寿綾乃という女 第4部 72
私は、どうすれば、いいのか、わからなかった…
すると、だ…
私の苦境を察したように、昭子が、
「…寿さん、そんな難しい顔をしないで…」
と、笑った…
「…物事は、なるようにしか、ならないものよ…」
と、笑った…
私は、その言葉で、ようやく、肩の荷が、下りたというか…
少しは、ホッとした…
この昭子が、私を和ませようとしていることが、わかったからだ…
だから、ホッとした…
しかし、
しかし、だ…
この再会は、偶然?
偶然なんだろうか?
それが、気になった…
だから、
「…偶然ですね…」
と、言った…
わざと、言った…
この昭子が、どう答えるか、試したのだ…
案の定、昭子は、
「…偶然? そんなわけないでしょ?…」
と、あっさりと、言った…
「…寿さん、アナタに会うために、やって来たのよ…」
「…えっ? 私に会うためですか?…」
私は、言った…
事実、驚いた…
おそらく、そうであっても、こんなにも、あっさりと、その目的を告白したことに、驚いた…
普通の人間なら、
「…ええ、偶然ね…」
とか、言うところだ…
ホントは、偶然ではなくても、そう、言うところだ(笑)…
そして、その言葉で、この昭子が、あの和子に負けず劣らずの女傑であることを、思い出した…
すぐに、思い出した…
この昭子が、双子の妹の和子に劣らない女傑だからこそ、この昭子の両親が、心配したことを、思い出した…
この昭子が、表舞台に立つことで、もしや五井家を、間違った方向に走らせるかもしれない…
そんな危惧を、この昭子の両親は、したのだ…
それは、つまるところ、この昭子が、双子の妹の和子同様、ひとを束ねる能力があること…
十分に五井を代表する能力があることだった…
それゆえ、五井を代表して、表舞台に立つことは、いいが、もし、それで、五井を誤った方向に、走らせたら、大変なことになる…
それを、昭子の両親は、危惧したのだ…
それは、何度も言うように、昭子の男関係に起因する…
奔放な男関係に起因する…
奔放な男関係と、五井の運営とは、別と、考える人間は、いるかも、しれないが、それでも、誰もが、あまり、やらないことを、やれば、やはり、その人間に、権力を与えて、なにか、重要なことを、させれば、大変なことになるかも、と、危惧するのが、普通だ…
ぶっちゃけ、男女ともに、下半身がゆるすぎると心配になる…
英雄色を好むという時代ではないのだ(苦笑)…
なにより、あまりにも、男女の関係に奔放だと、その人間の人間性を疑いたくなる…
なぜなら、誰も、周囲の人間で、そんなことをする人間は、いないからだ…
だから、心配になる…
そういうことだ…
そして、私が、そんなことを、考えていると、昭子が、
「…寿さん、なにを、考えているの?…」
と、直球で、聞いてきた…
私は、その直球に、戸惑った…
どう、答えて、いいか、戸惑った…
それゆえ、私は、
「…随分、お久しぶりだと、思って…」
と、言った…
わざと、当たり障りのないことを、言った…
その方が、賢明だからだ…
なにも、あったばかりで、
「…どうして、いきなり、私に会いに、いらしたんですか?…」
と、などと、直球の質問をして、相手を当惑させることは、ないからだ…
なにより、物事を荒立てることは、ないからだ…
だから、わざと、当たり障りのないことを、言った…
そういうことだ…
が、
それは、この昭子には、通用しなかった…
この女傑には、通用しなかった…
「…寿さん、随分、当たり障りのないことを、言うのね…」
と、言った…
ずばり、言った…
「…本音は、別にあるのでしょ? どうして、いきなり、私が、アナタに、会いにやって来たか、でしょ?…」
と、ハッキリ、言った…
実に、言いづらいことを、あっさりと、言った…
そして、これこそが、この昭子という女…
あの和子に負けず劣らずの女傑だった…
なにしろ、あの和子の双子の姉だ…
女傑であることは、当たり前…
当たり前だった…
そして、なにより、この昭子は、威厳がある…
妹の和子同様、威厳がある…
そして、存在感がある…
だから、ひとを動かせるのだろう…
私も、以前は、わからなかったが、ひとを、動かすのには、威厳がある人間が、一番…
一番、強い…
それは、なぜか?
それは、単純に言えば、そのひとの能力がわからないから(笑)…
例えば、いい大学を出ているとか、いい高校を出ているかとか、わからない…
だから、なんとなく、偉そうとか?
そんな曖昧な基準でひとを判断するからだ(笑)…
だから、ホントは、会社で、頭もよく、それなりの地位に就いていても、わからないものも、多い…
ただ、真面目で、おとなしそうなオジサンとか…
会社で偉くても、世間では、そう見られるオジサンが、実に、多い(爆笑)…
つまりは、会社での地位は、一歩出れば、世間では、通用しない…
その実例かも、しれない…
また、以前、亡くなった阿部譲二というヤクザ上がりの作家が、
「…ホントに怖いヤクザは、目線ひとつで、ひとを動かす…」
と、言っていた…
これは、つまるところ、そのヤクザが、王様である証拠…
そのヤクザが、王様のような地位にあるから、そのヤクザに周囲が、忖度する…
そのヤクザが、なにを、したいか、なにを、望んでいるか、周囲が忖度する…
だから、視線ひとつで、周りの人間を動かせる…
そういうことだろう…
そして、私が、そんなことを、考えていると、目の前の昭子が、
「…寿さん、そんなことより、立ち話もなんだから、どこかに、行きましょう…」
と、いきなり言った…
私は、つい、
「…どこかって?…」
と、言ってしまった…
つい、口をすべらせたというか…
あまりにも、間の抜けたことを、言ってしまった…
そして、言ってしまってから、
…しまった!…
と、思った…
これでは、まるで、バカ丸出し…
バカ丸出しだからだ…
案の定、この昭子も、
「…寿さんも、随分、間の抜けたことを、言うのね…」
と、言った…
あっさりと、言った…
実に、いいづらいことを、あっさりと言った(苦笑)…
が、
これが、この諏訪野昭子…
この諏訪野昭子の真骨頂だった…
あの和子より、ズバズバ、言うし、その言葉は、容赦がない…
が、
悪気があるわけではない…
ただ、単刀直入というか…
思ったことを、ズバズバ、言うだけ…
普通、誰もが、思っていても、口にしないことを、あっさり言うだけだ…
決して、悪気があるわけではない…
しかしながら、そんな人間を相手にするのは、しんどい…
実に、しんどい(苦笑)…
私は、思った…
私は、考えた…
が、
そんなことを、私が、考えている間に、この昭子は、歩き出した…
私は、歩き出した昭子の背中に、向かって、
「…どこに行くんですか?…」
と、言った…
間の抜けたことを、言った…
「…どこへって? どこか、休めるところ…ファミレスでも、スタバでも、なんでもいい…どこかで、休んで、寿さん、お話ししましょう…今日は、そのためにやって来たんだから…」
私を振り返ることなく、あっさりと言う…
私は、呆れたが、これこそが、昭子…
あの伸明の母だった…
五井の女帝、諏訪野和子の双子の姉だった(苦笑)…
十分後、私と昭子は、近くのファミレスにいた…
互いに、向き合って、席に座っていた…
だからだろうか?
なんとなく、居心地が悪い…
それは、なぜか?
それは、会社で、言えば、自分より、年長の、気の合わない上司といっしょに、いるようなものだからだ…
私と、この和子は、ちょうど、母娘ほど、年齢が違う…
いや、
母娘以上に、年齢が、違う…
この昭子の方が、亡くなった私の母親よりも、明らかに、年上だ…
それは、ちょうど、あの伸明が、私より、十歳近く年上だったから、当たり前だ…
仮に、25歳で、伸明を産んだとしたら、今、65歳程度…
私は、今、32歳だから、同じように、母が、25歳で、私を産んだとすれば、母は、57歳となる…
つまりは、どう考えても、母よりも、歳上…
当たり前だった…
そして、この昭子は、せっかち…
まるで、江戸っ子のように、せっかちだった…
店に入って、席に座ると、すぐに、
「…寿さん、なにを頼むの?…」
と、メニュー表を見ながら、私に、聞いた…
私は、まだ、あまり、体調が、良くないことも、そうだが、朝、家を出るときに、朝食を食べてきた…
なにより、まだ、朝の十時前…
まだ、お腹が空く、時間でもなかった…
それゆえ、
「…なにか、軽い、飲み物でも…」
と、遠慮がちに、言った…
「…朝食は、自宅で、頂いてきたので…」
と、続けた…
「…そう、わかった…」
昭子は、私の言葉を、聞くなり、テキパキと、注文を始めた…
席にある、タブレットで、注文を始めた…
「…寿さんは、コーヒーで、構わないわね?…」
と、言いながら、テキパキと注文を始めた…
「…ハイ、構いません…」
「…私は、まだ、朝食を食べてないから、なにか、食べるわ…サンドイッチと、軽食でも、構わないから…」
言いながら、タブレットで注文する…
私は、それを、見て、伸明を思い出した…
この昭子の息子の伸明を思い出した…
…違いすぎる!…
…実に、違いすぎる(苦笑)…
同じ母子でも、まるで、違いすぎる…
あのおとなしい伸明とは、違いすぎる…
だが、母子…
間違いなく、血の繋がった母子だった…
私は、それを、思い出すと、つい、口元が緩んだ…
つい、笑いそうに、なった…
そして、それを、この昭子が、見逃さなかった…
すぐに、鋭い口調で、
「…寿さん、なにが、おかしいの?…」
と、私に聞いた…
まるで、怖い教師が、生徒に聞くように、聞いた…
その瞬間、私は、ビビった…
文字通り、ビビった(涙)…




