寿綾乃という女 第4部 83
あの昭子の人生は、お世辞にも、平たんなものでは、なかっただろう…
人生は、平たんな方が、いい…
段差がない方が、いい…
ジェットコースターのような人生は、見る者は、楽しいが、それを、やる人間は、たまったものでは、ないからだ…
あの昭子は、お金持ちの家に生まれ、奔放に生きた…
その反動だろうか?
三人、産んだ息子の内、二人までも、自死した…
が、
ホントは、それは、昭子には、関係ないことかも、しれない…
なぜなら、自死したのは、二人のせいだからだ…
そこに昭子は、一ミリも、関わって、いないからだ…
が、
ひとは、そうは見ないものが、大半…
やはり、母親が、奔放に生きたから、その結果、息子が、そうなったと、思うものが、大半だろう…
正直、それと、これとは、違う…
因果関係は、ないと、思う…
が、
世間は、そうは、見ない…
そう、考えるのが、普通だ…
私は、あらためて、あの昭子のことを、思った…
私から、見れば、あの昭子は、十分、冬馬のために、生きた…
冬馬のために、行動した…
一度は、五井東家を追放したが、すぐに、今度は、あの菊池リンと、結婚させることで、東家に戻そうとした…
五井東家の当主になることは、認めないが、五井東家に復帰することは、認めた…
いずれ、東家の当主に、菊池リンを就任させ、その夫として、東家に復帰させようとした…
私は、それを、見て、ピンときた…
なにか、あると、ピンときた…
つまりは、冬馬を救いたかった…
昭子は、どうしても、冬馬を救いたかったということだ…
常に嫌っているフリをしていたが、実は、冬馬を救おうとしていた…
それゆえ、なにか、ある?
そう、ピンと来た…
結果、二人は、母子だと、わかった…
血の繋がった実の母子だと、わかった…
が、
それは、冬馬が、死んだ後のこと…
結局、昭子は、五井家から、追放された…
自分の双子の妹である、和子から、五井を出て行けと、命じられた…
和子は、五井の女帝…
逆らうことは、できなかった…
本来、両親から、表舞台に立つな!
と、厳命された昭子が、おそらく、初めて、表舞台に立った…
自分の息子のために、立った…
冬馬のために、立った…
その結果だった…
そして、昭子は、甘んじて、その処分を受け入れた…
そして、五井家を去った…
にも、かかわらず、今日、会った…
私と会った…
やはり、それは、和子が倒れたから…
自分の双子の妹が、倒れたからに、相違なかった…
私は、あらためて、それを、思った…
そして、また、今日のことを、考えた…
いや、
今日のことだけでは、ない…
これまでのことを、振り返った…
あの長谷川センセイは、冬馬が、スカウトして、五井記念病院に、勤務した…
勤務=転職した…
それを、当時、私に話した…
そして、冬馬の学生時代の同級生だと、告げた…
その繋がりで、冬馬は、長谷川センセイを知っていたわけだ…
だから、長谷川センセイを、スカウトした…
と、その話を聞いたときは、納得したが、やがて、あの長谷川センセイは、五井西家の末裔だと、知った…
五井西家の血を引くものだと、知った…
それゆえ、冬馬の動向に、詳しいのだと、あの後、納得した…
いかに、冬馬が、五井一族といっても、金持ちの集まる学校で、そこまで、冬馬の動向に、目を光らせているのは、おかしい…
冬馬の動向に、敏感になるのは、おかしい…
要するに、長谷川センセイは、五井西家の子孫であるから、同じ五井の血を引く、冬馬のことが、気になって仕方がなかった…
そういうことだった…
そして、あの長谷川センセイの野心というか、悲願…
それは、五井家に復帰することだった…
いや、
五井家に復帰するのは、難しいが、五井家に認められること…
それが、長谷川センセイの悲願だった…
長谷川センセイは、五井西家の血を引くが、もはや、五井西家とは、なんの関係もなかった…
おそらく、五井西家の傍流出身なのだろう…
例えば、五代前の先祖が、五井西家の人間だとしても、その四男に生まれたり、さらに、その四男の次女に生まれたりすれば、どんどん血が薄くなる…
その結果、五井西家とは、なんの関係もなくなる…
そういうことだ…
だから、悲願…
五井一族に認められことが、あの長谷川センセイの悲願だった…
そして、今回、その機会が、訪れた…
偶然かどうかは、知らないが、あの西家当主が、五井記念病院で、長谷川センセイと知り合い、意気投合…
当主の伸明の縁談相手として、長谷川センセイの妹のハルカを連れて来た…
そういうことだった…
あのハルカは、たしかに、キレイだった…
ルックスが、良かった…
そして、それを、思えば、あの長谷川センセイも長身のイケメン…
驚くことでは、ないかも、しれない…
兄がイケメンなのだから、妹も美人…
それゆえ、驚くことでも、ないのかも、しれない…
が、
その一方で、伸明は、結婚情報を流された…
偽の結婚情報を、流された…
いや、
伸明だけでは、ない…
ナオキも流された…
偽の結婚情報を流された…
私は、最初、彼女、菊池リンを疑った…
偽の情報を、流した犯人だと、疑った…
なにしろ、あの菊池リンは、元々、マスコミ志望…
それが、祖母の和子の命で、私のいる会社に就職した…
私に近付くために、就職した…
一度、テレビ局で、私を見て、私に憧れたと、言って、私に近付いてきた…
私をテレビ局で見たというのは、ナオキが、週一で、テレビで、キャスターをしていたからだ…
ナオキは、IT企業の社長…
若くて、見た目もいい、社長だ…
それゆえ、テレビで、起用された…
キャスターとして、起用された…
これは、ウィン、ウィン…
ナオキにとっても、テレビ局にとっても、良かった…
テレビとしては、急成長のITの創業社長をキャスターに起用すれば、話題になるし、ナオキにとっては、自分の会社の宣伝になる…
まさに、ウィン、ウィン…
双方にメリットがあった…
話を元に、戻そう…
つまり、だから、私をあの菊池リンは、テレビ局で、見たと言ったのだ…
秘書である、私が、社長のナオキに付き添って、テレビ局に入った…
その姿を偶然、見て、私に憧れたから、FK興産に入社したと言った…
なにしろ、FK興産は、メインバンクが、五井銀行…
菊池リンの入社を頼まれれば、断るわけには、いかないからだ…
だが、今、考えてみれば、おかしい…
なにが、おかしいのか?
それは、彼女、菊池リンが、私に憧れて、入社したというのが、おかしい…
まだ、ナオキに憧れて、入社したというのは、わかる…
ナオキは、四十代前半だが、長身のイケメンだから、わかる…
菊池リンは、大学を卒業したばかり…
まだ、22歳だ…
まあ、22歳の女が、40歳の男に憧れるのも、おかしいか?
それでも、私に憧れるよりは、いい…
32歳の同性の女に憧れるよりは、いい…
その方が、辻褄が合う…
今となっては、そう、思う…
実に、そう、思う…
が、
当時は、気付かなかった…
菊池リンの言葉を少しも、疑わなかった…
それは、やはり、あの菊池リンの才能なのだろう…
誰もが、あの菊池リンの愛くるしい顔で、言われると、納得してしまう…
オジサンでは、なくとも、納得してしまう…
十歳年上の同性の私でも、納得してしまう…
そういうことだ…
そして、今、考えれば、あの菊池リンが、テレビ局志望で、偶然、テレビ局で、私を見たというのも、眉唾物だ…
テレビ局志望だと、言うのは、ウソは、ないかも、しれない…
が、
偶然、私を見たというのは、ウソ…
100%、ウソだろう…
あらためて、思った…
あらためて、考えた…
なにより、テレビ局志望だったら、東都テレビに行けばいい…
東都テレビは、五井系列…
東都テレビの親会社の東都新聞は、五井北東家…
五井北東家の団郁麿が、持っている…
あらためて、思った…
そして、その北東家の団郁麿が、伊豆で、ナオキを幽閉した…
伊豆にある、北東家の別荘で、ナオキをもてなし、そこに幽閉した…
ナオキを別荘から、出られないようにした…
そのうえで、ナオキの結婚情報を流した…
ナオキが、否定できないからだ…
幽閉された状態では、なにも、反論もできない…
それを、狙ったのだ…
そして、同時に、伸明の決婚情報も、流した…
これは、おそらく、五井一族を混乱させるためだろう…
伸明は、まだ、独身…
五井家の当主にも、かかわらず、独身だからだ…
それゆえ、伸明が、誰と結婚するかで、一族のパワーバランスが、崩れる…
今、本家は、東家が、牛耳っている…
それは、伸明の実母の昭子も、伸明の叔母である、昭子の妹の和子も、東家出身だから…
だから、事実上、東家が、牛耳っている…
本家を牛耳っている…
これでは、他家が、おもしろいはずがない…
とりわけ、東家を除いた、西家、南家、北家が、おもしろいはずがない…
なぜなら、この四家は、対等…
力が、対等だからだ…
にもかかわらず、東家だけが、本家と繋がっている…
本家と、密接な関係にある…
それが、おもしろいはずがなかった…
だから、あの西家夫妻が、ハルカを紹介した…
伸明の見合い相手として、ハルカを紹介した…
今回の縁談で、もし、ハルカが、伸明と結婚すれば、西家が力を持つことが、できるからだ…
あのハルカは、長谷川センセイの妹…
長谷川センセイは、西家の末裔…
つまりは、五井一族…
薄まったとはいえ、五井一族の血を引いているからだ…
だから、条件に合っている…
五井一族は、同じ五井一族同士で、結婚しろと、言われた、一族の血の掟に合っている…
四百年も延々と続く、五井一族…
本来は、同じ一族といっても、血の繋がりは、薄い…
もはや、他人並みに、薄い…
それゆえ、それを、案じた、ご先祖が、一族同士の結婚を推奨した…
これ以上、血が薄まれば、一族の団結心が、遠のくからだ…
それを、案じた、ご先祖が、一族同士の結婚を推奨した…
ひどく、納得できる話だ…
仮に、私が、そのご先祖でも、そうしたかも、しれない…
血があまりにも、薄いと、一族といっても、名ばかり…
なにか、あったときに、一族で、まとまれるかは、甚だ、疑問だからだ…
だから、ご先祖は、一族同士の結婚を推奨した…
一族を団結させるためだ…
そして、なにより、一族の結婚で、重要なのが、当主の結婚…
当主である、伸明の結婚だ…
その伸明の結婚が、近い…
伸明の年齢から、考えると、近い…
四十代前半の伸明の年齢から、考えると、結婚が近い…
それゆえ、ゴタゴタが起きないはずが、なかった…
なかったのだ…




