寿綾乃という女 第4部 88
そして、つくづく、思ったのは、思いがけない話をした…
学歴の話をした…
そう、思った…
そう、思った…
私自身、学歴に、コンプレックスがないかと、問われれば、あると、答えるだろう…
なにしろ、私は、高卒…
大学も、出ていないからだ…
だから、ある…
学歴コンプレックスがある…
そして、また、同じように、このナオキも、コンプレックスがある…
学歴や、生まれに対するコンプレックスがある…
そう、思った…
私自身、学歴に、コンプレックスがあるが、それほどではない…
それは、たぶん、私が、最初から、大学に、通う選択肢がなかったから…
それに尽きる…
田舎から出てきて、蜘蛛の糸より、細い関係の親戚の家を訪ねた…
が、
当然、うまくいかない…
なにしろ、それまで、ほとんど、交流がなかったひとたちだ…
私は、なけなしのお金で、アパートを借り、アルバイト先を探した…
それが、ナオキの経営する会社だった…
ナオキが、大学の友人たちと、立ち上げたばかりの会社だった…
コンピュータの修理を扱う会社だった…
私は、そこで、会社の雑務を経験した…
なにしろ、まだ女子高生だったから、難しいことは、できない…
それゆえ、雑務…
さまざまな雑務を経験した…
そして、私にとって、運が、良かったのは、ユリコが、家を出て行ったこと…
ナオキの妻だったユリコが、家を出て行ったことだった…
おそらく、私とナオキの関係に気付いたのだろう…
私が、まだ、当時、女子高生だったにも、かかわらず、ナオキと男女の仲になったことに、気付いたのだろう…
私とナオキは、気が合った…
初対面から、気が合った…
だから、自然と、男女の関係になるのに、時間がかからなかった…
恋もなにも、ない…
恋愛も、なにも、ない…
ただ、自然と男女の関係になった…
そこに、違和感は、まるでなかった…
つまりは、それほど、気が合ったということだ(笑)…
そして、それに、気付いたユリコが、家を出て行った…
幼いジュン君を残して、出て行った…
それゆえ、ナオキは、困った…
幼いジュン君の面倒を、見る者が、いなくなったから、困った…
そして、これもまた、自然に、私が、ユリコの代わりに、ジュン君の面倒を見るべく、ナオキの家に転がり込んだ…
自分の住んだアパートを解約して、ナオキの家に住んだ…
思い返せば、それが、私とナオキの始まりだった…
いや、
私とナオキ、そして、ジュン君の始まりだった…
これが、すべての始まりだった…
今に繋がる、すべての始まりだった…
会社を立ち上げて、それから、まもなく、ITバブルが、起こった…
日本中で、ITバブルが、起こった…
会社は、急成長…
最初は、ナオキが、大学の友人たち数人で、起業した小さな会社が、ITバブルの波に乗り、急成長した…
5人が、10人になり、それから、20人になった…
それが、どんどん、大きくなり、50人、100人と、急成長…
それからが、早かった…
会社の規模が大きくなるにつけ、募集人員が、増えるからだ…
それから、倍々規模というと、大げさだが、いつのまにか、従業員が、千人を超える今の規模になった…
その中で、私もまた、懸命に働いた…
まもなく、ジュン君が成長して、手がかからなくなったのが、大きい…
会社もまた、ナオキのような素人が数人で、始めた会社だったが、企業規模が、大きくなるにつけ、外部から、人材を募集した…
そうでなくては、どうやって、会社を大きくして、運営していくのか、わからなかったからだ…
私のやっていた秘書業務もまた、わからない…
結局、会社が大きくなり、銀行や、証券会社と、付き合うようになり、そこから、人材を紹介してもらい、会社を大きくした…
そうでなければ、どうやって、会社を運営していくのか、皆目、わからないからだ…
例えば、5人で、運営していくのは、いい…
会社の売り上げから、それぞれの立場で、利益を分ければ、いいからだ…
が、
規模が、大きくなれば、そうは、いかない…
会社の仕組みを作る人間が、必要になる…
そんな人材を、取引のある、銀行や証券会社の紹介で、FK興産に招いたわけだ…
その過程で、私も、ナオキも、さまざまなひとたちと、接した…
私もだが、世の中、実に、いろいろな人間が、いると、思ったものだ…
とりわけ、ナオキは、そうだったろう…
なにしろ、ナオキは、私と違い有名大学卒…
高卒の私とは、違う…
なにが、違うのか?
それは、学歴…
そして、学力と、仕事の能力…
それを、さまざまなひとたちと、いっしょに、仕事をして、実感したと、思う…
私には、わからないことを、実感したと、思う…
正直、まだ、高校生だった私には、Aさんと、Bさんの違いが、わからない…
例えば、早稲田を出たひとと、日大を出たひとの違いは、わからない…
ただ、ナオキには、それは、一目瞭然だったろう…
が、
学歴が、劣っていても、必ずしも、仕事で、劣っているとは、限らない…
学歴=仕事の能力ではないからだ…
それは、だんだんと、私にも、わかるようになった…
私も歳を重ね、だんだんと、わかるようになった…
そして、そんな積み重ねから、さっきのナオキの発言になったのだろう…
会社を一から、立ち上げ、従業員が千人を超えるまでに、成長させた…
その過程で、さまざまなひとたちと接した…
それが、あの発言になったのだろう…
家柄や学歴の発言になったのだろう…
私は、思った…
私は考えた…
そして、そんなことを、考えていると、ナオキが、ポツリと、
「…綾乃さん、わかったよ…」
と、言った…
いきなり、言った…
私には、意味が、わからなかった…
なにが、
…わかったのか…
わからなかったからだ…
それゆえ、
「…ナオキ、なにが、わかったの?…」
と、聞いた…
当たり前だった…
「…ボクを監禁した、伊豆の別荘の持ち主…」
ナオキが、薄ら笑いを浮かべながら、言う…
「…どうして、わかったの?…」
「…ネットで、伊豆の別荘を検索して、自分が、監禁された別荘を探したり、今、仕事で、知り合った、お金持ちたちからも、色々、聞いたりした…」
「…」
「…その結果、わかった…」
「…誰?…」
「…五井北東家…団郁馬…」
ナオキが、言った…
あの昭子と、同じことを、言った…
私は、やはり、そうか、と、思った…
ナオキの言葉に、すぐに納得した…
そして、そんな私の態度が、出たのだろう…
「…綾乃さん、驚かないね?…」
と、私に、聞いてきた…
「…今日、昼間、聞いたのよ…」
「…聞いた? なにを、聞いたの?…」
「…ナオキ…今、アナタが言ったことと、同じこと?…」
「…ウソ?…」
「…ホント…今日、昼間、諏訪野昭子さんと、会ったの…」
「…諏訪野昭子さん?…」
「…ほら、今、五井記念病院に入院中の五井の女帝、諏訪野和子さんの双子のお姉さん…伸明さんのお母様…」
「…諏訪野さんの、お母様? そんなひとが、どうして、綾乃さんに、会いに来たの?…」
「…たぶん、五井の女帝、和子さんが、倒れたからだと、思う…」
「…どういうこと?…」
「…あの昭子さん、伸明さんのお母様…五井を追放されたでしょ?…」
「…五井を追放って?…」
「…過去に、色々ゴタゴタがあって、五井を出て行ったの…双子の妹の和子さんの指示で…」
「…」
「…それが、戻って来た…」
「…どうして、戻って来たの?…」
「…五井の危機だから…息子の伸明さんの危機だから…」
「…諏訪野さんの危機?…」
「…伸明さんも、ナオキも、偽の結婚情報を流されたでしょ? テレビやネットで、流されたでしょ?…」
「…」
「…すぐに、誤報だと、言うことで、一回だけ、流して、後は、流さなかった…それを、流したのが、北東家…五井北東家の当主、団郁馬…」
「…綾乃さん、どうして、それが、わかったの?…」
「…今、言った、伸明さんのお母様の昭子さんが、教えてくれたの…」
「…」
「…その北東家の当主、団郁馬さんは、伸明さんのお父様である、建造さんに、恨みが、あるらしい…」
「…恨み?…」
「…なんでも、建造さんが、当主のときに、五井の統制を取るために、尽力した…その中で、その北東家の当主と、色々あったらしい…」
「…色々って、どんなこと?…」
「…具体的には、北東家は、東都テレビのオーナー…東都新聞を持っている…メディアを支配している…」
「…」
「…それで、その北東家の当主は、五井での北東家の序列に不満だったらしい…」
「…序列に不満って?…」
「…五井は、本家を除けば、東西南北の分家が、本家の下にある…五井の株の配分ね…本家が、30%、東西南北の分家が、それぞれ、10%、合わせて、全体の70%を支配している…残りを、五井十三家の内の8家が、持っている…つまり、下位グループね…五井北東家も、その順位…その立ち位置…それが、気に入らないらしい…」
私が、説明すると、ナオキが、黙った…
黙って、考え込んだ…
それから、少しして、
「…なるほどね…」
と、答えた…
笑って、答えた…
「…それで、諏訪野さんに、意地悪をしたわけだ…嫌がらせをしたわけだ…」
「…意地悪って?…」
「…その北東家のひとが、今回の諏訪野さんの、見合いをセッティングしたんだろ?…」
「…いえ、見合いは、西家…五井西家のひとよ…」
「…でも、その西家の背後に、その北東家のひとがいる…あるいは、その西家のひとと、タッグを組んでいる…」
「…ナオキ…それ、誰から聞いたの? ひょっとして、伸明さんから…」
「…まあね…」
ナオキが、笑った…
意味深に、笑った…
「…それに、たぶん、今、綾乃さんが、知らない情報を、ボクは、持っている…」
ナオキが、意味深に、言った…
実に、意味深に言った…




