱いでした」


「それを条件にした?」


「担当者と分析主任が見つけました」


思わず笑った。


「コンタミを製造条件にしたのか」


「言い方には気をつけてください」


「面白いじゃないか」


「私はあまり笑えません」


「だからお前は駄目なんだよ」


「蔵持社長にだけは言われたくありません」


「おい」


宗一郎は何事もなかったように資料へ目を戻した。


こういうところだけ。


昔から変わらない。


ページを送る。


条件を合わせれば形成する。


外せば形成しない。


戻せばまた形成する。


再現性がある。


そこで。


俺の見方が少し変わった。


偶然の異常ではない。


条件がある。


工程がある。


つまり。


作れる。


「宗一郎」


「はい」


「これ、何に使える?」


「まだ、その話をする段階ではありません」


やっぱり。


そう答える。


「お前はいつもそれだな」


「では、何と答えれば?」


「可能性だよ」


俺は資料を指す。


「作れるんだろ」


「現時点では」


「材料は合成Si」


「はい」


「Tiは?」


「ごく微量です」


「設備は」


「現在は既存の成膜装置を使用しています」


「じゃあ」


少し考える。


「化けるぞ、これ」


宗一郎の表情は動かなかった。


「まだ分からないことの方が多いです」


「分かってから動いたら遅い」


「分からないまま動けば事故になります」


俺は笑った。


「だからお前がいるんだろ」


宗一郎が黙った。


「俺が前へ行く」


資料を閉じる。


「お前が止めろ」


「随分勝手ですね」


「社長だからな」


その時からだった。


俺が。


この技術を。


研究ではなく。


事業として見るようになったのは。


*


ところが。


次に持ち込まれた数字は。


事業という言葉すら。


少し軽く感じさ


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