寿綾乃という女 第4部 76
私は、驚いたが、
…さもありありなん…
と、本当は、さほど驚くことは、なかった…
結婚は、まずは、年齢…
年齢が、大切だ…
仮に、今、三十歳の男のひとが、いて、一目、見て、気に入ったからと、言って、十五歳の女のコと結婚はできない…
もし、結婚するとなれば、後、五年、待って、十五歳の女のコが、せめて、二十歳になってからと、でも、言うだろう…
が、
それも、普通は、無理…
ありえない…
なにしろ、十五歳の子供だ…
二十歳になる前に、
「…あんなオジサンと結婚するのは、嫌!…」
とでも、言い出すだろう(爆笑)…
それが、普通だ…
それが、当たり前だ…
要するに、この昭子が言ったように、当時、たまたま、五井家当主の建造と、義春兄弟と、年齢が釣り合う女性が、一族内で、いなかったのだろう…
それで、この昭子と和子の双子の姉妹が、建造、義春兄弟と、結婚した…
それが、真相だろう…
そして、それによって、この昭子と和子の父が、五井家内で、権力を得ようとした…
そういうことだろう…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、私が、そう、思っていると、いきなり、話が、私に向かった…
私、寿綾乃に向かった…
「…だから、寿さん…アナタ、和子に気に入られているのよ…」
と、いきなり、言ったからだ…
正直、わけが、わからなかった…
どうして、話が、私に向かうのか、わからなかった…
それゆえ、
「…どうして、私が、和子さんに、気に入られているという話になるんですか?…」
と、聞いた…
当然だった…
「…嫌だったのよ…」
「…嫌だった? なにが、嫌だったんですか?…」
「…和子が、義春さんと、結婚すること…」
「…えっ?…」
「…和子は、義春さんを、嫌い…認めてなかったの…」
「…」
「…自分の主人を褒めるのも、なんだけれども、建造は、人格者だった…見た目は、決して、良くはなかったけれども、中身は、人格者だった…五井の結束に、全力を尽くした…でも、義春さんは、違う…」
「…違う? どう、違うんですか?…」
「…人格者には、ほど遠いひとだった…己の欲望に、忠実…秀樹と同じね…」
昭子が、初めて、亡くなった息子の秀樹について、言及した…
自殺した秀樹について、言及した…
この昭子の言う通り、突然、建造が亡くなると、建造の弟の義春と、秀樹が、五井の当主の座を狙った…
本来、後継者である、伸明を差し置いて、自分たちが、当主にならんとした…
が、
それは、あっけなく頓挫した…
その結果、二人とも、自死…
自ら、この世から去った…
それを、今、思い出した…
「…義春さんも、秀樹も、五井の当主になる器ではなかった…能力もさることながら、なにより、自分の欲望を優先した…それでは、当主は、務まらない…自分の欲望ではなく、一族の結束や団結を優先しなければ、当主は、務まらない…」
「…」
「…そして、義春さんに、代わって、和子が、建造を補佐した…和子は、建造同様、私心がない…だから、五井を代表できた…」
「…」
「…和子もまた、建造同様、五井の結束に尽力した…精一杯尽くした…でも、たぶん、内心は、違う…」
「…どうして、違うとわかるんですか?…」
「…それは、寿さん、アナタ…」
「…私?…」
「…和子は、アナタを気に入っている…伸明の妻にしたいと、思っている…それが、証拠…」
「…証拠? なんで、それが、証拠なんですか?…」
「…寿さんを、伸明の妻に迎えるということは、五井の血の掟に反している…五井の結婚の掟を破ることになる…」
「…」
「…でも、それを、破ってまで、寿さんを、伸明の妻に迎えたい裏には、きっと、和子の過去がある…」
「…過去?…」
「…要するに、和子にも、義春さんではなく、結婚したい男がいたということ…五井一族ではない、結婚したい男がいたということ…」
「…」
「…だから、寿さんを、伸明の妻に迎えたい…伸明の希望を叶えたい…そういうことだと、思う…」
知らなかった…
まさか、そんなことだとは、夢にも、知らなかった…
まさに、まさか?
和子が、私を、伸明の妻に推した背後に、そんな和子の過去があるとは、夢にも、思わなかった…
が、
そう、言われれば、納得する…
実に、納得する…
誰もが、若いときには、ひとりやふたりは、好きな男や女ができるものだ…
それは、決して、男女の関係にならなくても、おおげさに、言えば、忘れられないひと…
六十になっても、七十になっても、忘れられないひと…
ふと、なにかのはずみに、
…そう言えば、あのひとは、今、どうしているんだろうか?…
と、思い出すひとだ(苦笑)…
誰もが、そんなひとは、いるものだ…
心の中に、いるものだ…
そして、それは、和子も例外では、なかったのだろう…
あの和子も、五井の女帝も、若き日には、夢中になった男もいたのだろう…
そう、思った…
実に、そう、思ったのだ…
が、
これで、謎が、解けた…
これで、カラクリが、解けた…
和子が、私を推す、カラクリが、解けたと、思った…
そして、私が、そう、思っていると、昭子が、
「…寿さん、なんだか、ホッとしたようね…」
と、私に言って来た…
「…ホッと、ですか?…」
「…そう、ホッとした様子…」
そう、言われると、どうして、いいか、わからなかった…
対応に、困った…
なんと、言っていいか、わからなかった…
が、
昭子が、からかうように、
「…寿さん、和子が、寿さんを推している謎が、解けたから、ホッとしたんでしょ?…」
と、言って来た…
ずばり、私の心の中を見抜いた…
私は、つい、
「…ハイ…おっしゃる通りです…」
と、言って、しまった…
つい、一も二もなく、言ってしまった…
その方が、いいと、思ったからだ…
隠すことは、ないと、思ったからだ…
私の返事を聞いて、
「…そう、だったら、良かった…」
と、昭子は、笑った…
屈託なく、笑った…
そして、付け加えた…
「…でもね、寿さん…」
と、付け加えた…
「…もちろん、和子が、寿さんを、推すのは、それだけが、理由じゃないわ…」
「…それだけが、理由じゃない?…」
「…もちろん、他にも、理由がある…」
「…どんな理由ですか?…」
「…伸明を守って欲しいのよ…」
「…えっ? 守って?…」
あまりにも、意外な言葉だった…
一瞬、戸惑った…
なぜなら、普通は、男が、女を守るというところだ…
それが、女の私が、男の伸明を守るなんて…
これでは、話が、逆だ…
話が、あべこべだ…
そして、それが、私の表情に出たのだろう…
「…寿さん、驚いたようね…」
と、楽しそうに、言った…
「…ハイ…驚きました…」
「…でも、これは、本音…」
「…本音?…」
「…私も、和子と同じ思い…同じ考え…」
「…」
「…誰でも、ひとりは、辛いものよ…」
「…」
「…それは、伸明も同じ…」
「…同じ…」
「…そう、同じ…」
「…今、伸明の元には、マミさんしか、いないでしょ?…」
「…ハイ…」
「…マミさんは、建造さんの娘…血の繋がった娘…いわば、建造さんが、姿を変えて、伸明を守っている…」
「…建造さんが、姿を変えて、ですか?…」
「…こんなことを、言うと、変だけれども、事実…少なくとも、私は、そう、思っている…」
「…」
「…建造さん、こんなことを、言っては、なんだけれども、外見が、さえなかったでしょ?…」
「…それは…」
「…でも、伸明は、ハンサム…子供の頃から、イケメンだった…だからかな、建造さんは、伸明を子供の頃から、可愛がった…伸明を溺愛した…」
「…溺愛…」
「…そして、それは、弟の秀樹が、できても、変わらなかった…自分の血が繋がった息子ができても、変わらなかった…」
「…」
「…たぶん、建造が、伸明を溺愛した理由のひとつに、伸明がハンサムだったから…伸明がイケメンだったからというのもあると、思う…自分が、イケメンじゃないから、イケメンの伸明が、好きなんだと、思う…もちろん、建造が、伸明を溺愛したのは、伸明の性格もあるけれども、伸明がイケメンであることも、大きい…」
「…伸明さんが、イケメンだから…」
「…私、思うのよ…」
「…なにを、思うんですか?…」
「…人間には、二通りのタイプがある…」
「…二通り?…」
「…ひとつは、建造さんのように、自分が持っていないものを、他人が、持っている、それを素直に、羨ましいと、思うタイプ…」
「…」
「…もうひとつは、それとは、真逆…持っている相手を憎みタイプ…自分が、持っていないから、それを、恨むタイプ…」
「…」
「…秀樹は、コレだった…だから、余計に、建造は、秀樹を嫌った…」
「…」
「…建造が、亡くなって、今、思うのは、私が、建造という男と結婚できて、つくづく幸せだったということ…恵まれていたということ…」
思いもかけないことを、言った…
まさに、思いもかけないことを、言った…
予想外のことを、言った…
「…建造が、亡くなって、時間が経てば、経つほど、思う…自分の子供でもない伸明をあんなに、溺愛したひとは、いない…」
「…」
「…そして、それを、言えば、真逆に、和子は、不幸だった…」
「…不幸? どうして、不幸なんですか?…」
「…旦那よ…建造の弟の義春さんよ…和子の夫の…義春さんは、建造とは、真逆…権力欲が、強かった…秀樹と同じね…そして、それが、嫌だから、和子は、建造さんと、いっしょに、五井を代表して、表舞台に立った…私の代わりに…ホントは、私が、和子の代わりに、建造の妻として、表舞台に立つのが、自然なんだけれども、私は、父や母の教えもあり、できなかった…私は、若い頃は、奔放で、それを、危惧した両親は、決して、表舞台に立つなと、私に厳命した…そして、それを、私は、守った…」
「…」
「…でも、それが、返って、和子には、都合が、良かったのかも、しれない…」
「…どうして、よかったんですか?…」
「…家に閉じ籠ることなく、表舞台に立てた…家にいれば、義春さんと、いっしょに過ごすことになる…あの二人は、仲が、良くなかったから…だから、建造さんと二人で、五井を代表して、表舞台に立つことで、義春さんと、いっしょに、過ごす時間が、短くなる…それが、良かった…」
「…」
「…つまり、和子は、夫に恵まれず、私は、夫に恵まれた…私と和子は、双子…双子だから、同い年…だから、どっちが、建造さんと、結婚するかも、わからなかった…私が、弟の義春さんと、結婚しても、おかしくなかった…だから、それを、思えば、皮肉…運命の皮肉…奔放な私が、夫に恵まれ、真面目な和子が、恵まれなかった…まさに、皮肉…運命の皮肉…」
昭子が、笑った…
悲しそうに、笑った…




