寿綾乃という女 第4部 9
…伸明さん、なにを、突然…
と、言いたかったが、言えなかった…
肝心の口が、伸明に、塞がれていたからだ…
だから、伸明のキスを受け入れるしか、なかった…
そして、その伸明のキスは、数十秒続いた…
私は、それを、受け入れるしか、なかった…
なかったのだ…
伸明が、やっと、私から、口を離すと、
「…伸明さん、なにを、突然…」
と、私は、言った…
私は、伸明に、抗議した…
すると、だ…
伸明は、あろうことか、
「…寿さんが、かわいらしくて…」
と、言った…
「…私が、かわいらしい?…」
あまり、言われたことのない言葉だった…
きれいだ、とか、美人だとか、言われたことは、腐るほど、あったが、かわいらしいは、なかった…
全然、なかった(涙)…
だから、伸明の言葉を不思議に思っていると、
「…寿さんが、顔を真っ赤にしているのを、見て、つい…」
と、口走った…
「…そんな寿さんを、これまで、見たことがなかったから…寿さんは、いつも、キレイで、強い…それが、まるで、少女のように、顔を赤らめるから、その顔が、実にかわいらしくて…」
そう、言われると、絶句した…
これまで、一度も、聞いたことがない言葉だった…
私は、これまで、散々、きれいだとか、美人だとか、言われたが、かわいらしいは、なかった…
理由は、簡単…
私は、可愛くないからだ(涙)…
いわゆる、正統派の美人顔…
著名人で言えば、フリーアナウンサ―の近藤サトさんの、若い頃に似ている…
近藤サトさんは、完璧な美人…
非の打ちどころがない、美人だ…
だが、可愛くはない…
キレイだが、決して、可愛くはない…
それと、同じ…
私も、僭越ながら、近藤サトさんと、同じだ…
だから、そんなことを、言われたことは、なかった…
可愛いなんて、言われたことは、なかった…
そういうことだ…
だから、つい、
「…そんなこと…言われたことない…」
と、呟いた…
ポツリと呟いた…
大人の女のやることではない…
32歳にもなった、大人の女の言うセリフではない…
自分でも、思った…
それゆえ、自分でも、言うんじゃ、なかったと、悔やんだ…
これが、ナオキの前なら、いい…
藤原ナオキの前なら、いい…
藤原ナオキは、私の事実上の夫…
内縁の夫に、近いからだ…
シングルマザーだった母が、亡くなり、私は、ひとりぼっちになった…
それゆえ、亡くなった従姉の寿綾乃になりすまして、上京した…
誰も、周囲に、本物の寿綾乃を知る人間が、いないからだ…
だから、なりすました…
そして、なにより、私のルックスは、叔母に近かった…
叔母に、似ていた…
私は、自分の母よりも、母の妹である、叔母に似ていた…
本物の従姉の寿綾乃よりも、叔母に似ていた…
だから、なりすました…
叔母の娘である、寿綾乃になりすました…
また、叔母は、何度も、言うように、私に似ていた…
私のルックスに似ていた…
だから、美人…
それゆえ、建造が、恋した…
この目の前の伸明の血の繋がっていない、父である、建造が、恋した…
本気で、結婚したいと、思うほど、恋したのだろう…
自分で、言うのも、なんだが、美人は、得…
一目で、周囲の注目を引く…
が、
それは、ファーストインパクト…
初対面の印象に過ぎない…
いっしょにいれば、すぐに、性格がバレる(苦笑)…
性格が、良ければ、いいが、いくら、美人でも、性格が悪ければ、すぐに、ひとは、離れる…
自分が、美人だと思って、いつも、お高くとまっていれば、周囲の人間は、引くし、さらに、他人の悪口ばかり、言っていては、周囲の者も、呆れて、寄り付かなくなる…
また、自分で言うのも、なんだが、私以上の美人は、世の中に、それなりに、いるものだ…
私が、この世の中で、一番キレイなわけは、ない(爆笑)…
上には、上がいるものだ(笑)…
また仮に、美人でも、背が低かったり、歳を取っていたり、すれば、モデルのように、背が高く、スタイルのいい女や、若い女に負ける…
そういうことだ…
つまりは、若くて、長身で、スタイルの良い美人でなければ、いけない…
そういうことだ…
いくら、美人でも、歳を取ったら、ダメ…
そういうことだ…
よく50歳で、美人というひとがいるが、それは、50歳前後の女の中では、美人であって、仮に、その美人でも、比べる相手が、30歳だったり、40歳だったり、すれば、負ける…
同じ美人なら、若い方がいいと、大半のひとが、思うからだ…
それゆえ、年齢で、負けるならば、その他の点で、勝負するしかない…
その他の点とは、学歴だったり、人柄だったり、財産だったり…
つまりは、たとえ、美人に生まれても、どんな女でも、いつまでも、美人でいられないということだ…
歳を取るということだ…
当たり前のことだ…
そして、その美人というアドバンテージがなくなれば、他の普通のルックスの持ち主たちと、同じとなる…
が、
その点を理解していない、女が、この世の中には、多い…
実に、多い…
そして、それは、かくゆう私も同じ…
私、寿綾乃こと、矢代綾子も同じ…
同じだった…
まったく同じだった…
そして、私が、そんなバカなことを、いつまでも、考えていると、伸明が、考え込んでいた…
なにやら、考え込んでいた…
私は、どうしたんだろ?
と、思った…
だから、
「…伸明さん、なにを、考えているの?…」
と、聞いた…
図々しく、聞いた…
もしかしたら、今、キスをしたばかりだからかも、しれない…
それゆえ、伸明と距離が、縮んだと、無意識に、私は。思ったのかも、しれない…
しかし、それなら、伸明とセックスをしたら、どうなるか?
きっと、自分でも、信じられないくらい、図々しくなるかも、しれない(爆笑)…
一度、セックスをしただけで、女房面…
そんなバカな女に、自分も、なるかも、しれない…
私は、思った…
私は、考えた…
我ながら、自分が、怖くなる…
もし、そんな女になると、思ったら、怖くなる(苦笑)…
実に、怖くなる(笑)…
私が、内心、そんなことを、思っていると、伸明が、
「…寿さん…」
と、真剣な顔で、私に話しかけて来た…
「…なに?…」
と、私は、応じた…
相変わらず、我ながら、図々しい…
一度、キスをしただけで、コレだ…
自分でも、図々しいと、思うのだが、つい、女房面をしてしまった(笑)…
我ながら、距離感が、おかしくなっている…
私と伸明の距離感が、おかしくなっている…
やはり、コレは、今、キスをしたから…
この伸明と、キスをしたから、だろうか?
それとも、病気のせい…
軽い脳梗塞のせいだろうか?
頭が、やられたからだろうか?
だから、距離感の取り方が、おかしくなった?
そうだ…
そうに、違いない…
私は、そう、思うことにした…
自分勝手に、そう思うことにした…
すると、伸明が、
「…もしかすると、寿さんを、巻き込むかも、しれない…」
と、意外なことを、言った…
「…巻き込む? なにに?…」
私は、聞いた…
短く、聞いた…
やはり、コレが、いい…
短く、言うのが、いい…
うまく、話せる…
私が、そう、思っていると、
「…ボクの結婚…」
と、伸明が、明言した…
「…伸明さんの結婚?…」
バカみたいに、オウム返しをした…
「…もっと、言えば、ボクの嫁選び…」
「…」
「…我ながら、笑ってしまう…40歳を過ぎた男の嫁探しなんて…友人には、とっくに、中学生になった息子や、娘がいるやつもいるのに…今さら、嫁探しなんて…」
「…」
「…でも、これも、おおげさに、言えば、五井家の当主になった宿命かな…」
「…宿命…」
「…当主は、背負うものが、多い…だから、亡くなった父のように、早く結婚するか、あるいは、晩婚かの、どっちかになる…」
「…」
「…要するに、早く結婚しないと、一族から、なんだ、かんだと、横やりが入る…いや、父は、若く結婚しても、一族から、横やりが入った…だから、早く結婚しても、遅く結婚しても、同じか…」
「…」
「…ホントは、和子おばさまが、体調を崩されなければ、寿さんと、結婚したかったんですが…」
…ウソ!…
…私と結婚?…
…私が、伸明さんと結婚?…
…五井の当主と、結婚?…
叫び出したい気分だった…
たしかに、この伸明や、和子から、結婚をほのめかされるというか…
寿さん、ならと、言われたことは、数知れず…
でも、言われた自分は、どこか、上の空というか…
現実感がなかった…
なにしろ、相手は、五井の当主…
五井の若き当主だ…
私風情の女が、知り合ったこと自体が、すでに、奇跡…
ありえないことだったからだ…
そんなすごい人物から、結婚うんぬんと、言われても、実感が、沸かない…
現実感が、ない…
だから、だった…
が、
今は、違った…
現実感があった…
きっと、これは、軽い脳梗塞で、入院しているから…
あるいは、今、キスをしたばかりだから…
原因は、わからない…
わけは、さっぱり、わからない…
でも、なぜか、真剣に受け止めれた…
伸明の求婚を、真剣に受け止めれた…




