寿綾乃という女 第4部 10
が、
私が、そう、思っていると、伸明が、
「…西家が、今、ボクに近付いてきます…」
と、伸明が、告げた…
「…五井西家が、ボクに、結婚を強要してきています…和子おばさまの不在を狙って…」
「…」
「…実にあざといというか…まあ、この歳で、和子おばさまに、守られている自分も歯がゆいというか…情けないというか…」
「…」
「…でも、事実です…現実です…」
「…」
「…そして、今、その現実が、近付いてくる…その現実に、ボクは、怯えているわけです…四十を過ぎた男が、怯えているわけです…」
「…」
「…我ながら、情けない…実に、情けない…」
「…」
「…それも、これも、ボクが情けないから…独り立ちできないから…」
伸明が、苦笑いを浮かべながら、言う…
「…たぶん、だから、ボクは、寿さんに、憧れる…強い寿さんに、憧れる…」
仰天の告白をした…
目の前の五井の当主が、仰天の告白をした…
が、
私は、驚いた半面、さもありなんとも、思った…
どこか、既視感がある光景というか…
私にとって、よくある光景だった…
あるあるだった(爆笑)…
弱い男は、強い女に憧れる…
これは、おそらく本能…
本能のせい(爆笑)…
仮に、見かけは、強く見える男でも、ホントは、弱い…
きっと、どこか、弱いところがある(笑)
…
性格が弱いところがある…
見かけは、誰が見ても、ヤクザのようなこわもてだったり、しっかりして、見えても、中身は違う…
中身は、小心者…
だから、惹かれる…
強い女に、惹かれる…
弱い自分を、支えてもらいたいからだ…
強い女に、支えてもらいたいからだ…
そして、これは、私の実体験でも、ある…
私の事実上の内縁の夫だった、藤原ナオキは、弱かった(爆笑)…
私に弱かった…
私に頭が上がらなかった…
そして、そんなナオキが、結婚していた女が、ユリコ…
あのユリコだ…
私の天敵のユリコだ…
とんでもなく、気が強いユリコだ(爆笑)…
つまり、本質的に気の弱いナオキは、強い女を選ぶ…
自分の妻に強い女を選ぶ…
その典型だった…
弱い男の典型だった(爆笑)…
もちろん、ナオキは、この伸明同様、スマート…
長身で、イケメン…
決して、弱くは、見えない…
なにしろ、従業員千人を抱えるFK興産の操業社長…
弱ければ、会社など、経営できないからだ…
だから、見かけは、弱くは、ない…
見かけは、弱く、見えない…
しかし、性格に弱いところがある…
それは、いっしょに暮した経験がある、私には、わかる…
また、会社でも、社長と社長秘書という関係で、身近に、藤原ナオキという男を見てきた…
だから、わかる…
ナオキの性格的な弱さがわかる(苦笑)…
そして、それは、たぶん、目の前の伸明も。同じ…
ナオキと同じだ…
どこか、性格的に弱い部分があるのだろう…
だから、私に憧れる…
強い、私に憧れる(苦笑)…
そして、それは、あの和子が、後ろ盾になっていることを、見ても、明らか…
この伸明の弱さが明らかだ…
伸明が、弱いと思ったから、和子が、後見人になった…
伸明の後見人になった…
強い和子が、伸明の後見人になった…
それが、この諏訪野伸明という男の真実…
真実だ…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、そんなことを、考えていると、伸明が、
「…また、来ます…」
と、突然、言った…
「…また、今度、来ます…今日は、失礼しました…」
と、ペコリと、ベッドの上で、寝ている私に挨拶をして、病室を出ようとした…
私は、思わず、
「…伸明さん…」
と、呼んだが、伸明は、軽く、手を上に挙げて、挨拶をするだけで、私に振り向きもせずに、病室を出て行った…
そんな伸明の後ろ姿を見て、つい、
「…ちぇ! 伸明のヤツ…」
と、文句を言った…
つい、文句を言ったのだ…
そして、つい、口に出してしまってから、
…しまった!…
と、思った…
なぜ、しまったと、思ったのか?
それは、自分でも、気付かぬうちに、伸明を、身近に感じてきたというか…
まるで、伸明と、自分が、親密な関係になったと、自分でも、気付かぬ間に、思ったのでは、ないか?
図々しくも、そう、思ったのでは、ないか?
あらためて、そう、思ったのだ…
たかだか、キスをしたぐらいで、そう、思ったのだ…
これでは、一体、伸明と、一度でも、セックスをしたら、どうなる?
きっと、自分でも、驚くほど、伸明の女房面になるのでは、ないか?
そして、なにより、そんな女は、バカな女の典型…
これまで、散々、自分が、バカにしてきたバカな女の典型だった…
にもかかわらず、まさか、今、自分が、そんなバカな女の典型になるなんて…
ビックリした…
自分でも、自分にビックリした…
同時に、
呆れた…
自分自身に呆れた…
自分自身に、ほとほと、呆れた…
まさか、自分が?…
こんなことは、世の中には、よくあることだが、まさに、まさか、だ…
まさに、自分が、これほど、バカな女だとは、思わなかった…
まさか、自分が、ここまで、バカな女だとは、気付かなかった…
これでは、笑えない…
世間に、ごまんといるバカな女を笑えない…
私は、思った…
思ったのだ…
退院は、思ったより、遅かった…
なかなか、退院の許可が、下りなかった…
やはり、それは、私が、癌患者だから…
今回の軽い脳梗塞とは、別に、癌患者だから…
今回の脳梗塞とは、別に、病気を抱えているから、かも、しれない…
しかし、実は、それでも、良かった…
なぜ、良かったのか?
実は、今、私は、無職…
無職だ…
だから、今、働いていない…
正確には、以前、勤めていたFK興産の、非常勤取締役…
要するに、いつも会社に出社しなくても、会社から、一定の報酬を得られる立場(笑)…
社長のナオキが、以前、私を、その地位に、してくれた…
私とナオキは、FK興産が、創業した当時からの仲間…
わずか、数人で、始めた、小さな会社だった頃からの仲間…
いわば、仕事仲間だった…
会社が、大きくなり、ナオキは、社長…
私は、社長秘書となっても、関係は、変わらなかった…
仕事仲間という意識は、変わらなかった…
プライベートでは、最初は、男女の関係だったが、仕事が、軌道に乗り、会社が、見る見る大きくなっていく過程で、ナオキの女遊びが盛んになり、ナオキは、私と、ナオキの息子のジュン君と住む、マンションを出た…
その方が、女を自宅に誘いやすかったからだ…
だから、ナオキは、家を出た…
が、
会社での関係は、変わらなかった…
社長と社長秘書という関係は、変わらなかった…
しかしながら、私が、会社を、退職して、生活に困ると思ったのだろう…
ナオキが、私を、FK興産の非常勤の取締役にしてくれた…
非常勤の取締役ならば、出社の必要がないからだ…
要するに、私にお金を、与える名目が、欲しかった…
そのために、非常勤の取締役に私を就任させた…
そういうことだ…
そして、ナオキが、そう仕向けた原因の一つは、私だけではない…
私だけではない、五井に原因があった…
今、病室を出て行った諏訪野伸明率いる五井に、原因があった…
五井が、FK興産に出資したのだ…
FK興産の株主になったのだ…
それは、一体、どういうことか?
FK興産に出資することで、FK興産は、正式に五井グループの仲間に入ったことになる…
そして、それは、FK興産が、今まで以上に、世間で、認められ、会社の規模を拡大するチャンスに恵まれることを、意味したが、同時に、創業社長のナオキの権限は、大幅に、縮小される…
それより、なにより、それを契機に、FK興産は、五井グループに組み込まれる危険が、大きくなった…
それは、なぜか?
それは、伸明が、実績を欲しているから…
五井家の当主就任の実績を必要としているからだ…
FK興産は、たかだか、従業員が、千人程度の会社…
天下の五井からすれば、吹けば飛ぶようなチンケな会社だが、それでも、そんなチンケな会社でも、ないよりは、マシ…
伸明の力で、五井グループに組み込んだ実績となる…
だから、ナオキは、FK興産が、五井の資本を、受け入れる前に、私を、FK興産の非常勤の取締役にしてくれた…
さもないと、五井の資本を受け入れてからでは、社長のナオキの権限が、大幅に縮小される危険があるからだ…
だから、その前にした…
その前に、私を取締役にした…
私は、今、それを、思い出した…
思い出したのだ…
そして、
そして、だ…
いまさらながら、ナオキを思った…
私の事実上の夫であった、藤原ナオキを思った…
なぜ、私の見舞いにやって来ないのかを、思った…
これは、不思議…
実に、不思議だった…
おそらく、私の身の上を、この世の中で、誰よりも、一番、思ってくれるのは、ナオキ…
藤原ナオキ以外に、いない…
いまさらだが、伸明では、ない…
今、この病室を出ていったばかりの、五井の総帥の諏訪野伸明ではない…
藤原ナオキだ…
FK興産の藤原ナオキだ…
私のナオキのつながりが、強固なのは、会社の社名に現れている…
FK興産という社名に現れている…
Fは、藤原ナオキのF…
Kは、私、寿綾乃のK…
最初は、違う社名だったが、会社が、大きくなって、社名を変えた…
私と、ナオキのイニシャルを、つける社名に変えた…
もちろん、周囲の者は、知らない…
中には、知るものも、いたかも、しれないが、知らないフリをしたからだ…
社長のナオキに逆らって、クビにでも、なったら、たまらないからだ…
だから、知らないフリをした…
実に、賢明な判断だ(笑)…
それに、なにより、ナオキ自身も、まさか、FK興産という社名が、私とナオキの頭文字をとって、決めたなんて、公の場では、決して、口にしない…
なにか、適当なことを、言って、ごまかした…
つまりは、それほど、私とナオキは、深い仲…
切っても切れない仲だった…
が、
そのナオキが、私の見舞いに来ない…
どうして、見舞いに来ないのか?
不安が、高まった…
実に、高まった…




