寿綾乃という女 第4部 80
そして、それを、この昭子は、見逃さなかった…
「…寿さん、なんだか、楽しそうね…」
と、言って、見逃さなかった…
私は、一瞬、動揺したが、すぐに、
「…いえ、昭子さんは、伸明さんと、似ていないなと、思って…」
と、言った…
すぐに、言った…
そのほうが、誤解がないからだ…
だから、急いで、言った…
だから、慌てて、言った…
が、
それに、この昭子は、気分を害することは、なかった…
「…それは、似ていないわ…」
と、あっさりと、言った…
「…伸明は、建造さんに、似ているの…」
「…えっ? 建造さんに…ですか?…」
「…血は繋がっていないけれども、似ている…だから、建造さんが、可愛がった…建造さんが、溺愛した…」
私は、内心、
…ウソ!…
と、思った…
なぜなら、建造と伸明は、似ても、似つかぬからだ…
あの建造は、小柄で、ルックスも平凡だった…
かたや、伸明は、長身でイケメン…
比較のしようがない…
一体、どこが、似ているのだろうか?
聞きたくなった…
が、
その前に、
「…驚いたようね…」
と、昭子が、笑った…
「…私が、似ているといったのは、中身…外見じゃない…」
「…中身?…」
「…言うなれば、人間性…だって、寿さん。まだ、伸明と寝ていないでしょ?…」
「…それは…」
まさか、いきなり、そんなことを、言われるとは、思わなかった…
夢にも、思わなかった…
「…それが、証拠…」
「…証拠?…」
「…相手に、無理強いは、しない…常に、相手の気持ちを優先する…相手を思いやる…それが、似ている…血が繋がらずとも、似ている…」
「…」
「…だから、建造さんは、伸明を可愛がった…伸明を溺愛した…伸明の性格が、悪ければ、溺愛しなかった…まあ、性格が、悪ければ、血が繋がった実の子供でも、溺愛はしないでしょうけれど…」
暗に、この昭子が、亡くなった秀樹のことを、言っているのは、わかった…
伸明と血が繋がらない、建造の息子の秀樹のことを、言っているのは、わかった…
秀樹は、ずるがしこかった…
容姿も、伸明と違い、血の繋がった実父の建造に似て、さえなかったが、上昇志向が、強かった…
それを、建造が嫌った…
血を分けた自分の息子にも、関わらず、嫌った…
そして、それは、なぜか?
それは、一言で言えば、秀樹では、五井をまとめられないと、思ったからに違いない…
自分の利益を優先する秀樹では、一族をまとめられないと、思ったに違いなかった…
建造の息子に生まれるというのは、普通の家庭とは、違う…
一般の家庭とは、違う…
建造の息子に生まれるというのは、五井の後継者になるということ…
五井家の当主になると、いうことだからだ…
それゆえ、もしかしたら、もし、秀樹が、一般の家庭に生まれていたら、建造も、秀樹を、それほど、嫌わなかったかも、しれない…
が、
五井は、一般の家庭ではない…
それゆえ、秀樹を嫌った…
五井の後継者足りえないと、思って、嫌った…
私は、そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、私が、そう、思っていると、
「…建造さんは、不思議なひとだった…」
と、昭子が言った…
いきなり、言った…
「…なぜ、不思議なひとなんですか?…」
「…それは、血の繋がった実の息子より、伸明を可愛がったからよ…」
「…」
「…もちろん、そのほうが、私は、嬉しいわよ…自分と、血が繋がってない子供のほうが、血が繋がった自分の子供より、可愛がるなんて…普通、できることじゃない…」
「…」
「…でもね、この歳になって、ようやく、建造さんの気持ちがわかった…」
「…建造さんの、気持ち?…」
「…建造さんは、無私のひとだった…」
「…無私のひと…」
「…もちろん、これは、おおげさ過ぎる言葉…神様じゃ、ないのだから、誰にでも、優しいわけじゃない…でも、たいがいのひとには、優しかった…」
「…」
「…たぶん、演じていたんだと、思う…本来の自分の欲望を殺して、演じていたんだと、思う…」
「…演じていた…」
「…そうしなければ、まとまらない…五井は、まとめられない…だから、演じた…極力、自分を殺した…自分の欲望を殺した…」
「…」
「…でも、そんな、建造さんでも、明らかに、五井に害をなす、輩には、厳しかった…その代表が、秀樹…自分の血が繋がった息子…」
「…」
「…そして、次が、北東家…」
「…北東家?…」
「…北東家の当主、団郁磨…」
「…団郁磨…」
「…東都新聞社主よ…」
「…社主?…」
「…会社の代表…普通、会社の代表って、社長や会長でしょ?…」
「…ハイ…」
「…でも、新聞社の場合は、社主…要するに、株主…東都新聞の株をひとりで、持っている…」
「…ひとりで?…」
「…朝日新聞がいい例…」
「…朝日新聞ですか?…」
「…朝日新聞は、創業家の村山家と上野家が、株の大半を、持っていたの…創業家出身の村山美知子氏が、最後の社主で、今は、彼女の持っていた株は、朝日新聞の従業員の持ち株会が、持っている…要するに、株を売ったのね…」
「…」
「…でも、東都新聞は、株は、ひとり…団家が、所有している…」
「…」
「…東都新聞は、東都テレビも、東都ラジオも持っている…いわゆる、メディア支配ね…」
「…メディア支配…」
「…そうは、言っても、昔は、そんなことは、なかった…これは、東都テレビに限らず、どこも同じ…」
「…同じ?…」
「…最初は、新聞を発行していて、それが、当時の最新のメディアだったラジオに進出し、さらに、テレビにも、進出した…同じ、報道機関だからね…それが、成功しただけ…」
「…」
「…でも、うまく、いけば、誰しも、天狗になる…五井北東家は、五井の分家の中でも、序列が低い…東西南北の四つの分家と肩を並べることが、できない…それが、許せない…」
「…許せない…」
「…だから、序列を上げようと思う…」
「…」
「…とにかく、上に上がりたい…成り上がりものは、厄介ね…」
「…厄介…」
「…自分の立場が、わからない…痛い目に遭わなければ、わからない…」
「…」
「…それで、以前、建造さんが、東都新聞の株を、極秘裏に、買い占めようとして…」
「…買い占め? だって、東都新聞の株は、その方しか、持ってないんじゃ…」
「…それで、さっき言った朝日新聞じゃ、ないけれども、従業員をそそのかして、団家の所有する株を従業員に分けて、保有させれば、いい…いまどき、個人が、所有するのは、おかしいと、言わせた…」
「…」
「…そう、言わせておいて、実は、本家が買い占める予定だった…それで、北東家の力を削ぐつもりだった…でも、それが、バレて…それ以来、建造さんと犬猿の仲…」
「…」
「…だから、きっと、今も根に持っている…建造さんに、根を持っている…」
「…」
「…そして、それが、伸明に続いている…」
…それでか?…
ようやく、わかった…
ようやく、今回の謎が解けた…
なぜ、伸明やナオキの結婚の偽情報が、あんなに、簡単に流せたのか、わかった…
でも、謎がある…
どうして、建造は、その北東家の持つ、東都新聞の株を買い占めようとしたのか?
それが、わからない…
謎が、残る…
だから、
「…どうして、建造さんは、東都新聞の株を買い占めようとしたんですか?…
と、直球で、聞いた…
昭子は、呆気なく、答えた…
「…あの男を、これ以上、調子に乗せないためよ…」
と、答えた…
「…調子に…」
「…新聞、ラジオ、テレビを支配すれば、一流…分家の中でも、下位に位置するのに、一流と思い上がる…それで、懲らしめて、やろうと、思ったの…」
それは、わかった…
だが、つい、さっき言った、建造が、無私のひとと言ったのとは、大きく異なる…
建造の行動が、異なる…
これは、一体、どういうことなのか?
私は、訪ねようとしたが、その前に昭子が答えた…
「…寿さん、納得できないようね…」
と、言って、自分から、答えた…
「…さっき、私が、言った建造は、無私のひとという言葉と矛盾すると、思ったんでしょ?…」
「…ハイ…」
「…でも、矛盾はしないわ…」
「…どうしてですか?…」
「…建造が、そうしたのは、北東家の暴走を止めるため…」
「…えっ?…」
「…どうしても、メディアを支配すると、調子に乗る…それを、牽制するため…」
「…」
「…放っておけば、五井に害を及ぼすと思ったんだと、思う…」
「…」
「…誰でも、そうだけれども、成功すれば、調子に乗る…それは、傍目にも、わかる…団が調子に乗るのは、いいのだけれども、それが、五井に及ぶのは、困る…建造さんは、そう、考えたの…」
「…五井に及ぶ?…」
「…要するに、五井に害をなす…団が調子に乗って、あちこちで、なにか、やらかせば、やがて、それは、五井に、向かう…」
「…五井に向かう?…」
「…あの男が、調子に乗り過ぎているから、同じ、五井なんだから、なんとかしてくれと、建造さんに、苦情が、舞い込む…建造さんは、五井の当主…まがりなりにも、五井の当主…だから、それを、恐れたんだと、思う…」
「…」
「…そして、今、建造さんが、亡くなり、団の敵は、いなくなった…でも、伸明がいる…」
「…伸明さん…」
「…団は、建造さんの代わりに、伸明に、手を伸ばそうとしている…それゆえ、伸明の結婚の偽情報を流した…伸明の周囲の人間が、それに、対して、どう対処するか、見たかったんだと、思う…」
「…対処?…」
「…そう、対処…和子が、倒れた今、伸明の後ろ盾は、いない…安心して、伸明にちょっかいを出せたんだと、思う…」
「…ちょっかい…」
「…そうよ…ちょっかい…仲のいい、西家夫妻を使って、伸明に縁談を持ちかけて、一方では、伸明の結婚の偽情報を流す…すると、周囲は、当惑する…とりわけ、一族は、当惑する…動揺する…」
「…どうして、一族が、動揺するんですか?…」
「…伸明が、誰と結婚するかで、一族のパワーバランスが、崩れかねないから…」
「…パワーバランス…」
「…寿さんも、知っての通り、今の本家は、事実上、東家が、仕切っている…本家の建造さんに、嫁いだ私も、建造さんの弟の義春さんに、嫁いだ妹の和子も、東家出身だから…だから、それを、当然、よく思わないものも、いる…一族内に、いっぱい、いる…」
「…」
「…でも、普段は、その不満を出さないけれども、今回のように、伸明が、誰と結婚するかで、揉める…例えば、今回、伸明が、西家の血を引くご令嬢と、見合いをしたと聞くけれど、そのお嬢さんと、伸明が、結婚すれば、当然、一族内で、西家が、力を得る…なにしろ、当主の奥様が、西家出身なんだから、当たり前よね…」
「…」
「…それを、避けるために、たぶん、和子は、寿さんを選んだと、思う…」
「…えっ? 私を選んだ?…」
「…だって、一族内で、当主のお嫁さんを選ぶとなると、当然、ゴタゴタするでしょ? 当主夫人を出した分家が、力を持つでしょ?
和子は、それが、わかっていたから、あえて、寿さんを、選んだ…寿さんと、結婚することで、一族内のゴタゴタを回避しようと、したんだと、思う…」
「…でも、五井一族は、一族内で、結婚相手を探すのが、原則じゃ…」
「…それが、わかっていても、あえて、それを、無視したんだと、思う…」
あっさりと、昭子が言った…
私にとっては、まさに、驚天動地…
驚天動地の言葉だった…




