寿綾乃という女 第4部 69
私は、ベッドに横になると、考え込んだ…
思わず、考え込んで、しまった…
…大変なことになった!…
そう、考えて、落ち込んでしまった…
あるいは、
…来るべきものが、来た!…
そういうことなのかも、しれなかった…
今まで、なにも、なかったのが、おかしいのかも、しれなかった…
五井は、FK興産が、赤字になり、それを、助ける形で、FK興産の株を買い、安定株主になった…
むしろ、世間的には、五井が、株を持ったことで、FK興産の知名度が増し、真逆に、経営が安定したと、見られた…
だから、いいことだらけだった…
そして、一度は、ナオキを社長から、追放して、経営を五井主導に、しようと、あの五井の女帝、諏訪野和子は、画策したが、FK興産の取締役会で、非常勤の取締役である、私を含めた、他の取締役が、ナオキを社長から、罷免することに、反対して、それが、頓挫すると、それ以上は、なにも、しなかった…
経営にも、一切、口を挟んで、来なかった…
これは、ある意味、奇跡…
奇跡に近いことだ…
ただ、株を買って、その会社の経営に口を挟まないなんて、普通は、ありえないからだ…
それゆえ、奇跡…
奇跡だった…
が、
奇跡は、長くは、続かない…
当たり前のことだった…
だから、
…来るべきものが、来た!…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、考えてみれば、私は、これまで、幸運だったのかも、しれない…
ふと、考えた…
田舎から、上京して、従姉の寿綾乃になりすまし、これまで、生きて来た…
傍から、見れば、どう、思うか、わからないが、私は、これまで、たいした苦労をしないで、生きて来た…
もちろん、病気のことは、ある…
癌のことは、ある…
が、
それを、除けば、たいした苦労をしないで、この歳まで、生きて来た…
これは、病院に入院していたときも、思ったこと…
何度も、何度も、数えきれないほど、思ったことだからだ…
それゆえ、苦労が、病気になって、現れたと、思った…
たいして、苦労もしないで、お金持ちになった…
その反動が、病気になって、現れたと、思った…
あるいは、それは、私だから…
幸運になれていない、私だからかも、しれない…
とも、思う…
なぜなら、いつも、幸運になれたものなら、今度も、幸運であって、当たり前…
当たり前だからだ…
病気になって、病院で、つくづく考えたことは、苦労の量は、ひとによって、違うということだった…
私は、病気になって、初めて、苦労をしたと、思ったが、それは、人それぞれ、感じ方が、違うからだ…
傍から見て、
「…このひと、苦労している!…大変だ!…」
と、思っても、そのひとが、どう思うか、人それぞれ…
苦労をたいした苦労と思ってないひともいれば、私が、思っている以上に、苦労していると、思うひとも、いる…
要するに、感じ方が、違うのだ…
昨今の企業のリストラを、見ると、やはり、同じように、思える…
四十歳や、五十歳で、企業をリストラされるまで、たいした苦労も、していないひとも、いるはずだ…
もちろん、誰だって、それなりに、苦労は、しているだろう…
でも、二十歳の男や女でも、四十歳や五十歳の男や女が、経験していないような苦労をしているものも、いるはずだ…
それは、ハッキリ、言えば、運…
運に他ならない…
運が、いいか、悪いかに、他ならない…
お金持ちの家に生まれるか?
頭がよく生まれるか?
さらには、
ルックスがよく生まれるか?
それは、究極のところ、運に他ならないからだ…
身近なところで、思うのは、若い、俳優さんや、女優さん…
もちろん、ルックスがいいのは、当たり前だが、そのルックスだけ、見れば、一般人の中でも、そのルックスに匹敵するものは、稀にいる…
つまり、ルックスが、良くても、そのルックスを生かして、アイドルや、芸能人になれないものが、大半だからだ…
それゆえ、いくらルックスが良くても、それを、生かして、芸能人になれるものは、選ばれたもの…
つくづく、そう、思う…
が、
しかしながら、いくら、若いときに、優れたルックスを生かして、芸能人になれても、一生、芸能人でいられて、他人様よりも、よい生活をできるものは、稀…
極めて、稀だ…
ほんの一握りに過ぎない…
芸能界は、弱肉強食の世界…
生き残ることができるのは、ほんの一握りの弱肉強食の世界だからだ…
まさに、人間関係の縮図というと、おおげさだが、ひとそれぞれの運勢や運命を見ているように、思わせる…
若い頃に、カッコよかったり、可愛かったりするものでも、いつのまにか、いなくなっているものが、大半だからだ…
それゆえ、彼ら、彼女らを見ると、運勢や、運命を感じる…
むろん、誰だって、努力はしているだろう…
しかし、結果的に生き残るのは、一握りの人間…
そして、生き残った人間に、
…どうして、アナタは、生き残れたんですか?…
と、直球の質問をしても、答えられるものは、いない…
誰もが、ひとに恵まれたから…
運が、良かったから…
としか、言えない…
生き残ったものに、聞いても、どうして、生き残れたのか、自分でも、わからないからだ…
ただ、彼ら、彼女らを思うと、運の良し悪しがわかる…
運の良し悪しについて、考えさせられるのだ…
私が、病院に入院して、考えたのが、まさに、それだった…
病気で、入院して、運が、落ちた…
そう、思ったから、考えた…
初めて、考えた…
誰もが、苦境に陥らなければ、考えない…
当たり前のことだった…
苦境に陥って、初めて、自分の運を考える…
自分自身の運、不運について、考える…
それが、普通…
普通だからだ…
そして、それを、思えば、今回のことは、どうということはない…
たいしたことは、ないと、あらためて、考えた…
仮にナオキが、社長の座を追われ、会社から、追放されても、食うには、困らない…
ナオキが、今後、一生、働かなくても、食うには、困らない…
それだけの財産があるからだ…
だから、なにが、あっても、平気…
なにが、あっても、へっちゃらだ…
そう、思った…
そう、自分に言い聞かせた…
最悪、命を取られることなど、ないからだ…
だから、そう、思った…
そう、思ったのだ…
翌朝、目を覚まして、朝食の準備をした…
私とナオキの朝食の準備をした…
思えば、久しぶり…
実に、久しぶりだった…
もう何年前だろう?
昔は、私とナオキと、ジュン君の三人の朝食を作ったものだった…
いや、朝食だけではない、夕食も、だ…
休みのときには、昼食も作った…
家族をしていた…
疑似家族をしていた…
今では、そう、思う…
実に、そう、思う…
疑似家族というのは、三人とも、血が繋がっていなかったから…
私とナオキは、他人だから、当たり前だが、ジュン君は、ナオキの子供では、なかった…
母親のユリコが、夫のナオキではなく、別の男との間に、できた子供だったからだ…
もちろん、当時は、そんな認識は、なかった…
そんなことは、知らなかった…
母親のユリコが、突然、失踪したから、ジュン君の面倒を見るために、私が、ユリコの代わりに、家庭に入った…
そう、思っていたからだ…
だから、ぶっちゃけ、私の高校時代は、ナオキと、ジュン君の面倒を見るために、存在したというか…
今、思い起こせば、名探偵コナンのヒロイン、毛利蘭と同じ立ち位置だった(笑)…
毛利蘭の場合は、父親と、子供のコナンの面倒を見る設定だが、私の場合は、事実上のナオキの妻、そして、ジュン君の母親だった…
今、思えば、高校生のときに、すでに主婦をしていたわけだ…
だから、私の青春は、ない(苦笑)…
高校時代から、すでに、私は、主婦…
ナオキの事実上の妻であり、ジュン君の母親だった…
二人に、私の人生を、捧げたわけだ…
二人に、私の青春を捧げたわけだ(爆笑)…
が、
だからと、言って、それを、悔やんだこともない…
なぜなら、充実していたからだ…
私が、いなければ、ナオキも仕事に集中できなかった…
ジュン君の面倒を見るものが、いなかったからだ…
いわば、私に代わる人材はいない…
それゆえ、充実していた…
やりがいを、感じていたわけだ…
だから、私の青春を犠牲にしたつもりは、まったく、なかった…
傍から見れば、どうあれ、自分の中では、自分の青春を犠牲にしたつもりは、一ミリもなかった…
だから、だろう…
ジュン君の運転するクルマにはねられ、病院で、入院している最中に、自分の人生を、振り返ったが、それまで、たいした苦労をしていなかったと、思った…
傍から、見れば、どうあれ、そう、思った…
そう、思ったのだ…
他人から、見れば、違うかも、しれないが、そう、思った…
心の底から、思った…
そして、いつしか、ナオキは、家を出て、私は、ジュン君と暮らした…
いわば、母子家庭のようなもの…
二十歳ちょっとの娘に過ぎない、私が、幼いジュン君の面倒を見た…
これもまた、傍から見れば、歳の離れた姉が、幼い弟の面倒を、見ているように、見えたに違いない…
だが、その生活も去り、私は、ひとりぼっちになった…
一人で、生活をするようになった…
が、
それが、一転、ここ数日は、ナオキが、家に戻って来た…
私の体調を心配して、家に戻って来た…
そして、そんなことを、考えたとき、一体、いつ以来だろう?
ナオキと二人きりで、こうして、朝食を迎えるのは、いつ以来だろう?
と、思った…
が、
胸がときめくこともない…
私とナオキは、すでに、熟年夫婦同然だった…
すでに、出会ってから、十五年は、経っている…
しかも、会社では、社長と秘書…
それゆえ、同士というほうが、正しいのかも、しれない…
熟年夫婦というより、同士と呼ぶほうが、正しいのかも、しれない…
これまで、私たちは、いっしょに、生きて来た…
いっしょになって、会社を大きくしてきた…
だから、同士…
まぎれもない同士だった…
あるいは、戦友だった…
私は、思った…
私は、考えた…
ナオキが、目を覚まして、私の前に現れた…
「…おはよう、綾乃さん…」
と、言って、目を覚ました…
「…昨日は、飲み過ぎた…」
ナオキが、眠そうな声で、言う…
「…ナオキ、まずは、顔を洗いなさい…そうすれば、少しは、すっきりと、目が覚めるわよ…」
「…綾乃さん、ありがとう…そうするよ…」
「…さっさと、顔を、洗って、来なさい…朝食を食べるわよ…」
「…わかった…」
ナオキは、言って、顔を洗って、席に着いた…
いつ、以来だろう…
さっぱり、わからない…
だが、かつては、こんな光景は、日常茶飯事だった…
それを、久しぶりに、繰り返しただけ…
それだけだ…
ただ、私は、そんな光景が、実に、嬉しかった…
そんな、日常の当たり前の光景が、実に、嬉しかった(笑)…




