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寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


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70/225

寿綾乃という女 第4部 70

 「…綾乃さん、昨日は、すまなかった…」


 ナオキが、私に頭を下げる…


 私は、


 「…いいのよ…」


 と、だけ、言った…


 それ以上は、言わなかった…


 言っても、仕方がないからだ…


 だから、言わなかった…


 そして、それは、ナオキも、同じだった…


 それ以上、昨日のことには、言及しなかった…


 なにしろ、私たちは、もう、十五年は、いっしょにいる…


 だから、互いの性格は、わかっている…


 互いに、なにを、考えているのか、わかっている…


 二人とも、過去は、振り返らない…


 未来だけを、考える…


 そう言えば、カッコイイが、それは、要するに、ナオキが、会社を立ち上げて、まもない頃から、そう考えなければ、やっていけなかったから…


 僕たちは、成功する!…


 そう、思わなければ、やっていけなかったからに過ぎない…


 お金もなければ、将来も、なにも、ない…


 そんな青年たちが、考えることと、言えば、将来の成功だけ!…


 それを夢見ることだけだからだ…


 だから、今も、なにも、言わなかった…


 すでに、終わった昨日の夜のことは、口にしなかった…


 朝食が、終わり、


 「…じゃ、綾乃さん、会社に行ってくる…」


 とだけ、言って、ナオキは、家を出た…


 マンションの地下駐車場には、すでに、会社からの送迎車が、迎えにやってきている…


 私は、ナオキを送り出すと、考えた…


 果たして、いつまで、こんな生活が、続けられるのか、考えた…


 いつまで、ナオキが、社長でいられるのか、考えた…


 が、


 いつまでも、そんなことを、考えても、仕方がない…


 物事は、なるようにしか、ならない…


 それを、なにより、自分自身が、わかっているじゃないか?


 病気になって、わかっているじゃないか?


 癌になって、わかっているじゃないか?

 

 そう、思った…


 実に、そう、思った…


 そう、自分に言い聞かせた…


 

 私は、ナオキを送り出してから、今日一日、どう過ごそうか、考えた…


 たしかに、体調は、よくなってきた…


 が、


 かといって、外出は、億劫…


 外へ出て、歩くのは、億劫だった…


 それは、昨日、スーパーに、買い物に出て、あの菊池リンと、会って、思った…


 菊池リンと、会って、おしゃべりをして、それから、スーパーで、買った、食料品を持って、家に帰った…


 これだけで、ひと騒動…


 おおげさに、言えば、ひと騒動だった…


 だから、ホントは、家に閉じこもっているのが、良いのだが、その反面、少しでも、カラダを動かさなれば、ならないとも、思った…


 軽い脳梗塞で、病院に運ばれたときに、医者のセンセイから、


 「…寿さん、少しでも、カラダを動かして、下さい…」


 と、言われたからだ…


 「…カラダを動かすというのは、例えば、家で、トイレに行くのも、カラダを動かすこと…トイレまで、歩くからね…または、机の前で、椅子に座って、両手を広げて、動かすだけでも、いい…それだけで、血の巡りがよくなる…」


 と、言われた…


 説明された…


 「…まあ、一番、いいのは、散歩かな…」


 「…散歩ですか?…」


 「…歩くことで、カラダの血の巡りが、良くなる…」


 「…」


 「…寿さんも、体調が、良くなったら、少しでも、外に出て、歩くことです…ただ、歩くだけでいい…それだけで、カラダの中の血の巡りがよくなります…」


 「…」


 私は、医者のセンセイとの、会話を思い出した…


 そして、


 …散歩か…


 と、ぼんやりと思った…


 正直、カラダを動かすのは、億劫…


 まして、散歩をするのは、億劫だった…


 が、


 しなければ、ならない…


 少しでも、カラダを動かさなければ、ならない…


 そう、肝に銘じた…


 そう、肝に銘じたのだ…


 

 それから、朝の食事が、終わった後の、食器を片付け、私とナオキの衣類の洗濯をした…


 そして、軽く、部屋の掃除…


 それらが、終わってから、私は、外に出ることにした…


 外に出て、散歩に出ることにした…


 とりたてて、どこにいくという当てはない…


 だから、とりあえず、外に、出て、近所を、歩く…


 それだけにした…


 それだけでも、十分、気分転換になった…


 ずっと、家に閉じこもっているよりも、よい気分転換になった…


 そして、そう考えたとき、つくづく、自分は、無精者だと、思った…


 これは、最近、気付いた…


 病気になって、気付いた…


 なぜなら、それまでは、ずっと、働きづめだったからだ…


 田舎から、上京して、ほどなく、失踪したユリコの代わりに、ナオキの家庭に入って、ジュン君の面倒をみた…


 そして、ジュン君が、少しは、手がかからなくなると、ナオキの会社の手伝い…


 常に、忙しかった…


 が、


 それが、当たり前…


 当たり前だった…


 忙しいのが、当たり前だった…


 高校生にも、関わらず、家では、すでに、主婦だった(笑)…


 にもかかわらず、充実していた…


 私の生活は、充実していた…


 だから、忙しいも、なにもない…


 私の人生は、充実していたからだ…


 しかし、病気が、それを、変えた…


 同時に、ジュン君の運転するクルマにはねられたことも、私を変えた…


 それまでの、忙しい日々から、一転して、入院生活…


 そして、自宅での療養…


 ハッキリ、言って、することがない(苦笑)…

 

 することが、なにもない…


 最初のうちは、それが、嫌だった…


 なにも、しないのが、嫌だった…


 手持ち無沙汰で、仕方がなかった…


 病気でいるにも、かかわらず、心の中では、手持ち無沙汰で、仕方がなかった…


 が、それも慣れた…


 まもなく、慣れた…


 病気で、動けないことに、慣れた…


 すると、どうだ?


 今度は、することが、なにもないことが、日常になった…


 そして、それが、手持ち無沙汰でなくなった…


 むしろ、なにもしないことが、楽しいとすら、感じて来た(笑)…


 病院から、退院して、家に閉じこもっているのが、楽しいとすら、感じてきた…


 そして、つくづく、考えた…


 ホントは、私は、無精者…


 一日中、なにもしないのが、楽しい無精者では、ないのかなと、考えた…


 それまでは、ずっと、忙しかった生活から、一転して、入院生活…


 しかし、それに慣れてしまえば、むしろ、一日中、なにもしない方が、楽…


 ただ、病院で、ベッドに横になっていたり、療養のために、家に閉じこもっている方が、楽…


 そう、考えが、変わった…


 そして、そんな状態に、陥ってから、


 …ホントは、私は、無精者かも?…


 と、気付いた…


 これまでは、やらざるをえないから、やってきた…


 ジュン君の世話も、会社の仕事も、やってきた…


 が、


 それは、ただ、やらざるを得ないから…


 ホントは、なにもやりたくない…


 一日中、家の中に閉じこもって、ゴロゴロしているのが、好き…


 それが、私の本性かも?


 そう、気付いた…


 自分でも、まったく、思ってもない、本性かも、しれないと、気付いた…


 それゆえ、億劫…


 家から、外に一歩でも、出るのが、億劫(笑)…


 そんな自分の本性に、気付いた…


 だから、今日は、そんな、出不精の私に鞭を打って、出かけた…


 ペットボトルを片手に、家を出た…


 ペットボトルを片手にと、言ったのは、脳梗塞で、倒れたときに、医者のセンセイから、


 「…寿さん、常に、水を飲むようにして下さい…」


 と、言われたから…


 要するに、血の巡り…


 脳の中の血が固まることで、脳梗塞になったから、カラダの中の血の巡りをよくしていなければ、ならない…


 血が固まることを、防がなければ、ならない…


 それには、まず、水分を切らさないこと…


 常に、適切に、水分を補給すること…


 そして、カラダを動かすこと…


 カラダを動かすことで、カラダの中の血の巡りがよくなるからだ…


 それゆえ、私は、今、ペットボトルを片手に、家を出た…


 昨日は、スーパーに買い物に行くときは、ペットボトルを持っていかなかった…


 それは、やはり、飲み物を持って、スーパーに行くのは、嫌だったから…


 まさかとは、思うが、万引きにでも、間違えられたら、嫌だったからだ(爆笑)…


 だから、昨日は、持っていかなかった…


 そして、今、ペットボトルを片手に、外に出れば、やはり、いい…


 気持ちがいい…


 家の中に、閉じこもっているよりも、気持ちがいい…


 つくづく、思った…


 そう、考え直した…


 そして、行き先を考えた…


 どこに、行けば、いいか、行き先を考えた…


 ただ、周囲をプラプラ歩くのも、いいが、やはり、それでは、困る…


 どこか、行き先を決めなければ、困る…


 行き先を決めずに、ただ、周囲をプラプラ歩くのは、しんどいというか…


 例えば、昨日のように、スーパーに行く…


 あるいは、区役所に行く…


 別に、区役所に用事はなくても、区役所の前まで、歩いて、行き、そこで、Uターンして、家に帰ってくれば、いい…


 私の家から、例えば、区役所まで、歩いて、30分かかるとすれば、往復、一時間…


 良い運動になるからだ…


 そう、思った…


 そう、思ったのだ…


 ならば、やはり、区役所に向かうか?


 そう、考えた…


 区役所まで、歩いて、そこから、家にUターンして、戻るか?


 そう、考えた…


 そして、そう、考えると、自然に、足が、区役所に、向かった…


 とろあえず、目的が決まれば、いい…


 どこに、行くか、目的が、決まれば、いい…


 そう、思ったのだ…


 そして、そう、思って、歩いて、いると、前から、どこかで、見た顔が、歩いてきた…


 私の見知った知人が、歩いてきた…


 が、


 少し、考えて、それは、他人のそら似…


 他人のそら似に、違いないと、思った…


 なぜなら、それは、今、ここに、いるはずのない、人間…


 病院で、入院しているはずの人間だからだ…


 五井記念病院に入院しているはずの人間だからだ…


 そして、その人物は、諏訪野和子…


 伸明の叔母であり、五井の女帝と世間で、呼ばれる人物に、そっくりだった…


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