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寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


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寿綾乃という女 第4部 90

 私は、そんなナオキを見て、不思議と言うか…


 これまで、話したことのない話をしていると、思った…


 これまで、十五年、いっしょにいて、話したことのない話をしていると、思った…


 十五年といっても、最初の内は、いっしょに、暮らしたが、それは、最初の数年だけ…


 後は、私は、ジュン君といっしょに、このマンションで、暮らして、ナオキは、出て行った…


 その方が、遊べるからだ…


 自宅に、女を呼べるからだ…


 だから、出て行った…


 このマンションから、出て行った…


 が、


 会社では、いっしょ…


 ずっと、いっしょだった…


 社長と秘書と言う関係で、ずっと、いっしょだった…


 だから、かも、しれない…


 いわゆる、会社と言うパブリックな場でしか、付き合わない…


 それゆえ、プライベートな話は、あまり、しない…


 だから、今、言ったような話題は、口にしない…


 そういうことかも、しれない…


 が、


 このナオキに、伸明のことを、言われたのは、驚いた…


 いや、


 伸明のことを、言われたのでは、ない…


 伸明が、私の初恋だと、言われたことに、驚いた…


 32歳にもなり、とっくに処女でもなんでもない私が、そう、言われたことに、驚いた(苦笑)…


 が、


 そう言われれば、納得しないことも、ない…


 納得できないこともない…


 たしかに、私は、男のひとを好きになったことはない…


 積極的に好きになったことは、ない…


 たぶん、それは、母の教え…


 亡き母の教えだ…


 何度も、言うが、母の妹である叔母は、美人だった…


 私に似た美人だった…


 その叔母が、生前、母に色々、相談したのだろう…


 美人に生まれた叔母が、母に、男関係の悩みを相談したのだろう…


 その結果、母は、私に、言った…


 美人に生まれた叔母の悩みから、いかに、男関係で、振る舞えば、いいのか、聞いた…


 それが、幼い私の心に刷り込まれたのだろう…


 その結果、私は、安易に、男を好きにならなくなったのだろう…


 今、振り返れば、そう、思う…


 実に、そう、思う…


 そして、そう、考えれば、実に、私にとって、母の影響は、大きい…


 いや、


 大き過ぎる(苦笑)…


 母は、私が、十五歳のときに、亡くなった…


 そして、私は、今、32歳…


 にもかかわらず、母に縛られている…


 母の教えに縛られている…


 母の言いなりに、なっている…


 それを、考えると、愕然とした…


 おおげさに、言えば、母によって、私が作られている…


 母によって、私の人格が、作られているからだ…


 私の性格が、作られているからだ…


 仮に、私が、今、母の教えを破り、あっちの男、こっちの男と、遊びまくったとする…


 ハッキリ言えば、いろんな男と、寝たとする…


 もし、それをすれば、その後、罪悪感にさいなまれるだろう…


 どうして、あんなことをしたのだろうと、罪悪感にさいなまれるだろう…


 母は、今の私を作った…


 今の矢代綾子=寿綾乃を作ったからだ…


 だから、それをすれば、母の教えを破ったことになる…


 それゆえ、私は、苦悩する…


 罪悪感に苦悩する…


 そういうことだ…


 つまりは、私は、母に縛られている…


 私の人生は、母に縛られているとも、言える…


 そして、それを、思えば、あの伸明…


 諏訪野伸明も、同じ…


 同じだ…


 私と同じだ…


 五井家当主も、同じだ…


 父の建造に縛られている…


 血の繋がらない、先代当主、諏訪野建造に縛られている…


 すでに、亡くなった建造に縛られている…


 私を好きになったのも、建造が、私を好きだったから…


 私が、叔母に似ていたから…


 美人の叔母に似ていたから…


 一目、私を見て、叔母の娘か、あるいは、姪か…


 叔母に近い血縁関係の娘に違いないと、思ったのだろう…


 それゆえ、私に優しかった…


 まるで、自分の娘に接するように、優しかった…


 そのときは、気付かなかったが、そうだった…


 仮に、建造が、私に気があり、私を女として、見ていれば、わかる…


 私を性の対象として、見ていれば、わかる…


 が、


 それは、なかった…


 これっぽっちもなかった(苦笑)…


 そして、それゆえ、伸明は、私を好きになった…


 私を妻として、迎えることは、建造が、喜ぶことだからだ…


 建造が、好きだった叔母と、血縁関係にある、私を妻として、迎えて、一生、面倒を見れば、父が、喜ぶ…


 父の建造が、喜ぶ…


 それが、伸明の考えだろう…


 血も繋がっていない、自分を、五井本家の後継者に迎えてくれた、建造の恩に報いるためだろう…


 そして、もうひとつ…


 団郁馬…


 五井北東家の団郁馬だ…


 その団郁馬も、生前の建造とゴタゴタがあり、その結果、今、伸明の邪魔をしようとしている…


 五井本家にちょっかいを出している…


 そして、それは、建造のせい…


 五井家、前当主、諏訪野建造のせいだ…


 伸明を後継者に任じた、建造のせいだ…


 つまりは、伸明は、建造の影響下にある…


 私が、亡き、母の影響下にあるのと、同様、建造の影響下にある…


 だからだろうか?


 私も伸明も、亡くなった母や父の影響下にあるから、同じように、惹かれ合うのだろうか?


 似た者同士だから、惹かれ合うのだろうか?


 ふと、そう、思った…


 ふと、そう、気付いた…


 そして、そんなことを、考えていると、ナオキが、突然、


 「…綾乃さん、さっきから、なにを考えているの?…」


 と、私に聞いてきた…


 缶ビールを片手に聞いてきた…


 私は、一瞬、言っていいか、どうか、わからなかったが、少し、迷った挙句に、


 「…伸明さんのこと…」

 

 と、答えた…


 「…諏訪野さんのこと?…」


 「…そう…」


 「…諏訪野さんのことって、どういうこと?…」


 「…どういうことって?…」


 「…具体的に、なにを考えていたの?…」


 「…それは…」


 「…それは?…」


 「…いえ、伸明さんの父の建造さんは、どうして、伸明さんを、後継者に選んだのかなって? …だって、建造さんと血が繋がった弟の秀樹さんが、いたのに、秀樹さんを差し置いて、血の繋がらない伸明さんを選ぶなんて…」


 私は、言った…


 わざと、それまで、考えていたことと、別のことを、言った…


 おそらく、ナオキが、答えられないことを、言った…


 が、


 そうではなかった…


 ナオキは、答えた…


 呆気なく、答えた…


 「…それは、家だよ…」


 「…家?…」


 「…そうだよ…家だよ、五井家だよ…」


 「…どういうこと?…」


 「…五井は、名門…戦前どころか、江戸時代の前半から、ある…」


 「…それが、どうか、したの?…」


 「…そういう家に生まれた人間は、まずは、家を絶やさないことを、考える…」


 「…絶やさないことって?…」


 「…ぶっちゃけ、潰れないこと…」


 「…潰れないこと?…」


 「…要するに、こいつを後継者にしては、家は、傾くかも、しれない…そういう目で、後継者を選ぶ…血ではなく、能力で、選ぶ…」


 「…」


 「…だから、今の諏訪野さんが選ばれた…そういうこと…」


 「…そういうこと?…」


 「…つまりは、家の存続が、第一…個人の尊厳もなにもない…家の存続を第一に考える…江戸時代といっしょ…」


 「…いっしょ? それを、伸明さんが、ナオキに言ったの?…」


 「…そう…」


 ナオキが、短く、呟く…


 たしかに、そう、言われれば、わかる…


 そう、言われれば、納得する…


 四百年も続く、五井家…


 名門の五井家…


 それを、絶やすわけには、いかないと、納得する…


 そうなれば、血にこだわっているわけには、いかない…


 能力を優先する…


 その結果、伸明が、選ばれたのだろう…


 秀樹ではなく、伸明が、選ばれたのだろう…


 この結果にも、納得する…


 もろ手を挙げて、納得する…


 秀樹は、ずるがしこく、どう見ても、当主の器では、なかった…


 そして、それを、言えば、建造の弟の義春も、そう…


 義春も、同じだった…


 当主の器がないにもかかわらず、当主に、なりたがった…


 が、


 二人とも、当主になれず、自死した…


 奸計を弄して、当主にならんと、したが、それが、あっさり、バレると、自死した…


 二人とも、能力も、そうだが、気も弱かったのだろう…


 呆気なく、自死した…


 そして、その一点を持ってしても、当主失格だと、思う…


 なぜ、失格なのか?


 それは、追い込まれれば、あっさり、自死したからだ…


 追い込まれて、あっさりと、自死を選ぶような人間に、当主は、務まらない…


 どんな環境の変化にも、耐えられる気持ちがなければ、トップには、立てない…


 世の中は、変わるからだ…


 目まぐるしく、変化するからだ…


 それが、わかっていなければ、当主は、務まらない…


 私は、思った…


 私は、考えた…


 そして、そんなことを、考えていると、ナオキが、


 「…諏訪野さんも、覚悟を決めたのかな?…」


 と、ポロリと、漏らした…


 「…覚悟? なんの覚悟なの?…」


 「…五井北東家…団郁馬と対決する覚悟…」


 「…北東家と対決する覚悟って?…」


 「…だって、さっきも、言ったけれども、諏訪野さんは、西家夫妻に紹介された女性と結婚すると、ボクに言った…それで、西家を味方につけることが、できると…」


 「…」


 「…それは、同時に、西家と北東家を切り離すこと…北東家を、孤立させることに繋がる…」


 「…」


 「…つまりは、対決…諏訪野さんのお父様の建造さんが、したように、北東家の力を削ごうとしている…」


 「…」


 「…当然、北東家は、反発するだろう…だから、対決…諏訪野さんとの対決になる…」


 ナオキが、言った…


 実に、思いがけないことを、言った…

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