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寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


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82/225

寿綾乃という女 第4部 82

 そして、私が、そう、思っていると、


 「…いずれにしろ、寿さん…」


 と、昭子が、声をかけてきた…


 「…ハイ…なんでしょうか?…」


 「…リンのことは、気にしなくていい…」


 「…どうして、気にしなくて、いいんですか?…」


 「…あの子に、たいしたことは、できない…」


 「…」


 「…仮に、悪党で、言えば、小悪党…本物の悪党には、なれない…」


 「…」


 「…そこまで、悪くは、なれない…それは、やはり、生まれでしょう…」


 「…生まれ?…」


 「…金持ち、ケンカせずって、言うじゃない…」


 そう、言って、昭子は、笑って、ごまかした…


 が、


 しかしながら、私は、昭子の言いたいことが、わかった…


 昭子の真意が、わかった…


 あのリンは、性格は、悪いが、そこまで、悪くはない…


 なぜ、それが、わかるのか?


 それは、リンが、周囲から、愛されて、育ったから…


 これが、本当の、悪なら、誰も、彼女を愛さない…


 とりわけ、子供の頃は、性格が出る…


 どこまで、やっていいのか、わからないから、性格が、出る(苦笑)…


 あるいは、そんなことを、すれば、周囲の人間が、自分をどう見るか、考えるからだ…


 だから、悪さは、できない…


 だが、子供では、まだ、そこまでは、考えない…


 そういうことだ(苦笑)…


 なにより、それでは、周囲の人間に、愛されない…


 あの菊池リンが、周囲の人間に、愛されて、育ったことを、考えれば、たしかに、この昭子の言う通り、悪といっても、本物の悪には、なれない…


 それが、真実だろう…


 が、


 真逆に、それは、それで、厄介だ…


 彼女が、中途半端に悪いとなると、彼女に、どのように、接していいのか、わからなくなるからだ…


 それは、以前、彼女に、接したときに、わかった…


 彼女が、本物の悪ならば、誰もが、すぐに、わかる…


 誰もが、すぐに、わかるから、彼女に対して、警戒する…


 それが、わからなかったから、私は、彼女に気を許した…


 彼女に、気を許して、ガードを下げた…


 そういうことだからだ…


 そして、私が、そんなふうに、悩んでいると、昭子が、


 「…寿さん、なにを、悩んでいるの?…」


 と、聞いてきた…


 私は、一瞬、悩んだが、


 「…いえ、おっしゃることは、わかりますが、それは、それで、厄介だなと…」


 と、言った…


 昭子の顔色を見ながら、言った…


 「…厄介? なにが、厄介なの?…」


 「…菊池リンさんのことです…」


 「…リンのなにが、厄介なの?…」


 「…彼女が、小悪党ということです…本物の悪党なら、対処のしようが、ありますが、中途半端な小悪党は、これは、これで、困ります…」


 私が、言うと、昭子が、


 「…」


 と、黙った…


 私の真意が、伝わったようだ…


 彼女は、少し、沈黙した後、


 「…それは、わかる…寿さんの言うことは、わかる…」


 と、私の意見に納得した…


 「…でも、だから、どうすると、言うことは、できない…とにかく、用心するだけ…それだけ…」


 昭子が、言う…


 誰もが、思いつくことを、言う…


 ありきたりなことを、言う…


 また、現に、それ以外、対処の仕方がなかった…


 あの菊池リンに対して、どう接していいのか、わからなかったのだろう…


 そして、それを、最後に、長い会話が、終わった…


 この昭子との長い会話が終わった…


 気付けば、一時間以上、二人で、話し込んでいた…


 食事を取り終わって、話し込んでいた…


 さすがに、これでは、周囲の目が気になる…


 店員の目が気になる…


 そして、それは、この昭子も、同じだったようだ…


 一通り、話し終えると、さすがに、長い間、話し込み過ぎたと、思ったようだった…


 「…寿さん、コーヒーは、飲み終わったわよね…」


 と、言って、私に確かめた…


 「…ハイ…飲み終えました…」


 「…だったら、もう、出ましょう…少しばかり、長居をし過ぎた…」


 私は、それを聞いて、


 「…少しばかり…」


 と、絶句すると、


 「…少しばかりと言うことにしなさい!…」


 と、昭子が、笑った…


 それを、見て、案外、この昭子も、ジョークが、わかるんだと、思った…


 昭子が、会計して、私の分も、払ってくれた…


 店を出た後、


 「…自分の分は、自分で、払います…」


 と、私が、言うと、


 「…私は、お金持ちだから、大丈夫…」


 と、言って、笑った…


 「…ですが、それと、これとは…」


 私が、言うと、


 「…私の取り柄は、お金だけ…お金があるだけ…寿さんのコーヒー代ぐらい払えるわ…」


 と、笑った…


 「…では、寿さん、今日は、これで…」


 と、いきなり、言った…


 私は、当惑した…


 まさか、こうもあっさりと、別れると、言うとは、思わなかったからだ…


 だから、一瞬、言葉を失った…


 言葉が、出てこなかった…


 「…また、近いうちに、お会いするわ…」


 そう言って、スタスタと、この昭子は、歩き出して、しまった…


 私は、声をかけるのも、マズい…


 失礼だと、思って、深々と、昭子にお辞儀をした…


 昭子の背中に向かって、丁寧に、腰を曲げて、お辞儀をした…


 これは、ちょうど、会社で、他社のお偉いさんが、やって来て、帰るときに、会社の前で、お偉いさんを見送るときに、したことだ…


 だから、慣れている(笑)…


 実に、慣れている…


 私は、昭子の背中に向かって、深々と、お辞儀をしながら、そう、思った…


 そう、思ったのだ…



 それから、私は、自宅に、戻った…


 ウオーキングをして、自宅に戻った…


 自宅に、戻ると、ホッとした…


 実に、ホッとした…


 まさか、散歩=ウオーキングに、行って、あんなことになるとは、思わなかった…


 夢にも、思わなかった…


 まさに、まさか、だ…


 まさか、あの場所で、あの昭子が、私を待っているとは、夢にも、思わなかった…


 そして、今、家に、戻って、ゆっくりとすると、あらためて、あの昭子の哀しみを思った…


 あの諏訪野昭子という女性の哀しみを、考えた…


 それは、なぜか?


 それは、冬馬(とうま)…


 亡くなった昭子の実子の冬馬を、思い出したからだ…


 菊池冬馬を思い出したからだ…


 冬馬もまた、伸明同様の長身のイケメンだった…


 伸明と顔は、異なるが、イケメンだった…


 そして、冬馬もまた、伸明同様、人間関係をうまく、構築できなかった…


 学生時代も、そう…


 社会に出てからも、同じだった…


 学生時代は、伸明同様、五井家の一族だからという理由で、周囲から、距離を置かれた…


 お金持ちの集まる学校でも、やはり、五井のようなスーパーお金持ちは、周囲からの嫉妬が、激しいのだろう…


 周囲とうまく馴染めなかった…


 これが、さっき、話題になった菊池リンは、違う…


 同じ五井出身のスーパーお金持ちでも、うまく、周囲に馴染める…


 彼女なら、スーッと、周囲に、うまく、溶け込める…


 それは、しいて言えば、才能なのだろう…


 私は、冬馬と、短い間だが、接してみて、全然、嫌な感じは、しなかった…


 極めて、普通の男だと、思った…


 が、


 冬馬は、実際、うまく、周囲と人間関係を築けなかった…


 大人になっても、築けなかった…


 私が、学生時代、冬馬が、周囲とうまく、人間関係を築けなかったことを、聞いたのは、長谷川センセイから…


 あの五井記念病院の外科医の長谷川センセイからだ…


 私が、ジュン君の運転するクルマにはねられて、五井記念病院に救急車で、運ばれた…


 そのときに、お世話になったのが、長谷川センセイ…


 そのときに、教えてもらった…


 冬馬のことを、教えて、もらった…


 あの長谷川センセイは、冬馬と同じ学校出身だった…


 それゆえ、学生時代に冬馬を知っていた…


 冬馬が、周囲から、浮いていたことを、知っていた…


 冬馬は、五井グループの会社に入社したが、周囲にうまく、馴染めず、その結果、最終的に、五井記念病院の理事長に就任した…


 冬馬は、私より年下…


 32歳の私より、年下にも、かかわらず、五井記念病院の理事長だった(苦笑)…


 それは、なぜか?


 なぜ、あの若さで、五井記念病院の理事長に就任できたのか?


 それは、事実上、五井記念病院を五井一族が、直接、運営していたからだった…


 それゆえ、あの若さにも、かかわらず、五井記念病院の理事長に就任した…


 といっても、理事長に、就任しても、それは、形だけ…


 力は、なにも、なかった…


 権限は、なにも、なかった…


 それが、嫌だった冬馬は、有能な医師をスカウトして、自分の実力を周囲に、見せようとした…


 そのために、スカウトした医師の一人が、あの長谷川センセイだった…


 あの長谷川センセイも、また、若いが、優秀と、評判だったようだ…


 そんな優秀な医師を、五井記念病院にスカウトすることで、あの冬馬は、自分の力を、周囲に見せるつもりだったが、それは、叶わなかった…


 それは、冬馬が、五井一族だから、できたことだと、周囲の人間は、見ていたからだ…


 結果、ここでも、冬馬は、うまく、周囲と馴染めなかった…


 そして、そんなことを、聞き及び、あの昭子は、我慢できなかった…


 自分の産んだ息子が、周囲と馴染めず、周囲から、孤立していることを、聞き、いてもたっても、いられなかった…


 当時、ホントは、昭子が、冬馬の母であることは、伏せられていた…


 だから、冬馬は、たぶん、死ぬまで、自分が、昭子の子供であることは、知らなかったようだ…


 あの冬馬は、昭子が、産んだにも、かかわらず、五井東家で、育てられた…


 冬馬は、昭子が不倫して、できた子供だったからだ…


 だから、それを、公にすることは、できなかった…


 そして、昭子は、いつも、冬馬を嫌っていた…


 私に対しても…いや、他の誰に対しても、冬馬を嫌っていた態度を示していた…


 そして、それは、ホントは、自分が、冬馬の実の母親だと、周囲に知られるのが、困るから…


 それゆえ、いつも、周囲の人間に、冬馬を嫌って見せていた…


 常に、演技をしていたわけだ(苦笑)…


 結局、冬馬は、どこに行っても、周囲とうまく馴染めず、最後は、自死した…


 それを、思い出した…


 そして、さっき、昭子と会っていたときに、思い出した、伸明の弟…


 戸籍上は、伸明の実の弟の秀樹…


 五井家前当主と、昭子の間に産まれた秀樹…


 彼もまた、自身の野望のために、自死した…


 伸明と弟でありながら、兄を差し置いて、五井の当主にならんと欲して、それが、できないと、わかると、自死した…


 つまり、あの昭子は、自分が、産んだ、子供、三人の中で、すでに、二人は、失ったことになる…


 それを、思えば、不幸…


 実に、不幸な女性だった…


 が、


 そんなことは、露ほども、感じさせない…


 そんな強さが、ある…


 あの昭子には、ある…


 が、


 内面は、どうなのだろうか?


 きっと、ボロボロに、傷付いているはずだ…


 強いといっても、傷付かないことは、ない…


 ただ、傷付いて、弱音を吐く姿を周囲に、見せないだけだ…


 私は、そう、思った…


 そう、思ったのだ…


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