寿綾乃という女 第4部 79
そして、そう、考えれば、納得する…
なんに、納得するのか?
この昭子の器量…
あの和子に負けず劣らずの器量だ…
この場合の器量とは、ルックスではなく、ひとを束ねる能力…
この昭子も、双子の妹の和子同様、ひとを束ねられる…
が、
そんな昭子は、表に出ない…
表舞台に出ない…
となれば、どうするか?
それは、裏で活動するしか、ない…
マスコミに報じられる派手な舞台ではなく、地味な、ところで、動くしかない…
ということは、どうだ?
おそらく、この昭子と、あの和子の双子の両親が、言った、決して、表舞台に立つなと、いうのは、そういうことではないか?
そういう意味では、ないのか?
決して、マスコミに取り上げられるような、派手な舞台に立つな!
ということでは、ないか?
それは、妹の和子に任せておけ!
ということでは、ないか?
そう、気付いた…
この昭子の、妹の和子に負けず劣らずの器量…
ひとを束ねられる器量を、表舞台で、生かしては、いけない…
それを、すれば、この昭子の過去が、マスコミに取り上げられる…
それを避けるために、両親は、決して、表舞台に立つな!
と、厳命したのでは、ないか?
それを、すれば、五井の名前も、もちろんだが、この昭子もまた傷付くからだ…
だから、それを、避けるために、表舞台に立つな!
と、厳命したのでは、ないか?
いわば、表舞台に立たせないことで、この昭子を守ったのでは、ないか?
そして、代わりに、目立たないところで、汗を流せ!
と、厳命したのでは、ないか?
目立たないところで、五井のために、汗を流せと、命じたのではないか?
その方が、五井のために役に立つし、この昭子の能力も生かせる…
一挙両得になるからだ…
私は、今さらながら、そう、気付いた…
そう、気付いたのだ…
そして、そう、気付くと、あらためて、この昭子が、なぜ、私に会いに来たのか、考えた…
それゆえ、
「…では、私は、一体、なにをすれば、いいのでしょうか?…」
と、問うた…
目の前の昭子に、問うた…
私が、問うと、昭子が、
「…ようやく、本題に入れるわね…」
と、笑った…
実に、楽しそうに、笑った…
「…私は、一体、なにをすれば?…」
「…ただ、待っていれば、いい…」
「…えっ?…」
「…ただ、待っていれば、相手は、必ず、寿さんに、接触してくる…」
「…どうして、そう、思うんですか?…」
「…邪魔だからよ…」
「…邪魔?…」
「…そう、邪魔…」
「…」
「…もちろん、邪魔なのは、寿さんだけじゃない…藤原さんも、そう…藤原さんも、同じ…」
「…どうして、邪魔なんですか?…」
「…二人とも、伸明と仲がいい…」
「…えっ?…」
「…だから、邪魔なの…」
「…どうして、邪魔なんですか?…」
「…寿さんも、藤原さんも、伸明と仲がいいから、いなくなれば、いい…」
「…」
「…いなくなって、伸明をひとりぼっちにすればいい…」
「…ひとりぼっちに?…」
「…そうすれば、伸明は、動揺するし、孤立する…孤立して、まともな判断ができなくなる…それが、狙い…」
「…狙い?…」
「…仲がいい、友達って、精神安定剤のようなものでしょ?…」
「…精神安定剤…」
「…いっしょにいると、ただ、ホッとする…別に、なにか、するわけでもない…ただ、いっしょに、いると、ホッとする…伸明にとって、藤原さんや、寿さんが、それ…」
「…」
「…だから、その精神安定剤を伸明から、取り除けば、いい…伸明をひとりぼっちに、すればいい…」
「…伸明さんをひとりぼっちに?…」
「…そうすれば、まともな判断ができなくなる…それゆえ、簡単に、縁談の相手と結婚する可能性が、高まる…」
「…」
「…それが、北東家の狙い…」
「…」
「…伸明をひとりぼっちにして、正常な判断をできなくさせるのが、狙い…」
「…そんな…」
「…寿さんは、知っているか、どうかは、わからないけれども、伸明は、子供の頃、ずっとひとりぼっちだったのよ…」
「…ひとりぼっち?…」
「…学校で、気の合う友達と出会えなかった…」
「…」
「…もちろん、伸明の性格もあるかもしれいけれども、伸明が、五井家の後継者であることが、大きい…」
「…大きい…」
「…そう、大きい…どうしても、五井の後継者だと、知ると、周囲の人間が、引いてしまって…」
「…」
「…それに、伸明自身の性格もある…伸明自身が、内気で、お世辞にも、社交的とは、言えない…だから…」
この昭子の話を聞いて、思い出した…
ずっと、昔、あの伸明と二人きりで、深夜にドライブをしたときのことを、思い出した…
あのとき、伸明は、今、この昭子が言ったことと、同じことを、言った…
学生時代、人間関係で、悩んだことを、言った…
伸明と、深夜にドライブをして、建造の墓に行った…
そして、ふたりで、墓の前で、キスをした…
伸明は、建造の墓の前で、私とキスをして、建造に見せたかったのだ…
そして、そのときは、気付かなかったが、おそらく、伸明は、私が、建造の娘であることを、疑っていたのではないか?
今となっては、そう、思う…
そう、気付く…
伸明は、建造と、血が繋がった息子ではない…
その伸明が、私と建造の墓の前で、キスをすることで、伸明は、建造の娘を、自分の妻に迎え、生涯、面倒を見ると、言いたかったのでは、ないか?
そう、気付いた…
伸明にとって、建造は、恩人…
大恩人だった…
血の繋がらない伸明をいち早く、後継者に任じた…
自分の跡継ぎと、言い切った…
血の繋がった、自分の息子の秀樹がいるにもかかわらず、秀樹を差し置いて、後継者に指名した…
それゆえ、伸明が、恩に着ないわけは、なかった…
だからだろう…
私と、結婚したがった…
私を伸明の妻として、迎え、亡くなった建造の恩に報いる…
それが、伸明の考えだったのだろう…
むろん、あのときは、わからなかった…
ただ、あのとき、伸明と二人きりで、話して、あの伸明が、私が、思った以上の苦労人だと、知った…
もちろん、苦労というのは、お金のことではない…
人間関係のことだ…
あの伸明は、五井の後継者…
それゆえ、目立った…
お金持ちの集まる学校でも、目立った…
五井は、お金持ちの中でも、桁違いのスーパーお金持ちだから、目立った…
それゆえ、周囲から、距離を置かれ、うまく、周囲の人間たちと、人間関係を築けなかったと、私に打ち明けた…
だからだろう…
その北東家の当主は、その弱みを突いたのだろう…
うまく、人間関係を、構築できない、伸明の弱点を突いたのだろう…
伸明は、長身のイケメン…
しかも、お金持ちだ…
そんな伸明が、子供の頃から、人間関係に苦しんだと、言えば、ウソと、思うかも、しれないが、世の中、そんなものかも、しれない…
どんなに見た目がよくても、その人間の苦労は、傍からは、わからないからだ…
その人間に、なって、見なければ、わからないからだ…
そして、その弱点を、この昭子は、知っていた…
母親なのだから、当然、知っていた…
それゆえ、今、私に会いに来た…
伸明の親しい友人である私やナオキに、伸明の元から、去って欲しくないから、会いに来た…
それを、思えば、母親…
十分に母親をしていると、思った…
若い頃には、男関係に奔放であっても、十分に、今は、母親をしていると、思った…
だから、それを、言った…
目の前の、この昭子に言った…
「…昭子さんは、伸明さんが、かわいいんですね…」
と、言った…
が、
その答えは、予想外…
意外にも、予想外だった…
「…それは、かわいいわ…自分の産んだ子供だから…」
と、これは、予想内…
これは、想定内の言葉だった…
「…でも、変な話、伸明のことよりも、両親…亡くなった私の両親…それが、大きい…」
と、これは、想定外だった…
「…両親?…」
「…父や母が、五井を守れと、厳命したのが、大きい…」
「…五井を守れ…ですか?…」
「…要するに、次世代…そのまた、次世代と、延々と、五井は、未来永劫続いていって、欲しい…それが、両親の願い…」
「…」
「…この歳になると、私が、おかしいのかも、しれないのだけれども、生きている伸明よりも、亡くなった両親のことのほうが、気になるというか、亡くなった両親のことを、つい、考えてしまう…」
「…どうしてですか? 普通は、生きているひとの方が、気になるんじゃ、ないんですか?…」
「…普通は、そうかも、しれない…だから、私がおかしいのかも、しれない…」
「…」
「…でもね、寿さん…」
「…ハイ…なんでしょうか?…」
「…伸明は、もう四十を過ぎた大人…小学生でも、中学生でもない、立派な大人…その大人に、いまさら、口を挟めないでしょ?…」
「…」
「…だからかな…ひとりでいると、亡くなった両親のことを、ふと、考えてしまう…亡くなった両親が、私に、命じたことを、考えてしまう…」
「…」
「…まあ、それだけ、私も歳を取った証拠…なにしろ、自分の産んだ子供が、四十を超えているのだから…自分が、若いわけがない…」
「…」
「…だから、過去を考える…未来でなく、過去を考える…老人特有の現象かな…」
「…いえ、そんなに、お歳を召しているわけでは…」
「…そう、言われると、嬉しい…お世辞とわかっていても、嬉しい…」
「…いえ、お世辞では…」
「…まあ、いいのよ…そんなことは…」
「…そんなことって?…」
「…お世辞でも、お世辞なくても、いいの…言われた当人が、喜んでいるのだから…」
昭子が、あっさりと、そう、言う…
そして、それを、見て、あらためて、この昭子は、女傑…
あの和子に負けず劣らずの女傑だと、思った…
あらためて、思った…
そして、その女傑の母と叔母を持つ、あの伸明を思った…
この母と叔母を持つ、伸明は、おとなしい…
だから、同じように、おとなしい、ナオキと気が合う…
だから、それを、思えば、複雑というか…
なんだか、笑ってしまう…
あの伸明が、この母とあの叔母に似過ぎなくて、笑ってしまう…
そう、思った…
そう、思ったのだ…




