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寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


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75/225

寿綾乃という女 第4部 75

 相変わらず、自分は、トロい…


 あらためて、そう、思った…


 他人は、私をどう思うか、わからないが、トロい…


 実に、トロい…


 私が、そんなことを思っていると、この昭子が、


 「…伸明は、寿さん、アナタに、よほど、ご執心のようね…」


 と、呟いた…


 それも、私に言うと言うよりも、むしろ、自分自身に言っていると、いうか…


 自分を納得させているようだった…


 そして、それを、言っている、この昭子の顔は、楽しそう…


 実に、楽しそうだった…


 そして、私が、そんなことを、考えていると、この昭子が、


 「…寿さん、今、お付き合いしているひと、いる?…」


 と、聞いてきた…


 直球で、聞いてきた…


 まさに、まさか?


 いきなりだった…


 私は、どう、答えていいか、一瞬、悩んだが、


 「…ハイ、います…」


 と、答えた…


 どうせ、わかることだ…


 なにより、このことは、あの伸明自身が、知っていることだ…


 私と、ナオキが、もう長い間、付き合っていることは、知っていることだ…


 長い間、別居していたが、すでに、夫婦同然の間柄であることは、知っていることだ…


 そして、私が、そう、答えると、


 「…それは、伸明も、知っていること?…」


 と、聞いてきた…


 直球で、聞いてきた…


 「…ハイ…ご存じです…」


 「…だったら、寿さんが、お付き合いしている方は、伸明も、知っているひと?…」


 「…ハイ…知ってます…」


 「…だからね…」


 昭子が納得した表情になった…


 「…きっと、その方…寿さんが、お付き合いしている方を、伸明は、好きなんでしょ?…」


 と、昭子は、言った…


 実に、無造作に言った…


 実に、無造作に、真実を言い当てた…


 それゆえ、私は、


 「…どうして、そう思うんですか?…」


 と、聞いた…


 焦って、聞いた…


 すると、


 「…その様子では、当たっているようね…」


 と、昭子が、笑いながら、答えた…


 「…どうして、わかるんですか?…」


 「…簡単よ…」


 「…簡単?…」


 「…そうよ…簡単よ…さっき、伸明は、自分の立場が、よくわかっていると、言ったでしょ?…」


 「…ハイ…おっしゃいました…」


 「…それなら、簡単にひとを、好きになることはない…」


 「…どうして、ないんですか?…」


 「…だって、相手が、どんなひとか、わからないじゃない…」


 「…」


 「…例えば、女でも、真面目そうに見えても、陰では、男関係が派手だったり、性格が、悪かったり、するでしょ?…」


 「…ハイ…」


 「…だから、その女性が、どんな男のひとと、付き合っているのか? あるいは、その女性が、どんな女友達と、付き合っているのか、それが、大事…」


 「…大事…」


 「…そう、大事…だって、付き合う人間を見れば、そのひとの人間性が、わかるでしょ?…」


 「…それは…」


 「…真面目なひとが、ヤンキーと仲がいいわけはないし、その逆もない…誰が、どんなひとと仲がいいかで、そのひとの人間性がわかる…違う?…」


 「…ハイ…その通りです…」


 「…だから、きっと、伸明は、寿さんと、安心して、お付き合いできると、思ったんだと思う…違うかしら?…」


 そう言われると、どう、答えて、いいか、わからなかった…


 たしかに、その通り…


 その通りに違いない…


 伸明は、言葉は、適切でないかも、しれないが、五井の天皇…


 五井の天皇陛下だ…


 そして、その立場が、誰よりも、わかっている…


 その立場の重みが、誰よりも、わかっている…


 それゆえ、安易に、行動できない…


 何事も、考えて、行動しなければ、ならない…


 失敗は、許されないからだ…


 だから、相手選びに慎重になる…


 相手が、恋人でも、友人でも、どんなひとを選んでいたのか、知りたくなる…


 それが、その人間の大げさに言えば、本性だからだ…


 だから、余計に、それを、知りたくなる…


 そういうことだ…


 そして、私が、そんなことを、考えていると、


 「…伸明の立場は、変わらない…」


 と、いきなり、言った…


 「…立場?…」


 「…そう、立場…五井家当主としての立場…」


 「…」


 「…それは、揺るがない…でも…」


 「…でも、なんでしょうか?…」


 「…事実上の地位…」


 「…事実上の地位?…」


 「…って、いうか、権力ね…それが、なくなるというか…だいぶ、削られる可能性がある…」


 「…削られる可能性?…」


 「…五井の一族だって、バカじゃないわ…」


 「…どういう意味ですか?…」


 「…誰も、伸明を当主の座から、引きずり降ろそうなんて、思っちゃいない…」


 「…」


 「…でも、その力を削ごうとする輩も、いるに違いない…」


 「…力?…」


 「…つまり、当主としての力…当主としての権力…」


 「…」


 「…五井は、寿さんも、たぶん、ご存じのように、本家を頂点に、東西南北の分家があって、その下に、他の八家が、存在する…」


 「…ハイ、存じ上げています…」


 「…そして、それが、五井の完成形…」


 「…完成形?…」


 「…五井の創業者の五井八郎左衛門から、始まった一族の完成形…今の少子高齢化の時代に、五井に、これ以上、分家は、増えない…もちろん、この後は、わからない…百年後は、わからない…」


 「…」


 「…でも、今の五井十三家の体制を、壊そうなんて、思っている一族の人間は、たぶん、誰もいない…」


 「…誰も、いない?…」


 「…同時に、株の配分もね…」


 「…」


 「…つまり、本家が、三十%、東西南北の分家が、それぞれ、十%、それで、全体の七十%、残りの三十%を、下位の八家が、それぞれ、分担して、持つ…その体制は、変わらない…」


 「…」


 「…つまりは、誰も、今の体制を、変えようとするものは、いない…」


 「…」


 「…ただ…」


 「…ただ、なんでしょうか?…」


 「…伸明に取り入ったり、あるいは、伸明に、自分の娘を紹介して、事実上、伸明の後見人として、五井家内で、地位を得ようとする、不届きものは、いる…」


 「…不届きもの?…」


 「…五井の株の配分には、手を出しづらい…それは、なぜか、わかる?…」


 「…わかりません…」


 「…それを、いじれば、もしかしたら、五井が、崩壊してしまうからよ…」


 「…崩壊ですか?…」


 「…そう、大げさじゃなく、崩壊の危険がある…それを、言い出せば、誰もが、一株でも、株が、欲しい…でも、株の比率は、決まっている…自分が、多く欲しければ、他人の持つ、株を奪うしか、手はなくなる…そうなれば、どうなるか、わかる?…」


 「…いえ…」


 「…すさまじい、争いになる…五井家内で、権力闘争になる…」


 「…」


 「…正直、五井一族は、皆、五井と言う大きな船に乗っていると、思っていい…」


 「…船?…」


 「…そう…船…船は、海に出れば、もう、誰も、降りることは、できない…だから、誰もが、そこで、争っては、いけない…逃げ道が、ない場所で、争っては、いけない…それと同じ…」


 「…」


 「…争えば、下手をすれば、海に落ちるものが、いるかも、しれない…海に落ちるというのは、五井から出るということ…五井グループから、出ると、言うこと…それは、誰も、できないし、誰も、それを、望んでない…」


 「…望んでない…」


 「…五井にいるから、安心…五井にいるから、地位も、権力も、お金もある…それが、例えば、西家が、五井を出るとなると、たいして、力もない…西家だけでは、大した力もない…それが、現実…誰もが、それを、わかっているから、五井を、出る勇気も、ないし、五井の体制を変えるつもりもない…」


 「…」


 「…だから、今回の伸明の縁談のように、自分の選んだ女性を伸明に進めて、伸明と、結婚して、伸明の歓心を得ようとする…あるいは、伸明の事実上の後見人のように、振るまおうとする…」


 「…」


 「…要するに、一族内で、株の配分もなにも、変えることはできないから、当主に自分の息がかかった女を紹介して、自分が、伸明の後ろ盾というか、その地位に就こうとする…死んだ父が、そうだった…」


 「…お父様?…」


 「…そう…だから、私たち姉妹は、当主の建造と、その弟の義春と、結婚した…私の夫だった建造は、今の伸明と同じ…両親が亡くなり、自分たちからしたら、父親と同世代の一族のひとたちから、結婚を強要されて、断わることが、できなかった…」


 「…」


 「…まあ、ホントは、私が、まだ、生きているから、伸明に母はいるんだけれども、実質、いないも、同然だから、あのときと同じ…あのときの建造と、義春兄弟と、同じ…」


 「…」


 「…だから、和子も、それが、嫌だったんだと思う…自分たち姉妹が、父親の権力欲の犠牲になったんだと、思ったんだと、思う…だから、甥の伸明を守った…伸明が、一族の誰からも、結婚を強要されないように、伸明を守った…私の代わりに、守った…」


 昭子が、思いがけないことを、言った…


 まさに、思いもかけないことを、言った…


 これは、初耳…


 まさに、初耳だった…


 が、


 同時に、これは、紛れもなく、真実…


 真実だとも、思った…


 そして、私が、そう、考えていると、


 「…たまたまよ…」


 と、昭子が、言った…


 「…たまたま? どういう意味ですか?…」


 「…たまたま、私と和子が、本家の建造、義春兄弟と、年齢が、近かった…要するに、適齢期…結婚適齢期だった…それが、大きい…」


 「…それが、大きい…」


 「…他の五井一族には、適齢期の女性が、たまたま、いなかったの…それに、五井には、血の掟がある…」


 「…血の掟?…」


 「…結婚は、一族同士から、選ぶこと…これが、血の掟…五井の血の掟…五井の歴史は、400年…それゆえ、同じ一族と言っても、すでに、血は、他人並みに薄い…それゆえ、これ以上、一族の血を薄めないためにも、結婚は、原則、一族同士で、すること…そうしなければ、一族の団結が、損なわれるから…寿さんも、ご存じでしょ?…」


 「…ハイ…存じ上げてます…」


 「…だから、たまたま…たまたま、私と和子は、建造と義春兄弟と、歳が近かった…だから、結婚した…本家の跡取りと、その弟と結婚した…」


 昭子が、言う…


 これまで、聞いたことのない、結婚のいきさつを話した…


 まぎれもない当事者が、話した…


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