寿綾乃という女 第4部 74
そして、そう、気付くと、なんだか、ドキドキしてきた…
この昭子が、これから、私になんと言うのだろうと、考えて、ドキドキしてきた…
が、
嫌な感じでは、ない…
むしろ、楽しかった…
不謹慎だが、楽しかった…
これから、この昭子が、どう言うのか?
それを、考えると、ドキドキして、楽しかった…
まるで、子供時代、母が買ってきた、おもちゃの箱を開けるときのような感覚と言うか…
要するに、刺激が欲しかったのだ…
治に居て乱を忘れずではなく、治にいて、乱を望むと言うか(爆笑)…
不謹慎だが、刺激が、欲しかった…
なにしろ、病院と自宅を行ったり来たりの毎日だ…
他になにも、ない…
だから、不謹慎だが、刺激が欲しい…
そういうことだ…
刺激はあったが、それは、伸明が、あの五井西家の当主の紹介で、長谷川センセイの妹のハルカという女と、見合いをしたときに、いっしょにいたときだけ…
それだけだった…
あの後、なにもなかった…
だから、余計に刺激が欲しい…
不謹慎だが、刺激が欲しい…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、そんなことを、考えている間にも、目の前の昭子は、むしゃむしゃと、食事を取っていた…
私のことなど、おかまいなしに、食事を取っていた…
まさに、眼中にないというように、食事をとっていた…
まさに、自分勝手…
自分勝手のわがままな女…
そう、思った…
そして、それは、私が、この昭子の過去を知っているから…
若いときに、男女関係に奔放だった過去を知っているから…
だから、だろう…
そうでなければ、そうは、考えない…
ただ、このひとは、歳の割に、むしゃむしゃ食べるなとでも、考えていただろう…
歳の割に、食欲が旺盛だなとでも、考えただろう…
どうしても、結果があって、原因を考える…
例えば、これが、殺人犯だったり、死刑囚であったり、すれば、その殺人犯なり、死刑囚なりが、軽く、冗談で、
「…あんな奴、ぶっ殺してやりたい…」
と、でも、言えば、やっぱりとなる…
やっぱり、そんなだから、殺人を犯したんだと、考える…
実際、殺人を犯したから、同じ言葉でも、一般人が、言う言葉とは、違って、思えてくる…
この昭子が、過去に男関係が、奔放で、三人いた子供の父親が、全員、違う…
だから、自分勝手…
自分勝手な奔放な女と、考えてしまう…
まして、この昭子は、お嬢様…
五井東家出身のお嬢様だ…
お金持ちのお嬢様だ…
そんな生粋のお嬢様が、あっちの男、こっっちの男と、さまざまな男と浮名を流せば、噂になる…
当然、当人は、それが、わかっているだろう…
にも、かかわらず、本能のままに、生きる…
だから、自分勝手…
究極の自分勝手な人間だと、思った…
そして、だから、今も、それは、同じ…
私に構わず、勝手に食事を取っている…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、そんなふうに、この昭子を見ていると、
「…どうしたの? 寿さん、コーヒーを飲まないの? 冷めちゃうわよ…」
と、言ってきた…
私は、昭子の言葉で、慌てて、コーヒーをすすった…
たしかに、昭子の言う通り…
この昭子の言う通りだった…
目の前の昭子の姿を見るのに、夢中になり過ぎて、すっかり、コーヒーを飲むのを忘れていた…
まさに、失態…
失態だった…
そして、そんなバカなことを、考えていると、いきなり、この昭子が、
「…寿さん、この前、伸明の見合いに、出席したようね…」
と、言った…
まさに、いきなりだった…
そして、内心、
…来た!…
と、思った…
本題が、来たと、思った…
今日、なぜ、この昭子が、私に会いにやって来たのか?
そのわけがわかったと、思った…
それゆえ、私は、
「…ハイ、行きました…」
と、答えた…
食いつかんばかりに、答えた…
すると、その答えを聞いた、昭子が、
「…バカね…」
と、一言、言った…
これは、意外…
実に、意外な言葉だった…
まさか、この昭子から、
「…バカ…」
と、言われるなんて、夢にも、思ってみなかったからだ…
それゆえ、私はすぐに、
「…どうして、私が、バカなんですか?…」
と、聞いた…
極力、感情を抑えて、聞いた…
感情を抑えなければ、ケンカになってしまう(苦笑)…
さすがに、それでは、困るからだ…
「…寿さん、アナタ、どうして、伸明が、自分の見合いの席に、アナタを呼んだのか、わかる?…」
意外なことを、言った…
実に、意外なことを、言った…
それゆえ、ストレートに、
「…わかりません…」
と、答えた…
「…私は、ただ、伸明さんや、マミさんに、頼まれたので…」
と、付け足した…
私の答えを聞いた、昭子は、食事を終えて、
コーヒーを飲み出した…
ゆっくりと、コーヒーを一口飲んでから、
「…伸明の見合い相手は、寿さん、アナタよ…」
と、意外なことを、言った…
まったく、思いもかけないことを、言った…
これには、衝撃だった…
まさに、思いもしない、言葉だったからだ…
だから、
「…それは、ありえません…伸明さんは、五井西家のご夫妻の紹介で、私もお世話になった五井記念病院に勤務する長谷川センセイの妹さんのハルカという女性と…」
と、私は、説明した…
必死になって、説明した…
すると、あっさりと、
「…形式的にはね…」
と、答えた…
実に、明快に答えた…
「…形式?…」
「…そう、形式…本命は、アナタ…寿さん、アナタよ…」
「…私? どうして、私なんですか? 見合い相手は、今も言ったように、五井西家当主の…」
私が、必死になって、説明すると、昭子は、それを、遮った…
「…だから、今、形式だって、言ったでしょ!…」
と、言って、遮った…
私は、言葉を失った…
なんて、答えて、いいか、わからなかった…
これ以上、この昭子に逆らって、なにか、言うことは、できないからだ…
すると、私の様子を、見た昭子が、
「…驚いたようね…」
と、私に声を、かけた…
私は、なんて、答えて、いいか、わからなかった…
だから、なにも、言わなかった…
「…」
と、なにも、言わなかった…
「…伸明は、きっと、アナタを試したのよ…」
「…試した? 私を? なぜ、ですか?…」
「…寿さん、アナタが、どんな反応をするか? それを、試したの…」
「…反応って?…」
「…伸明は、その見合いで、相手の女性を褒めなかった? あるいは、その女性に惹かれたような態度を見せなかった…」
私は、昭子の質問に考え込んだ…
たしかに、あのとき、伸明は、あのハルカという女性に興味を持った様子だった…
いかにも、気が強い、あのハルカに興味を持った様子だった…
私は、そのことを、思い出した…
思い出したのだ…
そして、私が、そういうことを、思い出していると、
「…そういうコなのよ…あの伸明は…」
と、この昭子が、ダメ出しした…
「…そういうコ?…」
「…寿さんを、自分の見合いの席に呼んで、わざと、相手の女性を、褒める…わざと、寿さんの前で、褒める…でも、ホントの狙いは、寿さん、アナタ…わざと、寿さんの前で、寿さん以外の女性を褒める…それで、寿さんが、どんな反応を見せるのか、その反応を見ている…」
「…私の反応を見ている?…」
「…それが、あのコ…諏訪野伸明という男…」
「…」
「…あのコは、自分の置かれた立場がわかっている…わかりすぎるほど、わかっている…」
「…」
「…だから、安易に、他人の口車に乗らない…何事も、自分で判断する…だから、自分の見合いにかこつけて、寿さん、アナタを、席に呼んだ…寿さんが、伸明の見合い相手を見て、どう評価するか、知りたかったんだと、思う…」
「…評価ですか?…」
「…寿さんが、その女性のただ、悪口を、言うか…あるいは、冷徹に、評価するか、それを、見たかったんだと、思う…」
「…」
「…つまり、伸明が、自分の見合いで、見たかったのは、伸明の見合い相手ではなく、寿さん、アナタ…アナタの反応…」
「…私の反応?…」
「…たぶん、伸明は、寿さんが、好きなんでしょう…だから、こんな真似をする…わざとする…」
「…わざと、する?…」
「…もしかしたら、西家夫妻だって、伸明に頼まれたから、わざと、伸明に、見合いをさせたのかも、しれないわよ…」
「…わざと? ウソ?…」
「…ホント…でも、まあ、それは、ないか? …」
「…」
「…それでも、伸明が、自分の見合いにかこつけて、寿さんを見ていたのは、たしか…寿さんを評価していたのは、たしか…」
意外なことを、言い出した…
この昭子は、意外なことを、言い出した…
私が、思っても、みないことを、言い出した…
そして、それを、思うと、震撼した…
実に、震撼した…
なぜなら、これは、序の口…
もっと、私を震撼させるようなことを、言い出すのでは、ないか?
そう、思ったからだ…
最近は、自宅と病院を往復する日々だったので、退屈だった…
それゆえ、刺激が、欲しいと、思ったが、それは、誤りだった…
間違いだった…
これでは、刺激があり過ぎ…
あり過ぎだった…
いくらなんでも、あり過ぎだった…
やはり、間違っていた…
この昭子と、食事をするべきでは、なかった…
さっき、散歩に出て、この昭子に、声をかけられても、
「…これから、用事がありますから…」
と、でも、言って、ここに来なければ、よかった…
この昭子の誘いに乗らなければ、よかった…
心の底から、思った…
思ったのだ…
相変わらず、トロい…
実に、トロい…
この寿綾乃という女は、トロい…
トロ過ぎる…
そう、思った…
実に、そう、思った…




