寿綾乃という女 第4部 71
五井の女帝、諏訪野和子…
すれ違った人物は、実に、彼女に似ていた…
瓜二つだった…
たしか、この世の中には、自分に似た顔の人物が、3人いる…
そう、聞いたことがある…
私は今、それを、思い出した…
あるいは、それは、都市伝説…
単なる都市伝説のたぐいかも、しれない(苦笑)…
が、
たしかに、私自身、自分に似た人間を見たことがある…
自分とよく似た顔の人間を見たことがある…
だから、それは、他人から、見れば、姉妹か、あるいは、従姉と、思うかも、しれない…
血が繋がっているんじゃないか?
そう、思うかも、しれない…
それほど、似ている人物を見たことがある…
そして、そう、考えると、先日、会った、伸明の縁談相手…
あの長谷川センセイの妹…
美人の妹…
あのハルカという美人の妹…
どこかで、会ったことのある顔だ…
どこで、あったのだろう?
考えた…
考え続けた…
そうだ…
以前、会った、女性…
たしか、高見ちづると、言った女性だ…
小柄だが、美人…
私とは、タイプの違う美人だった…
彼女に、ハルカは、似ていた…
ちょうど、芸能人で言えば、若い頃の常盤貴子さんに、似ている…
常盤貴子さんを、一回り小柄にした印象…
厳密には、顔は違うが、同じ印象の持ち主…
きれいで、爽やかと、言った印象の持ち主…
彼女に、似ている…
伸明と見合いをした、長谷川センセイの妹のハルカの顔立ちは、高見さんに似ている…
そう、思った…
そう、気付いた…
まさか、二人とも、似ては、いるが、血縁関係は、あるまい…
まさか、従姉だとでも、いうわけじゃ、あるまい…
まさか、そんなわけは、あるまい…
私は、考えた…
そんなバカなことを、考えた…
そして、そんなバカなことを、考えていると、
「…寿さん?…」
と、いきなり、声をかけられた…
今、すれ違った、あの五井の女帝、諏訪野和子そっくりの女性に、声を、かけられた…
まさか、本人?
和子本人?
和子は、今、五井記念病院に入院しているんじゃ、なかったのか?
私は、そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、そう、思っていると、
「…寿さんね…お久しぶり…」
と、目の前の和子が、続けた…
私は、それで、ピンと、来た…
たしかに、目の前の女性は、和子と、似ている…
和子そっくりの外観だ…
でも、なにかが、違う…
言葉では、うまく、言い表せないが、なにかが、違う…
もしや、目の前の女性は、和子のそっくりさん?…
五井の女帝のそっくりさん?
とも、思った…
が、
少し考えて、ただのそっくりさんなら、私の名前を知っているわけがない…
私の名前を知っているのは、おかしい…
ということは、この女性は、私を知っている?…
私と以前、会っている?
そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、そう考えると、答えは、出た…
たったひとつの答えが、すぐに出た…
そして、すぐに、私は、その答えを口にした…
「…失礼ですが、諏訪野昭子さんでしょうか?…」
と、口にした…
次いで、
「…伸明さんのお母様の…」
と、私が、告げると、
「…さすがね、寿さん…」
と、目の前の彼女が、笑った…
和子の双子の姉の昭子が、笑った…
「…よく、わかったわね…」
と、笑った…
私は、目の前で、この昭子を見て、実に、感慨深かった…
この昭子は、伸明の母…
伸明の実の母親だった…
にもかかわらず、五井家から、追放された…
なぜ、追放されたのか?
それは、伸明の実弟の菊池冬馬…
彼を庇ったから…
この昭子は、奔放…
実に、奔放な女性だった…
五井東家に生まれ、五井本家の当主、建造に、嫁いだが、そのときには、すでに、腹の中に、伸明がいた…
つまりは、伸明は、建造の子供ではない…
建造とは、別の男の子供…
次男の秀樹は、建造との間の子供だったが、それとは、別に、他にも、子供を設けていた…
それが、冬馬だった…
冬馬もまた、自分が、昭子の子供だとは、知らなかった…
ただ、五井東家で、育てられた…
つまり、冬馬は、自分が、伸明の実の弟だとは、終生、知ることが、なかった…
冬馬は、不器用な人間だった…
ルックスも良く、頭脳も明晰だったが、うまく、他人と折り合えない…
五井グループ内で、就職したが、どこも、うまくいかなかった…
それで、最後は、あの五井記念病院の理事長に、押し込まれた…
と、言っても、形だけ…
名目だけだった…
権限は、なにも、なかった…
あの五井記念病院の理事長は、五井家内で、決めることが、できる…
事実上、五井家の支配下にある…
それで、うまく、冬馬を押し込んだに過ぎなかった…
が、
そこでも、冬馬は、うまくいかなかった…
そして、自殺…
自分を追い込んだ末の自殺だった…
そして、その冬馬を、なんとか、サポートしようと、この昭子は、東西奔走した…
表立って、動いた…
が、
それは、掟破り…
掟破りの行動だった…
なにが、掟破りの行動だったのか?
それは、この昭子が、本来、表に出ては、いけない人間だったからだ…
五井家内で、表に出ては、いけない人間だったからだ…
理由は、単純…
この昭子が、あまりにも、過去に、男女の関係に奔放すぎたからだ(苦笑)…
なにしろ、伸明、秀樹、そして、冬馬と、三人の子供を産んだが、皆、父親が違う(笑)…
それぐらい、男女の関係に奔放だったということだ…
そして、それは、五井本家に嫁いでも、変わらなかった…
伸明は、本家の建造に、嫁ぐ前に、できた子供であり、秀樹は、建造との間の子供…
そして、冬馬もまた、建造との間にできた子供ではない…
それゆえ、この昭子の子供であることを、伏せて、五井東家で、育てた…
そして、それを、きっかけに、この昭子の両親は、激怒…
それゆえ、両親から、今後、決して、公の場に出ないように、釘を刺された…
そして、それを、この昭子は、守った…
そして、昭子の代わりに、昭子の双子の妹の和子が、建造と共に、五井を代表して、公の場に出た…
それゆえ、和子は、五井の女帝と呼ばれた…
五井の女帝と呼ばれた和子のことは、世間では、五井本家の人間と誤解したかも、しれない…
が、
本来は、その立場は、この昭子が、する立場だった…
和子の双子の姉である、この昭子がする立場だったのだ…
結局、冬馬が、自殺して、この昭子は、退場した…
公の場から、退場した…
あくまで、公の場に姿を、出したのは、冬馬を救うため…
なにを、やっても、ダメ…
四面楚歌だった冬馬を救うためだった…
そして、冬馬が、自殺して、あっけなく、この世から去ると、その役目を終えた、この昭子も、また表舞台から、去った…
あっさりと、去った…
あくまで、この昭子が、表舞台に出たのは、冬馬のため…
その冬馬が、いなくなったら、表舞台に出る必要は、なくなかったからだ…
それゆえ、去った…
表舞台から、去った…
五井家からも、去った…
そして、これは、今さらだが、最初、初めて会ったときから、この昭子には、違和感があった…
なぜ、違和感があったのか?
それは、最初、初めて、伸明と知り合ったとき、すぐに、伸明と意気投合して、仲良くなったが、決して、伸明が、母の名前を出さなかったからだ…
代わりに、あの和子の名前が、出ていたからだ…
だから、違和感があった…
なんとなく、違和感があった…
それが、この昭子が、表舞台に出たことで、その違和感の正体が、わかった…
それまでは、なんとなく、違和感があったが、それが、具体的には、なんなのか、わからなかったからだ…
そして、この昭子が、五井家を去り、もはや、五井家とは、なんの関係もないはずだった…
が、
ここで、会ったということは?
もしや、
やはり、関係があるということか?
なにしろ、和子は、入院中…
あの五井記念病院に入院中だ…
それゆえ、和子の双子の姉である、この昭子が、再び現れても、おかしくはない…
この昭子が、再び、五井に戻ってきても、おかしくはない…
なにしろ、今は、非常事態だから…
双子の妹の和子が、倒れて、五井は、非常事態だからだ…
だから、戻って来た…
再び、表舞台に戻って来た…
私は、そう、見た…
私は、そう、睨んだ…
そして、私が、そう、睨んでいると、
「…寿さん、ホント、お久しぶり…」
と、目の前の昭子が、繰り返した…
「…お元気?…」
この質問には、答えられなかった…
私は、元気ではないからだ…
つい、最近も、脳梗塞で、倒れたからだ…
元々、まだ、癌は、治癒していない…
決して、重篤な状態には、ほど遠い状態だが、治癒していない…
それに、脳梗塞が、加わった…
だから、元気どころか、なんとか、生きているのが、現状…
だが、それを、この昭子に打ち明けるべきか?
当然、打ち明けるべきではない…
なにしろ、今、偶然、会った人間…
偶然、再会したに、過ぎない人間だからだ…
私が、
「…」
と、黙り込んでいると、
「…その様子では、元気でないようね…」
と、喝破した…
あっさりと、見抜かれた…
私は、どう答えていいか、わからなかった…
それゆえ、またも、
「…」
と、黙り込んだ…
「…」
と、答えなかった…
すると、私のそんな様子を見た、昭子が、
「…寿さん…」
と、私に声をかけた…
「…命があるだけで、めっけもの…生きているだけで、めっけもの…」
と、しみじみとした口調で、言った…
私は、この言葉にも、また、どう答えて、いいか、わからなかった…
おそらくは、冬馬のことを、念頭に置いて、言っているに、違いないからだ…
自殺した自分の息子のことを、言っているに、違いないからだ…
それゆえ、私は、どう答えて、いいか、わからなかった…
ただ、路上で、この昭子と正面から、向き合っていた…
ただ、向き合っていた…




