寿綾乃という女 第4部 77
「…運命というものは、わからない…つくづく、わからない…私は、表舞台に出ないものの、幸せだった…決して、不幸では、なかった…」
「…」
「…でも、おそらく、義春さんと、結婚すれば、うまくいかなかった…不幸だった…まさに、紙一重の差…私が、義春さんと、結婚していても、おかしくなかった…なにしろ、双子の姉妹…姉、妹といっても、同い年…なにも、変わらない…ただ、実際は、私が、姉だから、本家の長男の建造と結婚した…和子は、妹だから、建造の弟の義春と、結婚した…それだけ…それが、運命を分けた…結婚相手を分けた…」
「…」
「…だから、運命なんて、わからない…誰もが、一歩先は、どうなるか、わからない…つくづく、そう思う…心の底から、思う…」
和子が、激白する…
熱く、激白する…
私も、また、
…その通り!…
その通りだと、思った…
運命なんて、どうなるか、わからないと、思った…
それは、なぜか?
それは、私が、同じだから…
この昭子と同じだからだ…
私は、たまたま、高校時代に、ナオキと、知り合い、それが、運命だった…
私の運命を変えた…
ナオキの会社に、アルバイトで、行き、そのまま、ナオキと、男女の関係になった…
その結果、ナオキの妻である、ユリコが、家を出て行き、私は、ユリコの代わりに、ナオキの家に住むことになった…
それは、ジュン君の面倒を見る人間が、いなかったから…
まだ、幼いジュン君の面倒を見るものが、いなかったからだ…
だから、ナオキの家庭に入って、ジュン君の面倒を見た…
私が、ジュン君の面倒を見ることで、ナオキは、仕事に没頭できた…
自分が立ち上げたIT事業の会社に没頭できた…
結果、私は、ユリコの代わりに、ナオキの家庭に入り、ジュン君の面倒を見た…
ナオキの立ち上げた会社は、ITバブルの波に乗り、見る見る急成長…
従業員が、千人を超えるまでになった…
まさに、奇跡…
奇跡に他ならない…
あのホリエモンや、三木谷、孫には、遠く及ばないが、成功した…
大きな成功をした…
それゆえ、最初は、小さな安アパートに住んでいたのが、賃貸マンションに代わり、今では、億ションに住むまでになった…
これは、まさに、運命…
運命に他ならない…
高校生の私が、もし、ナオキに遭わなかったら、こんな成功はなかった…
もし、ナオキに遭ったとして、ナオキの会社で、アルバイトとして、働かなかったら、今の私は、なかった…
それを、言うのは、事実、当時、初めて、ナオキの会社に行ったとき、アルバイトをするか、どうか、迷ったからだ…
正直、チンケな会社だった(笑)…
会社と言っても、従業員が、4、5人、いるだけ…
下手をすれば、給与が出るのか、どうか、すら、怪しかった(爆笑)…
だから、悩んだ…
そこで、バイトをして、いいのか、どうか、悩んだ(爆笑)…
悩んだ末にバイトをしたのは、単なる気まぐれもあるが、それ以上に、高校生にできるバイトは、それほど、ないからだった…
当然ながら、バイトは、自宅近くが、優先…
バイトをするのに、わざわざ、自宅から、遠くの場所に、行くわけはない…
バイトをするのは、自宅近くか、学校の近くか、どちらかだ…
それに、自宅近くか、学校の近くか、どちらかを選べと言われれば。大抵の人間は、自宅近くを選ぶだろう…
なにか、悪いことをしているわけではないが、やはり、学校近くでは、クラスメートにバイトがバレる心配があるからだ(苦笑)…
だから、自宅近くと学校近くの二択なら、大抵の人間は、自宅近くを選ぶに違いない…
私は、まさに、それだった…
そして、それが、私の運命を変えた…
良い方に、変えた…
まさに、私の人生が、開けたのだ…
私が、お金持ちになったのだ…
それゆえ、この昭子の話が、わかる…
わかり過ぎるほど、わかる…
私も、同じ…
この昭子と同じだからだ…
もし、あのとき、ナオキと会わなかったら、今の成功は、なかった…
もし、あのとき、ナオキと会っても、バイト先が、チンケ過ぎたから、バイトを辞退したら、今の成功は、なかった…
この昭子も、そう…
この昭子も、同じだ…
もし、この昭子の結婚相手が、建造ではなく、弟の義春だったら、ケンカになっただろう…
間違いなく、なっただろう…
義春も、この昭子も我が強い…
我が強く、自分勝手だ…
それを言えば、あの和子も、我が強そうだが、あの和子は、五井を守る気持ちが、それに勝った…
なにしろ、この姉妹が、本家の兄弟に嫁いだ…
だが、姉の昭子は、表に出られない…
親の厳命で、表舞台に立てない…
それならば、姉の代わりに、妹の和子が、表舞台に立つしかない…
そういうことだからだ…
そして、それは、運命…
運命だと、思った…
私の成功も、この昭子が、若いにも、かかわらず、隠居生活のように、表舞台に立つことなく、ひっそりと、生きてきたのは、運命だと、思った…
そして、その運命を、この昭子は、甘んじている…
運命を甘んじて、受け入れている…
それは、この口調で、わかる…
それは、この態度で、わかる…
なにより、夫の建造と結婚できたことを、喜んでいる…
それで、わかる…
おそらく、この昭子も、建造が、存命中は、それほど、わからなかったに違いない…
建造の優しさに、気付かなかったに違いない…
それが、亡くなったから、わかった…
建造が、この世から、いなくなったから、わかった…
そういうことだろう…
誰もが、いるときは、その存在の大きさに気付かない…
いなくなって、初めて、その存在の大きさが、わかるものだからだ…
私の場合は、母が、そうだった…
いなくなって、初めて、その存在の大きさに気付いた…
もし、母が、生きていれば、私は、あのとき、ナオキの会社で、働かなかったかも、しれない…
母に、相談して、母が、
「…そんなチンケな会社で、アルバイトするなんて、止めなさい…そんな小さな会社なら、アルバイト代を、出さないかも、しれないでしょ?…」
と、言うかも、しれないからだ(爆笑)…
そして、もし、母に、そう、言われたら、間違いなく、私は、ナオキの会社で、バイトは、しなかった…
絶対にしなかった…
だから、それを、考えれば、私にとって、母の存在は、大きかった…
実に、大きかった…
まあ、もっとも、母が生きていれば、私は、都会に出なかったから、そもそも、ナオキに会うはずがなかった…
母が、亡くなり、私は、天涯孤独になった…
本当の意味で、天涯孤独になった…
本当の意味で、天涯孤独になったというのは、すでに、母が、亡くなる前に、本物の寿綾乃である従姉も、また、その母である、叔母も、すでに、この世を去っていたからだ…
私にとって、親しい親戚と言えば、その二人しか、いなかった…
母の妹である、叔母と、その娘の綾乃しか、いなかった…
それゆえ、母も亡くなったことで、私は、天涯孤独になった…
私が、都会に出たのは、ひとりぼっちになったから…
都会に住む、親戚を頼って、家を出た…
すでに、故郷に未練は、なかった…
親しいひとも、いなかった…
だから、田舎を出た…
そして、クモの糸より、細い、関係の、ただ、遠く血が繋がった親戚を頼りに、田舎を出た…
が、
当然、うまくいかなかった…
なにしろ、それまで、たいした面識もない親戚だ…
いきなり、私に訪ねられても、どうして、いいか、わからなかったのだろう…
結局、母が、残した、いくばくかのお金で、生活した…
だから、一人暮らし…
それゆえ、ナオキのところで、バイトをしなくても、どこかで、バイトをしなければ、ならなかった…
どこかで、お金を稼がなければ、ならなかった…
そうしなければ、生きていけなかったからだ…
そして、ナオキに会った…
突然、失踪した、ナオキの妻のユリコに代わって、ナオキの家庭に入り、ジュン君の面倒を見た…
それが、転機…
私の転機だった…
ナオキの家に、転がり込むように、入ることで、一人暮らしは、なくなった…
だから、お金の心配をすることも、なくなった(苦笑)…
それゆえ、すべてが、好循環…
うまく、人生が、転がり出した…
うまいように、人生が、好転した…
だから、あのとき、ナオキに会わなかったら、私の人生が、どうなっていたか、わからない…
どんな人生を歩んだのか、わからない…
私は、自分で、言うのも、なんだが、美人だったから、それをウリにして、風俗で働こうと思えば、簡単に、働けただろう…
簡単に、お金を得ることが、できただろう…
だが、それでは、今、なにをしているか、わからない…
あるいは、そんな生活に、絶望して、すでに、自ら、この世から、去ったかも、しれないからだ(涙)…
それゆえ、あのとき、ナオキと会えたことは、僥倖…
この上、ない、僥倖だった…
だからこそ、私は、この昭子の話に、共感した…
実に、共感した…
今、この昭子が、言った通り、昭子もまた、建造ではなく、弟の義春と、結婚したら、うまくいかなかっただろう…
間違いなく、うまく、行かなかっただろう…
兄の建造だから、うまくいったのだろう…
そして、本人も、それが、わかっている…
だから、今、建造に感謝している…
そして、建造と、結婚できた、自分の運命に感謝している…
これが、私と同じ…
運命に感謝しているのは、同じだ…
二人とも、運命に感謝しているのは、一歩間違えば、どうなってしまうか、わからなかったからだ…
例えるならば、道路を歩いていて、途中で、道が、二つに、別れている…
右の道を通れば、幸運が、待っている…
左の道を通れば、不幸が、待っている…
と、する…
が、
当然、そのときは、わからない…
右の道を行けば、良いのか、左の道を行けば、良いのか、わからない…
だから、直感…
直感で選ぶしかない…
それゆえ、ハッキリ言えば、くじに当たった…
くじを引いて、当たったと同じ…
そこに、努力はないからだ…
ただ、運がいいだけ…
それだけだからだ…
そして、それを、言えば、努力は、どこにいったと言いたくなるかも、しれないが、そもそも、環境に恵まれたことが、運…
運が、良かったに、他ならない…
運が、悪ければ、悪い環境に陥る…
私も、昭子も、良い環境に恵まれた…
だから、運…
運が、良かったのだ…
私は思った…
心の底から、思った…




