寿綾乃という女 第4部 11
そう言えば…
そう言えば、あの伸明も、ナオキのことは、口にしなかった…
伸明は、ナオキの親友…
いや、
親友と言うほど、親しくは、ない…
親友と言えるほど、長い付き合いではない…
二人が、知り合ったのは、伸明の父の建造が亡くなったとき…
葬儀の場で、初めて会った…
いや、違うか?
たしか、建造の葬儀が終わってから、わざわざ、私とナオキが、出席したお礼に、会社にやって来た…
そのときかも、しれない…
いずれにしろ、それほど、長い付き合いではない…
せいぜい、ここ一年程度の付き合いに過ぎない…
しかしながら、二人は、うまがあった…
傍から見ても、うまがあった…
気が合った…
二人とも、長身のイケメン…
が、
基本、二人とも、おとなしめ系というか…
いわゆる、オレが、オレが、と、前に出るタイプではない…
言葉は、悪いが、悪い意味で、関西系ではない(苦笑)…
大阪系ではない(苦笑)…
図々しくはない…
こう言うと、大阪出身や、大阪在住の方に、叱られてしまうかも、しれないが、どうしても、大阪と言うと、図々しいイメージがある(爆笑)…
まあ、私個人で言えば、いかにも、大阪系という人間は、ほとんど、見たことがない…
真逆に、ほとんど、見たことがないと、言うのは、少数ながら、見たこともあると、いうことだ(爆笑)…
そして、見たことがある人間は、強烈だった…
実に、強烈だった…
ザ、関西人という感じだった(爆笑)…
が、
その人間以外、そんな強烈な人間は、お目にかかったことがない…
真逆に言えば、その人間は、きっと、地元の関西でも、浮いていただろう…
周囲に馴染めなかっただろう…
それほど、強烈だった(爆笑)…
話が、若干、それた…
いつものことだ…
つまり、私が、言いたいのは、二人とも、本質的に、おとなしいということだ…
だから、二人とも、気が合った…
そういうことだ…
しかしながら、さっき、この病室にやってきた伸明から、ナオキの話は、聞かなかった…
一切、聞かなかった…
これは、一体、どういうことか?
やはり、ナオキの身になにか、あったのか?
心配になった…
何度も言うが、ナオキが、私の見舞いにやって来ないわけは、ないからだ…
だから、心配になった…
実に、心配になった…
ナオキの身になにか、あったのでは、と、心配になった…
そういうことだ…
が、
まもなく、それは、杞憂に終わった…
藤原ナオキが、私の病室に、やって来たのだ…
遅れて、やって来たのだ…
「…ごめん、綾乃さん…」
ナオキは、病室で、私の顔を見るなり、そう、言った…
私は、思わず、笑ってしまった…
心の中で、笑ってしまった…
が、
それを、態度に出すことは、なかった…
真逆に、わざと、怒った顔をした…
わざと、怒った顔をして、
「…遅いゾ…ナオキ…アナタ、これまで、一体なにをしていたの?…」
と、叱った…
わざと、叱った…
そして、これは、ナオキが、遅く見舞いに、やって来たのが、幸いした…
なぜなら、伸明が、やって来たときよりも、もっと、うまく、喋れるように、なったからだ…
ナオキにとっては、災難だが、ナオキを叱ることで、私は、自分の滑舌を確かめることが、できた(苦笑)…
きちんと、うまく、喋れるか、否か、確かめることが、できた…
ナオキにとっては、可哀そうだが、仕方がない…
私の滑舌の練習相手になってもらうほかはない(苦笑)…
そう思いながら、一方で、私は、このナオキを前にしたときは、実に、自分が、ナオキに対して、わがままになれると、思った…
この藤原ナオキに対しては、自分が、実に、生き生きとすると、思った…
自分が、遠慮せずに、ものを言えるからだ…
だから、生き生きとする…
遠慮なく、ものを、言えることが、なにより、嬉しい…
伸明と話すときは、言葉を選ぶ…
なにしろ、相手は、五井の当主…
日本、いや、世界に知られた五井のリーダーだからだ…
だから、言葉を選ぶ…
自由奔放には、話せないからだ…
そして、そんなことを、思うと、我ながら、私は、このナオキが、好きなんだと、気付いた…
どんなに、相手が、イケメンや、男なら、相手が、美人でも、遠慮なく、ものを、言える関係でないと、疲れる…
気疲れする…
が、
ナオキには、それがない…
実に、それが、ない…
私は、あらためて、思った…
しみじみと、思った…
が、
当然、ナオキは、知らない…
私が、そんなふうに、思っていることを、知らない…
私が、怒っていると、思っている…
私が、本気で、怒っていると、思っている…
ナオキは、私の叱責に、
「…ごめん、綾乃さん…」
と、再び、謝った…
が、
私は、それを、許さなかった…
「…ごめんじゃないでしょ? 一体、いつまで、私を、待たせるの!…」
と、叱った…
「…男は、女を待たせるものじゃ、ないでしょ?…」
と、重ねて、叱った…
いつものことだ(笑)…
ボクシングで、言えば、ジャブ…
いつも、ナオキには、ジャブを放っている(笑)…
いつも、ジャブを見舞って、ナオキをイジメている(苦笑)…
ナオキは、私が、叱ると、
「…ごめん…」
と、繰り返した…
すると、さらに、私は、ナオキに、
「…ごめんじゃ、ないでしょ?…」
と、叱った…
「…もう最初に謝ったんだから、次は、私の見舞いに遅れた理由を話しなさい!…」
私は、命じた…
ナオキは、FK興産の社長…
対する、私は、社長秘書…
いや、
今は、社長秘書ではない…
FK興産の非常勤の取締役だ…
が、
いずれにしても、ナオキより、格下…
社長のナオキより、明らかに、格下だ…
にもかかわらず、私は、今、ナオキより、格上…
誰の目から見ても、格上だ…
これは、明らかに、おかしいが、これは、病室だから、できる…
あるいは、プライベートだから、できる…
ぶっちゃけ、病室に、二人だけでいるから、できる…
会社では、できない…
他の社員の目があるからだ…
だから、できない(笑)…
ナオキは、私の怒りに圧倒されたのか、しゃべらない…
だが、それが、一層、私の怒りに火をつけた…
「…ナオキ、どうして、なにも、言わないの?…」
と、火をつけた…
「…それは…」
「…それは、なに?…」
「…実は、今、ボクに縁談が、持ちあがっているんだ…」
「…えっ? 縁談?…」
ビックリした…
まさか、ナオキに縁談が、持ちあがっているなんて、夢にも、思わなかった…
が、
その縁談が、持ちあがったのと、私の見舞いにやって来なかったのは、話が、別…
別だ…
なんの関係もない…
それゆえ、私は、腹が立った…
無性に、腹が立った…
だから、私は、
「…ナオキ…アナタの縁談と私の入院は、別でしょ?…」
と、言ってやった…
「…いくら、アナタに縁談の話が、持ちあがっても、それが、どうして、私の見舞いにやって来ないことと、関係があるの?…」
「…それは…」
「…それは、なに?…」
「…会社の株主の意向なんだ?…」
「…株主って?…」
「…大株主の意向…」
「…大株主の意向って、それって、まさか?…」
「…その、まさかさ…」
「…もしかして、五井?…」
「…その通り…」
「…でも、五井が、なぜ、ナオキの縁談を?…」
「…きっと、ボクを五井に取り込むためさ…」
「…」
「…あるいは、綾乃さんが、諏訪野さんと、結婚できるようにするためさ…」
「…なに? どういうこと?…」
「…ボクが、結婚すれば、綾乃さんは、フリーになる…だから、諏訪野さんと、結婚できる…それが狙いさ…」
「…そんなバカな…」
「…バカなことじゃないさ…」
「…」
「…しかも、ボクの縁談の相手は、五井一族…」
「…えっ? ウソ?…」
「…ホント…」
「…」
「…相手が、五井の一族じゃ、断れないだろ? だから、悩んで…それに、仕事も忙しくて、綾乃さんの見舞いにやって来れなかった…」
「…」
「…いずれにしても、想定外…綾乃さんが、倒れて、入院したのも、想定外だし、ボクに、五井一族と結婚しないかと、縁談を持ち込まれたのも、想定外…予想もしないことだった…」
「…」
「…だから、悩んだ…どうしていいか、わからず、悩んだ…」
「…それって、もしかして、FK興産の株を買い増して、完全に、五井の支配下に置きたいから…」
「…たぶん、そうだと思う…」
「…」
「…それで、ボクに、五井の一族と縁談しないかと、持ちかけて来た…仮に、ボクが、五井の一族の女性と結婚すれば、FK興産の株を買い増して、完全に、五井の子会社にするつもりだろう…誰にも、わかる話だ…」
「…」
「…なにしろ、五井の一族と結婚するんだ…これ以上、ボクに礼を尽くすことは、ありえないよ…」
「…どういう意味?…」
「…だって、五井だよ…その気になれば、FK興産の株なんて、簡単に買い増すことが、できる…それが、わざわざ、ボクを五井の一族と結婚させた上で、FK興産を、手に入れようとしている…つまり、ボクに最大限の敬意を表してくれたわけだ…」
「…」
「…だから、悩んだ…どうして、いいか、わからず、悩んだ…」
ナオキが、激白した…
私の事実上の夫が激白した…




