寿綾乃という女 第4部 73
私は、どう、答えていいか、わからなかった…
だから、戸惑った…
が、
答えないわけには、いかない…
答えなければ、この昭子が、私に対して、どう出るか、わからない…
それゆえ、
「…いえ、伸明さんとは、随分、違うなと…」
と、遠慮がちに言った…
慎重に、言った…
が、
この昭子は、そんな私の気持ちをわかってか、わからないのか、わからないが、
「…それは、違うわよ…」
と、あっさりと、言った…
「…血が繋がっていれば、性格が同じわけないでしょ?…」
と、早口で、続ける…
「…それは、寿さんも、同じ…」
「…私ですか? なにが、同じなんですか?…」
「…寿さんのお母様、美人?…」
「…それは…」
「…その口調では、美人では、ないようね…」
「…」
「…それと、同じ…母親が、美人で、なくても、美人が生まれる…」
「…」
「…私と伸明も、それと、同じ…でも、寿さん?…」
「…ハイ…なんでしょうか?…」
「…寿さんのお母様が美人でなかったら、寿さんのお母様の姉妹か、または、おばあさま…あるいは、父方の親類…どこかに、寿さんに似た美人が、いるでしょ?…」
「…ハイ…」
ずばり、核心を突いた…
たしかに、私の場合は、叔母が、美人…
母の妹が、美人だ…
私に似た美人だ…
そして、その叔母こそが、この昭子の夫だった、亡くなった、五井家前当主、建造が愛した女だった…
だから、そう、思うと、私と、この昭子は。不思議な縁…
実に、不思議な縁で繋がっていると、思った…
そして、そう、考えていると、
「…やっぱりね…」
と、昭子が、納得した…
それから、
「…当たり前よね…」
と、しみじみ、呟いた…
「…寿さんが、美人でいるのは、誰か、一族の美人の血を引いたから…父親でも、母親でも、美人の一族の血を引いたから…誰も、美人がいないのに、美人が生まれるわけ、ないじゃない? 無から有は、生まれないの…」
あっさりと、言う…
実に、あっさりと、言う…
「…ルックスと頭は、同じ…」
「…同じ? なにが、同じなんですか?…」
「…血よ、血…」
「…血?…」
「…遺伝…残念ながら、これは、事実…間違いない…」
「…」
「…まあ、五井なんて、四百年も続く、一族と、顔を会わせていれば、嫌でも。そう、考える…このひとは、親戚のだれだれさんに、似ているとか…」
そう、言って、笑った…
実に、楽しそうに、笑った…
「…まあ、カビの生えた一族ね…」
「…カビですか?…」
「…コケとも、言っても、いい…」
そう、言って、笑った…
実に、楽しそうに、笑った…
「…まあ、あんなところには、一秒たりとも、いたくなかった…でも、私の役割は、和子が、やってくれるし…居心地は悪くなかった…」
昭子が告白する…
そして、昭子が、次に、口を開く前に、注文したメニューがやってきた…
機械に運ばれて、やって来た…
これには、私も驚いた…
テレビやネットで、見たことはあるが、実物を見るのは、初めてだったからだ…
そして、それは、この昭子も、同じだったようだ…
ただ、私のようには、思っていても、態度には、出さずにいた…
ただ、一言、
「…まさか、ロボットが、持ってくるとは、思わなかった…」
と、苦笑した…
「…人手不足だから、わかるけれども、これが進むと、人間の仕事が、なくなっちゃうわよ…」
と、嘆いた…
たしかに、その通り…
その通りだった…
「…このロボットを見ると、昔は、明るい未来を夢見ていたけども、どうも違うわね…」
「…どう、違うんですか?…」
「ロボットが、ひとの代わりに、働く、明るい未来…進歩した未来…でも、今は、違う
…人間の仕事が、ロボットに奪われるんじゃないか? そう、思ってしまう…」
けだし、名言…
名言だった…
たしかに、そう…
そう、思ってしまう…
私は、そう、思いながら、ロボットから、運ばれてきた料理を取った…
そして、料理を取り終えると、ロボットは、あっけなく、帰って行った…
当たり前だが、帰って行った…
その姿を見て、味気ないというか…
やはり、人間に運んできてもらいたい…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、私が、そう、思っていると、昭子が、私の視線に気付いたのだろう…
「…寿さん、なにを、見ているの?…」
と、聞いてきた…
私は、一瞬、迷ったが、すぐに、
「…いえ、なんだか、味気ないなと、思って…」
と、答えた…
「…味気ない?…」
「…ハイ…」
「…どうして、そう、思うの?…」
「…やっぱり、人間が、持ってくる方が、温かみがあると、思って…」
「…温かみ?…そんなもの、あるわけないじゃない!…」
昭子が、あっさりと、否定した…
「…寿さんの言うことは、わかる…でも、それは、幻想…」
「…幻想?…」
「…人間が、持ってくれば、料理が、暖かくて、ロボットが持ってくれば、料理が冷たいわけ、ないでしょ?…」
「…それは、そうでしょうが…」
「…寿さんの言っていることは、幻想…昔、坂口安吾という作家がいたのよ…寿さん、知っている?…」
「…名前は、聞いたことが、あります…」
「…その坂口安吾が、今、寿さんが、言ったことと、同じことを、言ったの?…」
「…えっ? 同じこと?…」
「…ちょうど、日本が戦争に負けた直後に、今の寿さんと、同じことを、言ったの…」
「…なんて、言ったんですか?…」
「…戦前は、エレベーターは、今のように、電動式じゃなく、エレベーターの中で、大きなハンドルをひとが、回して、動かしたの…」
「…ひとが、回して…ですか?…」
「…今から、八十年以上前だから、エレベーターも今のように、ボタンひとつで、動くわけじゃない…でも、人間が、階段を上って、上に上がるより、はるかに、楽だったのよ…」
「…」
「…でも、戦前は、よくひとが、そんな楽をするより、階段を上れ…それが、勤労の喜びだとか、なんとか、言っていたらしい…」
「…」
「…でも、その安吾が、勤労の喜び? バカなんじゃないか、と、本で書いたの…」
「…バカ? どうして、バカなんですか?…」
「…だって、当時でも、エレベーターで、ハンドルを回した方が、階段を上るよりも、ずっと楽だった…わざわざ、苦労して、階段を上る必要なんて、ないじゃない? でしょ?…」
「…それは…」
「…つまり、安吾は、そんな勤労の喜びなんて、バカなことを、言う、戦前の日本社会そのものが、ダメだった…そう喝破したのね…」
「…」
「…そして、今、寿さんが、言った、ロボットの件も同じ…言いたいことは、わかるけれども、それでは、社会の発展は、ないわ…」
ずばり、言った…
実に、明快に言った…
そして、これを言った昭子を、まじまじと見た…
つい、まじまじと見た…
現実主義者…
徹底的な現実主義者…
冷徹な現実主義者だと、思った…
そして、
…だからか!…
と、納得した…
なにが、だからなのか?
それは、この昭子が、今、現れた理由…
私の前に現れた理由だ…
それは、なぜか?
それは、あの和子が倒れたから…
この昭子の双子の妹の和子が、倒れたからに他ならない…
この昭子の双子の妹の和子は、伸明の後見人…
この昭子の産んだ、伸明の後見人だ…
すなわち、和子が、倒れた今、伸明をサポートするものは、皆無…
誰も、いない…
それゆえ、この昭子は、伸明をサポートするべく、再び、現れた…
五井を追放された身にも、かかわらず、再び、現れた…
そういうことだと、思った…
そういうことだと、気付いた…
遅まきながら、気付いた…
相変わらず、トロい…
自分は、トロい…
周囲は、私を、そう、見ないが、実際は、トロい…
トロ過ぎるほど、トロい…
そう、思った…
そう、気付いた…
そして、同時に、気付いた…
この昭子が、やって来たということは、やはり、あの和子は、重篤…
重い症状なのだろうと、気付いた…
そうで、なければ、この昭子が、やって来るわけがないからだ…
姿を現すことなど、ないからだ…
五井家から、追放された、この昭子が現れることは、ないからだ…
そう、思った…
あらためて、思った…
同時に、気付いた…
この昭子が、やって来たということは、もしや、あの伸明の身に、なにか、起こると、思ったのではないか?
そう、思ったから、やって来た…
そういうことだと、気付いた…
遅まきながら、気付いた…




